連載
空気は読みません。「放課後ライトノベル」第61回は『灼熱の小早川さん』で粛々と凡愚共を粛清していきます
導入して以来,すっかりtorneがアニメ視聴専用機と化している筆者だが,たまには別のものも見なければ! と思うこともある。そんなわけで最近は「仮面ライダーフォーゼ」を見ているわけだが(ここ突っ込むところです),これがめっぽう面白い。
ただでさえ宇宙というテーマにはロマンがあるうえに,メインの登場人物が高校生なので,作品全体から非常に前向きな雰囲気が感じられる。フォーゼのギミックもかっこよく,
もっとも,それはドラマの中だけの話で,現実はそうそううまくはいかない。残念なことに,スクールカーストというものは現実にも存在し,そしてそれはドラマのように簡単に解消できるものではない。むしろ,それが目に見えない「空気」によって作られるぶん,「フォーゼ」に見られる露骨なものより余計にたちが悪いと言えるかもしれない。
今回の「放課後ライトノベル」で紹介する『灼熱の小早川さん』は,そんなクラス内の「空気」に戦いを挑んだある女子生徒と,それに図らずも関わることになった主人公の物語だ。カルト的な人気を誇る作家による,歪んだ学園恋愛ものがここにある。
『灼熱の小早川さん』 著者:田中ロミオ イラストレーター:西邑 出版社/レーベル:小学館/ガガガ文庫 価格:600円(税込) ISBN:978-4-09-451291-5 →この書籍をAmazon.co.jpで購入する |
●そつない系少年の前に現れたのは,炎の剣を手にした少女
県内でもトップレベルの進学校,県立今野高校。春,新たに1年B組の一員になった飯嶋直幸(いいじまなおゆき)は,持ち前の器用さと如才なさで,入学から3日後,早くもクラスでの居場所を確保していた。と,そのとき,直幸が初めて見るクラスメイトが教室に現れる。体調不良という理由で,その日が初登校となった彼女――小早川千尋(こばやかわちひろ)の手に,直幸は“炎の剣”が握られているのを幻視する。
校則厳守の権化である千尋は,クラスメイトの飲酒をためらいなく教師に告げ口する,合コン(不純異性交遊で校則違反)に誘ってきた相手を容赦なく罵倒する,といった行動を繰り返し,あっという間にクラス内で孤立する。決して曲がることのない千尋の強い信念は,クラス代表に就任したことでさらに先鋭化。クラスの皆に,ゆくゆくは学校の全員に校則を厳守させようと,あの手この手で同級生たちを厳しく締めつけていく。
激しさを強める千尋の“圧政”に対し,仲間たちは直幸に,千尋のコントロール役としてクラス副代表になってくれと懇願する。仕方なくその頼みを引き受け,千尋と関わることになった直幸だが,逆に千尋に感化されるようになり……。
●クラスを支配する「空気」に立ち向かった,少女の悲痛な戦い
日々トラブルが起きないよう,誰とでもそつなく接する「平凡な」直幸。頑固で規則にうるさく,これと決めたらてこでも動かない千尋。と,これだけ書けばいかにもそのへんにいそうなライトノベルのキャラクター……なのだが,それを一つの記号としてではなく,一人の人間の性質として突き詰めて書いたところに本作の生々しさ,嫌らしさがある。
作中で描かれる千尋の行動は,明らかに「空気の読めない」もので,周囲のクラスメイトが鼻白むのも無理はない,と思わず彼らに肩入れしたくなってしまう。だが千尋の目をとおして見たクラスメイトたちはどうしようもなく愚かで醜悪なので,読んでいてどうしても居心地の悪さを感じてしまう。はじめは雰囲気に流されるままだったのが,千尋に接するようになって考えをがらりと変えるという,直幸の変化がそれを浮き彫りにしている。
普通ならその後,他人に迎合することをよしとせず,孤高の戦いを挑んだ2人が周囲の心を動かして勝利,となりそうなところだが,現実もしくは本作はそう甘くない。度重なる嫌がらせや,クラスメイトからの悪意にさすがの千尋も徐々に疲弊し,心を弱らせていく。中盤から終盤にかけての,彼女の転落っぷりには目を覆いたくなるばかりだ。
そうして明らかになるのは,千尋もまた,一人の弱い人間だったということ。傷ついた心に何重もの包帯を巻いて,正論という名の刃を振るい続ける,少し正義感が強すぎただけの,ただの少女。そんな彼女に,直幸は何をしてやれるのか――その答えが出たとき,物語はクライマックスを迎える。
●あなたの手に,“炎の剣”はありますか?
恋愛もの,青春もの,人によってさまざまに読める『灼熱の小早川さん』だが,筆者はあえて,一種のホラーとして本作を紹介したい(ちなみに本書の帯には「ヒロイン観察系ラブコメ」とあるが,ラブはともかくコメではないと思う)。
作中では,ある意味物語の黒幕と言える1年B組について,たびたび以下のような評が下される。「個々人はいい奴らなのだが,全体としてはどうしようもなくダメなクラス」。彼らをそんな理解不能な存在に変えてしまったのが,ほかでもない「空気」だ。きっかけは些細なものかもしれない。だが一人,また一人とそれに同調することで,いつの間にかそれに逆らえない空気ができてしまっている。自覚のない悪意ほど恐ろしいものはない,という先人の言葉に従えば,そこから感じるのは間違いなく恐怖だ。
正体が見えない,何が原因かすらも分からない,「空気」なる巨大な「敵」。それに対抗するには,炎の剣の一つでも持ち出さなければとてもやっていられないのかもしれない。ともすれば超展開にも思える結末も,せめてフィクションの中では空気に対抗したい,という思いの表れなのかもしれない。
決して万人におすすめできる作品ではない,と書くのは簡単だ。しかし,多かれ少なかれ場面に応じて空気を読みながら生きることを強いられる我々にとって,「1年B組」は決して異世界ではない。空気に溶け込んでその一部と化すか,炎の剣で空気を切り払いながら生きるか。それは,我々一人ひとりの意志にかかっている。
■空気が読めなくても分かる,田中ロミオ作品
著者の田中ロミオはもともと,アダルトゲームを中心に活躍するシナリオライター。小説家としてのデビューは,2007年のガガガ文庫『人類は衰退しました』だが,当時すでにゲーム方面では「CROSS†CHANNEL」(FlyingShine),「ユメミルクスリ」(ruf,企画担当)などでカルト的な人気を得ており,デビューにあたって大きな話題を呼んだ。その後も小説,ゲームシナリオ双方面で精力的に活動。最近は竜騎士07(「ひぐらしのなく頃に」「うみねこのなく頃に」),都乃河勇人(「リトルバスターズ!」)といったそうそうたるメンバーと共に「Rewrite」(Key)のシナリオを担当している。
『AURA 〜魔竜院光牙最後の闘い〜』(著者:田中ロミオ,イラスト:mebae/ガガガ文庫)
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作風としては,多分にブラックさを含んだ独特のユーモアが特徴。アニメ化企画進行中の代表作『人類は衰退しました』は,衰退した旧人類の代わりに「妖精さん」が新人類となった世界でのほのぼのファンタジーだったが,2作目の『AURA 〜魔竜院光牙最後の闘い〜』は一転して「中二病」をテーマに据えた学園コメディ。スクールカースト的な描写は『灼熱の小早川さん』にも通じるものがある。
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