レビュー
「シェンムーIII」発売直前企画(前編):1999年に現れた伝説のタイトル,初代「シェンムー」の物語と足跡を振り返る
とはいえ,第1作「シェンムー 一章 横須賀」が発売されたのが1999年。続編の「シェンムーII」は2001年発売である。昨年,両作品のリマスター版である「シェンムーI&II」がリリースされているが,最後に遊んだのはドリームキャスト版という人は,さすがにストーリーの記憶が薄れていることだろう。
しかし,それを理由に十数年の時を越えて帰ってきた「シェンムーIII」に腰が引けていたらもったいない! というわけで,初代「シェンムー」をじっくりと振り返ってみたい。かつて散策した横須賀の日々を思い出した人や,この機会に興味を持った人は「シェンムーI&II」をチェックしてみよう。
なお,ストーリーを紹介するという記事の性質上,ネタバレを含んでいるので,その点はご了承いただきたい。
「シェンムーIII」発売直前企画(後編):海を渡り,香港の地へ――「シェンムーII」の物語と足跡を振り返る
「シェンムーIII」(PC / PlayStation 4)の発売まで,あと2日と迫った。新しい旅の幕開けを心待ちにしている人も多いだろう。前編に続き,今回は2001年に登場した「シェンムーII」を振り返ってみたい。
「シェンムーIII」公式サイト
「シェンムー I&II」公式サイト
一介の高校生の日常に訪れた非日常
なぜ芭月 涼は旅立つことになったのか
1986年11月29日,雪が降る夕方。「シェンムー」の物語は主人公・芭月 涼(はづき りょう)が息を切らせて,自宅兼道場である「芭月武館」へと走るシーンから始まる。
芭月武館を襲ったのは,藍帝(らんてい)と名乗る謎の中国人だった。涼の父・芭月 巌(はづき いわお)に対して,“龍鏡”を渡せと迫る。
その場に現れた涼は,藍帝の拳法によって一撃で倒されてしまう。しかも,藍帝に「鏡を渡せ。さもなくばお前の息子を……」と脅され,巌はやむを得ず,鏡の在り処を明かす。鏡を手に入れた藍帝は「趙孫明(ちょう そんめい)を覚えているな……」と言い残すと,巌にトドメを刺して立ち去っていく。
それから4日後。藍帝にやられたダメージが回復し,ようやく動けるようになった涼は父の仇をその手で討つべく,藍帝を追うことを決意する。父はかつて人を殺したのか? そして,巌が所持していた龍鏡とは? 「シェンムー」の壮大な物語は,ここから始まるのだ。
とはいえ,そもそも何者なのかもよく分からない藍帝という男に父を殺され,その足取りも一切不明。まず何をすべきか……と考えたときに,「とりあえず警察に電話じゃない?」と思った人はなかなか鋭い。「シェンムー」ではさまざまなオブジェクトをズームして調べることが可能で,玄関に置いてある黒電話を使って通話ができるのだ。実はこの行動,リマスター版ではトロフィー(実績)になっている。
しかし,「今さら警察を頼っても仕方がない……」と受話器を置く涼。確かに通報したところで父が生き返るわけでもなし,父を殺した男への復讐が「通報」というのもアレだし。
それでは,どこから何をどうしたものか……と途方に暮れるかもしれないが,困ったときは手帳を開けばいい。現在の目的や新たに判明した事実などを,涼が書き留めている。
ひとまずウロウロしてみよう,と自宅を出て少し歩くと,段ボール箱に入れられた子猫を見守る女の子の姿がある。どうやら母猫が車にひかれてしまったらしい……。一見,本編とは関係なさそうに見えるが,話を聞いてみると,この子猫が母猫を亡くしたのは「黒塗りの車にはねられたから」だという。
この黒塗りの車の情報を取っ掛かりに聞き込みを続けていくと,車に乗っていたのが中国人だったこと,それが藍帝であることを突き止める。
この近辺に住む中国人に詳しい人を探すため,中国人夫婦が営む中華料理屋に話を聞いていくと,藍帝は「蚩尤門(しゆうもん)」と呼ばれるチャイニーズマフィアの一員である可能性が浮上。マフィアは出入国の関係上,港に出入りしていることが多い。「船員なら何か知っているのではないか」というアドバイスを受けた涼は,船員がよく立ち寄るというバーに向かう。
船員らしき者は皆,ガラの悪い男ばかり。涼は降りかかる火の粉を払う程度に男達をいなすが,この一件により,どうやら目をつけられてしまった……。
