連載
【Jerry Chu】AAAとインディーの狭間に咲いた「Hellblade: Senua's Sacrifice」
Jerry Chu / 香港出身,現在は“とあるゲーム会社”の新人プログラマー
Jerry Chu「ゲームを知る掘る語る」Twitter:@akemi_cyan |
AAAとインディーの狭間
いつの間にか,ゲームはAAAとインディーに二極化していた。
大規模のチームによって開発されるAAAタイトルは,最先端の技術による演出や磨きのかかったゲームプレイが魅力だ。莫大な物量だからこそ成し得るリッチな体験が味わえる。
だが,AAAタイトルは良くも悪くも大衆娯楽である。高額な開発費用を回収するためには,より多くのプレイヤーの好みに合わせる必要があるのだ。人気のジャンルだったり,ヒット作の続編だったりと,マーケティングの定石に則った作品が多い。質と量が保証されている反面,いささか新鮮味に欠けるとも感じる。
それに対して,インディーズゲームはAAAタイトルほどの物量を持たないが,創造力に長けている。簡潔明快にして型破りなインディーズゲームが,ときに我々を驚かせてくれる。新しいアイデアの実験場とニッチなジャンルの揺りかごとして,インディーズゲームは重要な役割を果たしている。
Ninja Theoryが開発を手がける「Hellblade: Senua's Sacrifice」(PC / PlayStation 4)は,AAAとインディーの狭間に生まれたゲームだ。
ピクト族の女戦士 セヌアは,バイキング族によって自分の村を滅ぼされ,彼女の恋人は生贄としてバイキング族の神々に捧げられた。セヌアは恋人の魂を救うべく,北欧神話の地獄へと赴く。
「Hellblade」は語るべきところが多いゲームだが,まず特筆したいのは「音の演出」である。
セヌアは精神疾患を患っており,つねに幻聴と幻覚に苛まれている。周りに誰もいないのに,まるで幽霊が話しかけてくるように声が聞こえてしまう。
幻聴によるさまざまな声は,セヌアを追い込んでいく。旅の途中,「ハハハハ!」「彼女にはできないよ」「アナタの犠牲はムダになるわ」「何をしているの? 引き返せなくなるよ?」とあざ笑う。
セヌアが怖気づくと,「立ち上がれ! 闇に立ち向かえ!」「集中しろ!」と脳内の声が彼女を鼓舞する。戦闘中,敵が襲ってくると「避けて!」と注意したり,セヌアが傷つくと「諦めないで」「まだ勝てるわ」と励ましたりもする。ときに味方であり,ときに敵である幻聴の声は,絶えずセヌアの心を揺さぶる。
幻聴をリアルに再現するために,「Hellblade」では音源の位置を記録できるバイノーラル録音が用いられた(出典元)。ヘッドホンを装着してプレイすると,複数の声が四方から話しかけてくる感覚が味わえる。プレイヤーは隣りに誰かがいるような錯覚を覚え,セヌアと同じ心境になっていくだろう。
複数の声が同時にしゃべり,プレイヤーの意識を飲み込む。プレイヤーが行動を起こすと,否定と嘲笑,意味のない唸りと呻き,囁きが響きわたり,不安感を喚起し続ける。
音は「Hellblade」のゲームプレイに不可欠だ。道中,周りがほとんど見えない真っ暗な空間を歩く場面があり,そこでは音だけが頼りになる。
プレイヤーは幻聴の声の導きに従って進んでいく。水の流れる音を辿り,モンスターの呻き声から存在を察知する。終盤には,闇に隠れる獣の足音と咆哮から位置を感知するといった戦いも強いられる。幻聴の演出だけでなく,探索や戦闘においても音は重要なものと位置付けられている。
決して少なくないゲーマーが,音(サウンド)を重要なものと見ていない。学校や電車内でヘッドフォンをつけずにゲームを遊んでいる人を見かける。ディスプレイの音声出力をミュートにして,友達としゃべりながらゲームを楽しむ人もいる。多くのゲームはサウンドが無くても,画面さえ見ていれば遊べるからだ。
だが,「Hellblade」の体験にはサウンドが欠かせない。AAAタイトルに勝るとも劣らないほど,その演出には工夫が凝らされており,ヘッドフォンなしに遊ぶなんてもったいない。
