インタビュー
「チェインクロニクル3」ストーリーインタビュー第6弾。アマツ篇の完結を皮切りに,半年間ずっとクライマックス!
S氏に聞いた,アリーチェ篇(10章〜11章)
4Gamer:
アリーチェ篇の10章では,アドヴェルサスの洗脳が解けて,本来の魔法の使い方を思い出したアリーチェが,自身の「ありったけ」の魔法を発揮する。生命維持の危険に晒されていたエステラはなおも教授についていこうとするが,その場で倒れてしまい,賢者の塔で手術を受けることに。カッコいい見せ場でしたが,フロスは相変わらずのゆるふわでした。
S氏:
ふるゆわでしたね。変なの出てる! 病気かな!? みたいな。
4Gamer:
抜けてる感がよく出ています。
風術師氏:
等身大の女の子たちって感じしますよね。
白沢氏:
女子高生感。
4Gamer:
設定的には,増幅の刻印が消えた今のアリーチェの魔法は「クロニクルの力によるもの」であって,クロニクルの欠片がなければ,もっと弱くなるんですか。欠片がないと灼角を使えないアマツみたいな感じで。
S氏:
はい,クロニクルの欠片があるからこそのパワーです。それがないアリーチェは,それなりに本来の魔力は高いので,子供のころは上手だった魔法を使える,単なる優秀な魔法使い。みたいな感じですかね。頭はちょびっとあれですが,生来的には優秀ですからね。彼女。
4Gamer:
意外とたしかに。それから一命を取り留めたエステラは,学生のような幸せなひとときを過ごすも,その翌日,魔法学園から去ります。ワケを知りたいと追いかけたアリーチェは,彼女の妹が教授のもとに残されていると知る。一方,道中で迷子に出会ったデルフィーナは,当の少女を魔法学園まで届けることに。その子こそ,エステラの妹ゼルダでした。
S氏:
謎の少女Zことゼルダです。
4Gamer:
ゼルダを目にした瞬間に「あっ,これはもしや」と思えてしまいました。エステラのこれまでの塩対応も納得の秘密でしたね。
S氏:
早くからふわっとした構想だけはあって,ラスボスになる子が欲しいなあと考えていたのがゼルダです。物語としても,仮にですよ? アリーチェたちがエステラを仲間にして,寄ってたかってお爺ちゃんのアドヴェルサスをボコボコにしていたら,絵面がちょっと……と思っていて。
4Gamer:
あー。ほかの主人公たちのボスと比べると,アドヴェルサスも凶悪なのには変わりないですが,ものすごく強大な力とかを振るっているわけではないというか,あくまで頭脳派な敵役ですもんね。
S氏:
マッドサイエンティストの高齢者ですからねー。女子高生らしい相手としてはちょっと(笑)。だから大きな壁をもうひとつ用意できるようにと,このタイミングでゼルダを投入させてもらったんです。
4Gamer:
ゼルダのなかなか攻めた衣装は,注文したもので?
S氏:
いえ,こちらからはとくには。言づてしたのも「かわいいちっちゃい女の子で」くらいなので,上がってきたイラストがめちゃめちゃ可愛かっただけです(笑)。ゼルダにしても当初はこういう雰囲気ではなく,普通に悪そうな敵役っぽい女の子として考えていましたしね。エステラの後継機として,教授の二の矢として攻めてくる妹みたいな。
4Gamer:
それを変えた理由というのは。
S氏:
イラストを目にしたとき,もっと可愛くて愛されるキャラにしたいなあと思ったので,無知で天真爛漫でガンガン攻撃してくる感じにしたんです。そしたら,結果的にどんどん可哀想な方向にいっちゃって。
松永氏:
ですね。純粋で無垢な子が,知らずに不幸になっていく流れ。
4Gamer:
ひどい。先にほかの登場人物にも触れておきますが,オレイユとユージェニーの関係性もこれまた可愛らしいですね。「一緒にいるとファンに噂されちゃうから」みたいな,そういうゲーム感があります。
S氏:
私は“百合”が好きなので,隙あらば「女の子同士のふわふわとしたキャッキャウフフのあれを!」とねじ込んできました!
白沢氏:
ことあるごとに百合の香りが漂ってくる。いいですね!
4Gamer:
ああそういう(笑)。それとアリーチェ篇ではこれまで,カティア先生の姿をちらほら見てきましたが,伝承篇「魔法兵団学生伝」のあとだと,もっと感慨深くなりました。「えがったなぁ……」的な。
S氏:
魔法兵団学生伝については,チェンクロではお馴染みのシナリオライター集団「Qualia」さんが書いてくれたものですねー。
4Gamer:
「えがったよぉ……」とお伝えください。物語に戻ると,エステラはこれまでゼルダが実験体にされないよう,教授のお気に入りであり続けようとしてきました。彼女の気持ちを聞いた一同は,一緒に教授のところに行き,妹を連れ帰してくるべきだと,みんなでクラスメートになるための未来を語ります。しかし,学園に戻った少女たちの前にはゼルダの姿が。妹はすでに,教授によって乙型刻印者にされていた。
風術師氏:
鮮烈なデビューでしたね。
4Gamer:
パッと見で分かりますよね。これは間違いなく拗れるぞと。
海富氏:
「ああ! もう! 誰も悪くないのに!」って感じですよねえ。
S氏:
(笑)。
4Gamer:
魔法兵団学生伝に出てきて,アリーチェ篇でもチラッと触れられていたクラウスの父ユルゲンのように,アドヴェルサスの周囲にはろくでもない人たちが集まりますね。鶏と卵,どっちが先かは知りませんが。
S氏:
ろくでもない研究の同志ですからね。ただ,彼らが悪い悪くないは外からの見方であって,彼ら自身は純粋にやりたいことをしているだけです。道徳や倫理をそぎ落として「学問! 学問!」しているだけなので,ちょっとくらい誰かが犠牲になっても仕方ないという。ある意味,メルティオールも近いです。人としての陰と陽が異なることを除けば。
4Gamer:
ついでに脇道にそれると,義勇軍が黒の軍勢に勝利したころの場面では,需要の変化に伴い,戦闘職から研究職にくら替えする学生の就職事情や,軍拡と軍縮の議論が垣間見えました。この点,ユグドには国家間の争いを除いて,軍隊が必要なほどの自然の脅威はあるんですかね。
松永氏:
魔物や獣といった外敵はもとから存在していますね。
4Gamer:
ああ,そうでした。ゴブリンやイノシシとかですね。それにヤイバードが繁殖していたら,軍を動かしてでも絶滅させるべきですしね。
風術師氏:
あいつは絶滅もアリかもしれませんね(笑)。
松永氏:
義勇軍の憎しみを背負ってる魔物なのは,間違いない(笑)。
S氏:
あと戦争まではいかないものの,義勇軍がユグド大陸をまとめ上げるまで,国家関係に暗雲が漂っていたのは事実なので,黒の軍勢がいなくなったとしても楽観視するのは難しかったんでしょうね。
4Gamer:
というか,聖都の十七聖騎士団は見て見ぬ振りできても,鬼あるいはシュザがいるかぎり,軍備をおろそかにするのはそもそも無理そうか。
海富氏:
シュザはいつかユグド大陸を征服しようと企んでいますからね。けれど賢者の塔の魔導兵器だって,他国からすれば脅威でしかないです。人道的な面も含めて,刻印兵が軍縮のやり玉に挙げられるのも仕方ないかと。
S氏:
今でも人体に対して安定していない技術ですので。ヴェルナーの時代から,フロス以前のアリーチェたち,エステラやゼルダにしてもそうです。なので最終的に「刻印兵にする人は,刻印兵になる前に本人の意思を確認する」という落としどころになったと。ディルマのように義勇軍が紡いだ絆を大切にしたいという人たちも多いですしね。
4Gamer:
平和って難しい。それではここから,私が遊ぶのをちょっとサボっていたせいで,黒騎士伝のクリア直後にプレイすることになり,落ちているメンタルにさらなる追撃を仕掛けてきた11章に入りましょうか。
S氏:
それはまた(笑)。
4Gamer:
アリーチェとエステラは戦と重の刻印の実験体であり,そのふたつの刻印を刻んだ刻印者ゼルダの完成こそが,アドヴェルサスの真の目的でした。エステラは妹が実験体にされていたことに激高するが,ゼルダは姉がなぜ怒っているのかが分からず,教授への攻撃も身を挺してかばってしまう。「もうやめてあげて」とおつらい気持ちになっていきました。
S氏:
申し訳ないと言うべきか,ありがたいと言うべきか(笑)。
4Gamer:
先ほど触れたアドヴェルサスも含めてですが,第3部全体で見たとき,ほかの主人公が対峙しているのが世界の巨悪だとすると,アリーチェがこれまで対峙してきたのは,手が届きそうで届かないどうしようもなさといった,我々が相対的に実感しやすい問題になっていると思えました。それが5つの物語のなかで良いコントラストになっているのかなって。
S氏:
ああ。賢者の塔のボス,ちょっとしょっぱい問題ですね。
海富氏:
業は深いですから!
