インタビュー
「チェインクロニクル3」ストーリーインタビュー第6弾。アマツ篇の完結を皮切りに,半年間ずっとクライマックス!
今回は,伝承篇を鮮烈に締めくくった「黒騎士伝」と,第3部メインストーリー10章から11章までを中心とし,総合ディレクターの松永 純氏を含む,お馴染みのシナリオ担当者たちに話を聞いてきた。
長さはもはや気にするでない。アマツ篇の完結を皮切りに,これから半年間ずっとクライマックスを維持し続ける物語と,その先に待つ「ここからが本当の戦い(の予定)だ」に向かって,一緒に駆け抜けよう。
※本稿では,下記の内容まで触れています。ネタバレが気になる人は,プレイ後にあらためてお読みください。
ヘリオス篇:10章〜11章
アリーチェ篇:10章〜11章
エシャル篇:10章〜11章
セレステ篇:10章〜11章
アマツ篇:10章〜12章(完結)
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みんなに聞いた,黒騎士伝
4Gamer:
今年も1年分のお話しということで,黒騎士伝,第3部の各篇,締めにアマツ篇の順で進めていきます。まずは恒例ですが,担当のご紹介を。
松永 純氏(以下,松永氏):
松永です。総合ディレクターです。
西 次郎氏(以下,西氏):
シナリオチームのリーダーです。
白沢戌亥氏(以下,白沢氏):
セレステ篇の担当です。
S氏:
アリーチェ篇を担当しています。
吉川 光氏(吉川氏):
エシャル篇をやっております。
風術師氏:
ヘリオス篇を担当しております。
海富 一氏(以下,海富氏):
アマツ篇を書きました。
西氏:
前回のインタビューに参加してくれた錬金王さんは,残念ながら風邪でお休みです。全世界の錬金王ファンの皆さん,申し訳ありません!
4Gamer:
では,またの機会に全世界を沸かせてもらいましょう。「今日は1時間でやりきるぞ」の意気込みですので,どうぞよろしくお願いします。
S氏:
1時間,黒騎士伝だけでいっちゃいそうな(笑)。
4Gamer:
意気込みですので。さて,今回はいつもの順番ではなく,各主人公の物語が完結するクライマックスチャプターズの公開順,かつ締めは先んじて完結を迎えたアマツ篇とさせていただきます。
海富氏:
分かりました!
4Gamer:
それではさっそく,伝承篇の終章「黒騎士伝」についてです。まず,こちらはどなたが執筆を担当されたのでしょう。
松永氏:
リヴェラ伝でもお馴染み,白沢君です。
白沢氏:
私です。
4Gamer:
やはりやはり。黒騎士伝に関しては当初「主人公伝」の名称で発表されていましたが,このあたりの動向については。
松永氏:
端的に言いまして,検討の時点で「やっぱり主人公伝はやめたほうがいいな」となったからですね。今の段階では,良い形でお届けするのが難しいなと。ですが,周年のタイミングでなにか特別なストーリーを届けたいと思っていて,そこから黒騎士伝のアイデアが生まれたんです。
白沢氏:
義勇軍の隊長こと主人公には,皆さんそれぞれのイメージがありますので,印象を固定してしまうことを避けたんです。それに“チェンクロのエンディング感”がどうしても出てしまって,これらを外して書いたところで「主人公伝と言ってたわりには……」な内容になりそうで。
海富氏:
カインたちに焦点を当てていく構図も考えたんですけど,やはり主人公伝とは方向性が違ってしまい。ならどうするかの話し合いの場で,白沢さんが「主人公の裏側である黒騎士ならどうか」と提案したんですよ。僕ら的にもそれならいんじゃね? となり,黒騎士伝になったわけです。
西氏:
今だから言えますが,実は「主人公伝から黒騎士伝にする」と聞いたとき,反対したんです。黒騎士の物語をひも解いていくと,どうしても“キャラクターの死”などを描かなきゃいけなくなるので。今までのチェンクロであえて避けてきた表現を,プレイヤーの皆さんに見せることになってしまう。それってどうなの? NGであるべきじゃ? 伝承篇の締めくくりとしても,わざわざ後味を悪くする必要があるのかと。
4Gamer:
実際にやってみた感想は。
西氏:
結果的に,やってよかったと思っています。6年以上,積み重ねてきた歴史があってこその黒騎士伝,という内容になったので。
松永氏:
今だから,やる意味があったと感じます。黒騎士伝ではただ絶望感を表現したかったのではなく,これまでのチェンクロがあるから成立する物語,たくさんの仲間の生き様を見てきたからこそ,感じるものがある物語。そういう試みを見せたかったので。その目的は果たせたのかなと。
白沢氏:
時間もたっぷりあったので,作業に支障はなかったですしね。
松永氏:
ただ,黒騎士伝は書きはじめてからのほうが大変だったよね。内容が内容なので,プレイヤーの皆さんにできる限り嫌な思いをさせないよう,細かいところをギリギリまで調整しましたし。
4Gamer:
だと思います。ここで恒例の説明パートですが,物語は第1部のユグド大陸。義勇軍は黒の軍勢に対して王都奪還戦に臨むが,黒の王との決戦に敗北。そこから各勢力の敗走と壊滅,いかにして「黒騎士」が生まれたのか。ひとつ前の世界で起きた終焉が,全8話にわたって描かれました。これまでの伝承篇の流れからこれです。ファンは沸いたものかと。
松永氏:
黒騎士伝はどうやっても「悲劇的な物語」になるのが確定していましたから。悲劇を見せるだけで終わらせないよう,今につながる希望の描き方も,執筆担当の白沢君とよく相談しました。