あまりにも手がかりに欠ける状況から,地道な聞き込みと足で稼ぐスタイルで少しずつ藍帝に迫っていく涼。このあたりで「『シェンムー』のシステムは殺人事件を捜査する探偵ものと相性が良いのでは」と感じるのだが,実際に「シェンムー」が築いた土台はセガの財産として,「龍が如く」や「ジャッジアイズ」へと受け継がれていると思う。
3Dで作られた町に配置された住人達。彼らと話して情報を得る。フラグを立てて次のパートに進んでいく。こうした作りは,さほど珍しいものではない。
しかし,フラグ立てばかりに気を取られていると,このゲームの最もおいしいところを味わえない。
寄り道こそ真のシェンムー道。
目的にとらわれず,“自由”を謳歌せよ
「『シェンムー』はオープンワールドの先駆けとなった作品」と言われることがある。だが,実際には少し違う。オープンワールドを称するゲームは,世界の広さをウリにしていることが多い。しかし,「シェンムー」の世界は決して広いわけではなく,むしろ意識的に狭いエリアでの体験を促しているように見える。
そして,一般的なオープンワールドと最も異なるのは,ディテールへのこだわりだ。広大なオープンワールドを持つゲームは,世界の広さと引き換えに細かい部分の作り込みが甘くなりがち。しかし,「シェンムー」は“限定的な空間における作り込み”に真髄がある。
ストーリー本編に関わるキャラクターはさほど多くないが,モブを含めると総勢300人以上となる。ドブ板商店街という下町を真剣に作り込んだ結果,人口もリアルになってしまったということだろう。ここまでやったゲームを,筆者は他に知らない。
また,モブはそれぞれに設定された生活パターンに基づいて行動している。中華屋の主人は朝早く,八百屋で買い出しをしている姿を見ることができ,バーのマスターは夕方に出勤してくる。昼間の商店街は多くの人が行き来しているが,夜間には閑散とする。
時間の経過がリアルタイムに反映されるゲームは存在したが,そこに住む人々の生活を作り込んだことで,時間の経過による変化はよりリアルに感じられるようになっている。何日も商店街をウロウロしていると,「○○さん,この時間はこんな所を歩いてるんだ」と思ったりするのだが,こんなことを考える自分に驚く。いかに生活感があるかということだろう。
プレイヤーが調べられるオブジェクトの多さも,「シェンムー」を象徴するポイントだ。街角の何気ない自販機も,ただのオブジェクトではなく,ちゃんとジュースを買って飲むことができる。
また,イベントの発生条件に時間が関係していることもあり,次にやるべきことが分かっていても,やむを得ず,時間を潰さないといけない場面もある。プレイヤーが意図的に時間を進めることができないため,「そういう時間をどう過ごすか」も「シェンムー」を楽しむポイントだ。
そんなときにはゲームセンターもオススメだが,「シェンムー」における“寄り道”の代表格といえば,やはりガチャガチャだろう。
涼は毎日,おこづかいを500円もらえる。つまり,ガチャガチャ5回分だ。それとは別に,最初から9800円も持っているので,序盤から延々とガチャガチャを回し続けることもできる。1万円を全部ガチャガチャにつぎ込む……子供の頃の夢が叶えられる!
ガチャガチャで得たフィギュアはコレクションページで確認できるので,当然,コンプリートを目指したくなる。しかし,取得条件がおそろしく難しいものがあり,コンプリートは至難の業だ。
ガチャガチャのほかにも,収集物は多く用意されている。とくにゲームセンターの「スペースハリアー」や「ハングオン」を1コインクリアするともらえる「認定証」は,純粋にゲームの腕前が問われるため,抜群にレアな一品だ。
ゲームが進むと涼がアルバイトをできるようになるので,アルバイト代をジャブジャブ注ぎ込んでもいい。しかし,「できるだけ出費は抑えたい……」という人は,くじ引きでセガサターン用ソフトの「スペースハリアー」と「ハングオン」を当てよう。これが手に入れば,自宅の居間にあるセガサターンで「スペースハリアー」と「ハングオン」が好きなだけ遊べるようになる。
とはいえ,これを当てるのは容易ではない。涼の最初の所持金,約1万円をすべてポテチ購入に費やし,くじを80回以上引いてみたが,2等(「スペースハリアー」または「ハングオン」を選べる)は当たらず。さらに80回の挑戦で,ようやく1本だけ当たった。
