企画記事
NHK「ゲームゲノム」第9回「This War of Mine」視聴レポート。正解のない問いに直面し,“自問自答”を繰り返したプレイヤーは何を見出すのか
番組のMCは,歌手・ダンサーの三浦大知さんが担当。ゲストに,インディーズゲームのファンで本作にも心を動かされたという女優・タレントの結さんと,海外のインディーズゲーム事情に精通したゲームライターの徳岡正肇氏を迎え,「自問自答」というテーマのもと,本作の魅力を読み解いていった。
This War of Mine(2014年11月14日)
「This War of Mine」は,ポーランドの11 bit studiosが2014年にリリースしたインディーズゲームだ。本作は戦争を扱ったゲームではあるが,主人公は銃を持つ兵士ではなく無力な一般市民で,11 bit studiosは「戦わない戦争ゲーム」と表現している。そんな風変わりな作品とも言える本作だが,これまでに世界で700万本を超える販売本数を記録している。
舞台となるのは,内紛の続く架空の町「ポゴレン」。戦争の最中,料理人のブルノ,ジャーナリストのカティナ,そしてスポーツ選手のパヴェルの3人が,同じシェルターに避難してきたところから物語は始まる。プレイヤーは,この3人を切り替えて操作しながらゲームを進めていく。
ゲームは2つのパートに分かれており,戦闘が激しい昼間はシェルター内にとどまって作業を進める「生活パート」をプレイする。シェルター内には,食料などの物資があり,たとえば木材を利用するとベッドを作成できる。
しかしシェルター内の物資は限られており,閉じこもったままで生活を続けることは不可能だ。そこで戦闘の落ち着く夜に,シェルターの外に出て物資を調達する「探索パート」が始まる。シェルター周辺には戦火に見舞われ破壊された病院やホテル,空港などが点在しているので,それらの施設に忍び込み,物資を集めていく。
この生活パートと探索パートを繰り返して,戦時下を生き抜き終戦を待つ……というのが本作のゲームサイクルである。ただし,終戦の日やゲームクリアの明確な基準がゲーム中に明示されることはない。
戦時下で突きつけられる“問い”
番組では,シェルターに避難して12日めに,ブルノが病気になってしまうという展開が示された。小さなアパートに多数の医療品があるという情報を掴んだので,パヴェルを操作し探索にいくも,建物内には住人がいた。とっさに身を隠すが見つかってしまい,さらにナイフで切りつけられ,パヴェルは負傷してしまう。
病人と怪我人を抱え,最悪2人とも死んでしまうかもしれない大ピンチの中,カティナを操作して安全に医療品を得られる場所を探していると,老夫婦が暮らす一軒家にたどり着く。パヴェルのときとは違い,攻撃してくる様子はないため部屋を物色すると,医療品が見つかった。しかし老人は「体調の悪い妻のためのものだ」と,盗まないよう懇願してくる。仲間のために医療品を奪うのか,それとも良心に従い何も取らずに立ち去るのか。プレイヤーは,この問いに答えを出さなければならない。
この展開を受けて三浦さんは,本作ではどこかに行って何かを入手しなければならないとき,誰かと戦わなければならないのか,あるいは盗まなければならないのかと,プレイヤーが自問自答する局面に立たされることになると話す。
結さんは,本作は敵のいないゲームであるとし,登場するキャラクターは3人の主人公を含めて全員が一般市民であり,ただ生き延びたいだけであると言う。ほかのゲームでは,目の前にアイテムがあれば躊躇なく自分のものにできるし,そこに疑問を持つことはなかったが,本作では他人の所有物を盗むなど,自分の手を汚す瞬間を,理解した上自分で決めなければいけないため,仕方なく選び取った選択肢ではあっても,心をものすごくかき乱されると語った。
徳岡氏は,語られない,描かれない部分が本作の特徴の1つであるとする。たとえば上記の老夫婦のシーンは,映画のようなカットシーンが流れて,ドラマチックな盛り上がりを見せるというものではなく,短いセリフと画面内の小さなキャラクターの動きだけで,何が起きているのかをプレイヤーに想像させていると説明した。
また結さんは,冬が来たのに木材が尽き,どうやって寒さをしのぐかとなったときに,主人公達の心の拠りどころとなっていた本を暖炉にくべるかどうか選択を迫られた自身のプレイ体験を例に語る。主人公達が何か結さんに語りかけたり,結さん自身がその本を読んだりしたわけでもないのに,その本を燃やしたくないという辛い気持ちになったそうだ。
結さんの発言を受け,三浦さんは本作をプレイすることにより,自分が本質的に大事にしているものや,自分の感情に気づかされると話す。
