連載
「ゲームゲノム」Season2「甲虫王者ムシキング/オシャレ魔女 ラブ and ベリー」を振り返る。2作品がもたらした“おとなへの階段”とは
社会現象を巻き起こした2つのアーケードゲームは,なぜそれほどまでに子供たちを熱狂させたのだろうか。番組では,モデルの藤田ニコルさん,歌手で俳優の森本慎太郎さん,「ムシキング」のゲームデザイナー根布谷 朋範氏,「ラブベリ」のディレクター近野俊昭氏,MCの三浦大知さんをスタジオに迎え,両作品が当時のプレイヤーにもたらした“おとなへの階段”について語られた。
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「甲虫王者ムシキング」公式サイト
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20年前に巻き起こった伝説的なムーブメント
さかのぼること20年前。少年少女を熱狂させた2つのアーケードゲームが誕生した。1つはカブトムシやクワガタムシといった甲虫同士を戦わせて遊ぶ「甲虫王者ムシキング」(以下,「ムシキング」)。もう1つは,オシャレが好きなラブとベリーを着せ替えてリズムゲームに挑む「オシャレ魔女 ラブ and ベリー」(以下,「ラブベリ」)だ。
今となっては,ゲームセンター(コーナー)にキッズ向けアーケードゲームが立ち並ぶ光景は当たり前だが,20年前はそうではなかった。ゲームセンターにはUFOキャッチャーやプリクラはあるものの,ビデオゲームの類いは,格ゲーに音ゲー,レースゲーなどばかりで,キッズが楽しめるもの――とくに,お父さんやお母さんが快く遊ばせてくれるものはほとんどなかった。
お兄さんやお姉さんの遊び場であったゲームセンターは,2003年にセガが「ムシキング」をリリースしたことによってその光景が一変する。キッズをターゲットとしたアーケード向けトレーディングカードゲームとして稼働が開始されると,幼稚園から小学校低学年の男児を中心に空前のヒットを記録する。その人気はとどまるところを知らず,ついには社会現象にまで発展していったのだ。
「ムシキング」はゲームセンターのみならず,ショッピングセンターやコンビニにも設置されるほどの人気ぶり。そうして瞬く間に,ゲームセンターはファミリー層も足を運ぶスポットになっていった。当時は「ムシキング」の筐体前に順番を待つ子供たちの列が出来ていたし,マンガ,アニメ化によるクロスメディア展開を通じて,ゲームをプレイしていない層にも認知されていた。
その翌年,同社から「ラブベリ」がデビューすれば,これまた女児を中心に一大ブームへと発展。マンガ,映画化に加え,アパレル展開もさかんに行われ,そのビジネスモデルは後続の女児向けアーケードゲームに多大な影響を与えた。
2タイトルを合わせたカードの累計出荷枚数は,なんと7億7100万枚(※)。日本の人口のおよそ6倍にあたる枚数と考えれば,この2タイトルがもたらしたムーブメントのすさまじさがうかがい知れるだろう。社会的なムーブメントを巻き起こし,キッズ向けアーケードトレーディングカードゲームの礎を築いた「ムシキング」と「ラブベリ」は,まさに伝説的な存在なのだ。
※内訳は「ムシキング」4億9800万枚(2007年11月時点),「ラブベリ」が2億7300万枚(2008年6月時点)
「甲虫王者ムシキング」
子供たちに教えた勝負の神髄
「ムシキング」といえば,子供が憧れてやまないカブトムシやクワガタムシをフィーチャーし,普遍的な遊び“じゃんけん”の要素を取り入れた対戦ゲーム。根布谷氏によれば,「虫相撲を異種格闘技戦のようにアレンジし,子供だけでなく親も一緒に楽しめるコンテンツ」を目指したのが始まりだという。
筐体からランダムに排出されるカードをスキャンしてムシを呼び出し,わざカードと組み合わせて戦うのだが,甲虫たちが繰り出す必殺技は,どれもダイナミックかつムシ離れしたものばかりで素晴らしくカッコイイ。その様はまさに異種格闘技戦だ。
