インタビュー
[TGS 2013]実は僕の趣味に寄ったプロジェクトなんです――「オウガバトル」シリーズで知られる松野泰己氏の関わる新作「アンサング・ストーリー」とはどんなゲームなのか話を聞いてきた
またそれに合わせて,「アンサング・ストーリー」「アンサング・ストーリー:名もなき戦士たちの物語(仮)」という,二つのタイトルが,松野氏とPlaydekで共同開発されていることも明かにされた。
2作品を簡単に紹介すると,「アンサング・ストーリー」は,フランスのボードゲームデザイナー,クリストフ・ベーリンガー氏がゲームデザインを担当するカードゲーム,「名もなき戦士たちの物語(仮)」は,戦略要素の強いタクティクスゲームになる。松野氏は,主に世界観設定を担当するほか,「名もなき戦士たちの物語(仮)」の方では,ゲームの原案となるシステム設計なども行う。
騎士や魔法使い,弓兵といった人間たちに加えて魔物が棲むという中世ファンタジー世界「ラズファリア」を舞台に,プレイヤーは隠された英雄譚を追体験して,伝説の源を解き明かしていく。
松野氏といえば,国内のみならず,海外でも多くのファンを抱えるゲームデザイナーだ。2012年10月にレベルファイブを離れ,その後の動向が注目されていた。――そこに来て,今回の発表である。いったいどんなゲームになるのか,期待に胸を踊らせている読者も多いはず。
4Gamerでは,さっそく松野氏とPlaydekのCEOジョエル・グッドマン氏にインタビューを行ない,Playdekと松野氏が共同開発に乗り出すことになった経緯,そしてゲームの内容について,いろいろな話を聞いてきた。
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Playdek公式サイト
実は僕の趣味に寄ったプロジェクト
4Gamer:
よろしくお願いします。まず,Playdeckさんと松野さんがパートナーシップを結ぶに至った経緯からお聞きかせください。
グッドマン氏:
はい。まず自己紹介からさせて頂くと,私は,もともとソニー・コンピュータ・エンターテインメントのサンディエゴスタジオで,PlayStationプラットフォーム向けのゲームを作っていた開発者でした。その後,2005年に独立して会社を立ち上げたのですが,THQからの開発委託を受けて,主に版権モノ――ディズニーとかPixerとか――のゲームを作っていました。
4Gamer:
なるほど,元々はコンシューマゲーム畑の方なんですね。
はい。ただ,2009〜2010年あたりから,だんだんと大手パブリッシャからの発注自体が減ってきて,ビジネス的にもかなり苦しい状況になっていきました。そこで,そうした状況を踏まえて,当時立ち上がりつつあったスマートフォン向けゲームへの方向転換を図ったのが2011年頃です。
私自身,カードゲームやボードゲームが大好きだったので,どうせゲームを作るなら“そういう方向”がいいなと思って,Playdekという会社を立ち上げました。そして,最初に発表した作品が「ASCENSION」という作品になります。
4Gamer:
Playdekと松野さんが出会ったきっかけはなんだったんですか?
グッドマン氏:
私は,人生のなかで最も好きなゲームの一つが「ベイグラントストーリー」で,松野さんの大ファンだったんですよ。で,それをとあるビジネスパートナーの方に話したら,松野さんを紹介してくれて。ぜひ一緒に何かやりたい!というお話をさせて頂いていたんです。ただ,松野さんがレベルファイブに入社されたりだとか,なかなかご一緒に仕事ができる機会がなかったんですけど。
4Gamer:
なるほど。
グッドマン氏:
しばらくして,松野さんがフリーになったという話を聞いて。ちょうどPlaydekで「オリジナルゲームを出そう!」という企画が立ち上がりました。そこで,ぜひ松野さんに!という,ラブコールを送ったわけです。
4Gamer:
松野さんは,なぜPlaydekさんとの仕事を引き受けたんですか? 松野さんであれば,国内のゲームメーカーからの引き合いも多いと思いますが。
松野氏:
そうですね。確かにフリーになった後,いくつかのお仕事――例えば,いわゆるソーシャルゲーム開発のオファーなども頂いたんですけど,それらを請け負う気にはなれなかったんですね。誤解がないように言っておきますけど,別に僕自身,ソーシャルゲームが嫌いなわけではないし,実際,僕は「パズル&ドラゴンズ」とか好きで,めちゃめちゃやってましたしね。ソーシャルゲームというわけじゃないけど,今は「艦これ」とかも遊んでいますし。
4Gamer:
では,なんで仕事としては請け負う気になれなかったんですか?
