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老舗デパートに海外ボードゲームが勢揃い。日本橋三越本店で開催された催事イベントで,カナイセイジ氏のトークセミナーを聞いてきた
この「はじまりのカフェ」とは,「デパートのお客様に“初めて”に出会ってもらう」というコンセプトで常設されている売場だ。これまで物を売ることを主体に考えてきた百貨店が,「体験を提供する」ことにフォーカスしてみようという試みだそうで,週替わりでさまざまな展示やイベントが行われている。そうした体験を通じて,お客さんにより豊かな生活を提供することが狙いなのだそうだ。
中央にはキッチンカウンターがあり,これを用いた料理教室などがよく行なわれているそうだが,ここで行われる“今週のテーマ”が「世界のボードゲーム」というわけだ。
その一環として6月3日には,アナログゲームデザイナー・カナイセイジ氏が招かれ,ボードゲームの現在について語るトークセミナーも行われた。本稿ではその模様をレポートしていこう。
はじまりのカフェ 公式サイト
「ラブレター」公式サイト
広いスペースでおしゃれにゲーム選び。カナイセイジ氏によるトークセミナーも
今回の催事はアナログゲーム大手のホビージャパンの協力で開催されたもの。これは,三越側からホビージャパンに依頼があったそうで,会場では権威ある「ドイツ年間ゲーム大賞」を受賞した作品を中心に,ホビージャパンで発売している海外ゲームの日本語版が展示・販売されていた。とくに今回は,初心者からゲーム好きまで幅広く楽しめるものを中心にタイトルを選んできたそうで,ややコア向けなイベントであるゲームマーケットなどとは,少し趣の異なるスペースとなっていた。
初日となる6月3日に行われたカナイセイジ氏のトークセミナーは,約1時間にわたり日本のボードゲームとそれを取り巻く環境について,簡潔に紹介する内容となった。以下にその内容をかいつまんで紹介していこう。
カナイ氏によるトークは,まず日本におけるボードゲームの現状について再確認するところからスタートした。それによれば,日本で昔から遊ばれていたボードゲームは,「人生ゲーム」や囲碁・将棋くらいしかなかったという。それが1990年代中盤くらいから,新しいタイプのボードゲームが遊ばれるようになり,ここ数年で流行の兆しを見せている。
では,なぜ新しいタイプのボードゲームは受け入れられたのか。
例えば「人生ゲーム」などのすごろく系ゲームは,誰でも盛り上がって楽しめるが,サイコロの目に大きく左右される分思考の余地は少ない。一方囲碁や将棋は研鑽を積むことで深い楽しみを得られるが,その分実力差がある場合は何度やっても強い人が勝つ結果になる。トランプや麻雀は運と実力のバランスという点でこれらの欠点を克服しているが,この場に展示されている新しいボードゲームにあるような「作物や家畜を育てて農園を作る」とか「軍隊を派遣して大陸を征服する」といったテーマを読み取ることは難しい。
こうしたテーマやストーリー性があること,そして顔を突き合わせてコミュニケーションできること,さらには勝つために真剣に考えて頭を使う楽しみがあること。それらがうまく組み合わされていることが,新しいタイプのボードゲームの魅力なのだそうだ。
氏によれば,ここ数年の日本で,こうしたボードゲームに注目が集まるようになったのには,二つのきっかけがあったという。
一つは,東日本大震災。電源を使わずに家族で遊べるゲームが注目された。もう一つは,「人狼ゲーム」がメディアに露出してブームになったこと。日本におけるボードゲーム人気は,ここから広まっていった。さらに補足するなら,かつては輸入するしかなかった海外ゲームに日本語版が登場するようになり,量販店やネット通販などで手に入れやすくなったことも追い風になったという。
一方,欧米では家族でボードゲームを遊ぶ文化が昔からあった。ボードゲームと言えばドイツが本場として有名だが,今はフランスやアメリカで作られたゲームが勢力を強めており,地域ごとに特色もある。例えばドイツのゲームには緻密なものが多く,フランスはコミュニケーションを重視,アメリカはコンポーネントが多くていかにもゲームらしいものが多い……といった具合であり,また日本以外のアジア圏のゲームも,まさに今伸びてきているそうだ。
そんな中,ボードゲーム先進国である欧米圏からも熱い注目を受けているのが,日本産のボードゲームだ。その特徴は海外からの「ミニマリズム」という言葉で表されており,「小さく,シンプルなゲーム」を意味している。まさにカナイ氏の「ラブレター」のような内容物の少ないものがこれにあたるという。
