インタビュー
「百年戦記 ユーロ・ヒストリア」のBGMを手がけた光田康典氏にインタビュー。クラシックの名曲をアレンジした経緯を聞いてみた
史実に基づいた“騎士道”を学べるコンテンツが登場するなど,細部にまでこだわった重厚な世界観が独特の魅力を放っている作品だ。
「百年戦記 ユーロ・ヒストリア」公式サイト
そんな本作の世界観構築に一役買っているのが,クラシックをアレンジしたBGMである。バッハ,ショパン,ワーグナー,ドヴォルザークといった,読者にとっても聞き覚えがある名曲の数々が,ふんだんに用いられている。クラシックとはいっても,決して堅苦しいアレンジではないので,興味を持ったら気軽に公式サイトで試聴してほしい。
今回4Gamerでは,こうした楽曲のアレンジを手がけた作曲家の光田康典氏にインタビューを行った。本作のプレイヤーはもちろん,光田氏やクラシックのファンにも興味深い内容になったので,ぜひご覧いただきたい。
有限会社プロキオン・スタジオ 取締役社長 光田康典氏 1995年に「クロノ・トリガー」で作曲家としてデビュー。1998年に独立してからは,音楽制作全般を手がけるプロキオン・スタジオを設立。現在はゲームだけでなく,TVアニメや映画,ドキュメンタリー番組など幅広く活動している |
クラシックの名曲をアレンジ,しかも全曲を生演奏で収録
4Gamer:
本日はよろしくお願いします。
作曲家として知られる光田さんですが,「百年戦記 ユーロ・ヒストリア」(以下,「ユーロ・ヒストリア」)ではアレンジャーとして参加されています。今回のオファーを受けたときに,その点についてはどのように感じましたか。
光田氏:
確かに,作曲とアレンジの作業は大きく違いますね。クラシックには昔から慣れ親しんでいますが,最初に話を聞いたときは「“百年戦争”をモチーフにしたゲームに合うアレンジって,どうすればいいのか?」と,すぐにはイメージが浮かびませんでした。
近年,クラシックのアレンジをゲームに採用することは珍しく,自分にとっても初の経験です。ただ,楽曲を生演奏で収録することにしたので,俄然やる気が沸いてきて,チャレンジしがいのあるプロジェクトになりましたね。
4Gamer:
非常に迫力のある楽曲だと思っていましたが,生演奏でしたか!
光田氏:
最終的に30曲以上のアレンジを手がけましたが,譜面を起こしたり,スタジオミュージシャンや収録を手配したりといったことを含めると,膨大な作業量になってしまいました(笑)。
4Gamer:
「ユーロ・ヒストリア」に採用する楽曲は,どのようにして選ばれたのでしょうか。
光田氏:
ゲーム全体のイメージを把握しているカプコンさん側に楽曲をピックアップしてもらいました。その際,「街の場面に流れるスローな感じ」「戦闘時の激しい感じ」といったアレンジの大まかな方向性が示されていたので,それをもとに譜面を起こしていったわけです。楽曲によっては,コンセプトアートや資料が添付されていることもありました。
4Gamer:
最初は大まかなオーダーだったんですね。
光田氏:
ええ。そこからアレンジの随所でチェックしてもらって,「ここはもっと激しく」「音数を減らしたい」「主要人物と戦うので重厚に」「原曲は悲しい曲だけど,コミカルなシーンに使うので明るく」といった風に細かく調整しました。ゲーム音楽の場合,開発陣が持っているイメージや意図をくみ取り,自分の音で表現することは大切です。
4Gamer:
それでは今回のアレンジにおいて,とくに注意したことはありましたか。
大前提として,演奏してもらうスタジオミュージシャンの方が,実際に演奏できる譜面にすることです。そのため,原曲よりも演奏面において難しいアレンジは行っていません。たとえば打ち込み中心の楽曲であれば,どんなに難しいフレーズでも入れられますが,そこはぐっと抑えましたね。
これは考え方を変えると,演奏テクニックだけに頼らないで楽曲本来の良さを残しつつ,それでいて聴いた人の印象に残る譜面を作る必要があります。アレンジャーとして,なかなか良い経験になりました。