また徳岡氏は,11 bit studiosの開発スタッフによる「究極の状態においてやっていいこと,いけないことはもちろんある。しかし,生き延びるという選択の前に,間違いはない」という旨の発言を紹介。やってはいけないことは本作にもあるが,それをやれないようには“なっていない”ことを指摘した。
生き延びる答えがもたらす新たな問い
カティナがやむを得ず老夫婦から略奪した医療品によって,ブルノとパヴェルは一命を取り留める。しかし 助かったパヴェルの様子がおかしいため,彼の日記を読んでみると,老夫婦に対して罪悪感を抱いていることが判明する。そしてパヴェルのステータスには,“悲しい”状態が加わることに。
後日,カティナのキャラクターで老夫婦の家を訪ねることになるが,中には誰もいない。自分が医療品を奪ったせいかもしれないと考えたカティナは,うつ状態に陥ってしまい,作業の手を止めて嘆くようになり,生きるために必要な行動に支障をきたしてしまう。
そこでカティナの代わりにパヴェルで物資を確保しようと,とある倉庫を訪れるが,そこには見張りがいて,逃げようとしたパヴェルは撃ち殺されてしまう。それを知ったカティナはうつ状態がさらに進み,精神崩壊状態になってしまった。こうなると操作を一切受け付けなくなるため,以降はブルノ1人で昼と夜の作業をこなさなければならない。
悪いことは続くもので,ブルノが探索に出ていた夜間,シェルターは強盗の襲撃を受け,貴重な物資が略奪されていた……。このように本作では,主人公達の心を追い詰める戦時下の悲劇が描かれるが,その絶望感はいつしかプレイヤーの心にも重くのしかかってくるのだ。
三浦さんは,人間は何か選択したときに,本当にそれでよかったのか自問自答すると,いろんな感情が生まれるが,本作ではそうした主人公の感情をステータスで明示していることに言及した。
また結さんは,ほかのゲームでは数値やバーで心の限界を示すが,本作ではそれが一切分からない。ゲームのキャラクターだからといって何をさせてもいいわけではないと指摘する。主人公達は悪いことをしたら悲しむし,罪悪感で悲しむところが共感を呼ぶとし,現実でも他人の気持ちや心の限界が分からないけれども,本作をプレイしていると同じような感覚になり,自然と他人を心から気遣うようになると語った。
さらに三浦さんは,2人組の子どもが,母親が倒れたため医療品を求めてシェルターを訪れる展開が印象に残っていると話す。主人公達は手持ちがないため,何日か探索するのだが,なかなか医療品は見つからない。その間,毎日のように子ども達はシェルターを訪れるのだが,ある日を境にパタッと来なくなる。その後,子ども達と母親がどうなったかの描写はないが,三浦さんは別の選択をすることができていたら,何か変わっていたのかなと自問自答したという。
この話を受けて徳岡氏は,本作の重要なポイントとして,人間の持つ“ままならなさ”を挙げた。たとえば,極限状態ではなくとも「今日仕事したくないな」という気分になるなど,人間には自分の感情をコントロールできないところがあり,そういったままならなさが本作では表現されているという。だからこそ,本作のキャラクター各自はゲームの駒ではなく,個性を持った人間として共感できるのだと説明していた。
リアリティーが問いを鋭くする
番組では,11 bit studiosの代表を務めるプシェミスワフ・マルシャウ氏に対するインタビュー映像も紹介された。同スタジオでは,自分達だからこそ作れるゲームを模索したという。
プシェミスワフ・マルシャウ氏(以下,マルシャウ氏):
この100年,ポーランドは幾多の戦争を経験しました。だからこそ戦争というテーマに無関心でいたくない。“戦争は悪だ”と示したかったのです。
11 bit studiosが拠点を構えるポーランドは,ドイツとロシアという2つの大国に挟まれており,幾度も戦争に巻き込まれている。第二次世界大戦では,国民の6人に1人が犠牲になったそうだ。
マルシャウ氏:
銃を撃ったり,戦場を走ったり,敵を殺したりする──そういう視点で戦争を考えることはやめました。戦争から守らなければいけないのは,物理的なモノだけでなく人のこころや道徳です。そのために,自分に重ねやすい一般市民を主人公にしました。
本作の開発にあたって追求されたのは,徹底したリアリティだ。本作の中で起きている紛争は,ユーゴスラビア紛争の最中,1992年からおよそ4年にわたって続いたサラエボ包囲をモチーフにしている。この戦闘では市街地が包囲され,市民たちはいつ終わるかも知れぬ戦時下の生活を強いられた。
マルシャウ氏:
戦争はセルビアのほかにシリアでも起きましたし,今まさにウクライナでも起こっています。戦争は常に世界のどこかで,誰かの家の前で起きているんです。歴史上の事実を再現することで,ゲームという娯楽を通じて「戦争とはなんと悲劇的なんだ」と感じられます。ゲームをうまくプレイするのもいいことですが,社会について話したり,他者にいい影響を与えたりしていく──そういうことも私たちは大事だと考えているのです。
三浦さんは,今の自分自身が戦時下に置かれているわけではないので,本当に当事者の気持ちをすべて理解することはできないとしつつ,11 bit studiosは本作をプレイして疑似的に体験することで,気づいたり知ったりできることが多くあることを伝えたかったのではないかとコメントする。
徳岡氏は,これまで戦争の体験やエピソードを伝える手段は小説,映画,ドキュメンタリーといったものが一般的だったとする。その状況に対して,本作はゲームでもそれを伝えられるというチャレンジであり,さらに成功させたことでポーランドという国の文化に大きな変化をもたらしたと話していた。
厳しい戦時下で,何度も絶望に直面する本作だが,主人公達を救う希望も描かれている。その1つがシェルターを訪ねてくる他者の存在である。
結さんは,シェルターを訪れるキャラクターがいると,「今は助けてあげられないかも」と思い,だんだん扉を開けることが怖くなってくるという。しかしそんな中(だからこそ),たとえば隣人が野菜を分けてくれたり,「助け合おう」と言ってくれたりする瞬間に救われるそうだ。
また,とある場所にある壊れたギターを修理して奏でると,主人公達の気分を回復できる。三浦さんは,沖永良部島で戦争を体験した祖母から,戦時下では歌が心の支えになっていたという話を聞いたことがあるそうで,本作の世界でも同じように希望があると感じたという。
戦争をつぶさに描いた本作は,母国ポーランドにて政府から“推薦図書”に指定されており,公立学校の授業でも使われている。
番組では,「普通の授業では主体的になれないが,ゲームを使う授業だと,自分で考えられるし楽しめる」「戦時下では優先順位が大事だと感じたので,もしウクライナのようなことがポーランドで起きたとしても,何を優先すべきか考えられると思う」といった生徒達のコメントが示された。また教員の「ゲームは歴史を記憶にとどめ,若者に伝えるのに適しています。このゲームも本や映画と同じように戦争を語り伝える手段なのです」という言葉も紹介された。
番組の終盤では,結さんが本作について,非現実を楽しむためのゲームではなく,現実を想像するためのゲームではないかと発言。ニュース1つでも世界の見え方が少しだけ変わるような感覚になるが,そのように現実を想像できる手段や歴史を語り継ぐ手段の1つにゲームが含まれたことが,ゲームファンとして,とてもうれしいと話していた。
徳岡氏によると,これまで重苦しいテーマのゲームが売れることは考えられなかったが,本作のヒットにより,社会的な問題を扱ったゲームが増えているという。それはまさに,このゲームの遺伝子がより多くのゲームに引き継がれていることの証左であると見解を述べていた。
そして三浦さんは,歴史を知る,あるいは世界や地球が抱えている問題と向き合うきっかけになることを, ゲームというプラットフォームで可能なことを示したのが本作なのではないかと指摘する。本作が,さまざまな社会問題について,遠い場所で起こっていることではなく,この世界に生きる1人の人間として向き合うきっかけになっていくとすばらしいと,展望を述べていた。
社会的な課題を扱うゲームと言えば,社会の諸領域の問題解決のために開発・利用される「シリアスゲーム」があるが,本作もその1つとして認識されている。よくできたゲームであることに間違いはないのだが,正直なところ,全編を通して爽快感とは無縁で,エンディングを迎えても達成感のようなものとはほど遠く,生き延びたのか……という感覚だけが残る。
「いや,それってゲームとして面白いの?」と言うような本作が700万本ものセールスを記録したり,ポーランドの推薦図書に指定されシリアスゲームの1つとして認識されたりしたのは,そのメッセージ性の高さや入念なリサーチによるのはもちろんだが,番組中で言及されているように人間の本質的な部分を描き出し,それをプレイした人の心に刻み込むからである。この番組を観て興味が湧いた人は,ぜひ本作に触れてみてほしい。いつもプレイしているゲームとは,まったく違った体験を得られるはずだ。
2022年10月5日 放送開始(全10回)
毎週水曜日 23:00〜23:29/NHK 総合(予定)
※「NHK プラス」で同時配信・1週間見逃し配信あり
※ NHK オンデマンド配信あり
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