風術師氏:
闇ではありますし!
松永氏:
第3部のスタート時から,議題には挙がっていたんですよね。題して「アドヴェルサスだけボスとして一段しょぼいのでは問題」(笑)。
4Gamer:
まあでも,アドヴェルサスもゼルダによる刻印研究の先で,大量の刻印者の生産が叶ったら,世界の敵と化すんですよね?
S氏:
いえ,彼は「究極の刻印者を作りたい」という知識欲を満たすことが目的であって,作ったあとのことはどうでもいいんです。究極の刻印者を作るために誰かに強いる犠牲はたしかに悪ですし,作り上げた刻印者を恣意的に使うこともあるかもしれませんが,手段のための研究じゃないので,世界を転覆しよう,自分が儲けようといった意思はないんです。
4Gamer:
これまでの所業だけでよろしくない人なのは明白ですが,たしかに着地点を言葉にすると,うーん,そうですね。悩ましさが(笑)。
S氏:
学園ものですからね。学園ではじまり,学生の力で問題を解決し,学園で終わりたいと思ってのことでしたが,そうやって描いてきた私が一番「賢者の塔のボスがしょっぱい問題」に苛まれていて(笑)。湖都はアダード出てるし,九領はオロチ出てるしで,ほかのところはエライことになってるのに,ウチだけ学園周りだけで完結してるなーって……。
4Gamer:
そういうプレッシャーがあったり?
S氏:
めっちゃあります。
松永氏:
あったんだ(笑)。
風術師氏:
今明かされる真実(笑)。
西氏:
まあ,あれです,アリーチェ篇の担当は“チェンクロ世界の”日常アニメですからね。日常を脅かす敵としてはコンセプトどおりですし。
4Gamer:
そうなんですよね。アリーチェ篇のユニークさは「登場人物の大半は彼女たちの問題に直接関わっていない」ことで,ほかの主人公たちの演出と比べると,緊張と緩和の差がより大きいんですよね。シリアスな状況の裏でも,フォルテナータ弄り,レイリーたちの飲み話,エステバンの出現なんかがあって。みんながみんな問題に関わっていないからこそ,のんびりした雰囲気が共存できているんだろうなと。はい,面白いです。
S氏:
ありがとうございます(笑)。
4Gamer:
さてと,エステラの妹を取り戻すと意気込むアリーチェたちのもとに,再びゼルダが現れます。その体には,新たな刻印と白き異形の組織が埋め込まれていた。エステラの嘆きを受けたゼルダは「お姉ちゃんに嫌われた」と絶望し,白き異形をまき散らしながら学園内をさまよいます。
S氏:
エステラもあのとおり,グイグイいけるお姉ちゃんじゃないので。
海富氏:
彼女,口下手ですしね。ゼルダも無垢で幼いゆえに,エステラとアドヴェルサスの考えを理解できるわけもなく,拗れてしまうと。
4Gamer:
そんなとき,さまようゼルダの手を引いたのは,彼女を御使い様と呼ぶ「救済同好会」の生徒でした。彼らは白い紙片を集めれば,嫌なことが全部なかったことになるとゼルダに教える。彼女は白き異形を率先して退治していくが,紙片を集めるごとに,その意識を侵食されていき。
S氏:
賢者の塔でも救済教団の影響を描いておきたくて。それが救済教団の教義に感動しただけの学生たちが集まって作った,救済同好会です。よそと比べると,やや歪んだ形で伝播させてしまいましたが。
海富氏:
救済同好会はリアルな学生感がありますよねえ。魔法学園は関係者以外は立ち入りにくい環境なので,教団員も入り込めそうにないですし。
4Gamer:
「願いを叶える白い紙」の噂話も,都市伝説や七不思議のようにふわふわしていて信憑性が皆無ですし。「本当はこの世界は滅びてなきゃいけないらしい」とあやふやに信じるところも,空気感あります。
風術師氏:
面白いですよね。とてもいいアレンジをしてもらえました。
4Gamer:
全部なかったことになる。学生たちが口にする,そうなってほしい理由も,思春期らしい小さくも大きな悩みばかりですもんね。まぁ,後述のヘリオス篇におけるシエラスエスのことを考えると,今では安易に否定しづらいですが。真相が責めがたい落としどころにありすぎて。
風術師氏:
いやー,まー(笑)。
4Gamer:
ついでにですが,アリーチェ篇にもようやくお出ましの「エノシュとメトセラ」の暗躍については,ヘリオス篇の風術師さんが統括しているんですか? あるいは各々の共通見解で書いているのかなど。
風術師氏:
双子の動向については各章のプロットを共有する際,それぞれのボスがどのように接触するのか。それらをどのような場面にするのか。第3部全体で見たときの齟齬が生まれないよう,内容をすり合わせてから合意を取り,それ以降は各々に書いてもらっているという流れです。
海富氏:
みんなでめっちゃ考えましたよね。ボスと双子をいかに接触させるか。出会う理由もそうですが,なにより双子のタイムスケジュールがシビアすぎて,気軽にあっちこっち飛んできてもらうこともできずで。
松永氏:
双子はああ見えて,めっちゃ働き者だからなあ。
風術師氏:
「地道にやっていくしかない」と言ってますしね。むしろ,瞬間移動係のシエラスエスのほうが大変なのかもしれませんが。
4Gamer:
異能があるばかりに。最後の場面では,白き異形に支配されたゼルダが,アリーチェのクロニクルの欠片を狙います。ゼルダの増幅の刻印により,周囲の者たちはマナ欠乏で倒れていく。まるで白き異形と化したゼルダになす術なく,学園にマナの嵐が吹き荒れるが,その場をいともたやすく収めたのは三賢者であった。久々に偉大さを見せつけました。
海富氏:
賢者の塔の最終兵器なので,うかつには出せませんからね。
風術師氏:
物語のジョーカーですものね。
S氏:
できれば学生たちの手で解決させてあげたい。させたいけれど,少女たちだけでなんでもかんでもできるわけじゃない。そういう部分を作劇上のネックとし続けてきましたが,今回のゼルダの存在は,三賢者が重い腰を上げなければいけない異常事態であるということの表れでした。
4Gamer:
それを踏まえて,次の12章はどのような結末を目標とするのでしょう。ハッピーな感じじゃないと,またメンタルやられるかもです。
S氏:
ハッピーな感じになる,はず,です(笑)。アリーチェ篇の12章は春公開ということで,現実問題としてまだ書き上げられてはいませんが,なんとなくのプロットと,ハッピーな結末に向かう心づもりはあります。ただですね。10章から11章,11章から12章,私が最初に思い描いていたイメージとは結構ズレているところがありまして。アリーチェたちを活躍させつつ,目の前の問題もどうにかしつつ,ハッピーな学園生活も夢見つつと考えると,今は「やばいやばいやばい」の気持ちでいっぱいです!