松野氏:
一つは,とくに僕がフリーになった直後の時期(2012年頃)は,日本のソーシャルゲームというか,スマートフォン向けのゲーム全体があまりにガチャに寄り過ぎてしまっていたので,「これは自由に作れないな」と思ったからです。ビジネスモデルがあまりにカッチリ決まりすぎていて,それはゲームを作るうえでの制約になりますよね。
4Gamer:
Playdekさんは違ったんですか?
Playdekさんって,スマートフォン向けのゲームを作ってるゲームメーカーとしては,かなりコアな層を相手にビジネスをしている,とても珍しい会社ですよね。スマートフォンやタブレットというコア向けではなさそうな市場で,逆に徹底的なコア狙いというところが興味深いと思ったんです。それに,カードゲームやボードゲームって,日本でも数は多くないかもしれませんが,熱烈なファンがいるジャンルです。そこは,ちゃんと開拓すれば可能性があるのではとも感じていて。
4Gamer:
なるほど。
松野氏:
あと,正直な話をすると,この仕事は,実は割とこう……僕の趣味に寄った案件でして。「楽しそうだから引き受けた」って色合いが強いんですよね。
4Gamer:
そうなんですか?
松野氏:
僕がもともと海外ゲームやボードゲームが大好きっていうのは,知っている人は知っていると思うんですけど,最初にグッドマンさんにお会いした時に,ボードゲームとかカードゲームの話で盛り上がって意気投合したんですよ。しかもPlaydekは,今お話したようにスマートフォンゲーム市場のなかにあって,非常にコアなファンを中心したビジネスを展開している希有な会社ですよね。だから僕自身,彼らの仕事ぶりにも関心がありました。
4Gamer:
Playdekさんの作るゲームはどれも非常に良く出来ていますよね。
松野氏:
ええ,彼らはプロフェッショナルです。それに以前,僕自身がプラチナゲームズさんやセガさんと仕事をさせて頂いたとき,フリーのゲームデザイナーという立場は,「自分でチームを率いるのとは別の面白さや,勉強になることがあるな」とも感じていて。Playdekさんとの仕事は,さらに違う国,違う文化の人達とのやりとりになるわけですから,僕自身にとっても,これはプラスになる取り組みだと考えました。
まずはカードゲーム版を2014年にリリース予定
4Gamer:
「アンサング・ストーリー」では,松野さんは,具体的にどういう形で関わることになるんですか?
松野氏:
本作における僕の役割は,イラストレイターがゲームに絵を提供するように,ゲームに世界観やストーリーを提供することです。ですから,いわゆる“僕がディレクターをしている作品”というわけではありません。
4Gamer:
あ,直接ディレクションをしているわけではないんですね。
松野氏:
はい。今回発表させて頂いた作品は,現在,僕が関わっている複数のプロジェクトの一つでして。本作に関しては,あくまで監修的な立ち位置で関わらせて頂いています。
4Gamer:
日本のゲームデザイナーの活動という意味では,それも珍しい取り組みですよね。
松野氏:
そうかもしれませんね。今回は「アンサング・ストーリー」というカードゲームと,「アンサング・ストーリー:名もなき戦士たちの物語」という戦略ゲーム,2つの作品の世界観設定を担当させて頂いているのですが,後者に関しては,世界観やストーリーだけではなく,ゲームシステム/ロジックの根幹部分のアイデアも僕の方で担当させて頂いてます。
4Gamer:
「名もなき戦士たちの物語」の方は,システム部分まで松野さんが手がけられるんですか。
とはいっても,あくまでベースの部分だけで,チューニングや作り込みといった細かい部分はPlaydekさんにお任せですけどね。でも,いわゆる企画書だけではなくて,仕様書も含めたかなり細かいやりとりはさせてもらっていますよ。
グッドマン氏:
一方,カードゲームの方はフランスのボードゲームデザイナーであるクリストフ・ベーリンガー氏がゲームデザインを担当しています。かなり戦略性に富んだ内容になると思うので,ぜひ期待していてほしいですね。まずは2014年にカードゲーム版をリリース予定で,その後,「名もなき戦士たちの物語」の方を進めていくつもりです。
4Gamer:
ところでイラストレイターには誰を起用する形になるんですか? 松野さんの作品となると,やっぱり独特のイメージがあると思うのですが。
グッドマン氏:
そこはまさに,松野さんの作り上げた世界観を尊重しつつ,アーティストの選定を行っているところです。現状で8人くらいの候補がいるんですが,松野さんと相談しながら決めていきたいですね。
4Gamer:
なるほど。実際に松野さんと一緒に仕事をしてみて,印象はどうですか?