ムシは小型,中型,大型の3つに分類され,レアな大型のムシほど体力や攻撃力のステータスが高く,その総合値となる“つよさ”も高い。となれば、つよさの値が高いレアなムシを繰り出せば勝てそうに思えるが,そうはならないのが「ムシキング」の面白いところだ。
「大きいのが必ず勝つわけじゃなくて,小さいムシでも戦い方を考えてテクニックを駆使すれば倒せる。そういうゲームにしたかった」(根布谷氏)
大型のムシは体力や攻撃力が高い分,器用さを表す“テクニック”の値が低い。小型のムシはその逆で,つよさの値は控えめながらテクニックが高めに設定されている。ムシは自分のテクニックよりも高い数値の必殺技は使いこなせないため,大型は火力が高い反面使える技の種類が乏しく,小型は火力が低いものの技の選択肢が多い。多彩なワザを駆使すれば,小型甲虫もレアな大型甲虫と張り合えるロマンがあったのだ。
オウゴンオニクワガタを好んで使っていたという森本さんは,CPUとの対戦で負けてしまうことが多かったらしく,負けたときは相手と同じムシと技をスキャンして,戦った相手のマネをしながら勝ち筋を学んでいたと当時を振り返っていた。「ムシキング」で子供ながらに芽生えた“見て実際に試して覚える”という意識は,現在のSixTONESの活動にも生かされているそうだ。
「じゃんけんだからどこからでも逆転可能なんです」(根布谷氏)
勝敗を分かつのは,ムシや必殺わざの強さだけではない。バトルの軸となる“じゃんけん”の要素が一番のキモだ。プレイヤーは,ターンごとにグー,チョキ,パーのいずれかの手を選択し,相手とのじゃんけんに勝たなければ攻撃する権利を得られない。そこには,経験の有無も,ムシの強さも,綿密な前準備も関係ない,プレイヤー同士の読み合いが勝敗を分かつシビアな戦いなのだ。
劣勢な状況であっても,その後のターンでじゃんけんに勝ち続ければ逆転勝ちもありうる世界。じゃんけんの要素が生んだ不条理は,プレイヤーたちの心をかき乱し,勝利への期待をますます募らせた。
「オシャレ魔女 ラブ and ベリー」
オシャレはTPO,その先にあるものは?
番組の後半でスポットが当てられた「ラブベリ」は,「ムシキング」誕生から1年後の2004年に稼働が開始された女児向けアーケードゲームだ。キュートなオシャレが好きなラブ,クール系が好きなベリーのどちらかを選び,髪型,服,靴の3種類のカードでキャラクターを着せ替え,CPUとのダンスバトル(リズムゲーム)に挑む。
「オシャレの基本はTPO」(近野氏)
「ラブベリ」では,3つのアイテムの組み合わせがイケてるコーデほど“オシャレパワー”が高くなる。評価にも基準があり,TPOやキャラクター,トータルコーディネートに合っているかなどでパワーが算出される。たとえば,おしゃれな店が立ち並ぶファッションストリートならば,街の雰囲気に合ったカジュアルコーデが求められるため,目立つからという理由だけでドレスコーデをチョイスしても高得点は望めない。自分好みに組み立てたファッションはオシャレではないのだ。
このシステムについて近野氏は,オシャレの基本はあくまでTPOであるとし,「その先にある自分らしさを見つけ,キラキラとした表現力を磨いてほしかった」とコメントしていた。ゲームを通して,現実世界にも通用するファッションの基本を子供たちに教え,そのうえで自分の好みや個性を見つける助けになればと,開発者たちは願っていたのだ。
この話を受け藤田さんは,当時は自分がどんなコーデが好きなのか掴み切れていなかったと振り返り,「ラブベリ」を遊んで「いろんなコーデを試すうちに,自分の好きなスタイルが分かった」おかげで,個性を見いだせたと述べていた。