4Gamer:
まだ数か月ありますので(笑)。春に期待しております。それではお待たせしましたが,次はヘリオス篇の話を聞かせてください。
風術師氏:
よろしくお願いいたします。
風術師氏に聞いた,ヘリオス篇(10章〜11章)
4Gamer:
ヘリオス篇の10章では,メトセラとの戦いで白い剣を折られ,生命が停止したヘリオスを蘇生するべく,トロメアが白の紙片を使い,彼の剣をつなぎ合わせることにします。一方,トロメアとフィーナを残して湖都に向かった義勇軍は,そこで白い光に覆われた王立劇場を目にする。9章から引き続き,ヘリオスが大変なことになっています。
風術師氏:
文字通り,彼の命である白い剣が折れてしまいましたからね。
4Gamer:
最初にそのあたり。ヘリオスと白い剣の関係について,なぜそうなってしまったのかの因果関係をあらためて説明してもらえますか。
風術師氏:
かしこまりました。ヘリオスは以前の5章で明かしたとおり,この世界で1度命を亡くしています。しかし,チェインクロニクルを受け継いだトロメアがその力を使い,彼の死が「なかったこと」になるよう世界を書き換えました。その際,彼女のチェインクロニクルはバラバラの欠片となって飛び散り,主人公たちの体に宿ることになったわけです。
松永氏:
無限の力を秘めた,あらゆる事象を再現できてしまうチェインクロニクルでも,過去をなかったことにすることはできません。だからこそこの世界は,崩壊からの再生で,ゼロから繰り返すしかなかった。
風術師氏:
死んでしまった事実を改変し,ヘリオスの命をつなぎとめてきた欠片は,白い剣の形をしています。この剣は「今も彼を死んでいないことにし続ける力」でもあるため,それが折られてしまうと,同時に世界を書き換えている力も消失し,ヘリオスの命もまた停止してしまうんです。
4Gamer:
注釈ありがとうございます。作中では,義勇軍の隊長たちがリリスとテレサとも合流しました。各主人公の仲間たちは真っ当な強者が多いものの,なんというかテレサほど「うまいことどうにかしてくれそうな強キャラ」となると意外といませんよね。納得の信頼感もあってか。
風術師氏:
安心感ありますよね(笑)。テレサは世界をどうこうできる強大な力は持っていませんが,対人間となると負ける想像がしづらいんです。強さが分かりやすい,印象さながらの活躍をさせやすい,それがプレイヤーの皆さんにも伝わりやすいのが彼女の強みです。リリスの御剣であるため,能動的に戦うわけでもないので,動かし方も調整しやすいですし。
4Gamer:
リリテレはいくらあっても困りませんし。
風術師氏:
それと10章と11章では,聖人関係の話をまとめるつもりでしたので,登場させるならここしかないだろうという算段もありました。
4Gamer:
続く場面では,王立劇場でエシャルたちと再会し,共闘することにした義勇軍でしたが,そこで巨人アダードが目覚めます。砂の薔薇が住民の避難に向かうなか,義勇軍の前には巨人を操るゼルザールの姿が。
風術師氏:
このあたりからエシャル篇とリンクしていったので,それぞれの主人公の立ち回りや,物語の両側面をどのように見せていくか,私も吉川さんと相談しながら調整しました。このときは設定面も再考するなどして,当初の想定とは異なる展開に着地しましたが(笑)。
吉川氏:
時系列の調整には難儀しましたね。「ヘリオスがいる離れた村」と「物語の本筋である湖都」との距離感なども,不自然にならないよう詰めていくまでに結構な時間を使った覚えがあります。
4Gamer:
あと,義勇軍の隊長が「ほかの主人公篇のボス」に出会ったのって,今回が初めてのことでしたっけ?
海富氏:
そういえば。意外と出会ってませんからねー。
風術師氏:
この場面では,物語の佳境,エシャル篇の本拠地,伝説の義勇軍の隊長と同格の敵。これらを加味して顔合わせさせてもらいました。
吉川氏:
エシャルたちが撤退戦を繰り広げている最中なので,追ってくる敵と,湖都に残っている敵とを考えたとき,湖都にゼルザールがいるのは自然だったのもあり。義勇軍と砂の薔薇が一緒に撤退戦をしていたら,違う構図になっていたはずです。エシャル篇でアダードの進行が一時停止していたのも,テレサがフィッダをどうにかしてくれたおかげですし。
4Gamer:
やっぱテレサなんだよなあ。フラグ管理の話でいくと,ほかの主人公もそうですが,とくに義勇軍は7章から「誰に会ってない」「誰と5年ぶりに会った」「再開してから2回め」などを管理しているんですか。
風術師氏:
それについては私たちライター陣もそうですが,プレイヤーの皆さんの没入感を妨げないよう,監修チームがチェックしております。
4Gamer:
それなら安心ですね。さて,王立劇場では大神殿の守護騎士キシキルとリスタンが立ちふさがります。彼らに足止めされていると,さらにエンブラントも参戦。すでに異能に精神を侵されている彼に届く言葉はなく,周囲一帯は火の海と化す。しかもシエラスエスにも加勢されてしまい,義勇軍は窮地に陥りました。とくにエンブラントはひとり延々と怨嗟を口にしていたので,いろんな恨み節を書き連ねるのは大変だったのでは。
風術師氏:
ええ,10章は彼のセリフがかなり多くて,いろんなパターンの怨嗟を書き連ねていきましたが,同時に私の語彙力もどんどん目減りしていって(笑)。ここで全部言わせなければ次がなかったので,恨み言を喋らせ,同じ文脈は使わず,かつ設定も吐かせる。三重苦でした。キシキルとリスタンにも役割分担してもらって,どうにかまとめていきました。
4Gamer:
守護騎士の2人を見ていると,使命にとらわれていたのは聖人だけではなかったんだなと考えさせられます。理の破壊後は大神殿に関わっていた人たち全員,存在意義を見失ってしまったんですもんね。
風術師氏:
世界の破壊と再生という,大神殿の役割が失われてしまいましたからね。十七聖人のみならず,守護騎士や救済教団の団員。大神殿に関わっていた大勢の人たちは,いまだ使命がなくなったことを受け入れられずにいます。ちなみにリリスのように下野した聖人がいることは,民衆には開示されていません。国民にとって大神殿は今も象徴であるためです。
海富氏:
このユグド大陸では,神様のような存在を肩代わりしている十七聖人に信仰を集約させていますしね。とくに聖王国が。
4Gamer:
そうか。大多数の人々はこの世界が5年前までどうあったのか,5年前にどうなったのかも知らないんですもんね。そのうえで象徴を解体したものなら,「なんで? 意味わかんない!」となってしまうと。
風術師氏:
聖人がいなくなったとなれば,民心が成り立たなくなるでしょう。当の聖人たちもヘリオス篇ではこれまで,リリスのように変化を受け入れた側,エンブラントのように変化を受け入れられない側,これらを2章からずっと書き分けてきたので,ここで尺を使ってまとめていこうと。
4Gamer:
あらためて考えると,ヘリオス篇には白の預言者,双子,シエラスエス,エンブラントなど,ボス格の存在が多かったですね。
風術師氏:
多かったですね。一応こちら側で重要視していたのは,それぞれの能力的な強さとは別に「直接戦うタイミング」でした。剣や魔法を交わした戦った相手は,その時点で“戦える敵”に格落ちしてしまうので。
4Gamer:
触れられないアイドルの概念みたいな。
風術師氏:
そういう感じです(笑)。戦うにしても見せ方を考えたり,その中間となる守護騎士のような存在をぶつけたりと,戦いに勝つまでのステップを積み重ねていって。ヘリオス篇では小説「指輪物語」などを参考に,双子という存在を,しょっちゅう登場しているけど,対峙したり触れたりはできない,といった表現で強大さを担保しようと考えてきました。
4Gamer:
物語のほうでは,白い剣を修復していたトロメアが,ヘリオスのクロニクルの欠片に誘われ,彼の精神世界へ。2人はそこで一緒に戦い続ける決意をあらためて交わし,目覚めとともに湖都に急ぎます。ヘリオスは義勇軍の窮地を救いつつ,エンブラントと対峙。最後はトロメアと力をあわせ,白い繭ごと彼を斬り倒しました。「皆を殺すのは……俺を殺してからにしろってな!!」。超少年漫画な登場シーンでしたね。
風術師氏:
そう言ってもらえると嬉しいです。ヘリオス篇におけるヘリオスのアイデンティティは“王道の主人公”ですので,そこをできるだけ膨らまそうぜと,松永さんと西さんとブラッシュアップしてきましたから。
松永氏:
ひとつ前の章で,ヘリオスはあれだけ熱く頑張りましたが,最後は剣を折られて大変なことになってしまったので。あのときのぶんもやってもらおうって,たくさんブラッシュアップしましたね。少年漫画的な主人公にちゃんとしてあげられて,本当によかったです。
4Gamer:
倒されたエンブラントが,綺麗なエンブラントになったりは?