グッドマン氏:
いや,やっぱりディテールが凄いなと思いました。世界観もそうですが,仕様書にしても,ちょっとした部分にもちゃんと考察があることが見えるというか。「こちらが誤解しないような書き方」をしてくれるので,そこはとても助かっていますし,もっとも感心した部分ですね。
「名もなき戦士たちの物語」はボードゲームライクな作品になる予定
4Gamer:
しかし,細かい仕様書まで書いているという,「名もなき戦士たちの物語」がどんなゲームになるのかとても気になるのですが……。
松野氏:
まだまだこれから作るところなので,後で変更があるかもしれないって前提で聞いてほしいんですが,まず世界観の部分で言うと,9つの少国家が乱立しているファンタジー世界――もちろん,ドラゴンなども登場する――をベースに考えています。
4Gamer:
それは,いつもの松野さんの作風的な?
松野氏:
そうですね。まぁ,ジョエルさんからのオーダーがそういうものでしたから,そこはオーダーに沿った形ですよね。なんのお題もなければ,僕は女子高生が活躍するような世界観とか作りたいんですけれど(笑)。まぁ話を戻すと,世界観については,最初は二つの大国がぶつかり合う――みたいなものを考えていたのですが,クリストフ・ベーリンガーさんが作ってきたゲームシステムには合わないと感じて,諸国乱立系へと変更しました。
4Gamer:
やっぱり重厚な感じのシナリオになるんですか?
松野氏:
いや,シナリオはそれほどメインではない内容を考えています。「ファイナルファンタジー・タクティクス」や「オウガバトル」のように,一人の主人公がいて,その主人公の視点で話が進むというようなものではなく,もっと主人不在の物語を考えていて。
4Gamer:
ああ,だから「Unsung(名もなき)」なんですね。
松野氏:
はい。ゲーム自体も,コンシューマゲームというよりは,かなり“ツール的”というか,ボードゲームライクなものになる予定なんです。あくまでシステム中心で,シナリオや世界観はその背景にある――みたいなものを考えていますね。
4Gamer:
おお,ボードゲームライクな作品ですか。それは楽しみです。
松野氏:
実を言うと,僕がレベルファイブで作った「クリムゾン・シュラウド」という作品で本当にやりたかったことは,「ツールとしての役割を担えるゲーム」だったんですよね。
4Gamer:
ツール,ですか。
「クリムゾンシュラウド」は,そのツールを使った単品として遊べるソフトでして,その先は,ゲームのルールとその処理を助けてくれるシステムを提供して,プレイヤーはそこに乗っかって自分達で対戦なり協力プレイを楽しむ――アナログのボードゲームやカードゲームのようなノリですね。そういう要素を内包したコンピュータゲームが作りたいなとは考えていました。
コンシューマ機では,普及台数や市場が求めるニーズの問題でそれができなかったんですけど,スマートフォン/タブレットという市場であれば,そういうことができるんじゃないか。そんな思いもあって,Playdekさんとの取り組みに賛同した経緯もあるんです。
4Gamer:
確かに,それは「誰もが持ってるデバイス」という環境があればこその可能性ですよね。
松野氏:
ええ。スマートフォン/タブレットはいろいろと面白いことができる市場だと思いますよ。本作の「アンサング・ストーリー」がそうしたツールを目指しているわけではありませんが,いずれはそうしたツールも取り組んでみたいですね。
4Gamer:
ところで,本作は日本語版が出る予定はあるんでしょうか?
グッドマン氏:
YES! YES! もう,最初から日本語版と英語版の両方で展開していくことを考えていますよ。
4Gamer:
おお,それは楽しみですね。松野さんのファンには朗報,といったところでしょうか。ではお時間も迫ってきたので,最後に日本のプレイヤーに向けてコメントをお願いします。
グッドマン氏:
「アンサング・ストーリー」は,私がこれまで作ってきたゲームの中でも,もっとゲーム性/戦略性が高いゲームだと思っています。またそれを,松野泰己という,世界的にも著名なクリエイターと一緒に開発できたことを,非常に刺激的に感じています。本作に限らず,我々はモバイル/タブレットの分野で“新しいゲーム”をどんどん出していきたいと思っているので,日本の皆様にも注目して頂ければ幸いです。よろしくお願いします!
松野氏:
えーっと,さっきもお話したように,今回はかなり趣味に寄った作品になると思います。結構気楽に請け負ってやっているプロジェクトなので,優しく見守って頂ければと……(苦笑)
4Gamer:
松野さんが好きでやってる作品って,それは逆にハードルを上げてませんか(笑)。
一同:
(笑)。
――2013年9月19日収録
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