連載
『とらドラ!』竹宮ゆゆこの新シリーズがスタート! 「放課後ライトノベル」第11回は『ゴールデンタイム1 春にしてブラックアウト』で大学デビュー
SF界のジョークにこんなものがある。
「SFファンの平均年齢は毎年1歳ずつ上昇する」
若いファンがなかなか増えないSF業界を皮肉ったジョークであるが,それと同時にこのジョークは,一度SFファンになった人たちはいつまで経ってもSFから足抜けできないということも意味しているのだ。
さてそれでは,ライトノベル界隈はどうだろうか? ライトノベルは一般的に中高生向けのジャンルと言われている。中には歳を取ったので卒業するという人もいるだろう。
しかし,一度好きになったものからはなかなか離れづらいというのも事実。それを考えれば,大学生がライトノベルを読むというのも決して珍しい話ではない。
その証拠に先日の東大生協の売り上げランキングでは,MF文庫Jの『僕は友達が少ない』(著:平坂読)が一位を獲得していた。天下の東大生だって読むのだから,大学生がライトノベルを読んでも何も問題はないだろう。大学生や社会人がライトノベルを読むのも,今やまったく普通のことになったのだ。
そういうわけで今回の「放課後ライトノベル」で紹介するのは,大学生活を舞台にした作品,『ゴールデンタイム1 春にしてブラックアウト』。
著者は『とらドラ!』でおなじみの竹宮ゆゆこ。書き下ろしでの新刊は約一年半ぶりで,待っていたファンも多いはず。っていうか俺が待ってた! すっごく待ってた!
『ゴールデンタイム1 春にしてブラックアウト』 著者:竹宮ゆゆこ イラストレーター:駒都えーじ 出版社/レーベル:アスキーメディアワークス/電撃文庫 価格:557円(税込) ISBN:978-4-04-868878-9 →この書籍をAmazon.co.jpで購入する |
●ヒロインは完璧美人? ヤンデレ? それとも……
物語の主人公は多田万里(ただばんり)。都内の大学に合格し,静岡から上京することになったピッカピカの一年生。しかし,寝坊のため,入学式に遅刻寸前で参加したことがきっかけで,早くも一人ぼっちの危機に陥ってしまう。
そんな状況で,万里は同じく一人ぼっちの状況になっていた柳澤光央(やなぎさわみつお)と出会う。学部が一緒だったことや,二人とも似た境遇だったこともあって,万里と光央は意気投合する。
だが,そこで二人の前に突然現れたのは,純白のワンピースに身を包み薔薇の花束を持った美女――加賀香子(かがこうこ)だった。
万里は突然現れた完璧な美女に意識を丸ごと持っていかれるが,香子はそんな万里を花束でひっぱたき,さらに光央を花束で何度も殴りつけた後,花束を押し付けて去っていく。
光央の話によれば,香子の昔からの夢は「みつおとけっこんする」ことで,自分と光央が結ばれることが運命だと固く信じている。さらに自分が考える「完璧な人生のシナリオ」を光央に押し付けようとするし,光央がほかの女と仲良くすればその仲を裂こうとする。こうして見ると,けっこうアレな性格だ。
そんな香子の執拗な求愛から逃げるため,光央はわざわざエスカレーター式の進学をやめ,別の大学を内緒で受験したのだが,お嬢様である香子は親の権力を利用しその情報をひそかに入手して,光央を追って同じ大学を受験する。やっぱりアレな人だ。
しかし,同じ大学に入学したものの,徹底的に香子を避けようとする光央の努力によって香子は光央に近づけないでいた。さらにその完璧すぎる外見のために,周囲に馴染めずに浮いてしまう。
そんな香子の様子を不憫に思った万里は,香子が少しでも大学に馴染めるようにと一緒にオールラウンドサークルの新歓合宿に参加しようとするのだが,そのサークルの正体は怪しげな宗教サークルで……。
外見は完璧美人,中身はややストーカー気味な香子だが,光央以外の人と話すときは結構普通だったりする。しかし光央と話すときだけは完璧な自分を意識しすぎるあまり,いろいろと空回りしてしまう。光央に対してつい高圧的な態度を取ってしまう姿と,そのたびごとに猛烈に反省する香子の姿は,ギャップも相まって大変可愛らしい。
また,香子の外見に騙されてるのではないかと疑いつつも,周りから浮いている香子と距離を詰めていこうとする,お人よしの万里の姿も好感触だ。二人の関係は今後どのように進展していくのか?