ビジュアル表現も特筆に値する。森や廃屋,海岸,古城などの多彩な風景が,これまたAAAタイトルにも遜色ないクオリティで描かれる。セヌアの表情と仕草は実写と見間違うほどで,高い技術力と表現力がうかがえる。
「Hellblade」はAAAタイトルのような表現を見せつけながら,AAAには見られない一面を兼ね備えている。
前述のとおり,「精神疾患」は本作の中心的なテーマである。セヌアは常に幻聴に苦しめられている。内なる闇に体が蝕まれていくことに,恐怖を感じて泣き叫ぶ。過去のトラウマに苛まれ続ける。自責と無力感のあまり,自傷に走る。
セヌアと同じ幻聴を聞き,同じ幻覚を見るプレイヤーにも,彼女が負う責苦は伝わる。
AAAタイトルには,プレイヤーに刺激と満足感を与えるエンターテイメント性の強い作品が多い。その一方,「Hellblade」は精神疾患がもたらす憂鬱と苦痛をプレイヤーに実感させる。気持ち良さではなく,身悶えるようなストレスを体験させるゲームは,一般的なAAAタイトルとは似ても似つかない。
精神疾患を描いたゲームと言えば,「Depression Quest」や「Actual Sunlight」などが挙げられるが,「Hellblade」はこれらのインディーズゲームに近いものがある。
「Hellblade」の規模は,AAAタイトルと比較すれば慎ましいものだ。
7〜8時間程度でクリアに至るシングルプレイ用ゲームである。カーチェイスや銃撃戦をくり広げるといった派手なシチュエーションはない。オープンワールドやマルチプレイといった要素もない。レベル上げや素材を集めるといった遊びもなく,近年のアクションアドベンチャーゲームにしては簡潔なゲームデザインである。
ムダな要素を省き,あくまでキャラクターの描写に注力する。少人数で制作されたインディーズゲームらしい制作手法だ。
AAAタイトルに匹敵する技術力を生かしながら,インディーズゲームらしい一点突破を図る制作手法をもって,エンターテイメント性に薄いシリアスなテーマを描く。「Hellblade」はAAAにもインディーズにもとらわれない,類い稀な作品である。
「Hellblade」の開発経緯
AAAとインディーが融合した「Hellblade」は,どのようにして生まれたのか。Ninja Theoryの共同創設者であり,クリエイティブディレクターのTameem Antoniades氏が,GDC Europeの講演でその経緯を明かしている(出典元1,出典元2)。以下にその内容をまとめてみよう。
Ninja Theoryはこれまでにも大手パブリッシャと手を組み,「DmC Devil May Cry」をはじめとした作品を世に送り出している。れっきとした開発実績を持つゲームスタジオであるが,彼らの発案による企画はパブリッシャの意に沿わなかったという。
ホラーゲームの企画を提案したら,「ホラーは売れないから近接戦闘を入れよう」と返された。しかし,その後に「近接戦闘は人気ではない」と告げられたそうだ。
現実世界を舞台にした企画には,「スーパーヒーローや宇宙海兵のほうが売れる。舞台を火星にしよう」と冷たい返事。パブリッシャの要求を飲めばいいのかもしれないが,そうなると自分達の作りたいものではなくなる。創作への「情熱」を大切にするNinja Theoryには,到底受けられなかった。
数百万本のセールスがないと制作コストを回収できない環境では,ニッチなジャンルがやがて廃れる。AAAタイトルの販売価格は約60ドルだが,それに見合ったコンテンツを提供しなければビジネスが成立しない。物量競争に参加できないデベロッパは容赦なく取り残される。
近年,AAAタイトルにおける物量競争はエスカレートしており,パブリッシャの間には「大きく張るか,淘汰されるか(Go Big or Go Home)」という考えが浸透していた。ゲームの制作予算が高騰化し,パブリッシャは斬新な企画にチャレンジする意欲を失いつつある。ゲームの規模の大きさを競い続けた結果,一握りの大ヒット作に資金が集中して,そのほかのジャンルは徐々に枯れていくだろう。
