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孤島で開催される謎のリアル脱出ゲーム。「放課後ライトノベル」第93回は『楽園島からの脱出』で夏休みの思い出づくり……?
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印刷2012/05/26 10:00

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孤島で開催される謎のリアル脱出ゲーム。「放課後ライトノベル」第93回は『楽園島からの脱出』で夏休みの思い出づくり……?



 脱出ゲーム。特定の空間に閉じ込められたプレイヤーが,ゲーム内に配置されているヒントやアイテムを集めることで,文字どおりその空間からの脱出を目指すゲームだ。作りと設定がシンプルなこともあり,Web上には有志によって作られた無料でプレイできる脱出ゲームも多数ある。一見すると簡単そうに見えるのだが,どれも手が込んでいてそう簡単には攻略できず,意外とはまってしまう。

 それをさらに発展させたのが「リアル脱出ゲーム」だ。何がリアルかというと,舞台が現実なのである。実際に複数の参加者を集め,マンションの一室から遊園地や野球場までさまざまな場所を会場にし,そこから参加者が知恵を絞って脱出しようとする大規模なアトラクションとなっている。FPSで飽き足らなくなった人がサバイバルゲームに手を出すようなものだろう。具体的にどのようなものかは,4Gamerの「こちら」の記事でも紹介しているので,合わせてご参照いただきたい。

 そして今回の「放課後ライトノベル」で紹介するのは,そんなリアル脱出ゲームを題材にした『楽園島からの脱出』だ。しかし,ゲームとしては面白そうだが,それが小説になった時,果たして面白いものになるのか? そう考える人もいるだろうが安心してほしい。本作を手がけるのは特定のゲームを題材に,これまでさまざまな小説を手がけてきた土橋真二郎だ。実際のゲームに勝るとも劣らない,緊張と興奮の物語がここに幕を開ける。

画像集#001のサムネイル/孤島で開催される謎のリアル脱出ゲーム。「放課後ライトノベル」第93回は『楽園島からの脱出』で夏休みの思い出づくり……?
『楽園島からの脱出』

著者:土橋真二郎
イラストレーター:ふゆの春秋
出版社/レーベル:アスキー・メディアワークス/電撃文庫
価格:620円(税込)
ISBN:978-4-0488-6597-5

→この書籍をAmazon.co.jpで購入する


●高校生活,最後の夏休みの思い出になるはずが……


 一般の生徒から参加者を募り,リアルなゲームを開催することを目的とした「極限ゲームサークル」。高校生活最後の夏休みを目前に控えた彼らのもとに,活動のスポンサーとなっているOBから,ラストゲームの企画が持ち込まれる。

 ゲーム名は「ブリッツ」。会場不明。具体的な内容は不明。期間も不明。参加費は必要なく,それどころか賞金まで出るという。もう,いろいろと怪しい。こんなうさんくさい話にほいほい乗っかると,負けたら別室行きのじゃんけんゲームとかに参加する羽目になるので気をつけてほしい。しかし極限ゲームサークルの活動に参加経験のある生徒たちは,ゲームがもたらすスリルと興奮に魅せられ,進んでゲームに参加しようとする。若さゆえの過ちである。かくして,50人ずつの男女,計100名が集められ,彼らは行き先不明の船に乗せられた。

 船上で明かされた「ブリッツ」の内容は,孤島を舞台に,数日のサバイバル生活を行い,島の中に隠されたアイテムを手に入れ,無事に脱出できれば賞金を獲得できるというもの。サバイバル生活と脱出ゲームをミックスさせたような内容だ。それに加えて,女子にだけ特別な腕輪とベルトの装着が義務付けられるし,島内には巨大な檻や,触れると電流の流れるぬいぐるみなど,きな臭い設備が満載である。果たして,このゲームに隠された真の目的とは何なのか……?


●ゲームに参加する高校生たちの横顔は?


 本作で登場するゲームには100人もが参加しているので,当然ながら登場人物は多く,また複数の人物にスポットを当てた群像劇的な要素を含んでいる。その中でも物語の中心に位置するのが,沖田瞬(おきたしゅん)。元々ゲーム好きで,これまでの脱出ゲームでも最速レコードを何度も作り出している。その秘訣は,予想外の状況に追い込まれても的確に情報を処理する判断力と,目的のためなら他人の心を平気で踏みにじることのできる冷静な決断力。ゲームをクリアするためには手段を選ばず,女子に対してここでは書けないようなことさえ平気で行う,ダークヒーローのような側面を持つ。

 一方,そんな沖田とは異なり,場を収め,常識的に行動しようとするのが,極限ゲームサークル部長の斉藤進一(さいとうしんいち)。ゲームサークルの部長ということもあって,「ブリッツ」参加者の意見をまとめたりもするが,本来はインドア派なので島内での集団生活に神経をすり減らしてしまう,ちょっぴり損な役回りだ。普通のライトノベルならば主人公となってもおかしくないのだが……今後の活躍に期待したい。ほかにもオタク系男子の志田やDQN風男子の須藤がいるが,男子の話ばかりしていてもしょうがないので,女子の紹介もしておきたい。