●大学生活どうでしょう?
大学の人間関係は,中学や高校と違い,必ずしも毎日同じ人間と顔を合わせるということもないので,かなり流動的だったりする。一歩間違えれば毎日のランチをトイレで過ごすことにもなりうる過酷な世界(?)なのだ。
しかし,裏を返せばより多くの出会いがあるということでもある。
多田万里も,ひょんなきっかけから「日本祭事文化研究会」,通称おまけんに所属する一つ上の先輩のリンダ(本名:林田奈々)と親しくするようになり,ほかにもちょっと天然が入ってる森ガールの岡千波(おかちなみ),茶道部の新歓で三次元に絶望して,二次元に理想の女性を追い求めるようになった男,通称“二次元くん”など,一癖も二癖もある人物との出会いを経験する。
また著者独特の鋭い観察眼によって,入学式における親との微妙な距離感や,多種多様なサークルの怒涛の新歓ラッシュ,キャンパス内でたまたま友人に出会ったときのちょっと嬉しい感じなど,大学生活ならではの日常を上手に切り出して見せるのも印象的だ。
大学生の人は,初めての大学生活に戸惑う万里の様子に感情移入し,中高生の人は大学生活とはどんなものかを覗き見る感じで読んでみるとよいのではないだろうか。
●安心して読めるいつも通りのラブコメ……じゃない?
そして,『ゴールデンタイム』には,舞台が大学になっただけではなく,これまでの竹宮ゆゆこの作品とは違う大きな特徴がある。
それはこの物語の語り部である“俺”の存在だ。
主人公の万里を見守り,幽霊のように彼の周りに漂う“俺”。その“俺”の正体は本人曰く「俺は,いうなれば幽霊のようなもの。かつての名前は多田万里」。
これまでの竹宮ゆゆこの作品は,宇宙人も未来人も超能力者も存在しない,現実に基づいた物語が展開されていた。しかし,『ゴールデンタイム』ではそうしたこれまでの流れを破り,超自然的な存在――幽霊となった万里の存在が前面に押し出されている。
はたして,幽霊となってしまったもう一人の万里が今後どのように物語に関わっていくのか。しかも,本作のラストでは思わず声を上げてしまいそうな仕掛けも用意されている。果たしてこれらの要素が今後の展開にどのように絡んでくるのか。
物語はまだまだ始まったばかり。これからどのような物語が紡がれていくのか。これまでの竹宮ゆゆこ作品とは一味違う『ゴールデンタイム』の今後に要注目だ。
■ちょっとアレな人もそうでない人もすぐ分かる,竹宮ゆゆこ作品
著者・竹宮ゆゆこは2004年に,『電撃hp SPECIAL』に掲載された,『うさぎホームシック』でデビュー。翌年,『うさぎホームシック』と続編の『氷点下エクソダス』が収録された,『わたしたちの田村くん』が電撃文庫から発売され,それぞれの思いが交錯する三角関係と,1巻のラストの衝撃的な展開によって高い評価を得た。
『とらドラ!』(著者:竹宮ゆゆこ,イラスト:ヤス/電撃文庫)
→Amazon.co.jpで購入する
さらにその翌年の2006年には,『とらドラ!』がスタートし,本作はアニメ化やゲーム化もされる大ヒット作になった。また本編がアニメの最終回とタイミングを合わせて,好評のうちに完結を迎えたのも印象的だった。
竹宮ゆゆこ作品の特徴は,それぞれの登場人物たちが,さまざまな思いを抱きながらも,関係性の変化を恐れ素直になれずにいる姿を描き出してみせるところであろう。彼らが互いの気持ちに気付きながらも,素直になれず思い悩む様子は,読んでいてもどかしくも甘酸っぱい気持ちにさせられる。そして何より,一歩間違えればドロドロしそうな人間関係を,決して重々しくさせずに,グイグイ読ませてしまうユーモラスな文章も大きな魅力の一つだ。
ちなみに,主人公の年齢は『田村くん』が中学生,『とらドラ!』が高校生,『ゴールデンタイム』では大学生と読者の成長に合わせるかのように右肩上がりだったりする。これから読み始めようという人は,登場人物の年齢をチェックしながら,それぞれの違いを確認してみると面白いかもしれない。
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とらドラ・ポータブル!
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