4Gamer:
楽曲のアレンジというと,原曲から残す部分と手を加える部分の匙(さじ)加減が難しそうに思えます。
光田氏:
基本的には,楽曲の柱となる部分は極力触らず,そのまわりを包んでいるイメージをアレンジで変えていく感じですね。言葉で説明するのは難しいのですが……。たとえばバッハの楽曲は対旋律(主旋律に対する別の旋律。いわゆる裏メロのこと)に特徴があるので,こうした部分はなるべく残すようにしています。
4Gamer:
なるほど。のちほど,じっくり聴いてみます。
光田氏:
あとはゲームの場合,BGMがループするので,最後から最初へのつなぎがきちんと取れる構成にすることでしょうか。
4Gamer:
公式サイトには光田さんのほかにもアレンジャーの方が掲載されていますが,プロキオン・スタジオ側ではどのように作業を分担されたのでしょうか。
光田氏:
今回のアレンジを担当したのは,自分と土屋俊輔,桐岡麻季,亀岡夏海の4名です。各自,得意な分野がありますので,それぞれの持ち味を生かせる形で分担,最終的に自分が監修しています。
また,同じ曲に対して異なるパターンのアレンジをオーダーされた場合は,一人ではアイデアが枯渇してしまうので,複数のアレンジャーで対応しました。
4Gamer:
そういえばドヴォルザークの「新世界より」は4パターン収録されていますが,だいぶ異なる雰囲気になっていますね。実際の収録作業は,どれくらいの期間を要したのでしょうか。
光田氏:
今回はプロのスタジオミュージシャンを総勢30〜40名起用して,プロキオン・スタジオをはじめ,数か所のスタジオで収録しました。1曲につき,1〜2日かかっていますので,収録だけで2か月近く。譜面を起こす作業なども含めると,トータルで4〜5か月はかけています。
4Gamer:
とくに苦労した曲はありますか。
光田氏:
最も苦労したのはメインテーマ(「新世界より」)ですね。これはイメージPVに採用されることが決まっていたのですが,映像が完成していない段階で譜面を作ることになったんです。当然,映像ではストーリーや戦闘シーンといった流れがありますが,それに楽曲のメリハリを合わせることを意識していたので大変でした。それだけに仕上がりには満足しています。
4Gamer:
それでは,光田さんにとって一番思い入れのある曲を教えてください。
光田氏:
一つだけ挙げるなら,バッハの「ブランデンブルグ協奏曲5番」が気に入っています。今回のアレンジは全体的にオーケストラ調に仕上げていますが,この曲だけは民族音楽調,しかも自分でブズーキを演奏しました。ブズーキはギターやマンドリンに似た弦楽器で,いかにも民族音楽っぽい音が出るので好きなんです。
自分らしいサウンドを出せたと思いますので,ぜひ聴いてもらいたいですね。
4Gamer:
「クラシックのアレンジは初の経験」ということでしたが,今回の仕事はいかがでしたか。
自分はどちらかというと,これまで作曲家としての活動が多かったのですが,今回の仕事を通じて「アレンジも楽しいな」と考え始めています。
クラシックに関しては,昔からさんざんレコードを聴いて,自分なりに勉強もしてきたつもりでしたが,アレンジのためにあらためて譜面を見直すと,当時は気がつかなかった発見が次から次へと出てきました。おそらく作曲家としての経験によるものだと思いますが,クラシックをより深く知ることができたのが嬉しいですね。また別の機会があれば,ぜひやってみたいです。
4Gamer:
アレンジならではの楽しさとはなんでしょうか。
光田氏:
自分自身で作曲するときは,自分の中にあるイメージを曲という形に仕上げていきます。しかしアレンジの場合,原曲がすでにあるわけですから,採用される媒体が「欲しがっている音」を見つけ出す作業です。
自分がリスペクトしているクラシックのメロディを,相手が気に入ってくれる包装紙に包んでいくような感覚で楽しかったですね。
デビュー20周年を来年に控え,
今後の野望は全国ツアー!?
