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NHK「ゲームゲノム」Season2 第10回は「MOTHER2」。糸井重里氏,バカリズムさんと共に探す“おまえのばしょ”
MCは,歌手/ダンサーとして活躍している三浦大知さん。ゲストはMOTHERシリーズの監修,企画,シナリオを担当した糸井重里氏,そしてお笑い芸人,脚本家などマルチに活躍するタレントのバカリズムさんだ。
バカリズムさんは番組の冒頭で,ゲームは自らがキャラクターを操作するからこそ,映画などよりも感情移入できるかどうかが重要な要素であるとし,そういった観点でMOTHER2がいかに秀逸な作品であったかに触れた。今回は「少年少女の大冒険」をテーマに,MOTHER2がなぜ今なお多くのプレイヤーに愛されているのか,そしてなぜ深く感情移入できるタイトルになったのかを探っていく。
MOTHER2について
MOTHER2は,1994年に任天堂から発売されたスーパーファミコン用のRPGだ。1990年に発売されたスーパーファミコンにとっては中期の作品にあたり,さまざまな開発手法が業界内に浸透していた頃で,1994年は「ファイナルファンタジーVI」をはじめ複数の大型タイトルが登場している。ほかにも「ときめきメモリアル」や「かまいたちの夜」といった人気アドベンチャーゲームが生まれた年でもあった。さらに,年末にはPlayStationとセガサターンが発売され,ゲーム業界が大きな転機を迎えた年だ。
MOTHER2はそんな大きな潮流の中で生まれ,伝説的なタイトルとして今なお燦然と輝いている。名前のとおり本作はシリーズの2作目であり,1作目「MOTHER」は1989年にファミリーコンピュータ向けに発売された。当時のRPGといえば,その多くが北欧神話や指輪物語のような西洋のファンタジー文化をベースに作られていたが,MOTHERシリーズは我々の住む平凡な世界と,そこで起こるちょっとした非日常を等身大の少年少女をとおして描いていたのが大きな特徴だった。
MOTHERシリーズに影響を受けたと言われるインディーゲーム「UNDERTALE」の大成功が物語るように,2023年現在でも色褪せない魅力を放っていることは間違いなく,それを裏付けるようにこれまでに何度も複数のプラットフォーム向けに移植が繰り返されている。
現在ではNintendo Switchの「ファミリーコンピュータ&スーパーファミコン Nintendo Switch Online」でオリジナルに準拠したMOTHER / MOTHER2が遊べるほか,2006年に発売された「MOTHER3」も「ゲームボーイアドバンス Nintendo Switch Online」で2月から配信が行われている。同番組および本稿をとおして興味を持ったら,この機会にプレイしてもいいだろう。
当時もコピーライターだった糸井氏は,「実はただのゲーム好き」だったと自身を振り返る。ドラゴンクエストに憧れて,プロ野球選手になりたいなと思う野球少年のような気持ちで作ったのがMOTHERだったという。ゲーム制作に関してまったく知識のなかった糸井氏は,中世ヨーロッパ風のファンタジーRPGばかりが市場にあることに違和感を覚え,ポピュラーソングのように,どこかで心が通じるような作品を作ってみたいと思ったそうだ。
KEYWORD1 ”平凡な少年”が世界を救う!?
MOTHER2は,199X年のあるとき,少年ネスの家から物語が始まる。けたたましい衝撃音で目を覚ましたネスが外に出てみると,どうやら家の近くに隕石が落ちたらしい。興味本位に現場へと向かうネスだったが,周辺は警察が捜査中で調べることは叶わず。諦めて帰宅したネスだったが,隣に住む少年にそそのかされ,再び外へ。すると警察は引き上げたあとのようで,隕石に近づくことに成功する。しかし,そのとき異変が。なんと虫の羽音と共に隕石が光り始め,中から10年後の未来からやってきたという虫のブンブーンが出てくる。彼(?)によると,「はかいぬしギーグ」という存在が未来の世界を破壊しているとのこと。そして言い伝えによると,ギーグを倒せるのは3人の少年と1人の少女で,ブンブーンの直感によるとそのうちの1人がネスだという。
あまりの急展開に思考が追いつかない中,未来からの使者の役目を果たしていたブンブーンが,隣の家のママに叩き落されて致命傷を負ってしまう。そして彼が最後に言い残したのは,世界に8か所ある「おまえのばしょ」へ行くこと。それはギーグを倒す力を得るための試練である。こうして,自宅のママにも背中を押されながら,平凡な少年ネスの壮大な冒険が幕を開ける。
ゲストのバカリズムさんがMOTHER2をプレイしたのは約30年前の19歳頃。当時上京したばかりだったバカリズムさんは,家族や近所の友だちが出てくる本作を見て地元愛のようなものを感じたという。主人公は子どもなのに,大人になってからのほうが感情移入できるゲームだと感じたそうだ。
糸井氏によれば,作り手は俯瞰で作っているけれど,主人公には横の景色が見えている。それを表すように,作中でネスたちは子どもだからという理由で,周囲からどこか“なめられている”。周囲の大人になめられるというのは多くの子どもが持っている原体験に基づいている。世の中の子どもというのは,ほとんどが平凡なのだから,糸井氏はそういう子どもたちの冒険物語にしたいと思ったとのこと。また,当時小学生の娘がいたという糸井氏はそこからも着想を受けたそうだ。作中でネスがリュック背負っているのも,糸井氏のお子さんが実際に背負っていたからというエピソードを明かした。
