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[CEDEC 2014]日本人の心に響く,和楽器の音色と邦楽の旋律。ゲーム音楽に和楽器を導入する「和楽器推進委員会」が,そのノウハウを語る
かくして弦楽器のソロなど,かつての音源では「どうもイマイチ」「何か違う」がつきまとったパートの問題は大幅に解消された。同時にこれは,和楽器と邦楽をゲーム音楽として積極的に採用できる環境が開けたことも意味する。邦楽特有のテンポの揺れや,音色として鳴る音以外の音を積極的に取り入れた奏法(尺八の,いわゆる「ブレス」音であるとか)も,その演奏そのものをデータとして取り込んでしまえば,問題なくBGMとして使えるためだ。
だが和楽器と邦楽は,西洋音楽とはまた違った特性をいくつも有している。ゲーム音楽の中で和楽器を使うにあたって,どのような問題や苦労があるのだろうか? 「戦国無双」シリーズや,「討鬼伝」(PSV / PSP)などでゲーム音楽に邦楽を取り入れてきたクリエイターとアーティスト達が,そのノウハウを語った。
登壇したのは,中條謙自氏(ATTIC INC. 代表取締役/サウンドプロデューサー),稲毛謙介氏(テンペストスタジオ 代表取締役/作編曲家・音楽プロデューサー),坂本英城氏(ノイジークローク 代表取締役/作編曲家),渡辺峨山氏(音楽舎にしき 尺八演奏家)の4名である。
中條謙自氏 |
稲毛謙介氏 |
坂本英城氏 |
渡辺峨山氏 |
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さまざまな「和楽器」
講演では,まず最初に講演者が今までレコーディングで使ってきた楽器が紹介された。
・尺八
長さはさまざま。長さによってキーが違う。尺八の楽譜は五線譜ではないので,演奏の前には五線譜で書かれた楽譜を尺八の譜面に書き換えなくてはならない。これは和楽器全般に言えることで,録音当日になって五線譜をどっさり渡すと,譜面の書き換えで数時間が必要になることもあるという。
・篠笛
篠笛にもさまざまな管がある。キーによって管を変える必要があったり,そのほうが楽に演奏できたりする。
・能管
能のときに使われる楽器。絶対的な音階が出ない。楽譜に起こそうとすると大変なことになる。
ニュアンスを伝えるため,ディレクター側が「そこは『オヒャー』でお願いします」といった不思議な指示が出ることもあるとか。
・琵琶
写真は五弦琵琶。四弦琵琶もある。もちろん,それぞれ音のニュアンスが違うので,ディレクションする側が,どちらの琵琶を使うかを指定するのがベストだという。演奏するときは胴をバチで激しく叩くため,そこから音を拾うのが大変だそうだ。・三味線
三味線には非常に多様な種類がある。最低でも,棹(さお)の太さで三種類。バチもコマも種類が多い。このため三味線を使う場合は,どの種類の三味線を使うか,しっかりと考えて選ぶ必要がある。・箏
十七弦という,いわばベースに相当する箏もある。流派によって爪の形が違う。・小鼓
渡辺氏曰く「ジャパニーズ・ストラディバリウス」。写真の胴は300年以上前のもの。皮も150年近い。・大鼓(おおかわ)
硬質な音をさせる鼓。演奏の前に,皮を温める=焙(ほう)じる必要があり,所要時間はだいたい2時間。こちらの皮は6回くらいの演奏で使えなくなる。指にキャップ状のものをつけて叩くことも |
皮を焙じているところ |
・各種金物
「ちゃっぱ」「当たり鉦」など。このほかにも多くの種類の和楽器を使ってきたとのこと。楽器一つとっても,「和楽器を使って音楽を作ってみたい」と考えた場合に,確認しておくべき点が多いことがよく分かるだろう。
重要なのはコミュニケーション
さて,楽器についての説明を聞くだけで,いきなりハードルの高さを感じてしまう邦楽の世界だが,百戦錬磨のクリエイター陣にとっても,それは同じだという。「アーティストを呼んだら,怖い人がくるんじゃないか」というイメージは,冗談まじりとはいえ,漠然と共感できてしまうのではなかろうか。
だが言うまでもなく,これはただの偏見である。偏見なのだが,そのターゲットたる渡辺氏もまた「そういう感想はよく言われます」とのこと。「渡辺峨山」といった,ちょっといかめしい名前(号)と相まって,お固いイメージがつきまとうらしい。
が,このイメージは「峨山さんとお会いして180度変わりました」「みなさんフランクです」と壇上の皆が口をそろえて言うように,完全に先入観に過ぎないそうだ。
イメージの問題はさておき,実務としてはどのような問題があるのだろうか。
まず邦楽は転調に弱いという問題がある。例えば尺八の場合,指穴は5つ。この指穴を1/4だけ開けたり,3/4開けたりすることで「間の音」を吹いていくことになるが,「標準的な一尺八寸の管では3フラット・2シャープくらいが限界」と渡辺氏は語る。これは箏も同様で,ある程度までは対応できるが,転調が多くなると「1小節ごとに調弦を変える」ことすら必要になってくる。
