連載
沖縄で始まる破滅へのカウントダウン。「放課後ライトノベル」第88回は『サイハテの救世主』で世界の滅亡を食い止めろ!
問おう,貴方が私のマスターか(挨拶)。
いやあ,アニメ版「Fate/Zero」第2期,ついに始まりましたね。第1話からいきなりクライマックス! という感じでテンションだだ上がりですよ。しかし原作で展開を知っているとはいえ,さっそく惜しい人を亡くしたもんです。もうあの「竜之介ェ!」「COOLだよ旦那ァ!」が聞けなくなると思うと……(合掌)。
ところで知人曰く,筆者はサーヴァントでたとえるとアーチャーだそうな。なぜなのかはよく分からんのですが,あの人の宝具を持ってるといろいろ便利そうですな。宝具の中には原稿を自動筆記してくれるペンとかも多分あると思うし。そして慢心した結果,締切をぶっちぎると。フハハ,慢心せずして何が王か! ……はっ,貴様は担当編集(マスター)! そしてその手に輝くのは……!
というわけで,令呪を使って強引に締切に間に合うように書かされた今回の「放課後ライトノベル」では,アニメ化もされた人気作『ムシウタ』の著者が贈る新作『サイハテの救世主』を紹介する。金ぴかだったり態度がでかかったりでいまいち英雄っぽくない英雄王に対し,本作で登場するのはガチの英雄です。
『サイハテの救世主 PAPER I:破壊者(デモリッシャー)』 著者:岩井恭平 イラストレーター:Bou 出版社/レーベル:角川書店/角川スニーカー文庫 価格:650円(税込) ISBN:978-4-04-100213-1-C0193 →この書籍をAmazon.co.jpで購入する |
●真夏の沖縄に,若き救世主が降り立つ
夏,沖縄。日本の南端であるこの地に,1人の少年が降り立った。彼の名は沙藤葉(さとうよう。半額弁当の変態ではない)。彼はある目的を秘め,アメリカはペンシルヴァニアからこの地へとやってきたのだった。
自らを天才と称し,誰に対しても不遜な態度を崩さず,他人を寄せ付けようとしない葉。しかし沖縄の地で出会った人々は,そんな彼のプライベートにずかずかと入り込んでくる。隣家に住む快活な少女・濱門陸(はまじょうりく)。自称アイドルの金髪少女・バウスフィールド照瑠(てる)。夏生(なつき)・春正(はるまさ)の兄弟に,陸の親友の佳織(かおり)。オバァにゴーヤー爺にオッカァ……。
異邦人である葉にも屈託なく接してくる彼らに大きくペースを狂わされながらも,葉は当初の目的――ある論文を完成させようとする。その論文こそ,世界を救済するための鍵。世界を破滅へと導く“破壊者(デモリッシャー)”を阻止するためのものだった。
かくして最果ての地にて,世界の運命を左右する物語が幕を開ける――。
●最果ての楽園に忍び寄る,世界崩壊の足音
沖縄と言われて浮かぶイメージは人それぞれだろうが,穏やかでのんびりとした南国の雰囲気を思い浮かべる人は少なくないだろう。この『サイハテの救世主』でも,そうした沖縄独特の風土はしっかり描写されている。沖縄を舞台にしたライトノベルというと,過去にも本連載で『あそびにいくヨ!』を紹介しているが,宇宙人という超自然的な要素がないぶん,『サイハテの救世主』ではさらにじっくりと「沖縄感」が味わえるだろう。
物語は南国の晴空にも似た爽やかさを伴いながら進んでいくが,それを覆い隠そうとするかのように少しずつ暗雲が立ち込めていく。自分は“破壊者”を止めるために沖縄に来た。だが,果たしてそれは本当なのか? ふとしたことから,過去の記憶が曖昧であることに気づいた葉は,次第に己の存在に疑問を抱き始める。そして,時を同じくして彼のもとに訪れる,過去からの使者……。
平穏な日常風景が描かれる前半から,サスペンスフルな後半へ。世界滅亡へのカウントダウンが進む中,吹き荒れる嵐と共に,葉の想いも激しく揺れ動く。本作の舞台が沖縄である,沖縄でなければならなかった理由も明らかになる終盤は,読み終えるまで本を閉じられなくなる勢いだ。
●世界を救う英雄に,救いは訪れるのか?
ライトノベルに限らず,フィクションの中ではたびたび「天才」や「英雄」と呼ばれる存在が活躍し,物語を動かしていく。彼らの活躍はしばしば,その才能に対する称賛や,畏敬を伴って華々しく語られる。だが,そうした評価を,当の天才や英雄たちは,必ずしも当然のことと受け止めているわけではないのではないか。彼らには,彼らにしか分からない苦悩があるのではないか。本作ではそんな,天才や英雄たちの,人間としての一面にフォーカスが当てられる。
世の凡人たちは,時として天才や英雄という存在を,自分たちとは異なる,超人であるかのように扱う。だが彼らとて,1人の人間であることには違いないのだ。周囲からの多大な期待や,巨大なプレッシャーに負けてしまいそうになることもあるだろう。しかもその苦悩を,凡人たちは理解できない。天才たちはどんなに苦しくても,その苦しみを誰かと分かち合うことすらできないのだ。
もっとも作中で描かれる沖縄の空気は,そんな天才たちの鬱屈すらも包み込み,癒してくれるかのようである。超最先端の論理による世界レベルの陰謀と,「お気楽極楽」という言葉が似合いそうな南国の楽園という,一見するとミスマッチな組み合わせが最後には見事に意味を成す『サイハテの救世主』。また1つ,続きが楽しみなシリーズが生まれた。
■救世主じゃなくても分かる,岩井恭平作品
著者の岩井恭平は,第6回角川学園小説大賞・優秀賞を受賞した『消閑の挑戦者 パーフェクト・キング』で2002年にデビュー。同作から始まる一連のシリーズは,非凡な才を持つひと組の少年少女が,毎巻さまざまな分野の天才が示したゲームや難題に挑んでいくというストーリー。『サイハテの救世主』が天才の鬱屈を描く作品なら,こちらは天才の天才たる一面がフルに発揮された,天才たちの競演ともいえる作品となっている。既刊3巻。
『ムシウタ 01.夢みる蛍』(著者:岩井恭平,イラスト:るろお/角川スニーカー文庫)
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デビュー第2作にして著者の代表作が,2007年にアニメ化を果たした『ムシウタ』。人の持つ夢を喰らう代償として,その人間に超常的な能力を与える“虫”を宿した人々――“虫憑き”たちが織りなす現代ファンタジー。本編の前日譚にあたる『ムシウタbug』を含め,既刊20巻を数える長編シリーズとなっている。物語は主に薬屋大助,杏本詩歌という2人を軸に展開するが,巻数増加に伴って多数のキャラクターが登場し,それぞれにドラマが用意されるという,群像劇としての一面も持っている。現在『ムシウタbug』が完結し,本編のほうもクライマックス間近。待望の次巻は今夏刊行予定とのこと。
そのほか近年では映画「サマーウォーズ」のノベライズを執筆したり,漫画原作を手掛けたりと活動の場を広げている。
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