インタビュー
日本市場参入を決めたヘッドセットメーカー「Turtle Beach」。共同設立者に聞くその歴史と狙い
そのラインナップは先のレポートに詳しいのだが,4Gamerでは,そんなTurtle Beachブランドを展開するVoyetra Turtle Beachの共同設立者にして上級副社長であるFred Romano(フレッド・ロマノ)氏に,TGS 2011の期間中,単独で話を聞くことができたので,今回はその模様をお届けしたいと思う。
「北米のゲーム機向けのヘッドセット市場で9割のシェアを持つブランド」という立ち位置が気になる人はもちろん,Turtle Beachというブランドを懐かしく感じるという人も必見だ。
関連記事:[TGS 2011]コンシューマ向けヘッドセットの米Turtle Beach,日本市場参入。PS3&Xbox 360対応モデルを積極展開
“ヘッドセットメーカー”Turtle Beachの歴史
4Gamer:
本日はお時間を取っていただきありがとうございます。まずはTurtle Beachというブランドについて聞かせてください。
(シンセサイザで知られる)Voyetra Technologiesによる買収前もその後も,日本ではサウンドカードや音楽制作用ソフトウェアで認知されていましたが,おそらくそれは2000年くらいまで。その後の歩みを知っている人は,日本にはほとんどいないと思います。21世紀を迎えてからのTurtle Beachが「何をしてきたのか」を教えていただけますか。
Romano氏:
Turtle Beachは設立当初から一貫して,サウンドやオーディオ製品の開発に特化したメーカーとして歩んできました。
最初はシンセサイザやソフトウェアを扱っていて,市場でMIDIが主流になってくると,MIDI関連製品も扱うようになっていったのですが,ここで理解していただきたいのは,扱う製品が市場の変遷とともに変化してはいっても,サウンドやオーディオの分野で先駆者たるべく,私達は製品開発を続けてきたということです。
4Gamer:
それは内部で,ということですか。ジャンルはこれまでいろいろ変わってきたわけですが。
Romano氏:
ええ。世の多くのメーカーが,技術だけを買い取ったりアウトソースしたり,あるいは既存の製品の一部を弄っただけのような製品を作ったりしていますが,弊社では,設立から現在に至るまで,すべて,社内のエンジニアが一から製品をデザインしています。
4Gamer:
なるほど。
で,1998年頃なのですが――いま思えば,Appleが実現していたことを先駆的に手がけていたということになるのですけども――ある部屋にミュージックサーバーを設置し,自宅のどこにいてもクライアント側で音楽が聴けるという製品を開発をしていました。「Audio Drone」というのですけどね。
ただ,お分かりのように,これは時期が早すぎまして,正直,2000〜2005年の間は,「次世代のオーディオ製品」を模索するなか,USBサウンドデバイスや,PCで取り込んだ画像と音楽とを同時に編集できるコンシューマ向けキャプチャカードを作っていたりしました。
4Gamer:
2005年まで「ヘッドセット」の文字が出てきません。そこから,現在のヘッドセット専業メーカーへは,どういう“転身”がなされたのでしょう。
Romano氏:
会社として,二番煎じの製品は絶対にやりたくなかった,という思いが強くあり,業界初だったり,新しいテクノロジーを使ったりした製品を作りたかったのです。
そして,次に流行が来そうなテクノロジーやアイテムは何かと模索しているなか,2005年ごろ,ちょうどビデオゲーム市場が大きくなる予兆がありました。そこで,「製品開発に相当な規模の資本が投下され,映像的にものすごい進化を遂げている。であれば,サウンドも,映像技術の進化に伴って,もっと進化するのではないか?」と考えたのです。
4Gamer:
ただ,2005年くらいだと,市場にはすでにゲーマー向けを謳うヘッドセットが存在しましたよね。
Romano氏:
そのとおりです。PC市場には,ゲームに特化したヘッドセットが存在していました。そこで,まだ「専用のヘッドセット」が存在しなかった,ゲーム機市場に着目し,「まずは次世代ゲーム機向けの『ゲーム専用ヘッドセット』を最初に開発したブランドとして知名度を確立させよう」と戦略を立てました。PlayStation 3(以下,PS3)とXbox 360で成功してから,PC市場には戻ってこよう,と。
4Gamer:
Turtle Beachがゲーム市場へやってきたのは,綿密な市場調査の結果というわけなのですね。
ただ,別にそこまでPCを後回しにしなくても,基本的なヘッドセットを1つ用意しておいて,アダプタでゲーム機へ対応させるというやり方もあったわけですよね。そういう戦略を取らなかったのはなぜなのでしょう。
Ear Force PX3の製品ボックスを持って説明するRomano氏 |
PS3用として販売されるワイヤレスヘッドセットEar Force PX3だが,エンクロージャ部には,Xbox 360用コントローラと接続してマイク入力を行うための端子が用意されている |
1つの製品を1つのプラットフォームだけに対応させるマーケティングが,エンドユーザーから見て分かりやすく,非常に効果的と考えているためです。もっとも,いま販売中の製品は,製品ボックスでこそ,PS3用,Xbox 360用というようにはっきり分けていますけれど,実際にはマルチプラットフォームで利用できるようになっていますよ。たとえばこのPX3だと(と言って箱を手に取り)PS3に向けたヘッドセットですが,実際にはXbox 360でもPCでも使用できます。
4Gamer:
そして今ではPCゲーム用ヘッドセット市場にも「戻って」きました。今回,ずらっと並べていただいてますけど,本当に数がありますね。
Romano氏:
ええ。PS3とXbox 360,PCと,すべてのプラットフォームのゲーマーに対して,ローエンドからハイエンドまで幅広いバラエティの製品を揃えていくというのが現在のミッションです。
4Gamer:
PC用があるということは,北米市場でブランドを確立できたということだと思うのですが,ゲーム機市場における現在の市場シェアはどの程度なのですか。
Romano氏:
90%くらいですね。
4Gamer:
ちなみに,PCゲーム用ヘッドセット市場への参入はいつ頃ですか。最近のことだとは予想は付きますけれども。
PC用を投入したのは去年から今年にかけてのことですが,これは,弊社の戦略的ロードマップに沿った動きとなります。
そもそも,北米市場でゲーム機向けのヘッドセットを最初に展開したのは,北米市場でPCゲームよりもゲーム機の市場が大きいため,まずはここで「ゲーム機市場におけるヘッドセット市場」を調査しようと考えたからです。北米市場で,ゲーム機向けの製品開発をしながら,ニーズを吸い上げて改良し,ブランドを育てていこうとしたわけですね。
そして,北米市場でブランドをある程度確立できた後で,欧州市場にも進出し,欧州でも市場をある程度押さえることができた。これが2011年までの動きです。
4Gamer:
2011年の話になっているのに,PC市場向け製品の話がまだ出てこない(笑)。本当に最近なのですね。
Romano氏:
ええ。私達は,2012年以降,アジア市場にも注力していく計画を立てているのですが,アジア市場は欧米と比べて明らかにPCゲームの市場が大きい。そこで,PCゲーム用製品のラインナップを揃えることにしたのです。
ほかにも,生産キャパシティだったり,アジア市場に適したマーケティングパートナーの選定だったりがありましたが,そういう問題や課題をクリアして,いまアジア市場へ向かっているところになります。
4Gamer:
ただ,PCゲーム用ヘッドセットを出せば,当然のことながら,この市場で先行している競合企業と争うことになります。失礼を承知で聞きますが,勝算はあるのでしょうか。
Romano氏:
「ゲーム向けサウンドデバイス」の分野は,日本もそうだと思いますが,北米や欧州も含め,はっきり言って未成熟です。ゲーム中,実際にヘッドセットを使っているゲーマーの割合というのは,私達の調査だとわずか6%です。
これは言い換えると,残る94%はこれから開拓していける市場というわけですよ(笑)。
日本市場でも,ユーザーの声を聞く
4Gamer:
アジア市場進出にあたって,最初に選んだのが日本と理解しているのですが,この認識で正しいでしょうか。
Romano氏:
ええ,そうです。まずは日本で9月から展開し,続いて韓国で11月,来年1月に台湾というスケジュールを組んでいます。
4Gamer:
ご存じのとおり,日本は,アジアにおいて特異というか,ゲーム機の市場が圧倒的に強くて,「PCゲーム市場」はオンラインゲームくらいしか存在していないといってもいいくらいです。そのなかでTurtle Beachはどのラインナップを推していくのでしょうか。欧米と似たような戦略を取るのか,あるいは「アジアの一国」としてPC市場を攻めていくのか。どちらでしょう。
現時点で,どのようなニーズにも応えられるだけの十分なラインナップが揃っていますから,今後,日本の販売代理店であるシネックスさんとともに調査を行っていきます。そのフィードバック次第で,戦略は臨機応変に組み立てていけると考えています。
もっとも,北米で確立した方向性から大きく転換する必要はないでしょう。土台はある程度固まっているという認識です。
4Gamer:
フィードバックというのは,具体的にどういうものなのですか。
Romano氏:
製品開発における弊社の大きな特徴としては,(市場調査重視という氏の発言からも想像できるように)ユーザーのニーズというものにいつも一番重きを置いていることが挙げられます。「ものすごい量」の顧客調査やユーザーアンケートを常に行っているんですよ。
ユーザーが欲しがっている機能,あるいはいらないと思っている機能を,常にフォーラムやblogなどから吸い上げて製品開発に取り入れ,ラインナップの追加や調整を行っています。
また,ユーザーに集まってもらって,その場でよい点や悪い点を指摘してもらう「Focus Group」(フォーカスグループ)というのを北米のメーカーはよく行うんですが,弊社でも,常に時間と予算を投じてFocus Groupに取り組んでいます。
そういったお話は欧米のメーカーからよく聞くのですが,そのたびに不安になるのは,「果たして同じ試みが日本でも行われるのか」ということです。
Turtle Beachの場合,北米のサポートフォーラムで公開されている情報は充実していて,これを見ればたいていの問題は解決しそうだという手応えがあるのですが,一方で,製品に付属しているマニュアルは驚くほど簡素で,マニュアルだけを頼りに設定しようとすると,難度が相当に高い。そして,詳しい情報は英語でしか提供されていません。
製品の完成度が高く,サポートフォーラムも充実している一方で,日本語化はまったくなされず,それゆえにまったく成功できなかった海外メーカーは,枚挙に暇がないほどです。「日本人は全員が全員,英語を読めるわけではない」という問題にはどう対処していくつもりですか。
Romano氏:
あくまでもこれから参入するわけなので,今すぐすべてを用意するのは難しいと思いますが,段階的に,北米で行っているサポートは日本語でも行っていく予定です。また,製品ボックスやサポートフォーラム,マニュアルやSNSもすべて日本語化していく計画ですよ。
ソーシャルメディアやblog,フォーラムを活かしたバイラルマーケティング(※口コミを利用したマーケティング手法のこと)で,できる限り多くのユーザーの声を拾っていくという姿勢は,日本でも一貫して変わりません。
歴史と先進性にこだわる音づくり
4Gamer:
音づくりの方向性を教えてください。どのあたりの周波数帯域,もしくはどういった音を出そうというテーマで開発していますか。
一言でいえば,「スピーカーで聞くよりも優れたオーディオ体験を,いかにしてゲーマーへ提供するか」の追求ですね。まず,ゲーマーにとって大切な音の要素なのか――爆発音か雨音か,歩く音か,ボイスチャットの音声か,はたまたBGMかと,さまざまな要素を1つ1つ分析していきました。そのうえで,理想的な周波数特性を求め,ゲームの音を最もよく再現すべく,スピーカーやイヤーパッド,構成部品の素材にその弾力性,プラスチックパーツのハマり具合などを調整しています。
ローエンド向けの製品であっても,安かろう悪かろうというのではなく,音の要素1つ1つを細かく検証していくという姿勢は一貫して持っていますよ。
4Gamer:
特定の周波数を強調するような音づくりにはなっていない,ということですか。
Romano氏:
(特定の周波数を持ち上げるとか,そういう話ではなく)ゲームの音を一番よく聞かせるためのバランスを徹底的に研究しています。その結果として,ゲーム以外に,音楽や映画を聞く場合でも非常に優れたものになっていますが,これは当然のことです。
実際,「ゲーム用として買ったけれども,ワイヤレスの利便性も含めて,日常生活で使うのに“便利すぎ”て,結局,普段の生活で音楽ばかり聞いている」というユーザーもたくさんいるようです。
4Gamer:
なるほど,イメージできました。製品全体を通して見ると密閉型エンクロージャが多いですけれども,これも上から下まで統一的な音傾向を生もうという明確な意図によるものですか。
Romano氏:
そうですね。ゲーム用として,微妙な音のニュアンスや足音などを聞き取れなければならないということで密閉型を選択しています。また,マイクが,ヘッドフォン側のスピーカーで出力された音を拾ってしまいかねないというのも理由ですね。
ゲーム用のヘッドセットとしては,密閉型がやはりベストであると私達は考えています。
4Gamer:
そろそろ時間も迫ってきたようですので,以後,ちょっと駆け足で失礼します。
ややざっくりした質問ですが,純然たる音以外のところで,Turtle Beach製品ならではの機能があれば教えてください。
カタログに「製品の特徴」として記載している機能は,すでに特許取得済みか出願中のものがほとんどです。たとえば――そうですね,ゲーム側の音量が大きくなったときに,フレンドの声も自動的に大きく調整してくれる「チャットブースト」というものがあります。爆発音がバーンと大きくなったときは声も大きく聞こえるようになって,逆に静かになれば声も小さくなる,といったイメージです。
また,PX5では,ヘッドフォン用に2.4GHz帯の非圧縮伝送を用いるとともに,マイクはBluetoothと,2つのワイヤレス技術を併用していたりします。PC用に用意しているリアルなマルチチャネルヘッドセットでは,スピーカーの角度や配置自体も特許取得済みです。
特許出願中の技術としては,プログラマビリティが挙げられますね。特定のサウンドセッティングを最大18種類,プリセットとして設定して,保存できる機能があります。それこそ先ほどおっしゃっていたような,特定の周波数帯域だけを際立たせたり,特定のゲームに合わせた音の鳴り方に調整できたりしますよ。
4Gamer:
バーチャルサラウンドについてですが,Turtle Beachのヘッドセットは,Dolby Digitalに対応したものがいくつかありますね。現在,ほかにもサラウンド技術はあると思いますけれども,Dolby Laboratoriesの技術を選んだ理由は何ですか。
Romano氏:
まず,Dolby Digitalは最も一般的だというのが1つ。Dolby以外の選択肢も検証はしましたが,導入コストが最も低かったというのも1つですね。コストパフォーマンスが最も高かったということです。
4Gamer:
Dolby Digitalのコストパフォーマンスに関してはまったく同意ですが,実装の仕方によっては,音が横方向へ広がりすぎてしまうことがありますよね。映画館を想定したサラウンド感がそのまま適用されているというか。そのあたり,Turtle Beachでは認識していますか。認識している場合,改善はしていますか。
サラウンド処理にあたってはDolby Laboratoriesと密に連携していて,「映画ではなくゲームに特化した音づくり」というのを開発してもらっています。同時に,先ほどお話ししたリアルなサラウンドヘッドセットの場合は,Dolby技術の弱点をスピーカーの配置で補ったりもしていますね。
4Gamer:
これはTurtle Beachの製品と直接関係しているというわけではないのですが,Xbox 360の場合,いわゆるゲーティングが効き過ぎるのか,純正ヘッドセット以外を使うと,話し始めと話し終わりが途切れがちになります。このあたり,Turtle Beach製品で何か対策などはしていますか。
ゲーム機側の仕様を超えて何とかするというのはなかなか難しいところですが,少なくとも弊社の製品では,ボイスので出始めをできる限り早いタイミングで予測して反応するような設計にしてあるので,他社製品と比べると,いまご指摘いただいたようは問題の程度は大きくないと思います。実際,ユーザーからの不満に,この問題に関するものはなかったと記憶しています。
4Gamer:
質問は以上です。ありがとうございます。最後に,日本市場参入へ向けての意気込みを聞かせてください。
Romano氏:
Turtle Beachのヘッドセットによって,「ゲーム用オーディオ機器」を体験したユーザーは,必ずそのすばらしさに気づき,「こんなに楽しいことがあったのか!」と喜んでくれると確信しています。
今後,弊社製品を通じて,もっともっとたくさんのユーザーを,「ゲームでオーディオを楽しむ」ことに目覚めさせ,ハッピーにして差し上げられると思うと,本当にわくわくします。
……Romano氏の発言からは,最近の「ゲーマー向け製品ブランド」として,ある意味大変潔く,かつ明確な方向性が見て取れた。それは,徹底した市場調査によって,製品を作っているということだ。氏の口からは,プロゲーマーの「プ」の字も出てこなかったが,要するに,自社の開発能力と,マーケティング能力に絶対の自信があるということなのだろう。
ただ,そうなると気になるのは,販売代理店を介しての参入となる日本市場で,プロゲーマーのような“引っかかり”もなしに,果たして本当にうまくやれるのかだ。Romano氏は将来的な日本語化を予告していたが,これは取りも直さず,最初に出てくる製品は「そうなっていない」ことを意味する。いわゆるイノベーター層は“英語問題”など気にしないかもしれないが,その後に続くアーリーアダプター層はどうか。また,失礼を承知で本音を書かせてもらうなら,PC業界の販売代理店として長く活動してきたシネックスが,ゲーム機市場で“初動”に成功できるのかも未知数だ。
上から下まで,ラインナップが一気に揃う見込みであるのは,何かと物入りな我々ゲーマーからすると大変ありがたいところである。それだけに,なんとかスタートをうまくやってほしいと願わずにいられない。
Turtle Beach公式サイト(英語)
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