4Gamer:
黒騎士については第1部と第2部,あとアニメ「チェインクロニクル 〜ヘクセイタスの閃〜」でも断片的に触れられましたが,今回は第3部で推し進められてきた,群像劇らしい内容だったのが印象的です。
松永氏:
黒騎士だけにフォーカスするのではなく,ユグドのいろいろなキャラクターを登場させるところは,白沢君が吟味してくれました。
白沢氏:
黒騎士が黒騎士になる過程に納得してもらいたかったので,周囲の登場人物たちをあのような形で書かせてもらいました。それと私のなかでは,「プレイヤーをいかに黒騎士(の気持ち)にするか」をテーマにしていました。自己投影型の主人公なら,それが妥当な狙いかなと思い。
4Gamer:
ああ,合点がいきました。普通に落ち込みましたんで(笑)。
海富氏:
僕も監修に携わりましたが,心が黒く染まっていく気分でした(笑)。各国が順番に落ちていく様子をまざまざと見せつけられて。リヴェラ伝と同じく,プレイヤーならこの世界の歴史は知っているはずなんですが,「この人はあのとき亡くなった」と知っていても,詳しく描かれると分かっていても辛いんですよね。白沢さん,えげつないなあって。
S氏:
黒騎士が出る前に,みんな死んでるし(笑)。
風術師氏:
白沢さんの強みが出ましたよね(笑)。
白沢氏:
白い点をひとつでも残してはならないと,丁寧に黒く塗り潰しました。既存の作品でもこういった話はなくはないのですが,この黒騎士伝ほど大胆にやりきった運営型のタイトルは,そうはないんじゃないかと。
4Gamer:
キャラクターもかなりの数でしたが,選出はどのように。
白沢氏:
私のさじ加減でやらせてもらえました。本当はもっと出したいキャラもいましたが,「出そうと思えば出せる」をやりすぎると読みづらくなるだけなので,可能なかぎり圧縮して,そのうえで印象に残る選出をと。
西氏:
キャラの細かい描写も,白沢さんにお任せで書いてもらいました。
白沢氏:
私はこれまでも伝承篇を担当する機会が多かったので,過去のシナリオを結構読み直したりしていましたしね。
4Gamer:
そして見事選ばれたキャラクターたちは,おつらい展開に巻き込まれていきました。皆さん,実際に読んでみてどうでしたか。
松永氏:
僕が一番辛かったシーンは,実は出してないんです。明らかに辛すぎて直してもらいました。「これはさすがダメだよ!」と(笑)。
4Gamer:
ああ,やろうと思えばいくらでもできてしまうから。
白沢氏:
最初に書いたものは,プレイヤーの皆さんに読んでもらったものより,もっと大変なことになっていましたね。内部では「なんでこれを6周年に持ってきた」とか「あいつやっぱ……」とか言われたりして。
S氏:
(笑)。
海富氏:
かなりマイルドに直しましたよね。
白沢氏:
子供向けの甘口カレーくらいには。
風術師氏:
“しんせつ”設計でしたね(笑)。
西氏:
白沢さん自身は書いててどうでした? 楽しかったですか?
白沢氏:
まー,あれですね。書き進めているうちに,自分の立ち位置も徐々に分からなくなってきて,かなり早い段階で「あっ,これは心を殺して機械的な面持ちで書かないと無理だ」ってなりました。
松永氏:
普段の執筆じゃ,あまり味わわない感情だね。
4Gamer:
そこ気になっていたんです。キャラクターに胸を痛ませながら書いたのか,それを飛び越えて猟奇的な微笑みで書いたのかが。
白沢氏:
もう完全に作業感です。変な意味ではなく。辛い気持ちで書いても,辛い雰囲気が出てきてしまうし,猟奇的な姿勢で書いても,そういうのって悪い意味でにじみ出てしまうので。フラットになって書きました。
松永氏:
残酷さがテーマではないですしね。監修では全場面,キャラの信念の魅力と,絶望の度合いとのバランスを勘案していきましたが,どこまでが生き様で,どこまでが表現のえぐみかが微妙で,すり合わせに難儀しました。リヴェラのシーンなんかは,最初から最後まで揉めたし(笑)。
海富氏:
ラヒームの「姫さまお先に失礼します」の場面とか,賢者の塔の最後とか,いろいろなシーンがありましたよね。
4Gamer:
ユリアナとアインスロットのあのシーンとか。伝承篇「ユリアナ伝」のあとに読んだので心にグサッときました。
海富氏:
あのあと,リリスを斬ったテレサも合流したりして。
白沢氏:
あれはユリアナだからこその散り様をと考えまして。
4Gamer:
いつも死にそうなヨシツグが本当に死んでしまったり。
海富氏:
それとプロットのときは存在しなかったのに,気づいたら第2部の各大陸まで巻き込んでいましたし。
4Gamer:
罪の大陸のビターな終末感が好きでした。
白沢氏:
あそこはいつも騒がしいので,逆に静かにしようかと。
4Gamer:
といったように,とても刺激的だった黒騎士伝をもって,伝承篇の展開は終了しました。書ききれなかったエピソードも多々あったと,昨年の夏の感謝祭で発表されていましたが,そういった諸々も振り返ってみて,手ごたえのあるコンテンツになったでしょうか。
松永氏:
なったと思っています。伝承篇でまだまだ書いてみたい物語があることにも気づけたので,機会があればまた挑戦したいねと,みんなとも話し合っています。でも,やるとエンディング感が出てしまう以上,「主人公伝はやらない」は変わらないかもしれません。10周年のときならいいんじゃないかなんて話も出ますが……やるなら,20周年くらい?