4Gamer:
1995年に作曲家としてデビューされましたが,ゲーム音楽はどのように変化したのでしょうか。
光田氏:
自分がデビューしたプラットフォームはスーパーファミコンでしたが,当時はハードやサウンドデバイスの制約により,使えない楽器が多くありました。現在では,こうした制約はほとんどありませんし,各プラットフォームにおける違いも意識する必要がなくなりました。たとえば「ユーロ・ヒストリア」はPC向けゲームですが,当たり前のように生演奏で収録しています。
4Gamer:
生演奏で収録できるようになったのは,影響が大きかったということですか。
光田氏:
やはり,最も大きな転換期でしたね。その動きが本格的に始まった初代PlayStationのときは,データ量などの制約があったため,オープニングとエンディングだけは生演奏,本編のBGMはゲーム内音源で収録することが多かったです。今ではその制約もなく,全曲生演奏ということも珍しくありません。
4Gamer:
今年はPlayStation 4やXbox Oneが日本でも発売されますが,ここまで来るとゲーム音楽がドラスティックな変化は見込めませんか。
光田氏:
サウンドは少しずつ進化しているものの,劇的といえるような進化はないのかもしれませんね。しかし,技術面での進歩がなくても,楽曲作りの可能性は無限大です。これをひたすら追求していくのが,自分達の仕事であると強く感じています。
4Gamer:
1998年に独立後,プロキオン・スタジオを設立されました。これまでの活動を振り返っていただけますか。
光田氏:
自分で言うのは気が引けますが,ゲーム業界の中でもこれだけのレコーディング経験を積んでいる作曲家はあまり多くないはずです。多くのクリエイターさんに「生演奏を収録するなら,プロキオン・スタジオに頼めば間違いない」と思っていただいていると自負しています。
4Gamer:
ゲーム音楽だけでなく多方面で活躍されていますが,楽曲制作に共通するポリシーを教えてください。
光田氏:
作曲を続けるうえで,常に自分の芯にあり,また目標として掲げているのは「曲だけを聴いても情景が思い浮かぶこと」。それを成し得た楽曲は,自分でも満足度が高いです。「ユーロ・ヒストリア」で手がけた楽曲では,ヘンデルの「水上の音楽」が挙げられますね。
4Gamer:
またとない機会ですので,光田さん個人についてお聞きします。好きなクラシック作曲家は誰でしょうか。
光田氏:
一番好きな作曲家はラヴェルです。ラヴェルの作品ではバレエ音楽の「ボレロ」が有名ですが,この曲は単純なフレーズを十数分間も延々と繰り返している。それなのに,ずっと聴いていてもまったく飽きないんですよ。
実は,もともとラヴェル自身が「この楽器とこの楽器を重ね合わせたらどうなるか」というテストで作った曲で,実験的な技法を積極的に取り入れています。当時のクラシックの枠から,はみ出してしまった部分もありますが,それも含めて好きですね。ちなみに,ラヴェルの曲で最も好きな曲は「ダフニスとクロエ」です。
4Gamer:
そのようなラヴェルの挑戦的な姿勢は,自身の音楽活動にも影響しているのでしょうか。
そうだと思います。ゲーム音楽の世界にも「これはダメ」「あれはダメ」といった,お約束がいろいろとあります。しかし,こうしたものにすべて従ってしまうと,型にはまったつまらない楽曲になりがちです。作曲でもアレンジでも,どこかで違った技法やアプローチを追求することを心がけています。今でもラヴェルの譜面を見ながら,「こんな技法がありなら,自分もやってみよう」と奮い立たせることがありますよ(笑)。
今回アレンジを手がけた楽曲では,バッハの「ブランデンブルグ協奏曲5番」が最も分かりやすいのですが,そのほかの曲でも特殊技法をさりげなく取り入れています。もし興味を持たれたら,原曲と聴き比べてほしいですね。
4Gamer:
今後の活動予定について,何かお話しいただけることはありませんか。
光田氏:
来年は作曲家デビューから20周年の節目にあたりますので,何かしらのライブ公演やイベントをやってみたいですね。これまでの音楽活動における集大成のつもりで,企画を温めているんですが,できれば全国ツアーがいいなと。とにかく皆さんに恩返しができれば,と思っています。
4Gamer:
なんと全国ツアーですか。かなり珍しい試みですね。
光田氏:
ええ,だからこそやってみたいんですけどね(笑)。
4Gamer:
大いに期待しています!
最後になりますが,光田さんのファンに向けてメッセージをお願いします。
光田氏:
いつも応援してくださるファンの方々には,この場を借りてお礼を申し上げます。本当にありがとうございます。
今回の「ユーロ・ヒストリア」では,クラシックの先人達が手がけた楽曲のアレンジという,自分のキャリアでも珍しい挑戦になりました。ゲームの世界観にマッチした仕上がりで,クラシックが好きな方のみならず,あまり詳しくない方でも楽しめると思います。ぜひクラシックの名曲とともにゲームの世界に浸ってください。
4Gamer:
本日はありがとうございました。
「百年戦記 ユーロ・ヒストリア」公式サイト
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百年戦記 ユーロ・ヒストリア
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