連載
アニソンが好きです! 「放課後ライトノベル」第111回は『アニソンの神様』で最高のステージをお届けします
実はミーはおフランス帰りなんざんすが,日本の文化もフランスに負けず劣らずユニークざんすな(歯を尖らせながら)。たとえばカラオケ。狭い部屋に閉じこもって楽曲を流して歌うなんて,日本人は実に滑稽ざんす。そんなミーが,カラオケで部屋に入った時に真っ先にやるのが,履歴を見て前の人が歌っていた曲を確認することざんす。流行の曲から,ロックや演歌,昔のアイドルソングまで選曲はさまざまで,その中にたいてい紛れ込んでいるのがアニソンざんす。
歌いやすい曲が多く,ロングヒットした作品の曲だと幅広い世代に知られている。また,最近では有名なバンドが楽曲を提供することも多い。こうした世間の人々への広がりを考えると,アニソンは一つの文化として定着していると言っても過言ではないだろう。あっ,普通のしゃべり方に戻ってしまった。
そんなわけで,今回の「放課後ライトノベル」ではアニソンを題材にしたライトノベル『アニソンの神様』を紹介するざんす。ちなみに本作のヒロインはミーと同じ海外留学生ざんす。
『アニソンの神様』 著者:大泉貴 イラストレーター:のん 出版社/レーベル:宝島社/このライトノベルがすごい!文庫 価格:650円(税込) ISBN:978-4-8002-0120-1 →この書籍をAmazon.co.jpで購入する |
●ドイツからやって来た「炎の転校生」
幼い頃に見た「ドラゴンボール」を皮切りに日本のアニメを見て育ち,中でもオープニングとエンディングに流れる「アニソン」に強く感銘を受けたドイツ人の少女,エヴァ・F・ワグナー。高校生になった彼女は念願かなってアニソンの本場,日本に交換留学生としてやって来る。
夏休み明けの館陽高校に転入した彼女は,金髪碧眼の可愛らしいルックスと人当たりの良い性格,そしてペラペラの日本語のおかげで,早くもクラスの人気者に。クラスメイトから日本にはるばるやって来た理由を訊ねられ,堂々と答える。
「日本でアニソンバンドを作るためです!」
自分が好きになった歌を自分で歌い,日本の人々にも伝えたい。そして,そのための第一の目標としているのが,秋に開催される館陽祭ライブのステージに参加すること。だが,楽器が弾けるというだけでも希有なスキルだというのに,わざわざアニソンの演奏をしたいという人間はなかなか見つからない。
そんな時,エヴァは空き教室で一人ギターの演奏をしていた入谷弦人(いりやげんと)に出会う。彼が奏でるギターに一目(?)惚れしたエヴァはさっそく弦人を勧誘するも,彼は不機嫌そうな顔であっさり断り,頑なな態度を崩さない。だが,何としてでも彼を仲間にしたいエヴァは,まずほかのバンド仲間を集め,彼が納得できる環境を整えようとする。
●アニソンバンドに「熱烈歓迎わんだーらんど」
そんなこんなでクラスメイトに声をかけたり,ポスターを貼ったりしつつ,メンバーを一人ずつ集めていくことに。
最初に捕まえたのは,同じクラスのドラマー・九条京子(くじょうきょうこ)。女子高生的人間関係を大切にしたい彼女は,アニメが好きなことを周囲には黙ってたが,ふとしたきっかけでその本性をエヴァに見抜かれてしまう。次にやって来たのが,エヴァより1学年下の宮坂琴音(みやさかことね)。バンド経験はないものの,実は彼女は自分で作曲してボカロ動画を作るほどの腕前で,アニソンになくてはならないキーボードを弾きこなす。日本に来て初めての“後輩キャラ”にエヴァは大喜び。
そして最後に参加したのが,ベースの小松孝弘(こまつたかひろ)。元々は軽音楽部でバンドを組んでいたのだが,そのバンドは音楽性の違いという名の,痴情のもつれにより空中分解。アニソンは聴かないけれど,基本的に軽い性格の彼は,エヴァに釣られてノリノリでバンドに加入する。
これで無事,必要なメンバーは集まり,残るはギターの弦人のみ。再び勧誘に行こうとするエヴァだったが,そこで彼女は孝弘の口から不穏な評判を聞かされる。
「皇帝入谷、ひと呼んでコーテリヤ。“バンド殺しのコーテリヤ”ってうちの部じゃ相当有名だぜ?」
●少女が胸に秘めた「ゆずれない願い」
本作はストーリーだけを抜き出せば,バンドメンバー集めに始まって,バンド内の衝突と和解,メンバーが抱える悩みの解消,そしてラストのライブシーンへ,といった具合に,良く言えば王道,悪く言えばぶっちゃけベタである。だが,そう感じさせないだけの勢いと熱量が本作にはある。その原動力となっているのが「アニソン」という題材だ。