風術師氏:
20年越しに明かされる主人公秘話ですか。
4Gamer:
かしこまりました。それではここからが本題となりますが,まずは2月5日に12章が公開される(※本インタビューの実施日は2020年1月17日),セレステ篇の話から進めていきましょう。
白沢氏:
はい。
白沢氏に聞いた,セレステ篇(10章〜11章)
4Gamer:
セレステ篇の10章では,上空に浮かぶ謎の円盤「方舟」とともに,ビオレータとナランハが精霊島に襲来。各氏族が世界樹へ避難するなか,ビオレータは世界の安定化のため,姉であるセレステを連れ戻しにくる。さらにその裏では,島に眠るヴォルクリスの亡骸も狙っていてと。
白沢氏:
9章の引きで炎上した,精霊島の様子からはじめました。
4Gamer:
最初にしょうもない質問で恐縮なんですが,敵の球体エネミー「フロート」いますよね? あの体でどうやって土を掘り返すんでしょう。
西氏:
最初にそこ突っ込まれるとは(笑)。
風術師氏:
掘削ビームとかですかね(笑)。
白沢氏:
そこはあれです。アタッチメントとか付いている型なんです。
西氏:
重機用のアームとかシャベルとか,そういう感じの。
4Gamer:
イメージしておきます。他方ではリンセがフロートに飛びかかりそうになる場面もあったりと,森妖精らしさは変わらずで。
白沢氏:
こんな危機的状況ではあるのですが,森妖精はなんだかんだで自分を見失わないと言いますか,常に自分っぽさが出てしまう種族ですから。シリアス一辺倒にならないよう,描写していきました。
4Gamer:
黒騎士伝でもそうでしたが,ポテンシアの愛され方も和みます。
白沢氏:
ポテンシアは第3部で設定を掘り下げてきた成果もあり,彼女自身の温度感も,周囲からの扱われ方も今のようになってきました。
松永氏:
でも最近ちょっと働きすぎだから,早く休ませてあげたいね(笑)。
白沢氏:
この事態が収まったら,もっと休めるようになるはずです。何万年分かだらけてもらって,次の機会まで充電してもらいましょう。
4Gamer:
あと,アイリも全力で師匠っぽいことをセレステにしていたり。
白沢氏:
前回の戦争のまま終わってしまうと,当分は仲直りできそうになかったので。彼女には今回,セレステ探しを優先してもらいました。ああいう感じに染まってしまう純粋な子なので,素直に謝るはずでしたし。
4Gamer:
ラシルもアイリのことを気に入っているようでした。そういえば,ラシルもいまだに謎といえば謎の存在ですね。
白沢氏:
ラシルさんの扱いは……今後どうなっていくのか。私自身も疑問に思いつつ,ほどよく使いつつ,今の感じに落ち着いているというか。
松永氏:
疑問て,自分で追加したキャラじゃん(笑)!
西氏:
まあまあ(笑)。必ずしも第3部やセレステ篇といった枠内で描かなきゃいけないものではないですからね。いつか。いつかね。
4Gamer:
本編に戻ると,島の一難が去ったところで,セレステは鉄煙の姫ジークルーンの誘いにより,ドクトル・カタリナを訪ねます。そこでセレステの身体構造が一部解析されたことで,フェーベらの浮遊能力が強化され,方舟への突入が可能に。セレステと鉄煙の関係も深まってきました。
白沢氏:
セレステについては「昔話に出てくる彼女に似た存在」がいたこと,鉄煙の民たちについても「昔のユグドの世界にいた民の裔」などと掘り下げ,両者の関係性を示唆してきました。このあたりの謎は12章でがっつり触れていくので,そこで納得してもらえるはずです。
松永氏:
設定出しきったよね。
4Gamer:
そうなんですね。ついでにC計画,人工造物体,積層情報型世界,倫理プロトコルなど,SF的な側面も一緒に落とし込まれていたり?
白沢氏:
はい。これまでもチェンクロの世界は完全にファンタジーというわけではなく,真っ当に考えても理解しきれない科学的な要素(鉄煙の大陸,賢者の塔など)が散りばめられてきましたが,それらと折衷しつつ,さらに差別化できる落としどころになったんじゃないかなと思います。
松永氏:
そのあたりが描かれる,セレステ篇の12章は2月5日公開です!
4Gamer:
存じてます(笑)。あとセレステに関しては,彼女は世界を愛するべく作られたため「他者を憎む機能」が備わっていないとのことで。だから姉の代わりに姉妹機が憎み,怒るのだと。セレステの動向を振り返るとたしかにそのとおりで,これは根幹の設定になっていたんですね。
西氏:
第3部を書きはじめる前からあった,セレステの初期設定ですね。
白沢氏:
ええ,普通の人と比べるといくつか感情が欠落しているセレステは,「他者を憎まないならこうするだろう」という考えに準じて書いてきました。とはいえ,厳しい制約だったわけでもありません。セレステを描いていると,自然と彼女らしい方向に行かせたくなりますから。
4Gamer:
ここであわせて整理しておきたいのですが,セレステ篇のはじまりには「滅びに瀕した文明を救いたい」と願った誰かがいて,そのために生み出された姉妹機たち人工造物体がいてと。ユグド大陸からの視点とは異なるなんらかの存在が根本にいた,といった構図なんですよね?