ただ,では作曲家は転調の少ない曲を作っていくべきかといえば,渡辺氏はこれを否定し,「苦しいけれど,苦しみの中から良いものが生まれてくる。配慮してもらえるとありがたいけれど,避けてはほしくない」と語った。困難に対して,それをどう克服していくか,みんなでコミュニケーションを取りながら,あるいは楽曲自体を現場でアレンジしながら,進めていくのが重要というわけだ。
またこのことには,作曲する側が楽器の特性をあまり意識しない,独りよがりなメロディを作ってしまう危険性を避けられるというメリットもあるという。
この「コミュニケーション」には,いろいろと大きなポイントとなる。
実際,戦国無双で初めて邦楽を取り入れたときは,作り手としても「何をやっていいのかさっぱり分からなかった」ため,渡辺氏には「演奏だけでなく,邦楽関係のディレクションもお願いした」という。
というのも,単に和楽器を使うといっても,最初に示したようにその種類は多い。当然,一人の奏者がすべてを扱えるわけではない(複数を演奏できる奏者は珍しくないとはいえ)。したがって,本格的に邦楽を扱うとなると,複数の演奏者とコミュニケーションを取っていかねばならなくなる。
ここにおいて,邦楽に詳しいとは言えない作曲者側と,プロの邦楽演奏家の間で,互いに「何をしてほしいのか」「何をさせたいのか」を共有し,さらにはそのイメージを「邦楽演奏家に向けた言葉で説明する」仲介役の果たす役割は大きい。
と,こうして説明を聞いていくと「やっぱり邦楽は難しそうだ」「大変そうだ」というイメージがついてまわる。そして実際,けっして簡単なことではないのも確かだ。
が,だからといって最初から完璧を期すために邦楽の教科書を勉強して――というところから始めようとしても,「わけが分からなくなる」と言う。それよりはむしろ,実際に着手してしまって,音や演奏を実際に聞くことから始めたほうが,よりスムーズだそうだ。
これについては渡辺氏も「日本で育っている限り,皆さんどこかで邦楽のテイストを持っている」と指摘した。「そのテイストを消さないように譜面に書いてもらえれば,そこがスタート地点になる」というわけだ。
これらに加えて,渡辺氏は事前準備の重要性を語る。
まずそもそも,先に指摘されたように,五線譜を邦楽の譜面に書き換えるだけで結構な時間がかかる。だがそれだけでなく,事前に打ち込みで作られたサンプルを聞いておくことで,作曲者がどういうことをしたいのか,またその意図をより良い形で実現するには何ができるのか。楽器の準備も含めて,これらについて演奏者が事前にイメージできるのは大きい。
尺八の特性と「それっぽさ」
さて,では実際に,和楽器にはどのような特性と,可能性があるのだろうか。尺八奏者である渡辺氏が登壇していることもあって,今回は尺八に絞った形で,簡単な講義の時間とあいなった。
まず尺八の構造から。
材質は竹(和竹)の一番根っこの部分で,7つの節で作られることが多い。
当然だが中身は繰り抜かれており,内部には漆が塗られている。このため,水洗い可能なくらい,湿度には強い。その半面,乾燥に弱い(なお尺八に限らず,邦楽器は湿度に敏感なので,レコーディング・スタジオの温度と湿度の管理は重要だ)。
音階は下からレ・ファ・ソ・ラ・ド。指穴の開け方によって,その中間の音が出せる。
大きな特徴として,歌口と唇の距離によって音が変わるというものがある。尺八特有のビブラートは,これを利用することになる。
また,指穴の開け方で音階を作るため,音によって音圧が変わる。これは弱点ではあるが,うまく使えば「美味しい」表現となる。作曲者としては「そういうことがある」ことを知っておくのは重要なポイントで,これを知らずに譜面を書くと,重要な音の音量が十分に出ない,ということにもなりかねない(もっともこの場合,奏者のほうで管を変えて,キーを変更することによって対応することもできる)。
長さにはいろいろあり,一尺八寸を標準として,一寸ごとに半音キーが変わる。例えば一尺六寸なら,都合1音高いことになる。最長は二尺六寸。
二尺六寸は往々にして作曲者に好まれるらしいが,奏者としては厄介だという。管が長いぶん,反応が遅いので,細かいフレーズが苦手になるのだ。「長い管を使う場合は,細かいフレーズは避けたほうがよい」というのが渡辺氏の指摘である。
同様に,普段邦楽に触れない人が好む奏法として,「ムラ息」と呼ばれるものがある。これは音にブレス音を乗せる奏法で,オープニングなどで使いたくなる「それらしくて,かっこいい音」だが,息を強く吹き込む必要があるため,奏者は疲労する。
そしてこの「それらしくて,かっこいい」が,次の大きなテーマとなる。
和楽器の良い演奏を引き出すには
普段邦楽に触れていない人にとって,ムラ息のような「いかにもな音」は,それだけでインパクトを感じる。このため楽曲の中でも,アクセント記号を大量に打って,「それっぽく」仕上げたくなりがちだ。
だが邦楽の奏者にしてみると,奏法にはもっといろいろあるし,「ここでムラ息?」という不自然な楽譜になってしまっていることもままあるという。そういった不自然な譜面を忠実に演奏するより,「より良い演奏」があり得るのだ。
ではいったい,どうしたらその「より良い演奏」を引き出せるのか?
