連載
異生物“ガストレア”に敗れた絶望の近未来。「放課後ライトノベル」第105回は『ブラック・ブレット』で滅びの運命に立ち向かう
毎年この時期になると,なぜか3日ほど続けて東京ビッグサイトを見に行く機会があるのだが,そのたびにいつも思うのが「こいつ,有事の際には絶対巨大ロボに変形して戦うに違いない」ということ。だってあのビジュアルですよ。敷地内に鋸とかあるんですよ。変形して戦う以外になんの目的で建てられたというのか。最近は長年愛用してきた東京タワーソードに加え,念願の新武器・東京スカイツリーブレードを入手し攻撃力が大幅にアップ。これで東京近郊の平和は万全だ!
だが,今回の「放課後ライトノベル」で紹介する『ブラック・ブレット』に登場する敵・ガストレアは,実に数千という単位で東京エリアを襲ってくる。これではさすがのビッグサイトロボも多勢に無勢。このままでは東京どころか世界が滅亡してしまう! こうなればビッグサイトに集った20万人くらいの戦士たちの力を借りるしかあるまい。やたら大きい紙袋に夢と得物を詰め,妙に薄い魔道書を携えて,戦え,戦士たちよ! 館内は走らず,マナーを守って行動を!
……ということで,『ブラック・ブレット』を紹介をしていこう。
『ブラック・ブレット4 復讐するは我にあり』 著者:神崎紫電 イラストレーター:鵜飼沙樹 出版社/レーベル:アスキー・メディアワークス/電撃文庫 価格:620円(税込) ISBN:978-4-04-886797-9 →この書籍をAmazon.co.jpで購入する |
●そこは,滅びに瀕した世界――2031年,東京
2021年。人類は敗北した。ガストレア――人知を超えた能力を持つ,異形の怪物たちに。人類はガストレアを退ける金属,バラニウムでできた巨大なモノリスを築き,それらに囲まれた狭い範囲でのみ生きることを余儀なくされた。
それから10年。散発的に起こるガストレア被害への対処は,警察でも自衛隊でもなく民間警備会社(民警)が主となって行われていた。戦士にして監督役のプロモーターと,ガストレアウィルスによって超人的な身体能力を身に付けたイニシエーターとのコンビは,比喩でもなんでもなく,人類の希望となっていた。
プロモーターの里見蓮太郎(さとみれんたろう)とイニシエーターの藍原延珠(あいはらえんじゅ)も,そんな民警の一員だ。社長の天童木更(てんどうきさら)のもと,普段は学生として,非常時にはコンビを組んで事態に対処する。一歩間違えば命を落とす危険極まりない仕事だが,何もないときの彼らは年相応の少年少女そのもの。延珠からの無邪気なアプローチに蓮太郎がたじろいだり,木更が極貧にあえいだり。そんな蓮太郎たちの日常はしかし,ある事件に関わったことを境に大きく変わっていく……。
時に,2031年。日本は東京エリア――かつて東京や埼玉,神奈川,千葉と呼ばれていた地を舞台に,人類の存亡を賭けた戦いが幕を開ける。
●それでも人は相争う。命懸けの死闘は誰がために
正体不明の怪物に人類が滅びの危機に立たされ,それに抗って戦うという設定は,実のところそう目新しいものではない。だが本作の特徴は,そうした世界を非情なまでに描きつくしているところにある。
たとえば,ガストレアウィルスに侵された母親から生まれてきた,赤い目を持つ「呪われた子供たち」。例外なく女性として生まれてくる彼女たちは,ガストレアの恐怖を思い出させる存在として人々に忌み嫌われ,差別されている。それは,人々を守護する立場の延珠たちイニシエーターですら例外ではない。時には一部の過激な思想の持ち主たちによって,取り返しのつかない悲劇が起こることも……。
ほかにも民警と警察,自衛隊との軋轢や,終戦後を見越した権力争いなど,諍いの種はそこかしこに転がっており,本当の敵はガストレアではなく人間なのではないか,と思えてくるほど。
だがそれでも,ガストレアが人類最大の敵であることに違いはない。会話も交渉の余地もない連中が,思うがまま人を,大地を蹂躙する様は酸鼻極まるもの。歴戦の勇士として威風堂々登場したキャラクターが,数十ページのちに無残な姿で屍をさらすことも珍しくはない。