日本産のボードゲームが,この「ミニマリズム」に流れたのは,日本市場の特殊性によるとカナイ氏は説明した。
まず,日本市場には海外と比べゲームデザイナーがとても多いという特殊性がある。これはボードゲームの商業的な出版体制が整っていなかったため,在野のボードゲームデザイナー達が,同人ゲームに発表の場を求めたためで,その結果,欧米のように有力パブリッシャの開発者囲い込みや,リソースの集中が進まなかった結果なのだそうだ。
一方で,作り手は多いものの発表の場は限られている。大きなパッケージを何百箱と在庫に抱えておくことは日本の住宅事情が許さず,そこで日本のゲームデザイナーは,小さな箱のゲームに活路を求めるようになった。
転機となったのは,4Gamerでも何度か紹介している,ゲームマーケットにおける「500円ゲームズ」企画だ。原価500円を超えないゲームを作り,500円で販売して気軽に買ってもらうというこの企画に,多くの人が賛同した。その後,流れを引き継ぎアイデアで勝負する小さいパッケージのゲームが増えた結果,これが海外パブリッシャーの目に止まり,広く海外でも賞賛されるようになった。これが日本における「ミニマリズム」の成り立ちというわけだ。
ただし,安くて小さいゲームが多くのファンを獲得したことは,成功であり失敗でもあると氏は語った。アマチュアの熱意から生まれたゲームが,高い原価率で安く販売される状況は,商売として考えれば健全とは言い難い。
「こんなに安いのにたっぷり遊べる」というゲームが一般的になりすぎると,大型で“重たい”ボードゲームを楽しむという次のステップに,市場全体が進みづらくなることにつながる。日本のボードゲーム市場“全体”を見渡した場合,果たして将来的に良いことだったのかについては,意見の分かれるところかもしれない。
セミナーの最後には,カナイ氏自身が今注目しているタイトルを幾つかピックアップし,紹介が行われた。
なかでも氏がとくに推していたタイトルはグランディングの「街コロ」で,なんと同作は日本人ゲームデザイナーの作品として初の「ドイツ年間ゲーム大賞」にノミネートされることとなっている(関連記事)。もし受賞が叶えばアジア初の快挙となるわけで,カナイ氏自身も「大賞にふさわしいと思っている」と語っていた。7月6日の授賞式が楽しみだ。
また,今回展示発売されている中で入門用としてお勧めなタイトルとして,反射神経系のゲームで世界的に大ヒットとなった「ドブル」と,先日テレビで木村拓哉さんが紹介したことで話題にもなったアート系ゲーム「ディクシット」が挙げられ,セミナーは幕となった。
セミナーの定員は10人だったが,訪れた人は皆メモを取りながら,熱心にカナイ氏の言葉に耳を傾けていた。自身もボードゲームを作っているという人や,出版関係者の人なども多かった様子 |
「はじまりのカフェ」のセミナーは本日3件開催。老舗百貨店らしい内容と並ぶと,ボードゲームはやや異彩を放っている |
ボードゲーム催事企画の第2弾も?
最後に,「はじまりのカフェ」スタッフであり,今回の催事を企画した諸橋氏に,企画の趣旨をうかがってみた。それによれば,今回「世界のボードゲーム」をテーマにした理由は大きく二つあり,一つは日本で最近注目度が上がってきているボードゲームを,もっと広めていきたいということ。もう一つは,「カルチャーリゾート百貨店」として日本一楽しめる店,遊べる店を目指す日本橋三越本店の狙いと,ボードゲームの持つ普遍性が合致することだという。
今回訪れるお客さんも,百貨店全体の客層とは違って20〜40代の男性が多く,仕事の合間に立ち寄る人も少なくないそうだ。今回のセミナーも普段のイベントと違って男性の参加が多く,いつもとは違う客層だったそうで,これをきっかけに,今後も「はじまりのカフェ」に遊びに来てくれたら,と語っていた。
歴史のある百貨店という,これまでとは違った場所で新たな客層にアピールを始めたボードゲーム。どんどん広がっていく裾野を感じさせるイベントとして,筆者としてもとても興味深く感じられたイベントだった。
なお諸橋氏は,今回の企画が好評なら,次は日本のゲームを中心に取りそろえるなどの展開も考えているとのことで,ボードゲームファンはこちらもぜひ期待しておこう。
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