物量競争に駆られるゲーム業界では,何よりも売り上げが第一とされ,独創性や多様性が失われていく。それを察知したNinja Theoryは自力で資金を調達して,パブリッシャに縛られることなくゲームを作るという戦略を打ち出した。
AAA並みのクオリティを維持しながら,簡にして要を得た作品を作り,それを映画のDVDと同じ価格で販売する。そのためにプロジェクトの規模をAAAタイトルの半分にして,コストの縮小を実現。さらにデジタル販売のみに絞ることで,小売による流通費用を省く。それによって,販売価格もAAAタイトルの半分にする。
言うなれば,AAAタイトルとインディーズゲームの中間を目指したビジネスモデルである。
このビジネスモデルについて,Ninja Theoryは「インディペンデントAAA(Independent AAA)」と名付けている。もちろん,「Hellblade」は同プロジェクトの一環として制作されたものだ。
インディペンデントAAAが投じる一石
Antoniades氏の講演でも触れられているが,デベロッパダイアリーによると,「Hellblade」は20人前後のチームが3年の年月をかけて完成させたとのこと(出典元)。そのクオリティを考えれば,驚くべき効率だ。極めて限られたリソースで制作されているので,Unchartedシリーズのような超大作には見劣りがする。だが,それを補って余りあるのは,「精神疾患を描く」という独自のコンセプトである。
精神疾患は多くの人の生活に影響を与えているが,AAAタイトルではあまり取り扱われない。Ninja Theoryは精神疾患の専門家と体験者の意見を取り入れ(出典元1,出典元2),バイノーラル録音とパフォーマンスキャプチャといった最新技術を活用して,患者から見た世界を表現している。これは,ほかのAAAタイトルとは一線を画す,忘れがたい体験である。
「Hellblade」は2017年8月にリリースされたが,3か月後に50万本のセールスを達成した。予想より早く制作コストを回収できたそうだ(公式Twitter)。
そして,昨年12月に発表された「The Game Awards」では「Best Audio Design」「Best Performance」「Games for Impact」を受賞した。「Game Developers Choice Awards」や「D.I.C.E. Awards」においても,技術部門やストーリー部門などにノミネートされている。ビジネスとして成功を収めたうえに,傑出した作品として評価を受けたのだ。
「Hellblade」の成功は,今後のゲーム業界にとって大いに意義があるはずだ。資金力のあるパブリッシャやデベロッパと言えども,ひたすら大艦巨砲主義に走る必要はない。もしパブリッシャが見つからなくても,確たるアイデアと技術力があれば,少人数で独創的なゲームを制作して利益をあげられる。
これまでのAAAタイトルでは語られなかったストーリーを,AAAに匹敵する技術力で描く。こうした道を「Hellblade」は示したのだ。
閉塞したゲーム業界に失望して,創作の自由を求めたNinja Theory。数あるデベロッパのなかでも,その志は非常に高いと感じる。
Ninja Theoryは「Hellblade」の開発手法がほかのスタジオの参考になるように,デベロッパダイアリーをYouTubeに公開している(YouTube)。彼らが投じた「インディペンデントAAA」という一石が,ゲーム業界にどのような変化をもたらすのだろうか。
■■Jerry Chu■■ 香港出身,現在は“とあるゲーム会社”の新人プログラマー。中学の頃は「真・三國無双」や「デビルメイクライ」などをやり込み,最近は主に洋ゲーをプレイしている。なるべく商業論を避け,文化的な視点からゲームを論じていきたい。 |
- 関連タイトル:
Hellblade: Senua's Sacrifice
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