風術師氏:
うーん,そこはまだ難しいところで(笑)。エンブラントは退場前に「最後まで無様にあがくか」などと口にしましたが,今後の彼がそれをどこまで許容して生きられるのか。簡単に使命を投げ出せるのなら,これほどの執着心を抱くことはなかったはずですから。彼がこれからどんな道を歩んでいくのかは,じっくり考えてからのことになるはずです。
4Gamer:
でも,戦隊モノでいうシルバー的な感じというか。
海富氏:
少年漫画だと,このあと絶対仲間になるやつですよね。
風術師氏:
そうですね(笑)。それもやりたいがゆえの,私の葛藤ですね。
4Gamer:
それと騒動から数日後のラストシーンについて。ヘリオスはお見舞いにきたエシャルと近況を話し合いましたが,彼はそこで「俺また死んじゃったんだよね」とか言ったんですか? 自分から言うような青年じゃないとは思いますが,このときのエシャルの返しが「ヘリオスも大変だったね」だったので,もしそれで済ましてたらエシャル大物だわと(笑)。
風術師氏:
そこはですね(笑),吉川さんとも相談しましたよね。結果的に2人の会話自体は暗転演出で飛ばしているんですが,ヘリオスはやっぱり,エシャルを心配させまいと「俺死んじゃった」とか言わないはずだと。どういう戦いがあったかなどの情報交換に留めたものとしています。
4Gamer:
「ふーん,ヘリオス死んじゃったんだ。大変だったね」などと流してしまうエシャルはいなかったんですね。よかったです。
吉川氏:
物語的にもあそこで「死んじゃった話」なんかされたもんなら,リアクションを取らないわけにはいきませんし,そうなるとこれから話を締めるというときに逆に盛り上がっちゃうしで大変なので(笑)。ここはヘリオスなりの気遣いがあった,ということにしておいていただければ。
白沢氏:
読む人によって,エシャル流しちゃったよ説もありえますからね。
4Gamer:
確認しておいてよかったです。ここから11章に入りますが,ヘリオスたちはアシュリナの助言により,炎の九領を目指すことになります。その裏で双子は,新たなシロガネと化した者と接触。「アマツに義勇軍を近づけるな」を条件に,第二領に白い繭を作り上げた。九領にもまた救済教団が入り込んでいましたが,鬼の死生観には合いそうでしたね。
風術師氏:
「戦って死んでもヴァルハラに行けるぞ」といった,ヴァイキングっぽい思想が鬼に合ったんでしょうね。
海富氏:
彼らは戦うことがアイデンティティですから。戦って死んでも来世でまた戦えるなら,まあいっかと。都合よく解釈しているんでしょう。
4Gamer:
こうなると,救済教団の手が及んでいないのは精霊島だけですか。
白沢氏:
ただでさえ外部の人は受け入れませんから。従って暗躍もできない。
松永氏:
上陸した瞬間,追い出されるよね。
白沢氏:
ひょっとしたら物語の隙間に上陸していたかもしれませんが,水際で追い返されていたか,遭難者扱いで追い出されていたんでしょう。
4Gamer:
ありそう。イッシキに白い剣を調べてもらう場面では「いつバラバラになってもおかしくない」と忠告されても,ヘリオスは必要だから使うと返答していました。目に見えないヒビがある最終兵器といった怖さ。
風術師氏:
ヘリオスなら使いますから。死にたいわけでも,死んでしまうわけにもいかないけど,守りたい者のためになら振るえる。その選択ができるようになったのも,彼が自身の責任を自覚し,成長してきたからです。
4Gamer:
元大工のヘリオスはここで「鍛冶屋もいいなあ」とも言っていましたが,生来の気質がクラフターだからなんですかね。
風術師氏:
そういう面もありますが,王都で大工をやっていた理由は「人の役に立ちたい」でした。ユグド大陸はまだ,平和が訪れてから5年しか経っていませんので,復興のお仕事なら引く手あまたですし,多くの人々の役にも立てます。これまでの旅を経験した今なら違う道もありえますが,あのまま大工として家を建てて,誰かを喜ばせながら,誰かに褒められていたのなら,英雄に憧れたまま王都で一生を終えていたかもしれません。
海富氏:
彼は手に職をつけるタイプですよね。なおかつ,夜間の学校に通いながら昼間は働きそうなタイプ。地に足ついた感じの。
S氏:
そしてトロメアを養う。
白沢氏:
そもそも第3部の主人公たちって,頭脳労働が向いていないというか,みんな「体を使ってどうにかしようぜ!」タイプですしね。
風術師氏:
戦災孤児のヘリオスはまともな教育も受けていませんしね。
海富氏:
エシャルはいいとこのお嬢さんなので,まともな教育を受けていそうですけどね。記憶喪失のうえ,新しい未来も見つけてしまいましたし,いきなり芸能界に行ってしまったご令嬢枠って感じですが。
白沢氏:
そうなると,主人公きっての頭脳派はやっぱアリーチェに。
S氏:
アホの子なのに(笑)。
4Gamer:
人は見かけによりませんから。ヨシカゲと鬼の兵隊を引き連れた義勇軍は,白い繭のある第二領の火山にたどり着きます。双子までの行く手を阻んだのはシエラスエス。過去に苦戦した戦法は打ち破ったものの,九領の軍勢は異能「送別」の力をもって,時空の彼方へと消し飛ばされてしまう。まず白い繭については,光が満ちると爆発でもするんですか?
風術師氏:
えーっと,言っていいんだったか……。
松永氏:
そこはまだ起きていないことなので,なにも言えません。
風術師氏:
作中で暗示しているようなことになるのかも,とご認識ください。
4Gamer:
なら流しましょう。それからシエラスエスですが,彼女の送別の力は強さランキングとかあったら確実に揉める能力ですよね。
風術師氏:
特殊な能力ですからね。全盛期ほどの力はないにせよ。
4Gamer:
今は異能の力が消失しはじめているんでしたね。シエラスエスも現在は次元の彼方どころか,ちょっと遠くにしか飛ばせないとのことで。
風術師氏:
だいぶ前の話になりますが,第2部のアフターストーリーを描いた「Sequels 〜リリス・テレサ篇〜」で,異能に固執しているが,徐々に力を失っていた,翼の聖人ユーディリアが登場しました。このときの彼女の設定は今も引き継がれていて,リリスは固執していないから異能が消えている,エンブラントやシエラスエスは「自分にはこれしかない」と固執しているから異能がまだ健在である。そういう分け方になります。
4Gamer:
Sequels。なんとも懐かしい響き。
松永氏:
あれは第2部と第3部をつなぐ話として,僕が直接書いたストーリーでした。みんながリリテレの話をなかなか書いてくれてないから,っていう理由で書いたんですよね(笑)。ただ,あのときに聖人関係の設定を整理したことで,みんなもなんとなく汲めるようになって,今の流れに至っているという。書いてよかった。リリスとテレサのおかげですね。
風術師氏:
あれからずいぶん経ちましたね(笑)。あのときのSequelsのおかげで,聖人たちに関する物語もいい意味で広げていけました。
4Gamer:
黒騎士伝でも,世界の破壊に伴い,リリスが人々を選別している傍ら,エンブラントはとてもはしゃいで燃やしていましたし。
風術師氏:
ありましたねー。
白沢氏:
あれが彼の本来の全盛期ですね。
海富氏:
異能の力が最も強かった時期なので,本人も大満足でしょう。
4Gamer:
それから先,トロメアはクロニクルの力で,シエラスエスの過去を垣間見ます。彼女は前の世界で死なせた弟と,新たな世界で再会することを望みとしていましたが,義勇軍によって世界の理が破壊されたため,それが叶わなくなり,救済教団を率いていました。しかし,双子はここにきて「世界を再生させるなんて、一言も言ってないわ」。救済教団が勝手に信じてきただけだと一方的に告げて,教団ごと彼女を切り捨てます。
風術師氏:
シエラスエスと救済教団の核心に迫りました。
4Gamer:
これまでは過激な信仰集団に見えていたくらいなのに,言ってしまえば崇高な聖人としても似つかわしくないほど,人間臭い願いでした。
風術師氏:
彼女は己の願望を認識していましたが,救済教団においては再生後の世界に望みをかけていた人たちのためにと,個人的な願いは胸に秘めたまま,大義名分を掲げてきました。双子を妄信するためにもです。初登場の8章のときから隠し続けてきたことが,ようやく暴かれました。
4Gamer:
本当によかったです。「シエラスエスのことを悪く言うと,あとで手のひらを返すはめになるかもしれない」と布石を打っておいて。
風術師氏:
昨年のインタビューで仰っていましたね(笑)。聖人関係はヘリオス篇におけるサブクエストみたいなものだったので,12章まで持ち越さないよう,エンブラントとシエラスエスとは10章と11章で決着をつける必要がありました。ただでさえ,12章に残している宿題が多いので……。
4Gamer:
ならば先にラストまでまとめましょう。エノシュに襲われたトロメアでしたが,シエラスエスにかばわれて助かります。遊び終えたエノシュは,白い繭ごと斬り倒されたオロチには意にも介さず,すでに事を成したと告げる。そして彼らは「始まりの場所で」と言い残して去りました。
風術師氏:
ここまでがクライマックスに向けての準備でした。
4Gamer:
状況をまとめると,湖都と九領の命脈には楔が打たれ,賢者の塔では仕込みが芽吹きつつあり,精霊島は意図は違えど目的を達しそう。つまるところ,ユグド大陸危ない状態にリーチがかかっているんですか。
風術師氏:
そうですね。それぞれの物語の現状もだいぶヤバいことになっておりますが,それを踏まえてもさらにヤバいことになっております。
4Gamer:
双子が目指すのは,お母さんが望んだ「未来のやってこない停止した世界」とのことで。ヘリオス篇は次で完結ですが,そのあともメインストーリーは続くと考えると,バッドエンドすら想像できてしまうというか。それこそ,クロノトリガーの主人公不在ターンといったものを。
風術師氏:
可能性の話であれば,なきにしもあらずと。
松永氏:
初夏配信なので,まだまだ練っていますからね。
4Gamer:
それでは現状,12章ではどのような結末を目標としていますか。
風術師氏:
先ほど触れたように,片付けないといけない宿題はまだまだ多いです。登場人物たちの精神面,ボス側の思惑,なにが起こり,どう畳むのか。ヘリオスとトロメアはこの世界で起こしてしまったことの責任を,どのように果たすべきなのか。これらの課題をいかに納得してもらえる形に仕上げられるかに加え,12章でどこまで整理して,クライマックスチャプターズの先に待っている13章以降にどうやってひもづけていくのかなど。やらなければならないことばかりで,今から尺が心配です(笑)。
松永氏:
まとまるかどうかおたのしみに!