番組で触れられていない余談だが,モデルとして活躍する藤田さんの「ラブベリ」に対する思い入れは強く,過去には自身がディレクションするアパレルブランド「CALNAMUR」にてコラボアイテムを発売していた。そのコラボの際に公開されたコメントによれば,意外なことに小学生の頃の藤田さんは服のコーデをお母さんに任せていたそうだ。
しかし,ゲームを通してアイテム同士の相性を考えていくうちに,自然とファッションへの理解が深まりコーデを楽しめるようになったという。「『ラブベリ』のおかげで“ファッション人生”が始まった」という言葉からも,その思い入れの強さを感じ取れるはずだ。
当時の子供たちにとっての「ラブベリ」は,好きなアイテムを場所に合わせて使うオシャレの基本を学び,各々の個性を見つけだせるファッションバイブル的な存在だったと言えるだろう。
実際のゲーム画面を見れば気がつくと思うが,「ラブベリ」のダンスパートにはリズムゲーム定番のノーツが表示されていない。これは,オシャレを楽しむラブとベリーを見てほしいという開発者の想いが込められているそうだ。ノーツを表示させてしまうと,プレイヤーはノーツばかりに意識がいってしまい,とっておきのコーデで着飾ったラブとベリーに目がいかなくなってしまう。そのため,あえて表示させない形をとったという。
カードは宝物であり,コミュニケーションツールでもある
「ムシキング」のカードには,ムシたちの生息地や学名,体長,性格が記載されており,ファイリングすれば知的好奇心を満たしてくれるムシ図鑑が完成する。一方の「ラブベリ」も,アイテムごとの説明と実践できるファッションテクニックが書かれており,子供たちはオリジナルのファッション誌を作る感覚でファイリングを楽しんでいた。
ゲームをプレイしていないときも,カードを眺めてその世界に浸れる体験は,トレーディングカードゲームならではのプレイ体験だ。森本さんと藤田さんが「寝る前にすっごい見てた」「そう! なぜか寝る前にね!」と,当時のエピソードをうれしそうに語っていたのがとても印象的だった。
そもそもキッズ向けのアーケードゲームを開発するなかで,トレーディングカードにこだわった理由とはなんだったのだろうか。「ムシキング」では“ブラック博士”として,「ラブベリ」では“ダンディ植村”として知られる両作のプロデューサー植村比呂志氏は,番組に寄せたメッセージでこう答えていた。
「筐体の前に順番待ちの列ができると,その待ち時間でカードを見せ合ったり,交換したりして知らない子たちと仲良くなれる。そういうコミュニケーションを遊びながら体験してほしかった。それが大人になっても,大事な力になってくれたらと願っていました」(植村氏)
氏の願いのとおり,子供たちにとってカードは宝物であり,共通の話題を生むコミュニケーションツールであったように思う。初めて会う相手であっても,カードをきっかけに対戦を申し込んだり,トレードしたりと,同じゲームを楽しんでいる相手だからこそ物怖じせずに話せた,そんな経験をした人もいるのではないだろうか。
「この2作にはシビアなところがある。それが大人の階段を上るための重要なピース」(三浦さん)
“キッズ向け”でありながら,両作にはおままごとではないゲームとしてのシビアさがあった。だからこそ勝負に負ける悔しさを味わい,打ち砕かれようともリトライする心が培われ,すぐには正解にたどりつけない面白さを噛みしめられる。
「ムシキング」と「ラブベリ」は,娯楽としての楽しさだけでなくゲームを通じて人生をより豊かにする“学び”を子供たちにもたらしてくれていた。その学びは,おとなへの階段をのぼりゆく子供たちの背を押し,今もなおその心に寄り添い続けていることだろう。
2024年1月10日 放送開始(全10回)
毎週水曜日 23:00〜23:29/NHK 総合(予定)
※「NHK プラス」で1週間見逃し配信あり
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