ただし,認定証はゲーセンで1コインクリアしないともらえない。あくまでもセガサターン用ソフトは,自宅練習用といったところだ。「ゲーセンで遊んだ後,ロードしたほうが早いのでは」と考える人もいると思うが,自宅でセガサターン版を遊ぶと,わざわざフタを開けてディスクを入れる様子が見られるうえ,電源をカチッと入れる音とディスクが回り始める音まで再現されている。サターン好きなら,これは見逃せない。
「スペースハリアー」と「ハングオン」の認定証だけでも,超高難度のやり込み要素だが,さらにスロットマシンにも景品が用意されている。「全アイテムコンプリート」を目指すなら,とんでもないボリュームになることは間違いない。
もう1つの鏡,“鳳凰鏡”。
舞台は新横須賀港へ
数日をかけてドブ板での聞き込み,探索をあらかた済ませると,まるで自分も下町の住人の1人になったような感覚を味わうだろう。
そんなとき,巌宛てに届いた一通の手紙によって,事態は大きく進展する。それは朱元達(しゅ げんたつ)という人物が,「鏡を狙う奴がいるので,気をつけろ」と注意を促す内容だったが,時すでに遅し。しかし,手紙には「陳大人(ちん たいじん)を頼れ」とも書かれており,涼が電話をかけてみると「新横須賀港の第8倉庫まで来るように」と言われる。
ここまでは自宅とドブ板を往復する毎日だったが,いよいよ新横須賀港という新たなステージへと移行する。
陳大人の話によると,鏡は「龍鏡」だけでなく,もう1枚「鳳凰鏡」が存在するらしい。巌は鳳凰鏡も持っていたかもしれない。そこで,涼は自宅を調べ始める。
ここからは謎解きが少々入ってくる。さまざまな場所を調べて鳳凰鏡を探し出すパートには,「シェンムー」ならではの,あらゆるオブジェクトをズームして調べることの楽しさが詰まっている。
厳重に隠されていた箱の中には,龍鏡と同じ形をした鳳凰鏡が収められていた。不幸中の幸いか,藍帝は鏡が2枚存在することを知らなかったようだ。巌は命を落としたものの,鳳凰鏡だけは無事,涼に渡せたことになる。そして,鳳凰鏡は涼を導く重要なキーアイテムとなっていく。
新横須賀港に来た最初の理由は「陳大人と会うため」だが,涼は香港行きの旅費を稼ぐため,港でアルバイトをすることになる。毎日,朝から夕方までミッチリと働くので,それまでのように自由な行動は取りづらい。
ただし,メリットもある。アルバイトによって,日払いの収入が得られることだ。フォークリフトで運んだ荷物の数によって賃金が変わるので,お金欲しさに自然とうまくなっていくはずだ。
毎朝,なぜかフォークリフトによるレースが行われるのだが,これはバイトに役立つ練習にもなる。さらにレース限定で取得できるフィギュアもあるのだ。
そして,このバイトには昼休みがキッチリ2時間も確保されていて,毎日のノルマも全然キツくない。しかもノルマを達成すると,荷物を1つ運ぶごとの給金が50円ずつ上がっていくという超ホワイトな職場。ぶっちゃけ,このバイトやりたい。
港には休憩所があり,ここでしか買えないガチャガチャがあったりする。バイトが終わればドブ板に帰って行動することもできるので,旅費のために稼いでいるはずのバイト代を己の欲望で使い果たすのもまた一興だ。ここが「シェンムー」の最も楽しい時期かもしれない……。
しかし,呑気にバイト生活ばかりしているわけにもいかない。新横須賀港には“マッドエンジェルス”と名乗る危険なゴロつき集団が存在し,陳大人と対立しているらしい。藍帝や中国人組織について聞き込みを繰り返していると,マッドエンジェルスの構成員が「何やら嗅ぎ回ってるらしいじゃないか」とインネンをつけてくるので,ちょくちょくバトルが発生するのだ。
涼は絡まれるたびにマッドエンジェルスを一掃し,ヤツラも「お,覚えてろよ!」的なテンプレを残して退散するのだが,彼らもやられっぱなしのまま黙ってはいない。ある日,マッドエンジェルスは原崎 望を拉致し,夜中に「女を返してほしければ,港へ来い」と電話をかけてくる。夜中はバスが走っていないため,涼は友人にバイクを借りて港に向かう。
港ではマッドエンジェルスのリーダー,テリーが待ち構えている。あわや大バトルかと思いきや,原崎を返す代わりに「陳貴章を痛めつけろ」と取引を持ちかけてきた。貴章を痛めつけることで,対立する陳大人の組織にダメージを与える目論見だ。涼はこれを承諾し,ひとまず原崎をバイクに乗せて,その場を立ち去る……。
涼と貴章は拳を交えることになるが,その最中にマッドエンジェルスが割り込んでくる。約束を違えたことに怒りを覚えた涼は,貴章と共にマッドエンジェルスに立ち向かう……のだが,なんと総勢70人の軍勢との連戦だ。