S氏:
まだ聞かれてはいけないことを聞かれている気が(笑)。
(細かな表現のアレがアレにつき,少々の議論の末)
白沢氏:
まあ,11章までで確実に明かしている情報で言えば,「この世界を救いたい誰かがいたからセレステがいる」ってことですかね。
風術師氏:
乞うご期待ですね(笑)。
4Gamer:
把握しました,流しましょう。船内に突入したセレステたちは,そこで世界の猛毒に改造されたヴォルクリスの亡骸を発見します。彼を島に戻せば,世界のマナが消滅するという。彼の亡骸についてはこれまたチェンクロでは珍しい,冒涜的で生々しい表現って感じがしました。
白沢氏:
ビオレータたち姉妹機は,森妖精とは価値基準が異なります。少なくとも彼女たちは,ヴォルクリスの亡骸を生々しいものとは思っていませんし,言ってしまえばただのモノですので,自分たちはやるべきことをやっているだけ,などと考えています。だから「死者への思いを忘れない」といった生物的な思想との対比が映えるかなと考えまして。
風術師氏:
まさに「うわぁ……」でしたね。気持ちのいい怖さでした。
松永氏:
ある意味,黒騎士伝よりきついよね。
白沢氏:
黒騎士伝で表現を振りきったので,もういいかなって(笑)。これからはチェンクロらしさを保ちつつも,振りきっていく所存です。
松永氏:
ただ,あれも意味のあるえぐみなんです。僕は12章を読んで「白沢君,すばらしい着地をしてくれたな」って思えました。皆さんにもぜひ,この12章を読んでいただきたいです。
4Gamer:
それでは事件の翌日へ移ります。再び襲撃してきたビオレータは,セレステの願い「大切な者たちの平穏」はクロニクルの力ではなく,方舟による記憶消去でたやすく叶えられると言いました。記憶を消すなど許さないと怒るクーシャンとシーシャンでしたが……ここで10章終了と。
白沢氏:
10章は全体的に,11章と12章に向けての助走でした。
4Gamer:
であれば続けて11章に。「記憶を消せばみんなよくなる」とセレステ。「セレステだけ頑張るのはおかしい」とクーシー。家族のために最後まで諦めないと,兄弟は島中を駆け回ります。ロスカァをはじめ,野菜のサナオーリアと果実のエイルニルスも登場する,賑々しい序幕でした。
白沢氏:
ロスカァはこれまでも描いてきたとおり,ほかの森妖精とは価値観が異なり,自分が楽できる未来のためなら多少の無茶も許容します。古い森妖精のなかでもセレステを受け入れやすい側にいて,かつ鉄煙との相性もいいということで,11章でも活躍してもらいました。
海富氏:
ポテンシアと同じく怠け体質ですけど,彼女の場合は怠けるために全力を尽くすタイプですし,さらにゴーレムなどの科学技術にも手を染めていてと,古いのと新しいのとのハイブリッドなんですよね。
4Gamer:
あっ。「第3部の新世代」の枠で考えていましたが,そうでしたね。ロスカァも若い森妖精ってわけじゃないんですよね。
白沢氏:
ええ,そうなんです。
4Gamer:
あと,野菜と果実の戦争はどこにでもぶちこめそうだなって。
S氏:
ふふ(笑)。
松永氏:
あの子たちが出ると,ほんと話が進まない(笑)。
白沢氏:
今も昔も人格がブレていないので,いつでもあんな感じにできるのは強みですね。どっちも魔神と覚えられてしまっている気もしますが(笑)。ただし,今回は「彼女たちほど確固たる信念を持つ森妖精はいない」という点で,子供たちの教えになってもらうための抜擢でした。
風術師氏:
話の軸を無理やり作ってくれるバランサーなんですよね。
白沢氏:
うん。いろんな雰囲気を一旦リセットできるのがいい。
海富氏:
それと,これまでは本編とイベントのキャラクターは混ぜない方針でしたが,グランドサーガの展開にあわせて,徐々に登場させることにしたんですよ。これまでのタブーを破ると同時に,あそこまでいきなり活躍させられたのは,これも白沢さんの手腕によるところですね。
4Gamer:
そんなドタバタに巻き込まれたクーシャンの一方,シーシャンはリノセに「生物の居場所はいずれあるべきところに戻る」「兄弟の行動を踏まえたうえで,セレステが選択する」と教えられます。結果はどうあれ,2人の頑張りは無駄ではないと。ギーゼラのセリフ「あたしたち鉄煙の民は,機械にも心があると知っているもの」なども胸に染みます。
白沢氏:
セレステたち兄弟の視点では,周囲に先輩しかいませんから。セレステ篇におけるプレイヤー視点にしても,言ってしまえば彼ら先輩側となります。セレステは決して共感しやすい人物像ではありませんし,第3部も一人称視点が原則ではないので,皆さんが見守る側にいるみたいな。
4Gamer:
まさしくそんな感じで。
白沢氏:
第3部の3周年のとき,ドレスを着た「空色の祝祭 セレステ」を提供しましたが,彼女の個別ストーリーが私にとって,ひとつの集大成でした。周囲の登場人物たちが,セレステに喜んでもらうためにひたすら頑張る。そうしてあげたいと思う存在にできたことが嬉しいです。
海富氏:
みんなの子供みたいな感じですよね。
白沢氏:
そうですね,かぐや姫とでもいうか。
4Gamer:
しかしです。バリエナとレアーオを呼んだオルオレータは,セレステがクロニクルの力を持つのは正常でないとし,正常な状態に戻すべきだと主張する。彼女を守って世界を害するか,彼女を害して世界を守るか。渦中の人物たちは女帝ラウトの手引きで「骸の島」に集結します。ラウトの「我らは正しく愚かに、間違いを進むのです」って答え。好きです。
白沢氏:
セレステ排斥派はこれまで,変化しない現状を正義とする,精霊島に義勇軍がこなかったときの森妖精という立ち位置でした。しかし,のっぴきならない状況の今,骸の島に集まっている排斥派のものたちはある程度の事情を理解し,その先も見えています。それでも精霊島にとってより良いのはどちらか。信念を曲げずに選べたのがラウトたちです。
4Gamer:
ユニカの「クロニクルの導きに従う時代は終わった」の宣言が終わると,古き法を唱えるオルオレータたちと,古き者を乗り越えるセレステたちがぶつかり合います。世代や思想できっぱり分けましたね。
白沢氏:
ここから,新旧世代の森妖精たちによる大立ち回りがはじまります。登場人物たちを丸ごと区分けしたのも,精霊島が初めてですね。
4Gamer:
悪しきも正しきも力で決める。これまた森妖精って感じですが,なんとなく九領の鬼っぽくもあります。かつて鬼妖精と呼ばれていたように。
海富氏:
妖精という種族自体,人間よりも自然的で,本能で動く者たちなので,それがそのまま生き方に反映されているからでしょうね。
白沢氏:
ええ。妖精は世界や自然と共存しているので,それらが今どのような状態にあるのか,人間よりも感覚的に,本質的に捉えられる存在です。だから,この状況下で精霊島をこれからも存続させていくためには,古き者である自分たちが古びた方針を唱えるより,新しい価値観を持つ新世代に委ねるほうがいいと,それぞれが理屈や本能で察しています。