会場では,この講座のために書かれた譜面を用いて,「どういう楽譜を書くと,どういう演奏になるか」を,渡辺氏の演奏を交えながら解説が進められた。
最初はまず,楽譜に細かなニュアンスまでがっちりと指定を行った場合。作曲者の思う「これって和楽器らしいじゃない!」を,全部書いてしまっているケースである。
だが実際に演奏してもらうとなると,奏者には違和感が残る。「もっと良くできるのに」感が湧き上がるのである。
もちろん,ここでただ「曲を作る」「曲を演奏する」だけの関係であれば,奏者は楽譜どおりに演奏して,それで終わりだ。しかし相互にコミュニケーションができていると,ここから楽曲を改善していくプロセスが始まる。
では実際にどうするか。ここで「細かな指定をほぼすべて排除した譜面」が登場する。具体的にどう演奏するかを,奏者にお任せするという,良く言えば信頼関係,悪く言えば丸投げである。
だが実際,奏者の自由を保証したほうが,楽曲はより「尺八らしさ」が出たものとなる。なにせ奏者のほうが,楽器や邦楽に触れている時間が遙かに長いのだから,これは当たり前と言えば当たり前だろう。例えば邦楽の場合,4/4の1小節に四分音符が4つあったとしても,演奏のテンポが微妙に揺れることがあるという特性があり,これは西洋音楽メインのクリエイターとの間で齟齬を起こしやすいポイントなのだそうだ。
これをさらに進めると,指定として「好きなニュアンスで演奏してください」という指定が入るようになる(あるいは日本語で「○○というイメージで」と書き込む程度)。これで良い結果を生むには作曲家と演奏家の間で強い信頼関係が必要だが,経験から言うと「これが最良の結果につながる」という。
これをさらにさらに進めると「8小節アドリブ」のような譜面が出てきたりもする。大胆不敵な指定だが,実際にゲームで使う楽曲でこれをやったことがあるというから驚きである(もっとも,かつてセガの「アフターバーナー」のアレンジCDでは,後半のギター部分が完全アドリブだったというから,そういうものということもできる)。
もちろん,すべてがこういうフリーダム進行というわけでもない。例えばほかの楽器とのユニゾンが必要になる場合であれば,当然指定はガッチリと入れなくはならない。
日本人だからこそ作れるものを
このように,和楽器を楽曲に取り込んでいくというプロジェクトは大きな成果を上げてきたが,これは「ただ邦楽演奏家を集めて収録するだけでは無理だった」という。渡辺氏という,キーマンと接触できたことが,この結果につながっているのだ。
このことは,民族音楽全般に言える。「人を感動させるものを作っているのだから,ハートが通じあっていなくてはならない」というわけだ。
ちなみに,そもそも中條氏が和楽器をゲーム音楽に取り入れていこうと思ったのは,21世紀に入って少し経ったころに巻き起こった「これからは世界市場」ムーブメントが原因だったという。上司から「世界市場に売っていくから,世界に通じるものを作って」という無茶ぶりが,そのスタート地点だったのだ。
これに対して中條氏が出した結論が,「日本人が,日本人らしいところを強調していこう」という方針だった。その後,さまざまな「グローバル展開」が討ち死にしていった今,教訓として示されたのが「日本ならではのものを作る」ことだったことを振り返るに,これは大いに先見の明があったといえるだろう。
ゲーム音楽は,今なお進歩し続けている。昨今では,BGMの自動生成技術も注目を集めている話題だ。ここにおいて,和楽器や邦楽がどう取り入れられていくのか,期待したいと思う。
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