4Gamer:
ヘリオス篇は13章以降のためにも,ただ終わらせるだけではいけないんでしょうしね。最後にシャロンが呟いた「あの子たちを助けて」もそうです。あの子たちとは一体,どの子たちなのか。謎めいてる。
風術師氏:
12章のことを考えると,11章のハイライトは実はそこです!
4Gamer:
最後の最後まで謎が多そうで。ありがとうございました。さてさて,ようやく最後にして,完結済みなので最も長くなるであろうアマツ篇です。海富さんには今の心境などもあわせてお聞きいたします。
海富氏:
分かりましたー。
海富氏に聞いた,アマツ篇(10章〜完結)
4Gamer:
アマツ篇の10章では,九領で目覚めたオロチを目の当たりにしたアマツたち。驚異の再生力を持つオロチに対し,アマツは口内に潜り込み,内側から頭部を切り刻むが,オロチは白き異形と融合することで蘇ってしまう。結局,トウカとハルアキの指示で一時撤退するのだった。
海富氏:
オロチはモンスターというより,大自然の災害といったイメージで描きました。川の激流が,それ自体がなにか目的を持っているわけではないように,天変地異の具現化のようなものです。それに対して鬼たちは刀や弓で「イヤー!」と対抗しますが,すぐ蘇生するので打つ手なしと。
4Gamer:
一方,ユグドを連れて精霊島から帰還したシュザは,九領の領主を集めて「オロチ封印の術式」と「三種の宝器」の情報を共有します。オウシンはそのうちの宝剣と宝鏡を入手すべく,ヨシノの実弟である第六領主アキカゼを訪ねる。オウシンは商売人であるアキカゼを説き伏せるのに苦戦するも,鎖国主義の第四領との交易を切り札に,宝器を手にした。
海富氏:
オロチに関しては昨年も補足しましたが,その伝説は長い時間をかけて風化してしまいました。ですので,このときの九領の鬼たちは「三領になんかやべーのが出た」くらいの危機感です。僕らで言うところの「日本には昔ヤマタノオロチというのがおってな」くらいのものですね。
4Gamer:
オウシンも今では領主ですが,やはりシュザの圧力が強い。
海富氏:
筆頭の力は絶大ですからね。書く側としても,同じ領主だけど力関係が確実に違うところを踏まえて,バランスに気を配りました。口先で謀られるのはシュザらしくないが,野放しにすると大変なことになる。ヨシツグのように口利きできる人がいないと議論も成り立たないんです。ヨシツグがオウシンをフォローする様子なんかも,自然と書いていました。
4Gamer:
今さらですが,九領って火鬼はもちろんとして,ツル姫,ヨシノ,アキカゼなど,和風口調が古今東西バラバラですよね。キャラクターの口語は各大陸さまざまですが,バリエーションがより細かいというか。
海富氏:
みんな純和風ですからねー。僕は関西出身なので「大阪と京都と兵庫の方言の違い」なんかは意識して書き分けようとはしています。例えばヨシノの口調は,雅で上品な京言葉でいて,第六領の古めかしい貴人をイメージしています。民衆クラスだと,あれほどの訛りはないので。
白沢氏:
でも,たまに書き手の素が出るのか,大阪っぽいときありますよね。
海富氏:
ありますね。汚い言葉が増えてるときが(笑)。
吉川氏:
昔,僕が九領の女形ユキノジョウの個別ストーリーを担当したとき,京都出身の人に手を入れてもらったんですよ。そのあと海富さんにも相談してみたら,やっぱりちょっとしたニュアンスが違いましたね。「本場ではこう言う」みたいな,細かな違いがあったりして。
白沢氏:
関西弁は話し言葉の文脈なので,文字にすると違和感あったりね。
海富氏:
そう。だから分かるがゆえの葛藤があります。ベタな大阪弁は鼻につくものの,本場に寄せすぎても文章としては読みづらいとか。
4Gamer:
方言は難しい。作中では,ベニガサが事の元凶であるシロガネを倒せば,オロチを止められるかもしれないと提案し,アマツたちはトウカらと別れ,シロガネの気配を頼りに第三領へ。火山の深部に向かうため,一同がオロチの体内を切り裂いて侵入すると,そこで火鬼とオロチによる過去の決戦の記憶を目にする。コロミの過去が明らかになりました。
海富氏:
火鬼たちの名前は原則,読みの似た漢字のゴロを語源とし,意味付けしています。コロミの場合は「暦(こよみ)」をもとに,物語的にも歴史の生き証人といった役割を当てています。凄惨な過去を忘れないよう,すべてを記憶してしまった代償で,今のような性格になってしまいました。自らの記憶に苛まれ,心を閉ざした彼に言葉を届けるのは難しいのですが,ヒトリだけはシンプルな親愛で,彼と通じることができます。この2人はそういうふうにできればいいなと思い,関係性を築いてきました。
4Gamer:
次のシーンでは,当のコロミがヒトリの前に姿を現します。彼にやり直しの道を示すアマツたちでしたが,さらにシロガネが乱入し,コロミがオロチの心臓になったと笑いながら白状する。アマツたちを奇妙な術と言葉で翻弄するシロガネであったが,そこでベニガサの秘策である口寄せの術が発動。シロガネ万事休すか? とまあ一旦,止めておきましょう。
海富氏:
次が次ですからね(笑)。
4Gamer:
ここではシロガネの真意も明らかになりました。自分は長生きしすぎて退屈だから死んでもいいが,自分以外の存在がのうのうと生きているのは許せないので,世界もろともみんな死ねと。さすがです。ついでに各篇のボスの目的もまとめると,ヘリオス篇は「世界を停止する」,アリーチェ篇は「究極の刻印者づくり」,エシャル篇は……エシャル篇は?
吉川氏:
ゼルザールの目論見は12章で明らかになります!
4Gamer:
なるほど。続いてセレステ篇は……セレステ篇もなんだ?
白沢氏:
「与えられた使命を機械的にこなしましょう」ですかね? ビオレータたちは存在が存在なので,一番考えていない可能性も(笑)。
4Gamer:
なるほど。最後にアマツ篇は「私が死ぬからみんな死ね」と。いずれもろくでもないですが,悪役っぽさならシロガネが強い。
海富氏:
シロガネを考案するとき,悪役を最も光らせられるのは「身勝手さ」かなと思いました。退屈だから引っかき回すし,退屈だから死んでもいい。でも,ほかの生物が生きているのは気に食わないから,自分と世界もろとも一緒に死んでもらう。誰がどう聞いても受け入れられるはずがない,倒さなきゃいけないとすぐに分かる存在にしたかったんです。
4Gamer:
そんなシロガネの魂すらも食らうのが,ベニガサが体に宿す黒狗です。「イヌの餌にしてやる」って感じが粋。
海富氏:
黒狗に関してはこれまでも作中で解説してきましたが,ベニガサの奥の手は,魂だけの存在であるシロガネを自身に憑依させ,魂を食らう黒狗に食らわせるというものでした。シロガネの最大の脅威は憑依されることですが,それを逆手に取り,さらに憑依する目標を自分以外にさせないよう,妹が使った口寄せの術で引っ張り込む。これが彼女の対シロガネの仕込みです。まあ,そこまでしても,そのあとがアレでしたが。
4Gamer:
そのアレに言及しましょう。シロガネの魂を食らわんとしたベニガサが,突如斬られた。斬ったのはロクショウ。彼はシロガネの手駒だった。アマツが混乱している間に,彼はシロガネの肉体をも斬りつけ,「魂を持っていかれる前に俺に憑依しろ」と提案。そしてロクショウは,新たなシロガネとなった。ついにやりました。ついに裏切りましたね!
風術師氏:
いつ裏切るか問題(笑)。
4Gamer:
裏切った理由は,アマツの眩しさに当てられたから。やっぱメンタル系でした。捻くれたメンタルで裏切る系のイケメンでしたね!