アニソンを取り扱っているといっても,決して一方的にベタ褒めしているわけではない。たとえば,弦人はエヴァに向かってアニソンバンドなど色物だと言い放ち,こんなことを言う。
「声優の過剰な演技声、おおげさに飾りたてたサウンド、どれも似たり寄ったりなメロディライン、アニソンなんて所詮アニメの添え物だろ」
うん,こんな奴とはバンド組みたくないね! また京子は,アニソンを歌いたいけどオタクだとは思われたくないので,カラオケでは東方神起やアジカンの「アニソンだけど素人にはなかなか気づかれない曲」ばかりを選んで歌う。河豚は食いたし,命は惜ししである。
こんなふうに作者は,アニソンというものが諸手を挙げて大歓迎されるものではないことを誤魔化さずに書いている。しかし,ドイツ人であるエヴァはそんな日本の複雑な事情を気にしない。アニソンへの真っ直ぐな思いを恥ずかしがらずに前に出し,実在するさまざまな楽曲を使って,アニソンに秘められた多様性や素晴らしさを弦人と読者に向かって伝える。そうやって,好きなものを堂々と好きと宣言し,アニソンバンドを作るという自分の願いにまっすぐ突き進むエヴァの姿は,とても眩しくて魅力的だ。
そして,アニソンを使うことで大きな効果を上げているのが,ライブシーンでの盛り上がりだ。漫画や小説の中で音楽を扱うのはかなり難しい。作中に登場する音を読者が想像で補わなくてはならないからだ。だが,本作に登場する曲はすべて実在のものなので,知ってさえいれば,読者も自然と脳内で再生可能。演奏シーンの迫力ある描写と実際の楽曲の重なりが,ステージの臨場感を読者にダイレクトに伝えてくる。
王道のストーリーを軸に,アニソンという題材と留学生という設定を組み合わせ,5人の青春を鮮やかに描き出した本作は,まさに発想の勝利とでも言うべき一作だ。章タイトルがすべてアニソンの曲名になっているなど小技が効いているのも嬉しい。アニソン好きは迷わず読むべし。
■アニソン好きじゃなくても分かる,実在の楽曲が登場するライトノベル
せっかくなので,ここではバンドを扱った作品を紹介しようと思ったのだが,実は本連載で,すでにいろいろと紹介していたりする。最近だと『天使の3P!』がそうだし,『空知らぬ虹の解放区』の回のコラムでは『脱兎リベンジ』を紹介している。そこで,今回は実在の楽曲が登場する作品を紹介しよう。
『楽聖少女』(著者:杉井光,イラスト:岸田メル/電撃文庫)
→Amazon.co.jpで購入する
一つめは,杉井光の『楽聖少女』。21世紀を生きる日本人の高校生ユキは,悪魔メフィストフェレスの手によって,19世紀初頭のオーストリアへと連れて行かれ,さらに無理やりゲーテの魂と融合させられる……と冒頭から踏んだり蹴ったり。しかもこの19世紀の世界,電話や写真や戦車が発明されていたりと,明らかに文明が進みすぎている。そんな世界を生きる音楽家たちも当然ぶっ飛んでおり,ハイドンは格闘家になっているし,モーツァルトは幽霊だしと,いろいろものすごいが,その中でも一番ハジけているのがベートーヴェン。なんとこの方,14歳の美少女になっておられるのだ。一見やりたい放題だが,当時作られた楽曲や音楽家たちに関する細かいエピソードをしっかり踏まえているのはさすがだ。ベートーヴェンのあの有名な曲が,史実とは違った形で登場する。
次に紹介するのが,美奈川護の連作短編集『ドラフィル! 竜ヶ坂商店街オーケストラの英雄』(メディアワークス文庫)。音大を卒業したはいいものの,プロの楽団に入れず親にも勘当された藤間響介は,叔父の勧めで竜ヶ坂商店街が町おこしのために作ったアマチュアオーケストラに参加することに。そこに所属するのは車椅子の指揮者・七緒を始め,81歳のトランペッター,売れないペットを抱えるホルン奏者,スパンコールを散りばめたドレスでコントラバスを弾くスナックのママなど個性派揃い。七緒からそんな彼らのさまざまな事情を解決するよう命じられ,響介は奔走するハメに。彼らの問題を解決する際に,さまざまなクラシック曲の逸話を絡めてくるのが本作のキモ。また作品全体に散りばめた伏線を,ラストで鮮やかにまとめてくる構成も面白い。2巻が発売されたばかりなので,興味を持った人は合わせてどうぞ。
|
- この記事のURL: