連載
誰の身近にもある,小さくて大きな悩みごと。「放課後ライトノベル」第131回は『きじかくしの庭』でアスパラガスを育てよう
先週は第19回電撃大賞の大賞受賞作『アリス・リローデッド』を紹介したが,実は同賞にはもう一つ大賞受賞作が存在するのだ。大賞受賞作が2本同時に出るのは今回が初のこと。しかも,そのもう一つの作品は,電撃文庫からではなくメディアワークス文庫から発売されている。それが今回の「放課後ライトノベル」で紹介する『きじかくしの庭』だ。
帯には「ちょっと疲れたアラサーたちへ――心を癒やすこの1冊。」と書かれている。今ごろはたぶん「メタルギア ライジング リベンジェンス」で敵をバッタバッタと斬り倒したり,「閃乱カグラ SHINOVI VERSUS -少女達の証明-」で絶賛脱衣中だったりの4Gamer読者とはあんまり合わないんじゃないかな……と思っていたのだが,意外や意外,これがなかなか読ませてくれるのだ。
『きじかくしの庭』 著者:桜井美奈 出版社/レーベル:アスキー・メディアワークス/メディアワークス文庫 価格:599円(税込) ISBN:978-4-04-891415-4 →この書籍をAmazon.co.jpで購入する |
●元カレとの関係に親友との食い違い,日常に巣食う少女の悩み
本作は,とある学校の荒れ果てた花壇と,そこにやって来る4人の女子高生を中心に描いた連作短編集だ。一話めの主人公,花谷亜由(はなやあゆ)は付き合っていた恋人にこっぴどく振られてしまう。しかも,その男は別れた直後にクラスにいる別の女子と付き合い始め,イチャイチャしてみせる。
それだけでも相当なろくでなしだが,さらに振ったはずの亜由に何度もメールを送ってくるから花丸三重丸の身勝手野郎だ。そんな男とは,むしろ別れて良かったじゃないかと言いたくなる。しかし,色恋沙汰とはそう簡単にいかないもの。亜由も,ろくでもない相手であると頭では理解しつつ,メールが来るたびに付き合っていた当時の記憶がよぎり,胸をときめかせてしまう。
こうやってあらすじだけを聞くと,モテない免許皆伝の私としては「そんなこと知らんがな」と放り投げたくなるのだが,作者による丁寧な文章や,細やかな描写を通じて亜由の心情を読んでいくうち,「うんうん,分かるよ。そういうことって結構あるよね」みたいな気持ちにさせられてしまうのだ!
ほかにも,二話めでは些細なことから仲たがいしてしまった堀北舞(ほりきたまい)と川久保千春(かわくぼちはる)の話が,三話めでは家族との関係がうまくいかないうえに留年してしまったため,学校内でもギクシャクしてしまっている和久井祥子(わくいしょうこ)を主人公にした話が語られる。
●人間だもの。先生だって悩んだりもします
そんな彼女たちの相談相手になるのが,男性教師の田路宏昌(たじひろまさ)だ。別に普段から生徒の悩みに真摯に向かい合う熱血教師というわけではない。教師生活も6年めを迎えた彼は,生徒たちとは距離を取りがちで,時には仕事をサボってこっそりタバコを吸っていたりもする。
そんな彼がサボり場所としている,校内でも目立たない場所にある花壇には,毎年さまざまな問題児がやって来る。生徒の恋愛や友人関係に教師が首を突っ込んでも,ろくなことにならないと分かっていながら,困っている生徒には結局手を差し伸べ,面倒を見てしまう。生徒から見たら,なかなか頼れる教師に見えるかもしれない。だが,彼は彼で悩みを抱えている。それも生徒には間違っても言えない恋愛の悩みである。
田路の大学時代からの恋人である松下香織(まつしたかおり)は,大変エキセントリックな人物だ。ろくに荷物も持たず海外に旅立つこともあれば,一度喧嘩すると2か月近く連絡がつかないこともある。その一方で,突然フルマラソンに挑戦したかと思えば3か月で完走できるようになり,司法試験には大学卒業と同時に合格するという優秀さ。彼女の奔放さに振り回されると同時にコンプレックスを抱き,田路は「このままの関係でいいのだろうか」と自問自答する。