海富氏:
ロクショウはこの瞬間のために,4章での初登場からここまで,伏線を張りまくってきました。僕的には今までの積み重ねを集約した「一番いい裏切り方」をさせられたかなと(笑)。
4Gamer:
「ロクショウは絶対裏切らない!」と信じていた人はさておき,多くの人たちはロクショウに対して「アマツを裏切る」「シロガネを裏切る」の2択を想像していたかと思います。しかし,彼はそれすらも裏切る「俺がシロガネになる」をやりのけました。これまたいい裏切り。
風術師氏:
とても分かります(笑)。
海富氏:
「実はシロガネの部下」は初期からの設定でしたが,物語を続けていくにつれ,さまざまな身の振り方が想像できてしまい,最終的にどちらかを裏切るだけではもったいないと考えました。そして物語の都合上,アマツはシロガネとの直接的な因縁を持ちません。大切な仲間であるベニガサの因縁はあっても,動機の薄さは隠せなかったので,主人公に対するラスボスとして「シロガネになったロクショウ」がアリなんじゃないかと。
4Gamer:
ビジュアルもカッコよくて。
海富氏:
めっちゃイイ感じに描いてもらえました!
4Gamer:
そしてです。アマツへの羨望を独白したロクショウ。アマツたちは怒りをぶつける前に,その場から第三領へと転移させられてしまい,ロクショウが待つであろう第四領の火鬼の村を目指す。道中で再開したオウシンに経緯を話すと,ドウマの一軍もついてくることに。アマツはロクショウへの感情をうまく整理できず,それをベニガサに指摘されると「ちくしょうー!」と憤るなど,最後のウジウジを見せてくれました。
海富氏:
8章以降は成長した感が強くて,最近は鳴りを潜めていましたが,アマツと言えば根暗ですから! 最後にまた落としておこうと! 長い時間をかけて覚悟を決めたベニガサと,「俺の幼なじみが突然シロガネになった件について」なアマツとの違いもありますし,あそこでロクショウが裏切ってさえいなければ,ベニガサはシロガネを倒せていたかもしれない。だから自分のせいだ,なんて負い目もあったんでしょう。
4Gamer:
ここから物語は「シロガネ討伐」と「オロチ封印」の二面作戦で進んでいきます。この場ではある程度まとめますが,まずはオウシンから。九領の領主たちはオロチ封印の術式のため,第五領主と第七領主を除く7人で火中の祠に赴きます。祠のなかで待っていたのは,祠の祭事を司るアオイ。彼女に課せられた試練に苦戦する7人でしたが,武を持たぬツル姫の機転により,鬼同士で協力することで試練を突破しました。
海富氏:
領主のなかでもツル姫だけは特殊です。武力を持たない少女なので。オウシンも含め,単品で強い側にいる者たちは基本的に「協力の精神」がありません。さらに好敵手という餌を目の前に出され,闘争状態でした。しかし,協力せねばオロチはおろか,試練の突破も叶わない。そんなときに突破口を開いたのが,力はないけど和の心があるツル姫です。ここは彼女の見せ場として,絶対に書いておきたかったシーンでした。
4Gamer:
ヨシツグとかウッキウキで戦ってましたし。
風術師氏:
たしかに(笑)。
4Gamer:
それと,シュザと対面した謎の人影はラザフォードなんですか?
海富氏:
あー,いえ。そっちはグランドサーガ「炎の九領篇」での出来事であって,本編ではSPストーリーのほうで真相を描いていたんですよね。シュザv2を持っていると見られるやつでして。
4Gamer:
あー,持ってない持ってない。
海富氏:
すみません(笑)。そこでシュザは「義勇軍の隊長」と対峙していることが明らかになります。詳しくはぜひ読んでいただきたいところですが,なぜ主人公なのかは,シュザが彼に勝てていないからです。
4Gamer:
どのような意味で?
海富氏:
勝負に勝てていないだけなら,精霊島のラファーガもそうですが,あちらは言うても武人同士の話です。そういうのとは違います。シュザは主人公相手にタイマンで戦えば勝てるはずですが,そういうのではない。自分ができなかった黒の軍勢との戦い,義勇軍という存在の活躍も踏まえ,彼にとって一目置くなにかがあるのではないか,といった情景です。
4Gamer:
となると,グランドサーガの意味深なラザフォードのほうは?
海富氏:
あれは第1部の表の敵役であるシュザと,チェインストーリーの裏の敵役であるラザフォードといった構図から考えたもので,グランドサーガから続く13章でついに二大巨頭が交わるのか!? そんな熱い組み合わせをイメージしてのものでした。それと単純に,これから先のことを考えると,そろそろラザフォード出しておかないとなという事情もあり(笑)。
4Gamer:
ラザフォードはですねえ,個人的に「いまだに謎なチェンクロキャラNo.1」なんですよね。最近では伝承篇「シルヴァ伝」で新たな人となりが垣間見えましたが,あれをもってしても,第1部から第3部に至るまで,ずっと胸中が謎な男のまま居続けているという印象が拭えず。
西氏:
そうですねえ(笑)。
白沢氏:
画面の圧は強いのに。
風術師氏:
強キャラ感が出てますよね。
4Gamer:
あと,オロチの術式に参加したのは計7人でした。第五領と第七領の領主については,物語の背景的に登場が難しかったとの判断で?
海富氏:
状況的に全員満遍なく集まるより,集まらないほうが自然,なおかつそっちのほうが危機感を煽れるんじゃないかと考えてのことです。さらに問題を提起するなら「ここでポッと出のやつに領主として出張ってこられてもなあ」ですかね。第五領と第七領については外伝的な場では触れているんですが,それより見知った人物だけのほうがいいだろうと。
4Gamer:
てっきり「七人の侍」とか,なにかかけているのかと。
海富氏:
そういう理由もないですね。もっとぶっちゃけるなら「濃いキャラがこれ以上増えても書くのが大変だからやめとこう」です(笑)。
4Gamer:
納得です。オウシンが頑張っているころ,アマツたちはロクショウが呼び出した,オロチの心臓となったコロミと相対していました。コロミはヒトリに「俺を殺せ」と頼むが,ヒトリは殺さないと言い返す。ここで一緒についてきたミユキの雪女としての本領が発揮されます。コロミは一時的に氷漬けとなり,仮死状態で生かされることになりました。
海富氏:
いやー,ミユキを活躍させられてほんとよかったです。
4Gamer:
インパクトが強めな鬼ガールズのなかでも,賑やかし役として長らく後れを取っていたミユキが,ここにきて大活躍ですからね。
S氏:
びっくりしました。
白沢氏:
かき氷製造機じゃなかった。
海富氏:
水着だけのキャラじゃないんですよ! 話の流れ的には,コロミを生かしてやりたかったんです。殺すわけにも,野放しにするわけにもいかない。じゃあ,どうすれば生かしてやれるのかと考えたとき,ある意味「対の存在」である,炎のヒトリが精神的に救い,氷のミユキが物理的に救う。ついでにv2イラストも出したかった。それで抜擢したんです。
4Gamer:
名誉挽回でした。あとヒトリの当て字についても,ドウマが「火を盗むと書いて火盗(ヒトリ)」と言っていました。
海富氏:
名は体を表すといったあれこそが,ヒトリの本領発揮でした。そうなんです,彼は別に「ひとりぼっちのヒトリ」じゃないんですよ!