4Gamer:
そのうえで。
白沢氏:
はい。オルオレータたちは道理を分かっています。分かっていますが,そのうえで妖精らしく本能に従い「今のままでは島が危ういから,踏み台にはなってやるが,やっぱ大事なことは拳で決めようぜ」となるんです。11章では「世代交代」を大きなテーマに,それらを描いてみました。
4Gamer:
得心しました。ポテンシアも「森妖精は森妖精らしく,そのままで変わるんだ。自分たち自身のために」と口にしていましたし。我々も常にアップデートしていかないと,若い世代に排斥される可能性があります,という共感も込めて。こっちの世界じゃ,拳で決めらんないですし。
風術師氏:
(大ウケ)。
4Gamer:
さて,セレステはユニカより,ヴォルクリスが最後に教えたかったのは「悪を行うこと」だったと言われます。人を傷つけるのはいけないことだが,それをしなくてはならないときもある。間違っている道を知らなければ,正しい道にしか進めないから。そこに反面教師たる魔神たちが姿を現し,言葉をつなげると,セレステも「ちょっとだけ分かった」と。
白沢氏:
ここはグランドサーガ「魔神篇」と連動したシーンですね。
4Gamer:
状況に対して,魔神たちの登場はぴったりでしたが,最初からグランドサーガと絡めることを前提に書いていたんですか。
白沢氏:
グランドサーガの魔神たちの扱いを話し合っていたとき,「それならば」と声を上げたので,ここでセレステたちに範を示す存在として使ったんです。結果的に,12章も含めて必要な役割を果たしてくれました。
松永氏:
ここは有機的にかみ合ったんですよね。最初から考えていたわけじゃなく,白沢君がうまくやってくれたという意味で。うちのチームは運営を決めるスタッフも,ストーリーを作る作家も,みんながお互いに情報を取り合ってものを作っていくので。それがうまく作用したなと。
4Gamer:
それでは,12章はどのような結末を目標としたのでしょうか。
白沢氏:
最後に描きたかったのは,セレステの決断と行動です。周囲の者たちに助けられ,教えられ,ここまでたどり着いたセレステが,これまでの支えを胸に,自分自身でゴールまで歩きはじめる。12章まで見守ってくれていたプレイヤーの皆さんに,彼女なりの答えを見せたくて。
4Gamer:
いわゆる,ハッピーエンドになりますか。
白沢氏:
うーん,誰かにとっては幸せでも,誰かにとってはそうじゃないこともあるので,一概には言えませんね(笑)。
風術師氏:
幸せの価値観は人それぞれですからね。
4Gamer:
なら,幸せの価値基準を試してみます。ありがとうございました。続いては,ついに記憶の謎が明かされたエシャル篇です。前回のインタビューでは体を張って場を盛り上げてもらってしまい,あらためて恐縮です。
吉川氏:
西さんあれ,確実に狙ってましたよね?
西氏:
んー,記憶にないなぁ……。失恋直後の吉川さんがムハバードに入れ込みすぎちゃった話とか,言った覚えがないですねぇ。
吉川氏に聞いた,エシャル篇(10章〜11章)
4Gamer:
エシャル篇の10章では,砂の薔薇がフィッダを連れ,九領から湖都に戻ります。ゼルザールの野望を打ち破るには,シャディアの最後の詩を手に入れ,黄金の一族の遺跡「暁天の門」を開く必要があった。しかし,湖都への帰還中にゼルザールが襲来。フィッダは喉元をかき切られたが,それでもなお彼と一緒に去っていく。一件落着もつかの間でした。
吉川氏:
そこには,フィッダとゼルザールの関係性を集約しました。フィッダはいわゆる善の人で,強い悪意を持っているわけではないのですが,生きていくなかでたまたまゼルザールに出会ってしまい,従属する恋にもがき苦しみながらも溺れてしまった。ゆえに自らの手を汚すことになり,その葛藤に苛まれる。それが彼女の魅力のコンセプトでしたので。
4Gamer:
「悪は救われてはならない」の言葉が,重く。
西氏:
フィッダがしていることは悪。でも人としての根本は悪ではない。「悪は救われてはならない」の重荷を背負いながら,彼女がこの先,どのような場所にたどり着くのか。そこも今後の見所のひとつですね。
吉川氏:
構想段階のフィッダは,もっと悪役寄りの女性だったんですけどね。それこそゼルザールと似た気質で,2人で並び立っているみたいな。でも松永さんのところに案を持ってったら「これつまんないよ」って。
松永氏:
あっはっは(笑)。そうだね,設定のわりにドラマ性が薄いねって。
風術師氏:
バッサリいかれた(笑)。
吉川氏:
まあ,そうかもと。バッサリ言われて僕も納得してしまいました。フィッダはムハバードが想いを寄せている女性で,軍属時代のドゥルダナとも肩を並べていた女性ですから。設定から逆算し,人物設計をしていったことで,今の彼女になっていったんです。
松永氏:
そこからも揉めっぱなしだったけどね。彼女という人間をきちんと描こうとすると,ゼルザールの罪,彼への恩義,恋愛感情,ムハバードのこと,さらに彼女自身の罪まで。考えるべきことが多くて。
吉川氏:
でしたね。僕の考え,松永さんの考え,西さんの考え。感情的にも倫理的にも,彼女に対する各々のイメージや落としどころがまったく違っていて。彼女がやってしまったことが,やってしまったことだけに。
4Gamer:
印象が見方次第なのは,たしかに。
吉川氏:
僕はとくに物語に感情移入して書いてしまうので,ムハバードの視点から見れば,彼女に救われてほしいと思ってしまう自分がいて。
松永氏:
吉川君は情がね,深いから。当初は,冷徹な女性だがゼルザールに利用されるだけのキャラ,みたいな提案だったのに。フィッダを掘り下げるほど彼女寄りになっていって。最後は僕のほうが「そこまでロマンスやると読者が逆に共感できないから」って止める側に回ったりして(笑)。
4Gamer:
エシャル篇はなんて言うのか,主人公とフィーナのような爽やかさではなく,湿っぽい雰囲気づくりが求められそうですしね。
海富氏:
そもそも,ほかの主人公たちは恋愛を主軸にできないですもんね。登場人物に大人が多い,エシャル篇だからこその特権ですよ。
S氏:
そー,できない。アリーチェ篇とかとくに(笑)。
吉川氏:
松永さん,西さんにはいっぱい怒られました。
西氏:
いやいや,話し合いですよ。
松永氏:
そうそう,キャッチボールね。楽しかった。
風術師氏:
こういう感じで訂正されてきたわけですね(笑)。
吉川氏:
もう恋愛絡みのシーンなんか,全員の恋愛観がぶつかり合って。
西氏:
我らおじさん同士が顔を突き合わせて,彼女たちの恋愛事情を考えるわけですからね。「おじさんがこれやっちゃうと気持ち悪いよ」とか。
松永氏:
いや,おじさん関係ないよ! 明らかに読者が共感できそうにない恋愛シーンの構想が多すぎたからだよ(笑)!