「子どもができるとそれに合わせた仕事をしたくなる。自分だけの心の要素というか,うけるといいなというのが入り込んでしまうんでしょうね」(糸井氏)
KEYWORD2 冒険が変える”身近な景色”
さて,隕石の落下とブンブーンとの邂逅をきっかけに「おまえのばしょ」を探すことになったネス。最初のおまえのばしょは,ジャイアントステップというネスの住む町オネットの一画にあるという。聞き込みを続けるとシャーク団という不良グループのリーダーがジャイアントステップを知っていそうだと分かるので,そのたまり場であるゲームセンターへ向かう。しかし,話し合うことは叶わず不良グループとバトルすることになってしまう。
実は,本作の敵は意外と身近にいる人間であることが多い。ネスはこういった敵と戦うためにドラッグストアでふつうのバットや,やきゅうぼうを,さらにハンバーガーショップで回復アイテムのハンバーガーを入手するなどの準備をする。こういった施設は実際に子どもが立ち寄れるような場所に基づいており,どこまでも等身大のRPGであることが分かる。また,対決に勝利すると敵は「おとなしくなる」。敵が死なないというのも本作の特徴だ。
なんやかんやでシャーク団のリーダーを倒すと,ネスはジャイアントステップの場所を教えてもらえる。そしてジャイアントステップではきょだいアリとの戦闘になるが,このあたりでネスはPK○○という必殺技を使えるようになる。このPK○○は,ゲーム開始時に質問される“かっこいいものは?”という質問への答えがそのまま技名になっている。かっこいいと思うものを技名にするという,いかにも子どもらしいところは,本作で多く見られる演出だ。
糸井氏によれば,MOTHER2ではどこまでも現実と地続きの作品を目指したという。理詰めで考えると子どもが持てる武器はあまり存在しないのだが,子どもは,我々もそうだったように,バットやフライパンを武器に見立てて架空の敵と戦ったりするものだ。さらにいえば,近所の口うるさいおばさんや警察官は子どもにとっては敵と映ることもあるだろう。子どもの視点から見た怖いものが,敵として作品に取り入れられているわけだ。
バカリズムさんは,ゲーム内の言葉の使い方に着目する。ネスの武器であるバットにはグレードがあるが,プラスチックや木製,金属などとするのではなく,ボロのバット,ふつうのバット,いいバットという風にしている。子どもが金属バットで人を殴るというと生々しくなってしまうところを,そうさせないセンスの良さを感じたそうだ。
KEYWORD3 ”恋しさ”が生む弱さと強さ
バットとある種の超能力を操るネスだが,実は少年ならではのある弱さを抱えている。彼はバトル中,家が恋しくなったといって突然戦わなくなることがあるのだ。病院にいっても体の異常はない。しかし医者に話を聞いてみるとホームシックにかかっていることが明らかになる。そこで家に戻ると,いつもどおりママがいて,ネスの好物でもてなしてくれる。家に帰ることでホームシックを克服し,再び冒険を続けられるのだ。
RPGではめずらしいホームシックというマイナス効果。バカリズムさんはホームシックでステータスが下がるなら理解できるが,完全に何もしなくなるというのがリアルだと語る。糸井氏は,心はそういうものだとしたうえで,子どもは社会の中で“弱い”存在というのがベースにあったので,その要素はどんどん入れたかったと話す。
また,ネスが帰ってきた際にママがケロッと普通に接しているのにも理由があった。実は糸井さんの両親は離婚しており,普通の家庭に対して普通ではない扱いをされることを,子どもごころに嫌だなと思っていたそうだ。MOTHER2でネスが突然帰ってきたときにママが感情を出しすぎると,「それが親子ですよ」というのを押し付ける感じが出てしまう。ママがカラッとしているところに,見えるところだけではない何かを感じてほしかったという。
「冒険をするにも帰る家がないとできない。大人もホームにあたるものを忘れていると,無意識でホームシックのような状態になる。大人になってからでもMOTHER2をおもしろいと感じるのは,(ネスをとおして)自分の痛みが見えるからなのかもしれない」(糸井氏)
さて,苦労してたどり着いたおまえのばしょでは,ネスはさまざまな記憶の断片を見ることになる。それはネスが物心つく前に,両親から注がれていた愛情の欠片。知られざる記憶だ。
糸井さんは,子どもの頃の記憶の断片があるが,それが記憶なのか想像なのかよく分かっていないという。自分が子どものときにどういう弱さや辛さがあったのか,それらが原体験となり,自分の娘がどういう辛さや弱さを経験するのかと想像し,その行ったり来たりの中でできたものがこの作品であるとのこと。タイトルがMOTHERなのは,こういった視点から生み出された経緯が関係しているそうだ。
番組の最後に糸井氏は,コピーライターというまったく別業界から飛び込んでMOTHERを手がけたことについて,以下のようにまとめた。
「自分のやりたいと思ったことをやったのは,MOTHERだけだったかもしれない。僕の個性でやっちゃったことが,案外自由にやれた。あとで見ても,あのとき(自分が)本気だったことが分かる」(糸井氏)
2024年1月10日 放送開始(全10回)
毎週水曜日 23:00〜23:29/NHK 総合(予定)
※「NHK プラス」で1週間見逃し配信あり
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