連載
平凡な田舎町を覆う呪詛の影。「放課後ライトノベル」第122回は『ノロワレ』で真冬のホラーはいかが?
彼女ができました!(挨拶)
これまでたくさんのゲームを通じて,無数のヒロインとのラブロマンスを繰り広げてきた筆者ですが,ついにこのたび名実共に主人公となる資格を手に入れてしまったようです。やっぱり,ゲーム情報サイトでライトノベルレビューをやるなら,彼女の一人もいないとねぇ。全国300万人(推定)の独り身の4Gamer読者の皆さん,これからはそっちの世界から原稿をお届けするので,今後とも本連載をよろしくお願いします!
あれ,そういえば10日後はクリスマスって奴じゃないですか? まるで暦もボクたちのことを祝福してくれてるみたいだNE☆ いやー,照れるなー参っちゃうなー。プレゼントとかも用意しなくちゃいけないじゃないですかやだー。……え? 呪われろ? “祝われろ”の間違いじゃないカナ? カナ?
そんな幸せヘブン状態の筆者がお送りする「放課後ライトノベル」第122回は,ホラーライトノベルの旗手・甲田学人の新作『ノロワレ』をご紹介。なんだか怖そうな話だけど,2人で一緒に読めばきっと怖くないサ!
……彼女の名前? 高垣楓ですけど,なにか?
『ノロワレ 人形呪詛』 著者:甲田学人 イラストレーター:三日月かける 出版社/レーベル:アスキー・メディアワークス/電撃文庫 価格:578円(税込) ISBN:978-4-04-891206-8 →この書籍をAmazon.co.jpで購入する |
●平凡な田舎町を,呪詛の影が覆い始める――
――兄が帰ってきた。
そのことに,真木現人(まきあらひと)は強い苛立ちを覚えていた。
幼い頃から,奇矯な言動で現人を振り回し続けた双子の兄・夢人(ゆめひと)。現人にとって,長いこと嫉妬と怒りの対象だった彼は,15歳にして小説家としてデビューするや,瞬く間に人気作家となる。それと前後して夢人は,生まれ住んだ田舎町を出て東京で暮らし始め,以来,実家とはほとんど疎遠になっていた。
その彼が,2年ぶりに帰郷したのだ。それも,婚約者を連れて。しかも,その婚約者である薫(かおる)が生まれ育った七屋敷(ななやしき)家は,婿入りした男がことごとく早死にすることで,呪われた家と噂されていた。
夢人の帰郷を無邪気に喜ぶ妹の信乃歩(しのぶ)や,幼なじみの畠村祐希子(はたむらゆきこ)の姿に,苛立ちをさらに強める現人。そんな彼の前に,夢人はなにごともないように現れる。現人の記憶とは大幅に変わった容姿の中,そこだけは2年前と変わらない,暗い瞳と暗い笑みと共に。
だが,夢人が東京から故郷へと持ち込んだのは,新たなる話題の種だけではなかった。彼が戻ってきたとき,それはすでに芽吹き始めていたのだ。信乃歩の身に襲いかかる,血も凍るような恐怖の芽が――。
●釘と人形。紡がれる呪い。恨みの主はどこに――
きっかけは,信乃歩の所属する読書クラブの先輩たちが「夢人に会わせてほしい」と頼んできたことだった。夢人のファンである彼女たちの願いを,しかし夢人は拒否。信乃歩はそのことで逆恨みを受け,ただでさえ軽んじられていた先輩たちから恨まれるようになってしまう。
そして,その日はやって来る。
両目に釘が刺さった日本人形。先輩たちから信乃歩に突きつけられたそれは,夢人の小説に登場する,人を呪うための呪物。ここで終わればタチの悪い悪戯にしかならないその人形が,信乃歩の現実を決定的に変えていく。度重なる異変に震え,怯え,恐怖する信乃歩。どこが出口なのか,出口があるのかさえも分からず,信乃歩は叫ぶこともできないまま,呪いの渦の中へと飲まれていく……。