この戦いは「シェンムー」のバトルの集大成と言える場面で,やみくもにボタンを連打するだけで勝つことは難しい。技書を読み,駐車場で1人練習したり,ときには誰かに教わったりした数々の技を駆使するしかない。
壮絶な激闘の果てにマッドエンジェルスを倒した涼と貴章。陳大人と貴章の信頼を勝ち得た涼は,香港行きの船の手配をしてもらえることに。こうして涼は晴れて,香港へと旅立つのだ。
初代「シェンムー」は,ここでエンディングに突入する。「船代を稼ぐために頑張ってきたバイトは何だったんだ」という気もするが,どうせガチャガチャに使っていたから……。
オープンワールドとは似て非なるもの。
「世界を作り込むとは,こういうことだ」
失礼を承知で書かせてもらうと,筆者が1999年当時にドリームキャスト版「シェンムー」をプレイしたときの印象は「ただただ,奇妙なゲーム」だった。ご存じのとおり,とくに海外ではレジェンド的な扱いを受けている作品だが,少なくとも当時の日本国内における評価は決して高くなかった。そもそも大好評だったなら,とっくに続編が出まくっているはずだ。
映画やゲームにおけるストーリーはフィクションであるがゆえに,ドラマティックな展開が多い。プレイヤーに退屈な時間を感じさせないように,不要な枝葉を切り落とし,見どころを集約して組み立てていく。
しかし,「シェンムー」は違う。たとえば,「藍帝はもう香港に渡ったかもしれない」と聞いた後の展開だ。
通帳を開いて所持金が足りないことを嘆き,友人に「船便なら安くて行けるんじゃないか」という話を聞き,やっとチケットが取れたと思ったら旅行会社の人間にお金を持ち逃げされる。仕方なくアルバイトで旅費を稼ぐことになった後も,実際にフォークリフトを操作させて,バイトそのものを体験させる。それを何日間にもわたってだ。
後半に至っては,毎日の大半をフォークリフトのバイトが占めている始末。普通に考えれば,こんな地味でしかない内容をわざわざ描く必要はない(本稿でもカットした)。ゲームなのだから,仇敵が香港へ向かったと知った直後,港で船を探して密航――でもいいはずだ。
でも,「シェンムー」はそれをしない。しなかったからこそ,「シェンムー」は「シェンムー」になり得た。「これはフィクションだから」と物語を急いでいれば,ドブ板の住人との会話から得られる生活感も,住人と涼との距離感も知ることはなかっただろう。
涼がどういう町で育ち,その町にはどんな人が住んでいたのか。ガラの悪いヤツもいるけれど,どこか落ち着く下町。涼はそんな町に別れを告げ,無事に戻れるという保証がまったくないまま,香港へと向かう。その旅立ちの“重さ”を描くには,さまざまな小事件が必要不可欠だったのだ。
涼は「シェンムー」という“物語の主人公”ではあるが,“ゲームの主人公”ではないと感じる。
プレイヤーは涼を操作して,ドブ板や新横須賀港をその目で見て,さまざまな体験を得る。涼という人物が育った環境,涼を育てた町,そこに息づく善人と悪人。省いても差し支えないと思われる点を一つ一つ丁寧に描いていき,「ゲーム内で何かを達成すること」を目的とするのではなく,プレイヤーがそれに触れる“過程”と“体験”をゲームの主役に据えた怪作。それが「シェンムー」だと思う。
初代「シェンムー」をクリアした人のなかには,攻略本や攻略サイトで進行フラグを調べて進めた人もいるだろう。だったら今一度,行ったことのない場所を訪れたり,いろいろな人に話しかけてみてほしい。物語の本筋とは無関係な場所の異様な作り込みに気づいたり,まったく知らないイベントに出会えたりするはずだ。そして,20年前にこんなゲームが存在したという事実に驚くだろう。
続編「シェンムーII」は舞台が香港へと変わり,ドブ板や新横須賀港とはお別れとなる。もし初代「シェンムー」をプレイするのであれば,自由に散策できるうちにセーブデータを別に分けて保存しておくことをオススメする。日々のアルバイト代をガチャガチャやゲーセンで費やしてしまった,愛すべきドブ板商店街や新横須賀港での“生活”が楽しめるのは(現時点では)初代「シェンムー」しかないのだから。
※「シェンムーIII」発売直前企画【後編】は11月17日(日)12:00掲載予定です。
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