S氏:
ふふふ(笑)。
吉川氏:
2章なんかも時間かかりましたね。ドゥルダナとシャディアで。
西氏:
あー,ありましたねえ。
松永氏:
今となっては,それもいい思い出だよねえ。あっちは恋愛感情とも違う,彼らだけの関係性っていうのをすごく時間をかけて作ったし。
吉川氏:
2章でドゥルダナとシャディアの関係性を描くとき,「チェンクロでウェットな感情が伴う依存関係を書いていいのか」を話し合ったんです。いろんな意見が出ましたが,最終的に「よしやろう!」となり。おかげで,その延長線上にあるムハバードやフィッダのような関係も描くことができました。これがなければ,エシャル篇は今とは全然違う物語になっていたかもしれません。今にして思えば,2章が岐路だったんですね。
4Gamer:
気づいていないころの英断だったと。
吉川氏:
はい。エシャル篇は「感情」がドラマの中心にあり,登場人物たちの感情の起伏が,プレイヤーさんに深く刺さってほしいと思いながら書いてきました。目の前の深い感情をエシャルがどのように受け取り,また奥底に眠っている記憶を思い出したとき,どのように受け止めるのか。エシャル篇が納得のゴールを迎えるための,本当に,大事な英断でした。
4Gamer:
いい裏話でした。ついでに小ネタなんですが,シャディアが出てくるとお酒の話題が膨らみますよね? 今回は九領の名産品として焼酎が登場しましたが,湖都や精霊島など,各地で酒類も変わるんですかね。
S氏:
シャディアはよく蜂蜜酒を飲んでますよね。イカ焼き食べてたり。
風術師氏:
屋台がたくさん並んでる描写もありましたね。
白沢氏:
牛や山羊の乳から作れる乳酒とかも考えられますよね。
風術師氏:
湖都はなんでしょう。テキーラのイメージがあったり。
白沢氏:
湖都は通商も大きいから,各地のお酒も集まってそうですよね。
吉川氏:
……はい。
S氏:
(笑)。
吉川氏:
いや,お酒の種類はそんなに気にしてなかったというか,あんまり考えてなかったというか。僕の本意は,芸とともに享楽を楽しみ,苦しい世界を生き抜く。そういう民の生き方を表現する道具として,お酒を嗜ませてきました。飲んで騒ぐ様子もまた,湖都のエネルギッシュさだと。
4Gamer:
芸事とお酒は切り離せませんからね。では本筋に戻しますが,湖都を滅ぼさんとするゼルザールを追う砂の薔薇と,禁忌の地に対抗策を探しにいくジブリール。ドゥルダナは湖都への道中,彼の軍属時代の部下イバーダと遭遇します。15年前の確執を感じながらも,黄金の尖兵に襲撃されている湖都にたどり着くと,そこには白い繭に包まれた王立劇場の姿が。
吉川氏:
ここからは救済教団が絡んでくることもあり,ヘリオス篇の風術師さんとよく話し合いながら書いていきました。
風術師氏:
そうですね。ヘリオス篇も大きく関わらせてもらったので。
4Gamer:
救済教団の影響がすでに及んでいましたもんね。
吉川氏:
この時点での湖都は,民衆にそれなりに流行ってしまっている,女王アシュリナもそれを懸念しはじめている,といった位置づけです。
風術師氏:
そのあたりの背景は,ヘリオス篇の10章のシークレットクエストで少し触れています。リリスたちがアシュリナにどんな報告をしたのか,教団がどんな動きをしていたのか,気になる方はぜひ読んでみてください!
4Gamer:
宣伝上手。そしてアシュリナと面会したドゥルダナは,元部下を含む湖都の軍を引き連れ,王立劇場へ向かうことを決めます。砂の薔薇は元「真砂の虎」部隊や,合流した義勇軍とともにラティーファの軍勢と対面。イバーダや元部下たちは,ずっとクソ真面目さの理解者でしたね。
吉川氏:
この10章では,ドゥルダナがずっと逃げ続けてきた過去と向き合い,そして前を向く。そんな彼の生き様を描きたかったんです。
4Gamer:
ドゥルダナが言うけじめは,説明するのも無粋ですね。彼自身で言葉にしてこなかったからこそ,その不器用さがダンディー。
吉川氏:
ありがとうございます。このあとの場面では軍属時代の愛剣を手に,彼本来の戦い方に戻りましたが,あのシーンをやりたいがための10章でした。アレを書けただけで,ドゥルダナに関しては悔いがないです!