4Gamer:
ジーンとしました。それではこれより12章に突入です。火鬼の村では,オロチ相手にタルキが孤軍奮闘していました。ヒトリはその助けに残り,最奥にはアマツとベニガサが向かうことに。さらにその先の道中,シロガネの憑依からは解かれたが,洗脳されてしまっていたベニガサの妹スズシロの姿が。ベニガサはアマツを先に行かせ,肉親相手に刀を抜く。
海富氏:
ロクショウはヘリオス篇で双子に提案していたように,アマツとのサシでの戦いを望んでいました。そのため,シロガネの憑依が解けて,抜け殻となったスズシロまでをも利用し,ベニガサが一緒についてこないよう画策したわけです。ヒトリについても同様です。
4Gamer:
章の冒頭では,シロガネに関するであろう九領の伝承も語られました。本来,弱い妖精だった鬼は,龍神から力をもらい受け,その力をすべて奪うことで強くなった。しかし,鬼にすべて奪われた龍神に最後に残った魂こそがシロガネだった……のかもしれない,とのことで。
海富氏:
あくまで御伽噺で,真実かどうかは分からない。そういったニュアンスにより断定は避けました。シロガネ自身,憑依を繰り返して幾人もの記憶が混ざってしまった今,己の成り立ちがどんな存在だったのかを記憶していません。そして鬼の特徴である「角」も,鬼妖精の時代にはなかったのではないのか。もしかしたら,龍神から奪ったものではないのか。僕はこの12章において「鬼の成り立ち」にも踏み込んでみたいと思って。
4Gamer:
角がなかった。その根拠というのは。
海富氏:
鬼は強さにこだわりますよね? でも最初から強いやつは,強さにこだわらないんじゃないかなって。弱いからこそ,強くなりたいと執着するのではないかなって。弱いから強さを求めて,強くなった今でもさらに強さを求めて,それが現代の鬼の渇望になったのではないか。いずれも明言は避けていますが,鬼の解釈のひとつとして提示してみました。
西氏:
もしその解釈が正しいとしたら,「角なしのアマツこそがもっとも鬼らしい鬼である」とも考えられますよね。強さの象徴である角を持たず,誰よりも強さを渇望してきた彼こそ,本来の鬼に近い存在であると。実際,アマツは12章までの冒険をとおして本当に強くなりましたし。
4Gamer:
鬼考察が深い。すべてのお膳立てが済んだ最深部では,アマツとロクショウが対面します。相手への強い憧れを抱く両者は,それぞれ思いの丈をぶつけ合いながらも刀で激しく打ち合う。そしてロクショウがシロガネの集合意識に取り込まれそうになった瀬戸際,彼の刀はアマツの妖刀「伏龍」の一太刀によって折られた。そのとき,勝敗も決した。
海富氏:
ロクショウには作中で多く語ってもらいましたが,言ってしまえばアマツへのコンプレックスであり,彼の独り相撲でした。アマツもアマツで本心をべらべらと喋る男ではないので,互いに強く意識していたはずなのに,2人が本心から分かり合うことはこれまでなかった。ただ,アマツは彼がいたから,今もこうやって誰かと一緒にいることを選べるようになったんです。根無し草で根暗な彼が,他人に歩み寄れるようになったのはすべて,ロクショウとの出会いからはじまっています。それでも最後の最後,アマツの一言を聞くまで,ロクショウはそれに気づけなかった。
4Gamer:
多くは語らず。アマツのはなむけの一言を聞くに尽きます。
海富氏:
はい,2人への回答はそこにつぎ込みました。
4Gamer:
続いての場面は九領の領主たち。彼らは術式成功のため,オロチの精神世界へと侵入し,オロチを内面から調伏することで肉体を封印することに。9つの頭を7人で相手していたところ,オウシンはツル姫を救うためにオロチに呑まれてしまう。そのとき,母の形見の龍紋鍔が輝きだした。序盤の謎アイテムが,最後にキーアイテムになる激熱なやつです。
海富氏:
1章からの伏線がようやく活きました!
4Gamer:
おっ,最初から決めてたんですか。
海富氏:
まあ,いやあ,なんかすごいアイテムだとは,ねえ。
西氏:
「なんかすごいキーアイテムだぞ」までは決めてたんですよね。それをどう料理するのかは,明日の自分たちが考えることにして。
海富氏:
最初に手に入れたアイテムが実はすごいものだった。それ自体は分かりやすく届けられたはずなので,ライブ感ということで! それと補足ですが,オロチは九領のマナそのものなので,倒してしまうと土地が枯れてしまうんです。だから領主たちは封印という手段で挑んでいます。
4Gamer:
オロチ騒動の佳境ではゲンリュウサイやら妖怪やら,多彩なキャラクターが大集合しましたが,このタイミングで新キャラクターとして,鼓角楼の「ワカバ」が登場しましたよね。この子はなんだったのでしょう? 「今後のメインヒロインか?」と大穴予想していますが。
海富氏:
あっ,いえ。そういうわけではなく(笑)。あそこで登場させたワカバ自体に意味深な理由はなく,現地でオロチに抗う一般市民を出したかったのと,その条件に合う第六領の出身者がいなかったので,まだ未登場だった彼女を「ここが初登場になるけどいいか」と投入した次第で。
4Gamer:
めちゃくちゃ穿って見ていました。「???表記で出てきたし,わざわざ最終章でだし,絶対なんかあんだろ」って。
S氏:
私もそう思ってました!
海富氏:
すみません……(笑)。可愛い女の子キャラとしてプレイヤーさんからの評判はよかったですし,せっかく出したからには今後も活躍させたいと思っているので,ワカバについてはこれからに期待してください!
4Gamer:
しばらくして,スズシロを斬り伏せ,最深部にたどり着いたベニガサ。彼女がそこで目にしたのは,ロクショウを斬ったと同時にシロガネに憑依されてしまったアマツの姿でした。加勢に間に合ったヒトリの声に,彼は一瞬だけ意識を取り戻す。「今のうちに俺を殺せ」。ベニガサは引導を渡そうとするも,今の彼女にアマツを斬ることはできなかった。これまで「斬るべきは斬る」と判断を一貫してきた,ベニガサにも。
海富氏:
これまでの3人旅があったからです。ベニガサはシロガネとその体スズシロを斬る覚悟は固めていました。そして先ほど,最愛の妹を手にかけました。しかし,アマツを斬る覚悟なんてしていません。多くの人はここで「ベニガサならアマツを斬るかも」と想像してくれたかもしれませんが,ベニガサは情を取った。彼女が弱くなったのはたしかですが,それはこれまでの旅路が彼女に与えたものでもあります。いろいろ見せ方は考えたんですよ。でもやっぱ,ベニガサは斬らないんじゃないかなって。
4Gamer:
絶体絶命。アマツ篇これにて完と思われたその瞬間,アマツが持つオウシンの龍紋鍔の片割れが輝きだし,シロガネの意識を苦しめる。魂だけの零体となって放り出されたシロガネに,ヒトリ,アマツ,そしてベニガサの太刀が走る。シロガネが消滅する。このとき,長き復讐の旅が終わりを迎えた。まずはシロガネを討てて,おつかれさまです。
海富氏:
長かったです,ほんと長かった(笑)。アマツ篇の2章からその存在を匂わせたシロガネは,今このときまでラスボスのままで居続けてくれました。こういう結末にたどり着けて,本当によかった。
4Gamer:
ご自身でも結末に満足いっていますか。
海富氏:
はい。アマツ篇の最大の障害であるシロガネは,絶対に倒さなければいけない敵でしたが,どのようにすれば納得いく結末になるのか。常に考え続けてきましたから。読んでいる人に憎まれてほしい。かといって強すぎたり弱すぎたりも問題だしと,悪役のカリスマ性を保つのに苦心してきました。完璧に描けたかとなると,プレイヤーの皆さんの感想が気になるところですが,退場間際に少しだけシロガネに同情してもらえただろうか? なんてところも含めて,やるべきことはやれたかなと。
4Gamer:
ところがです。ここで完結と思いきや終わっていません。シロガネを倒したアマツたちは,窮地を救った龍紋鍔が宝器のひとつ「宝玉コヨマモル」であったと知ります。オロチ封印の持続のため,アマツはオウシンに片割れを渡すよう迫るが,両者一歩も譲らない。そして2人は宝玉とプライドをかけて“三度目の決闘”を果たすこととなる。ラスボスを片付けてからの男同士の喧嘩。古くはスクライド方式とでも言いますか。
海富氏:
アマツ篇は全編とおしてみると,1章からはじまり,12章までたどり着き,最初に帰結するという構造になります。アマツとオウシンの喧嘩からはじまったこの物語は,この2人によって締められるべきだと考えました。いずれも大苦戦だったが2連勝しているアマツ。常に彼に勝ちたいと考えてきたオウシン。アマツ篇が「アマツ視点」と「オウシン視点」に分かれていたのも,表と裏の主人公を意識してのことです。まあ,本来はすでに締めだったんですが,強引に尺を伸ばして計6話にして(笑)。
4Gamer:
この12章について,ほかの方々は感想ありますか?
松永氏:
それ聞きたいね。どうでした,みんな?