そんな彼が,生徒の悩みに自分の悩みを重ね合わせながら,「大人になったからといって、上手く恋ができるかはわからない」「知らないうちに相手を傷つけるなんてことは、往々にしてある。先生だろうが総理大臣だろうが、いくつになってもやってしまうんだよ」と,助言とも愚痴とも思える言葉を言う姿は,人間味が感じられてなかなかに魅力的だ。
●誰の身近にもあるからこそ,心に染み入るストーリー
そして本作の中心となるのが,学校の片隅にある花壇だ。綺麗な花が咲いているわけではなく,放っておけばすぐに雑草が生えるため,あまり居心地の良い場所とはいえない。だからこそ,人目を避けたがる人間にとっては絶好のスポットとなる。やがて,最初は何も植えられていなかった花壇にアスパラガスが植えられ,ゆっくりとではあるが確実に成長していく。
アスパラガスは鮮やかな雉(きじ)がその姿を隠せるほど葉や茎が生い茂ることから,別名を「きじかくし」とも言う。登場人物の一人は花壇いっぱいに広がるアスパラガスを見ながら,「全部隠せれば良かったのに」とつぶやく。だが,隠しているばかりでは問題は解決しない。少女たちもいつかは自分が抱える悩みと向き合い,乗り越えなければならないのだ。
どの登場人物の悩みも,端から見れば些細なものかもしれない。世界の命運を揺るがすわけでも,命が脅かされるわけでもない。作者も受賞コメントで「剣も魔法も出てこない、誰の身近にでもあるお話」と語っている。だが,「誰の身近にでもある」からこそ,彼女たちの悩みを優しくすくい上げる作者の視点と確かな筆致は,読者をしっかり物語へと引き込んでいく。
さまざまな要素が盛りだくさんなウェスタン活劇『アリス・リローデッド』と,学校内での静かな一風景を描いた『きじかくしの庭』。まったくと言っていいほど正反対な内容でありながら,その両者に大賞を与える電撃大賞には,レーベル最大手ならではの懐の深さを感じる。来年は記念すべき第20回。今度はどのような傑作が登場するのか,まだ見ぬ作品に今から期待で胸が躍る。
■メディアワークス文庫賞は表具と妖怪を題材にした和風ファンタジー
今回は大賞作品がメディアワークス文庫から刊行されることになったが,それとは別に,電撃大賞にはメディアワークス文庫賞という賞も存在する。そして第19回で同賞を射止めたのが『路地裏のあやかしたち 綾櫛横丁加納表具店』。
『路地裏のあやかしたち 綾櫛横丁加納表具店』(著者:行田尚希/メディアワークス文庫)
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高校生の小幡洸之介は,ある不思議な現象に悩まされていた。死んだ父が残した絵画が,夜中にひとりでに動き出すのだ。そこに友人が,近所の寂れた通りにそうした幽霊関係のトラブルを解決してくれる大妖怪が現れるという噂を教えてくれる。半信半疑のまま,丑三つ時に通りを訪れた洸之介は,そこでしゃべる狸や狐,そしてその中心にいる着物姿の黒髪の美女,加納環と出会う……と説明すると,よくある妖怪モノのストーリーなのだが,本作にはそれらと一線を画する要素が存在する。それがタイトルにもある“表具”だ。
表具とは紙・布を張り,屏風や掛け軸などを仕立てること。和室が少なくなった近頃ではあまり馴染みのない題材だ。だが,表具と妖怪という,どちらも古くから日本に存在する「和」の組み合わせは,まさにベストマッチ。作中に登場する絵に秘められた人間模様はどれも味わい深く,表具に関するさまざまなウンチクは,知らない世界を覗き見るようで楽しい気持ちにさせられる。また,なぜか学校に通い,クラスメイトと肝試しに行く天狗の王子や,人間に結婚詐欺を仕掛けては失敗してばかりの狸など,妖怪たちも実に個性的だ。和風ファンタジーが好きな人は,ぜひご一読を。
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