4Gamer:
今さらですが,ドゥルダナのモチーフは虎なんでしょうか。
風術師氏:
戦術の名前も「虎の牙」でしたね。
吉川氏:
いくつかあるモチーフのひとつではありますが,そこまで意識しているわけではないですね。そのうえで言うのなら,軍隊に入り,ラヒームから虎の名を受け継ぎ,戦いのなかで徐々に虎としての強さを身に着けていった,というのがより正解に近いかもしれません。
4Gamer:
それでは次へ。騒乱の湖都に突如,黄金の巨人アダードが出現します。アシュリナはこの事態に,砂漠の民とともに湖都を撤退することを決意。砂の薔薇は,白い繭に対処する義勇軍に見送られ,撤退の支援に向かう。アダードのイメージは,ゴジラ的なサイズ感なんでしょうか。
吉川氏:
王城よりも大きいです。
白沢氏:
根本も含めたらオロチのほうが大きいんですが,地上に出ている部分だけならアダードのほうが大きい,といった設定でしたよね。
風術師氏:
ストーリーバトルの総力戦にも出てきましたね。
S氏:
めっちゃデカかった。
4Gamer:
ここではアシュリナの「国とは都にあらず。人の連なりこそが国だ」の宣言とともに,数万の民を連れての撤退戦。砂の薔薇はその殿部隊。フィクション屈指のロマンあふれるシチュエーションが描かれましたが,アダードから逃げることは必然だったのでしょうか。
吉川氏:
正直なところ,10章で敵の強大さをいかに見せるか,さらに11章のつなぎ,12章で締めるといった必要性があったため,作劇上の都合も加味してのことです。とはいえ,直接対決したからって勝てそうにはないくらいの強さアピールはしましたし,相手がどれだけ圧倒的かを知らしめるには,撤退戦というシチュエーションが最も適していると思いまして。
松永氏:
むしろ,アダードは単純な力だけならオロチ以上なんです。こちらの攻撃はいっさい効かないが,あちらの攻撃は1発でももらえば終わりっていう破格の強さなので,構成にすごく悩んで。シャディアが来てくれるまで,殿のエシャルたちはどうやってしのぐのか。登場人物たちの一挙手一投足が,ぎりぎりで生をつなぐ緊張感。それを目標としました。
海富氏:
ほかの主人公篇でも10章は“物語の谷の底”としてきたので,11章と12章で乗り越えるべき課題をどれだけ演出できるか,どの篇も今まで以上に厳しい状況に追い込みましたからね。吉川さんも執筆中,絶望感をより強く出せるようにと,撤退戦の情景にとてもこだわっていましたし。
4Gamer:
そして食料,水,疲労などの難題を抱えながらも避難している民に向けて,アダードが追撃に動きだした。巨人を止めようと近づくと,そこには致命傷を負ったはずのフィッダが,アダードをコントロールする歌姫として立ちふさがります。歌の力では及ばぬシャディアでしたが,合流したジブリールの秘策や,さらに竜の民も助勢に加わり,巨人を見事退けました。黄金の民と竜の民が手を取り合う,歴史的な一場面に。
吉川氏:
これまでは演劇のなかにしかない,絵空事でしかなかった両者の関係性でしたが,ここにきてようやく現実にすることができました。
4Gamer:
作中劇を今一度振り返ってみたくなりました。ちなみにフィッダには,もとから巨人を操るほどの歌の才能があったんですか。
吉川氏:
いえ,彼女はその人となりから分かるように芸事とは縁がない人物なので,そういった素養は持っていません。ゼルザールに斬られた喉元に,彼の計画を成すための秘術を使われたことで,シャディアの歌の力をもってしても勝つことができない存在にされてしまっただけです。
4Gamer:
あと,10章では黄金の飛翔体と魔法の絨毯による空中戦がばっさばっさと行われましたが,黄金の飛翔体「朱眼」の読み方は?
吉川氏:
「あかめ」ですね。
4Gamer:
そっちでしたか。続く場面,エシャルは守護者の眷属の族長ファイサルと出会い,そこで彼女の武芸カタマニが,外海航路を切り開いた大商人ベルフェッドの技であったことを知ります。さらに最後の詩が沈んでいるという外海に向かおうとすると,謎に満ちた仮面の男ことベルフェッドの子息イザークが,その先導役として名乗りを上げました。
吉川氏:
ここからようやく,エシャルの過去が明らかになります。
4Gamer:
ここは11章にも進みましょう。エシャルは湖都を離れ,イザークとともに嘆きの海域へ。海上では,彼女の記憶が徐々に戻ってきます。そこで探し当てた最後の詩を手に,エシャルの故郷であるとされる副都の一角にたどり着いたとき,彼女はイザークが実の兄であることを思い出す。
吉川氏:
初登場時からずっと飄々としていたイザークでしたが,これまでの素振りからも見え隠れしていたように,彼は強い家族愛を持つ青年でして,突然いなくなってしまったエシャルの行方をずっと探し求めてきました。11章ではエシャルとその家族を中心に,エシャル篇のはじまりから大きな謎としてきた,彼女の過去を明らかにさせていただきました。
4Gamer:
これまでのおちゃらけっぷりから一転,男前でしたね。
吉川氏:
これでも結構,過保護なお兄ちゃんですけどね。
4Gamer:
エシャルは記憶を失う前から「踊りをとおして存在しない虹を見せた」など,奇跡と呼ぶほかない現象を起こしていたといいます。これはクロニクルの力とは別の,彼女本来の天才性による力だったんですか。
吉川氏:
そうですね。とはいえ生まれたときからではなく,後述する過去の悲劇と対面しているうちに,踊りが段々と磨かれていったことで才能が開花しました。そしてイザークは「秀才」,エシャルは「天才」です。この2人の対比は,シャディアとエシャルの関係性とも近しいものです。
4Gamer:
では,実家に帰ってきたエシャルは,父からの遺書を手渡されます。書面にはイザークの商会は本来,エシャルに引き継がれるものであったと記されていた。そして兄の悲壮な決意を理解しながらも,エシャルはとある部屋に入る。そこで,謎の奇病で石化した母アベリアの姿を目にした。
吉川氏:
そこが,彼女の記憶の最後の扉でした。エシャルとアベリア,エシャルとイザーク,イザークとアベリア,亡き父ベルフェッドも加えて,それぞれの家族愛を掘り下げていきました。第3部の主人公で唯一,両親に名前をつけたのも,より身近で生々しい感情を生み出すためです。
4Gamer:
エシャルはもとは愛嬌のある子供だった。母の病状が悪化するにつれ,母に踊りを届けるために人格を殺しはじめた。これを知れて,これまでの彼女の振る舞いにも強い納得感が出てきました。そして当時は目の前の現実に絶望し,自らの記憶を封じてしまったが,今はたくさんの仲間に出会えたことで絶望を受け止める強さを得た。面白かったです。
吉川氏:
あ,ありがとうございます(笑)。
海富氏:
感想だった(笑)。
S氏:
ふふ(笑)。
吉川氏:
記憶を取り戻したエシャルが,昔は抱えきれなかった悲しみを乗り越える。ここに説得力を出すために,ムハバードとフィッダの関係,ドゥルダナとイバーダの確執など,ねちっこいドラマを書いては散りばめ,少女の心を揺れ動かし,成長させていく必要があったわけです。そして最高の状態になったエシャルが,最大の凶悪なボスにぶつかっていき,今の彼女が目指す未来に向かっていく。これがエシャル篇の理想像でした。
4Gamer:
今ならよく分かります。
吉川氏:
エシャルの人格はこれまでの物語において,彼女の過去を知らないプレイヤー目線からでは「なんでそんなふうに考えるの?」といった,疑問に受け取られかねない描写もあったかもしれませんからね。執筆中もその調整によく悩みましたので。「とにかく11章まで読んでくれ! 分かるから!」の気持ちで,ヤキモキしながら感想を読む日々でした。
4Gamer:
ほかの主人公も記憶の問題はあれど,パーソナリティを大きく左右するような感情が主体ではありませんでしたしね。余談ですが,当時の「副都のエシャル」のビジュアルはあるんでしょうか。
吉川氏:
用意はしていません。今の衣装は,砂漠に来てからすべてが生まれ変わったということの表れでもあるので,雰囲気はガラッと変わるでしょうね。いいとこのお嬢さんですので,副都にいるお金持ちの住人といった感じでしょうか? 第3部の2周年のおり,セレステと同じくドレスで着飾った「祝祭に咲く薔薇 エシャル」を提供しましたが,あそこまで煌びやかではないにせよ,ビジュアルの雰囲気は近しいかもしれません。
4Gamer:
それではラストシーンです。過去と向き合ったエシャルは,最後の詩を手に湖都へ戻ります。砂の薔薇はフィッダの歌に完全に打ち勝つため,黄金の遺跡の最奥へ。暁天の門を開いたその先で,シャディアはひとり「時の牢獄」に挑むことになる。ここからクライマックスに突入しますが,次の12章ではどのような結末を目標とするのでしょう。
吉川氏:
さまざまな過去を乗り越えてきたエシャルたち砂の薔薇が,過去にしがみつくゼルザールと戦い,新たな未来をつかみ取る。未来に確信を持つまでの話が11章まで,確信した未来に進んでいく話が12章から。すべてを振り返ったとき,そういう物語になっていたらなと考えてきました。
4Gamer:
そのための準備はできましたか。
吉川氏:
これは私事で恐縮なのですが,実は僕,エシャル篇の12章の執筆をもってセガを退職したんです。円満退職です。
西氏:
最後のは言わなくても大丈夫ですよ(笑)。
吉川氏:
12章については,チェンクロに携わった4年間。そこで培ったすべてを投入できたと思っています。松永さん,西さんといつも以上にぶつかり合えて,それもあって,これまでで一番よく書けました。皆さんに感動してもらえる内容なんじゃないかと,心から思っています。
4Gamer:
自身の人生の節目,それも含めての渾身の12章だと。
吉川氏:
そうですね。本音を言いますと,僕はエシャル篇の5章が,僕の最高傑作だと思ってきました。だから当時は「ここまで書けちゃったら,もっとは無理そうだから,消えるのもアリか」と薄々考えたりしていました。
S氏:
そんなことが(笑)。
松永氏:
早いよ(笑)。でもあそこで1度,燃え尽きてたのは知ってた。エシャルの舞台といっしょに燃え尽きたんだよね。第3部をスタートするとき,吉川君と「こういうテーマをやろう!」「演じる者の熱さを描こう!」って話してたことが,あそこでひとつの形になっちゃったから。
吉川氏:
そうでしたね。
松永氏:
なので,そのあと必死に背中を押してた。「まだこういうとこを描かなきゃいけない!」「クライマックスはさらにこうできるはずだよ!」って。途中からその提案を受け入れてくれて,気合も入れ直してくれて,嬉しかった。だから感慨深いなぁ。
吉川氏:
まわりの皆さんも優しくしてくれたので,なんとか4年やりきれました。そして12章は,最高傑作であった5章を上回った感覚があります。僕の過去である5章を,僕の未来である12章で乗り越える。「自分の過去を乗り越える」という点は,僕自身の状況がエシャル篇のドラマと重なっていたところもあり,そのなかで絆の大切さも知り(チラッ)。
西氏:
こっち見なくていいですよ(笑)。でも,エシャル篇の12章は本当に良い出来になりました。チェンクロじゃないと書けなかったお話だし,エシャル篇じゃないと書けなかったお話だし,そして吉川さんじゃないと書けなかった物語になったと思うので。この感覚はほかの12章でも感じていて,チームプレイの醍醐味を実感する今日この頃です。
吉川氏:
書き終わったあと,自分で書いたのに2回くらい泣いちゃいました! そういうものにできたんだと,本当に,心から,そう思っています!
4Gamer:
いや,今回も熱い生き様を見せてもらい,ありがとうございます(笑)。3月の公開を楽しみにしております。それでは次で折り返しとなりますが,アリーチェ篇のお話しにいってみましょう。
S氏:
分かりました。
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