 まずは極限ゲームサークルの部員である神楽坂愛菜(かぐらざかまな)。ゲームに対して消極的な態度を取る女子が多い中で,積極的にゲームに参加していく行動派だ。人間観察が趣味であり,心理学的分析などを用いて他人が言われたくないことをズバズバ言ったりもする。ほかにも,学校では委員長を務めており,女子達のまとめ役になろうとする中野香緒里(なかのかおり),内向的で他人に依存しがちな花穂結羽(かすいゆう)など,さまざまなタイプの女の子が揃っている。


●ゲームの背後に隠された,甘く危険な誘惑


 そんなわけで健全な男女100人が無人島に閉じ込められ,最初の内はレクリエーション感覚で和気藹々とゲームが進められていくのだが,そんな平穏も長くは続かない。その原因となるのが,このゲームには賞金という具体的な金銭が絡んでくること。特定のアイテムを持って脱出できれば,百万円以上の賞金を手にすることができる。当然,中には自分だけで賞金を独占しようとする者も現れる。

 さらに女子にだけ特別に与えられた「武器」も存在するなど,明らかに参加者同士の対立を煽った仕掛けになっている。しかも島内には,この手のゲームには必要不可欠な審判が存在せず,何か問題が生じてもその場にいる人間だけで対処しなければならない。プレイヤー間の対立がゲーム内で済んでいるうちはまだいいが,一歩間違えればゲームそれ自体が崩壊する可能性を常にはらんでいるのだ。そんな中でゲーム参加者それぞれが,思い思いのことを考える。

 もちろん,みんなで無事に脱出しようと考える者もいるが,大半の人間は自分にとって都合の良い展開に持っていこうと策をめぐらす。果たしてこの状況がどう転がっていくのか? こうした生々しい感情を描いた心理戦こそが,土橋真二郎の真骨頂である。そして,もう一つ特筆しておきたいのが,本作のどことないエロさ。それも天然のヒロインが胸を押し当ててくるとか,そういう分かりやすいエロさではなく,全体的にじっとりとしたエロチックな雰囲気が漂っているのである。

 夏でビーチな無人島で,思春期の男女が保護者なしで100人。さらにゲームにおける男女の役割が異なるため,男女は基本的にペアとなって行動しなくてはならない。しかもゲーム内では舞台となる孤島がエデンの楽園に例えられており,「あなた方がこの楽園でどう過ごすかは自由です。欲望に身を委ねるのもよし、厳格なルールに従うのもよいでしょう」と扇情的なメッセージまで残されていたりもする。無事にゲームが成立している間は健全な関係を保っていられるが,そのバランスは危うく,ひとたび崩れたらただごとではすまないだろう。

 と,いろいろと期待させてくれる作品だが,まだ1巻なので説明に割かれた部分も多く,物語が本格的に動き出したところで終了といった感じなのが惜しい。一刻も早く新刊を出して,ゲームの終わる瞬間まで読ませてほしいと思わされる一作だ。

■無人島に閉じ込められなくても分かる,土橋真二郎作品

『殺戮ゲームの館〈上〉』(著者:土橋真二郎/メディアワークス文庫)
→Amazon.co.jpで購入する
画像集#002のサムネイル/孤島で開催される謎のリアル脱出ゲーム。「放課後ライトノベル」第93回は『楽園島からの脱出』で夏休みの思い出づくり……?
 著者の土橋真二郎は第13回電撃ゲーム小説大賞金賞を受賞した『扉の外』で,2007年にデビュー。こちらの作品も,とある施設に閉じ込められた高校生たちが,そこで独自のゲームを繰り広げるという内容。その後も,『ツァラトゥストラへの階段』『ラプンツェルの翼』で,オリジナルのゲームをモチーフにした作品を手がけている。
 土橋真二郎の最大の魅力は,こうしたゲームを通じて描かれる心理戦にある。甘酸っぱい恋心や熱く燃える友情などを遠くへ放り投げ,極限状態に追い込まれた人間のドス黒い感情を生々しく描いている。また,オリジナルのゲームではなく,既存のゲームをモデルにしているのが『殺戮ゲームの館』だ。
 オカルトサークルに所属する大学生たちが,集団自殺が起こった廃墟を訪れ,惨劇に巻き込まれる……と書くと,ありがちなホラー小説に思われるが,そうではない。そこで展開されるのは,「汝は人狼なりや?」をモチーフにした犯人捜し。疑心暗鬼に陥った大学生たちの心理描写は圧巻。複数人数による心理戦を描かせればライトノベルで随一の作家なので,『カイジ』や『ライアーゲーム』が好きな人はぜひ手に取ってほしい。

■■柿崎憲(ライター/リアル脱出ゲーマー)■■
『このライトノベルがすごい!』(宝島社)などで活動中のライター。この一週間,近所のラーメン屋と深夜のコンビニに行く以外は,自分の部屋から脱出していないという柿崎氏。そんな柿崎氏のお気に入りの脱出ゲームは,『それでも町は廻っている』の作者である石黒正数が作った「隠し部屋」。「のほほんとした漫画のイメージとは異なる描写も多数あり,夜中にプレイするとマジおっかないです」と,いたってまともなコメントを寄せてくれました。ゲームのことはともかく,もっと自室から脱出したほうがいいと思いますよ。
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