基本的には文字情報しかない小説という媒体で恐怖を伝えるのは,音や映像で臨場感を出せる映画やゲームに比べると困難なことだろう。だが本作は,その壁を独特の文章表現で見事に乗り越えている。肌触りすら伝わってきそうな,ねっとりとした事物の描写や,読み進める速ささえも計算に入れているような,絶妙な間を持った文体。本作を支えるこれらの表現は,優れたホラーを書くためにまさに必要とされるものだ。読んでいくうち,自分が登場人物と一体化し,その場にいるかのような感覚すら味わえるだろう。ぜひ明かりを落とした部屋で,じっくりと時間をかけて読み進めてほしい。
●そこにあるのは,極上の恐怖――
エキセントリックな天才肌の兄と,それにコンプレックスを抱く弟という双子の兄弟。大人しい妹に快活な幼なじみ。属性や配置だけ見れば,どこにでもありそうな登場人物たち。しかしその内面は,ライトノベルにありがちなものからはあまりにもかけ離れている。ひとことで言うと,妙に生々しいのだ。
現人の,兄に対するどうしようもない憤りには,同様の立場でなくてもそうだろうなあ,と親近感を抱いてしまう。信乃歩に至っては,夢人を慕い,彼といるときには喜びをあらわにする一方,彼を悪く思う現人には不快感を抱き,それでいて家の外では引っ込み思案で人見知り,という「絶対どこかに,こういう子いるに違いない」と思わせる設定。こうしたどこかにいそうな人物造形が,作中で描かれる恐怖を身近なものに感じさせるのに一役買っているのは言うまでもない。
そうした中,外見・性格共に唯一と言っていいほど浮世離れした夢人は,まさにこの呪いの物語の水先案内人にふさわしい。この1巻の時点でも,彼が抱える事情の一端は明かされるものの,それが今後,物語をいかなる方向に引っ張っていくのかはまったく不明だ。そして,そんな彼の側に仕える薫は何を思うのか。七屋敷家の呪いの真相とは? 謎は多く,続きへの興味をかき立てる要素には事欠かない。
著者はこれまで2つの長編ホラーシリーズを手がけてきた。今作の「人形呪詛」という副題から,今後さまざまな形の呪いによる恐怖が描かれていくのは想像に難くない。果たして次は,いったい誰が,どんな呪いの犠牲になるのだろうか――?
■呪われてなくても分かる,甲田学人作品
ライトノベルの中にも,SF,ミステリなど,ジャンル小説として読める作品は少なくないが,これがホラーとなると途端に事例が少なくなる。そうした中,デビューから一貫してホラー作品(ただし,著者自身はメルヘンのつもり,とのこと)を書き続けているのが,この『ノロワレ』の著者の甲田学人だ。その異彩を放つ作風はライトノベル界の中に独自の地位を築いており,彼の存在感が大きすぎるため,ホラー的なライトノベルがあまり出てこないのではないか,と思えるほどだ。
『断章のグリムI 灰かぶり』(著者:甲田学人,イラスト:三日月かける/電撃文庫)
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1977年,津山三十人殺し(津山事件,昭和13年の大量殺人事件)でも知られる岡山県津山市に生まれた甲田学人は,受賞には至らなかったものの,第7回電撃ゲーム小説大賞(現・電撃小説大賞)への応募を通じて2001年にデビュー。これまでに『Missing』(全13巻),『断章のグリム』(全17巻),『夜魔』(最初は単行本として刊行,のちに『夜魔 -奇-』『夜魔 -怪-』へ分冊文庫化)といった作品を手がけている。読み手の精神を直接揺さぶるような文章表現を得意とし,登場人物の死や,グロテスクな展開が描かれることも少なくない。また,民俗学などに対する知識が豊富で,たびたびそれらが物語のモチーフとして使われるほか,作中でそれらに対する蘊蓄が語られることも多い。
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