そんなガストレアに抗う蓮太郎たち民警の戦いぶりもまた,超人的な域に達している。格闘術に抜刀術,狙撃術。銃器に刀剣と,スタイルは違えどその強さは例外なく一騎当千。プロモーターとイニシエーターは互いに支え合いながら,人類の仇敵たるガストレアと渡り合う――そう,自らの肉体で。そうしたけれん味こそが,本作の魅力であり,また希望であると言えよう。
●絶望の中にほの見える,一縷の希望を信じて
人の醜さをさまざまな形で目の当たりにしつつ,ささやかな幸せを糧に戦い続ける蓮太郎たち。そんな彼らのもとに,史上最大の危機は何の前触れもなく訪れる。東京エリアを囲むモノリスの一つが,高位ガストレア・アルデバランの手によって侵食されたのだ。
このままではモノリスは倒壊し,ガストレアの侵入を許したが最後,東京エリアは文字どおり死の世界へと変わる。蓮太郎たち民警に下された任務は「モノリス倒壊から代替モノリス建造までの3日間,ガストレアの侵入を阻止せよ」。ここに,東京エリアの命運を賭けた「第三次東京会戦」が幕を開ける。
この期に及んでなお反目しあう自衛隊と民警。絶望的な未来を前に暴走する民衆。目前に迫る敵の圧倒的な物量。そんな中,蓮太郎は隊内の規律を乱した責を問われ,たった一人でガストレアがたむろするエリア外へと放逐される……。周囲のありとあらゆる物事が蓮太郎たちの意気をくじき,敗北という闇の中へ叩き落とそうとする。そこにあるのは,「苦戦」などという言葉では生ぬるい,文字どおりの地獄だ。屍山血河を踏みしめながら,引鉄を引き続ける蓮太郎の姿が,読み進める手を途中で止めることを許してくれない。
終わらない悪夢がないように,死闘にもいつかは終わりのときが来る。だがそこで待っているのは,爽やかとはとても言い難い,苦い結末だ。望まずして英雄に祭り上げられる蓮太郎。癒されることのない木更の妄執。そして,刻一刻と迫る延珠の身体の限界点……。無数の謎と不穏な空気を孕みながら,物語はさらに先へと続いていく。
希望と呼べるものはいくらもない。目の前に立ちこめるのは,一寸先すら見えない暗雲。しかし,だからこそ,誰もがその先に幸福な未来が生まれると願わずにはいられない。『ブラック・ブレット』とは,そんな滅びと希望の物語なのだ。
■ガストレアじゃなくても分かる,神崎紫電作品
ライトノベルでは,ほとんどのレーベルが新人作家を発掘する場として新人賞を開催している。各レーベルを支えるのはそこから輩出された生え抜きの作家がほとんどであり,ほかのレーベルからデビューした作家を招き入れる割合は比較的少ない。わけても電撃文庫はとくにそうした例が少ない傾向にあるが,『ブラック・ブレット』の著者,神崎紫電はその数少ない例外の一人である。
『マージナル』(著者:神崎紫電,イラスト:kyo/ガガガ文庫)
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神崎紫電は1985年8月生まれ,北海道出身。デビュー作はガガガ文庫『マージナル』。先々週に受賞作を紹介した小学館ライトノベル大賞の,栄えある第1回の大賞受賞作であり,2007年5月に創刊されたガガガ文庫の創刊ラインナップの一角を担った。
殺人や拷問を嗜好する者たちが集まるアングラサイトの管理人という裏の顔を持つ,高校2年生の摩弥京也。ある日,彼のクラスメイトが町で起こっている連続バラバラ殺人事件の犠牲となる。あるきっかけから犯人に命を狙われることになった京也は,殺されたクラスメイトの妹と共に,犯人と対決しようとする……。正常と異常の境界に立つ人間――境界人間(マージナル)たちが織りなすサイコ・サスペンス。キャラクターの「死」を容赦なくこちらに突きつけてくる凄惨な死体描写は『ブラック・ブレット』にも通じるものがある。
ガガガ文庫ではもう一作,『恋のキューピッドはハンドガンをぶっ放す。』という作品が刊行されている。こちらは前作とは打って変わった学園ラブコメ。日本の一般常識を知らない傭兵上がりの少女が,自身が仕える財閥の御曹司のために恋のキューピッドになろうとする。あとがきにも書かれているが,物語展開は違えど「男女逆転版『フルメタル・パニック!』」といえば何となくの雰囲気は伝わるかもしれない。
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