風術師氏:
単純に「すげえな……!」がはじめにきましたよね。完全にやりきっているところには,羨ましさすら感じます。
S氏:
アマツ,モッテモテやなって。ロクショウにもオウシンにも。
海富氏:
どうしても男性キャラクターが多いので(笑)。アマツはロクショウと戦い,彼を斬りましたが,事情はどうあれ,もう2度とやりたくない体験として刻まれたと思います。しかし,オウシンとの戦いは物騒な切った張ったとはまた違う,純粋な「コイツに勝ちたい!」の気持ちを沸かせてくれるものです。これはオウシンも同様です。彼らにとって龍紋鍔をどうのこうのは口実でしかなくて,ただ勝負したかっただけなんですよ。
4Gamer:
仮死状態だったコロミは当然としても,ロクショウも実は生きていましたね。先の戦いで視力を失うも,みんなで反省会していました。
海富氏:
アマツはそのことを知りません。物語的にも「死んだほうが綺麗かも」と大きく悩んだところではあります。それでも,最終的には火鬼の長老シヅチが語っていたとおり,死んで終わりはズルい。都合がよすぎる。そういう結論を選びました。そもそもロクショウはあそこでアマツに殺されていたら,自分のしでかしたことも忘れて,満足したまま気持ちよく死んでしまうはずでした。だから,死で解決するのはズルいよなと。
4Gamer:
実は生きていたで言うと,スズシロも存命でした。装いも新たに登場した場面では,姉に自身の想いや許嫁カイドウについての胸中を明かしていましたね。ベニガサにとっても,最良の結末だと感じられました。
海富氏:
アマツに代わり,シロガネをとおして物語を動かしてきてくれたベニガサには,最初は復讐しかありませんでした。しかし,復讐を果たしたあと「なにも残らなかった」「もう死んでもいい」で終わらせたくはなかったので,これからも彼女に生き続けてほしいからこその救いを探しました。これも死んで終わりじゃないの別アングルですので,今後は祓い巫女の美人姉妹として,スズシロともども新たな道を歩んでいくはずです。
白沢氏:
なんか,みんな気持ちよく死ねない種族ですよね。鬼って。
海富氏:
ヨシツグなんかまさにね。
白沢氏:
黒騎士伝でシュザのことを書いたとき,彼は強敵がいなくなった世界に飽きて黒化させることにしていました。なんていうのか「鬼は力を100%出して戦うと自分勝手に満足して死ぬんだろうなあ」みたいな印象があり。だからシュザとヨシツグ,そろって心から満足させまいと,意図的にピースを削った覚えがあって。笑顔でゴールさせてはならないと。
海富氏:
生き急ぎがちな鬼の業ですよね。
S氏:
かわいそう(笑)。
4Gamer:
それでは本日のラストシーン。誰も見る者のいない場で,宿敵と書いて「とも」と呼び合う,アマツとオウシンが対面する。これまでの戦いをとおして成長してきたアマツと,彼を倒すためだけの技を練り上げてきたオウシン。激闘のさなか,アマツの体内にあるクロニクルの欠片が表出する。それは,彼の望みが叶った瞬間でした。アマツの望み。これを作者として代弁するのであれば,どのような言葉になるのでしょう。
海富氏:
アマツの望みを正確な言葉にしてしまうと,プレイヤーの皆さんに感じてもらえた答えにケチをつけてしまうかもしれないので,正解はひとつじゃないだろうという意味で,ボカシて書かせていただきました。そのうえで言えることは,ロクショウとの戦いでは叶わなかったが,オウシンとの戦いでは叶った。ヒトリやベニガサも,アマツにとって大切な仲間であり,そこに上下をつけるわけでもないが,互いに対極にいる存在として意識し合い,最後まで宿敵として並び立ってくれたオウシン相手だからこそ,あの瞬間,彼のなかで「ふと腑に落ちた」のだと思っています。
4Gamer:
ならば,戦いの行く末は分からなかったものの,龍紋鍔はオウシンが手にしていました。これは勝敗と見てもよろしいんでしょうか?
海富氏:
それも,皆さんのご想像にお任せいたします(笑)。僕のなかにはひとつの答えがありますが,そうじゃない人もいるはずなので。「龍紋鍔を持っていたのはオウシン。しかし2人とも満足そうであった」。この光景を持ちまして,各々の答えを出していただければと思っています。
4Gamer:
かしこまりました。河原の決闘の勝敗なんて,野暮ですもんね。最後に,アマツ篇の一区切りがついた今の心境をお聞かせください。
海富氏:
第3部がはじまってから足掛け約3年。よくもまあやったなと。よくゴールできたなと。こうしてインタビューであれこれと語れるところまでたどり着けて,一安心しています。これまでは目の前の物語を書き終わったときも,それ以外の仕事をしているときも,暇があったら「これからアマツ篇どうしよ」と考えていましたが,ようやく肩の荷が下りましたね。でも,喪失感もあります。もう書かなくていいということは,もう書けなくなるということでもありました。だから,複雑ですね(笑)。
まだまだ,終わりません
4Gamer:
さて,3時間オーバーですか。大体例年どおりですね。
海富氏:
だから言ったのに(笑)。
松永氏:
おまえが言うかっ。あまりに喋るからアマツ篇は黙ってたよ(笑)。
4Gamer:
最後にもう少々,今後のことを教えてください。まずはクライマックスチャプターズが夏まで続きますが,その先については。
松永氏:
すでにアマツ篇を最後まで読まれている人なら察しているかと思いますが,アマツの物語は一区切りを迎えても,第3部の物語はまだまだ続いていきます。もちろんアマツも登場しますし,ほかの主人公も同様です。各主人公の12章以降,13章からは以前の6章,7章を超える大集合をもって,3年以上かけてきた物語の集大成をお見せしてしていきます。
4Gamer:
提供間隔などの想定はありますか。
松永氏:
一応あります。ありますけど,どうせ思ったとおりにいかないだろうなって。だってこの人たち「12章? ちゃんと通常どおり4話で終わらせますよ!」とか言ってたんだもん,最初。絶対終わんないだろって。運営に交渉して,もっと書いてもいいことにしたよって言ったら「いや,もう構成イメージあるんで。絶対に4話で終わりますから!」って逆に僕が怒られて。それなのに,アマツ篇もフタを開けたらこれですよ(笑)。
海富氏:
いやー,描ききりました(笑)。
松永氏:
なので,スケジュールを最大限考慮しつつも,みんなの書きたいものがすべて書ききられるまで,やるつもりです。そのほうが絶対に面白いものを皆さんにお届けできるので。ご期待いただければ嬉しいです。
4Gamer:
13章までに,グランドサーガも全8篇を提供するんですよね。
松永氏:
はい。クライマックスチャプターズから13章に至るまでの裏側を描いていくグランドサーガは,すでに魔神篇,炎の九領篇を提供しておりますが,こちらも並行してお届けしていくつもりです。
4Gamer:
私からもひとつあるのですが,実は昨年末まで「もしかしたら今後はストーリーインタビューできなくなるかも」って思っていたんです。
松永氏:
えっ,なんででしょう?
4Gamer:
「最後のオウシン強すぎて倒せねえぞおい!」ってなり(笑)。
S氏:
同じく!
松永氏:
あー(笑)。
4Gamer:
最終的にカウンターごり押しでどうにかしましたが。これも今だから納得の高難度ですし,12章ともなると「ここまで来たらどうにかせねば!」な気持ちになるので,決してマイナスではないんですけどね。ただ,プレイヤーの突破率次第では難度変更だったり,時期ごとの緩和だったりあると,来年も安心して話を聞きにこられるかなと(笑)。
松永氏:
今回はRPG体験らしいラストバトルをと考えて,あのようなバランスで提供いたしました。物語の熱さにあわせて,バトルチームもこだわってくれています。そのうえで今後は,プレイヤーの皆さんのプレイ状況も加味しつつ,調整を検討していくつもりです。実際,プレイヤーさんからの意見も「難しくてクリアできない」「この難度だから達成感あった」と分かれていましたので。あと,酒井さん(運営ディレクターの酒井祐太氏)も「復活の実を配りましょう!」と言ってくれてました(笑)。
S氏:
私は復活の実でごり押しましたよ!
4Gamer:
2020年も楽しみです。それでは最後の質問です。第3部のクライマックスチャプターズと銘打ち,その先の展開は示唆されているものの,「もしかしてチェンクロ3,終わっちゃうのかも?」といった疑問も浮かんでくる時期です。これに対して,一言いただけますでしょうか。
松永氏:
明確に一言で答えるなら,「終わりません」。今はまだそれしか言えませんが,それだけははっきりと言えます!
西氏:
まだまだこれからですよ!
松永氏:
なんだか不安になるのは,すごく分かります。僕ら自身,今は完結篇の12章を作っている最中なので,どこか不安で寂しい気持ちがあって。その先もまだまだ作るって知ってる本人たちですら,そうなので。
西氏:
ここ最近,みんなの気持ちを盛り上げるのがいつもより大変です。
松永氏:
ですが今は,大集結となるメインストーリー13章から,さらにそれよりもっと先の話まで考えられるようになってきたので,一足先にゴールした白沢君,海富君とはその相談もはじめています。すると,ちょっと生気が戻ってきたというか,「よーしやったるで!」って感覚が戻ってきて(笑)。やはり具体性が乏しいと,先のことにワクワクなんてできないかもしれませんが,こちらは先にワクワクしはじめていますので,次の大きな発表の機会までなんとかお待ちいただければ幸いです。そもそも,クライマックスチャプターズがまだまだ続きますからね!
4Gamer:
ですね。これから半年間はずっとクライマックスですもんね。
松永氏:
はい。ですから,まずはヘリオス,アリーチェ,エシャル,セレステがどんな答えにたどり着くのか。彼らの物語を見届けてくれると嬉しいです。そしてその先も引き続き,皆さんに期待してもらえるよう頑張りますので,これからも義勇軍の物語をどうぞよろしくお願いします!
4Gamer:
分かりました。それでは長々とお時間をいただいてしまいましたが,今後とも5人の主人公たちの活躍,そして第3部メインストーリーの行く末を楽しみにしております。今日はありがとうございました。
チェンクロチームの皆さん:
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