レビュー
「CPU&GPU Unlocked」とはどういうことか。オーバークロック動作を検証してみる
A8-3870K/3.0GHz
発表に合わせてお届けしたテストレポートでもお伝えしているとおり,A8-3870Kは,AMD A-Series初の「K」型番,すなわち倍率ロックフリーモデルで,面白いのは,CPUだけでなく,GPUも「Unlocked」とされている点だ。
果たして,これはどういう意味なのだろう。そして,実際のところ,オーバークロックではどの程度の性能向上を期待できるのか。今回は,オーバークロック周りを中心に,A8-3870Kをテストしてみたい。
※注意
CPUのオーバークロック動作は,CPUやマザーボードメーカーの保証外となる行為です。最悪の場合,CPUやメモリモジュール,マザーボードなど構成部品の“寿命”を著しく縮めたり,壊してしまったりする危険がありますので,本稿の記載内容を試してみる場合には,あくまで読者自身の責任で行ってください。本稿を参考にしてオーバークロック動作を試みた結果,何か問題が発生したとしても,メーカー各社や販売代理店,販売店はもちろん,筆者,4Gamer編集部も一切の責任を負いません。また,今回の個体で得られた動作クロックがすべての個体で有効だと保証するものでもありません。
「GPU Unlocked」とは何のことか
カギを握るのは「分周比」
A8-3870Kというプロセッサの基本仕様については2011年12月20日の記事でお伝え済みなので,さっそくテストのセットアップに入ろう。今回のテスト環境は表のとおりで,用いているMSI製マザーボード「A75MA-G55」は,先のテストレポートと同一の個体だ。……BIOSのバージョンは引き上げてあるが。
A75MA-G55 メーカー:MSI エムエスアイコンピュータージャパン Tel 03-5817-3389 実勢価格:8500〜1万円程度(※2012年1月23日現在) |
A75MA-G55のBIOS設定「Adjust IGP Frequency」では,GPUクロックが1MHzステップで最大2000MHzまで設定できるかのように作られていた |
BIOSで700MHzに設定し,GPU-Zからその状態を確認したところ。「Default Clock」は700MHzになっているものの,「GPU Clock」は686MHzと表示される |
AMD A-Seriesの場合,省電力機能「AMD Cool’n’Quiet Technology」を利用すると,負荷状況に応じてCPUコアの動作ステート(P-State)が変わり,それに応じて動作クロックも切り替わる。この動作を実現するため,CPUコア内にクロック供給源(クロックジェネレータ)の周波数を分周したクロックが与えられる仕組みになっているのだが,その「CPUコア用クロック供給源」のクロックが4700MHzなので,そこまでしか上がらないのである。なので,厳密には「CPU倍率ロック『フリー』ではない」ことになるが,現実的に4.7GHzまで設定できれば十分とは言えるかもしれない。
一方,GPUコアのほうだが,こちらはA75MA-G55だと,定格600MHzのところ,400〜2000MHzの範囲を1MHz刻みで設定できるようになっている。
だが,実際に設定してみると,1MHz刻みでクロックを設定できているわけではないことに気づく。たとえば,BIOSから700MHz設定を行い,TechPowerUp製のGPU情報表示ツール「GPU-Z」(Version 0.5.7)から確認してみると,686MHzとなり,700MHzには届いていないことが分かる。これはどういうことだろうか。
A-SeriesをはじめとしたFusion APU(以下,APU)には,「Northbridge P-State」という省電力機能が搭載されている。これはその名のとおり,統合されたノースブリッジのP-Stateを負荷に応じて切り替えるもので,A-Seriesでは,P0-State(最高クロックステート),P1-State(省電力ステート)の2段階で切り替えられる。そして,GPUの動作クロックはNorthbridge P-Stateに応じて可変が効くように作られており,同じくP-StateをサポートするCPUコアクロックと同じ仕組みでクロックが供給されるようになっている。
具体的には,APU内部にある,先述したCPU用とは別のクロック供給源から,クロックを“割って”供給する回路である分周器を介してGPUコアへクロックを供給する仕掛けだ。
供給源のクロックはモデルナンバーによって変わるが,A8-3870Kの場合は3600MHz。GPUコアの定格クロックは600MHzなので,分周比の設定は標準で6分の1になっているわけである。
A8-3870Kでは,分周比の分母を0.25刻みで変更可能。700MHzの例で続けると,BIOSから700MHzを選択した場合,分周比5.25分の1が選択され,3600MHz÷5.25=685.72……MHzで「686MHz」ということになるのである。
なお,GPUコアアンロックが謳われていないA8-3850の場合,BIOSからGPUクロックを引き上げられる「ように見える」ので,この点は注意が必要だ。定格600MHzのところ,それよりも大きな値を選択することは可能で,GPU-Zの表示上も上がっているように見えるのだが,実際には分周比ロックがかかっており,クロックを変更しても,フレームレートはまったく上がらない。GPU-Zはおそらく,P0-State時に設定されているGPUクロックを見ているだけなのだろう。
ちなみに,A75MA-G55では,BIOSの設定値に対して常に低いクロックになる仕様になっていた。分周比を直接設定できるものなど,マザーボードによって挙動は異なる可能性があるので,A8-3870KのGPUコアクロックを引き上げる場合には,GPU-Zなどで実クロックを確認しながら挑むのがよさそうだ。
オーバークロックはGPU→CPUの順が正解
GPUは900MHz,CPUは3.7GHz動作を確認
では,実際に筆者の環境でどうやってCPUコアクロックとGPUコアクロックを上げていくべきか考えてみたい。
3Dゲームをより快適にプレイするという前提に立った場合,CPUコアよりもGPUコアのクロックを優先して上げるべきというのは容易に想像がつくだろう。なので,オーバークロックにあたっては,GPUコア側を限界まで上げ,そのあとで,可能ならCPUコアのクロック引き上げも試みるというのが現実解となる。
問題はCPU-NB Voltageのデフォルト値がBIOS設定からは分からないことだが,これは「k10stat」というツールを使うことで簡単に知ることができる。
k10stat(Version 1.54)を実行してみると,ノースブリッジにもP0とP1のステートがあり,前者は1.15V,後者は1Vに設定されているのが分かるはずだ。
k10stat実行結果。「NbPs0Vid」がP0-StateのVID,「NbPs1Vid」がP1-StateのVIDだ |
A75MA-G55のCPU Voltage設定 |
A75MA-G55のBIOSからCPU-NB Voltageの設定を変更すると,APUに外部から与えられるノースブリッジ電圧が変わる。BIOSの設定値を変更してもVIDが変わるわけではないので,その点は注意する必要があると思われる。
さて,実際にオーバークロックを試してみよう。テスト環境は前段で紹介した表のとおりだ。
Socket FM1用のCPUクーラーはSocket AM2&AM3系と互換性があることから,今回はサイズ製の大型クーラー「忍者参」(SCNJ-3000)を組み合わせる。
今回,比較対象として用意したのは,Radeon HD 6570(以下,HD 6570)リファレンスカードだ。480基のRadeon Core(Streaming Processing Unit),24基のテクスチャユニットを持ち,クロック650MHzという仕様になっている。
市場で流通するHD 6570カードはほとんどがDDR3メモリを組み合わせ,メモリクロックが1.8GHz相当かその前後となっているのに対し,リファレンスカードではGDDR5メモリが組み合わされ,メモリクロックが4GHz相当となっているため,その点では,DDR-1866動作するメインメモリをUMAで用いるAPU側のGPUコア「Radeon HD 6550D」(以下,HD 6550D)にとっては不利だが,それをオーバークロックで覆せるかどうかがポイントになるだろう。
なお,今回テストに用いた解像度は1280×720ドットと1920×1080ドットの2つ。レギュレーションに準拠するなら1600×900ドットも用意すべきだが,筆者手持ちのディスプレイであるDell製の27インチワイドモデル「U2711」とLG Electronics製の20インチワイドモデル「L204WT」ではいずれも1600×900ドット解像度を設定できなかったため,今回はやや変則的な設定となった。
A8-3870Kに統合されたGPUコア「Radeon HD 6550D」にとって,1920×1080ドット解像度はやや厳しい設定だが,この点はご容赦を。オーバークロックによってフルHD解像度でもプレイアブルなスコアが得られるかも,と,今回は前向きに捉えたい。
で,結果だが,まず,GPU単独のオーバークロックでは,900MHz(分周比4分の1)が安定動作の上限だった。このときのCPU-NB Voltageは1.25V,CPUコア電圧を指定する「CPU Voltage」は定格1.4125Vのところ,1.5075Vという設定だ。
今回のテスト環境では,CPU NB Voltageを1.2V以上に指定すると,GPUクロックを引き上げやすくなった。ただ,1.3Vを超えると不安定になりやすいようだ。そこで1.25Vにした次第である。また,もう1段階上のGPUクロックとなる960MHz(分周比3.75分の1)に引き上げると,ベンチマークテストが途中で停止してしまうなど,いろいろ厳しくなったことも書き記しておきたいと思う。
なお,CPU Voltageを引き上げた理由は,GPUコアだけのオーバークロック時にも,CPU電圧を少し“盛った”ほうが安定性が高まったためである。どうしてこういう現象が生じるのかは不明だが,GPUコアとCPUコアとをつなぐ内部ロジックの動作に多少の影響が生じるからかもしれない。
ちなみにA75MA-G55の場合,CPU Voltageは1.4075V〜1.9975Vまでの設定が可能だった。
ところで,やや余談気味に述べておくと,GPUコアクロックを定格に落とした状態でも,今回のテスト環境におけるCPUコアの安定動作限界は3.7GHzだった。GPUコアのオーバークロック時にCPUコア電圧の引き上げが効果を示すなど,両者は互いに影響を与え合っているはずなのだが,案外,CPUコアとGPUコアの独立性は高いのかもしれない。
GPUコアのオーバークロック効果は高い
消費電力を考えると,CPUは定格設定が正解?
以上を踏まえ,ベンチマークテストの考察に移りたい。以下,テスト対象はそれぞれ以下,太字で示したように書き分けるのでご注意を。
- A8-3870K(3.0GHz+600MHz):A8-3870Kの定格動作
- A8-3870K(3.0GHz+900MHz):GPUコアのみオーバークロックした状態
- A8-3870K(3.7GHz+900MHz):CPU&GPUコアをオーバークロックした状態
- A8-3870K(3.0GHz)+HD 6570:A8-3870KのGPUコアを無効化し,HD 6570を差した状態
というわけで,まずグラフ1は3DMark 11のテスト結果になる。
一見して分かるとおり,A8-3870Kは,GPUコアのみオーバークロックしたA8-3870K(3.0GHz+900MHz)でも,プリセットにかかわらず,定格動作時と比べて1.28倍高いスコアを示した。EntryプリセットではA8-3870K(3.0GHz)+HD 6570すら若干ながら上回った。GPUクロック1.5倍で1.3倍近いスコアの向上が得られたのだから,GPUコアのオーバークロック効果はかなり効率がいいといえるだろう。
一方で,CPUコアを3.0GHzから3.7GHzに引き上げた効果は少ないが,3Dアプリケーションのベンチマークなので,ある程度は想像できた結果である。
グラフ2はBF3のテスト結果だが,ここでは,A8-3870K(3.0GHz)+HD 6570のスコアが高い。A8-3870K(3.7GHz+900MHz)のスコアは,A8-3870K(3.0GHz+600MHz)に対して17〜20%と,まずまず順当に伸びているのだが,A8-3870K(3.0GHz)+HD 6570はそこからさらに15〜18%高いのだ。
なぜそういう状況になっているのか。その根拠となりそうなのが,Just Cause 2のスコアをまとめたグラフ3である。Just Cause 3はメモリ周りの性能差がスコア差を左右しやすいタイトルだが,その結果が,BF3とよく似ているのだ。
HD 6550DとHD 6570の間にある最も大きな違いはグラフィックスメモリの使用なので,これがBF3とJust Cause 2のスコアに反映されたものと思われる。先ほど述べたとおり,市販のHD 6570カードは多くがDDR3メモリを組み合わせてきているので,そちらと比較すればスコアはもう少し縮まるだろう。
グラフ4はDiRT 3のテスト結果で,こちらは見事なまでに3DMark 11のテスト結果を踏襲している。
もう1つ,DiRT 3で見逃せないのは,定格クロックだと,1280×720ドットでもプレイアブルなフレームレートである30fpsをクリアできないのに対し,オーバークロックによってその基準をクリアしてきているところだ。オーバークロックのし甲斐があるテスト結果といえよう。
以上,グラフィックスメモリがフレームレートを大きく左右したりしないタイトルなら,オーバークロックによってHD 6570に近づくスコアが得られるというわけで,HD 6550Dというモデルナンバーの面目躍如といったところだろうか。逆に,グラフィックスメモリが“効く”タイトルだとUMAが足を引っ張るが,これは現行のAPUにおいては致し方ない。いずれにせよ,タイトルによってHD 6570との力関係はかなり変わるという結論になりそうである。
では,A8-3870Kのオーバークロックは,消費電力面でリーズナブルといえるだろうか。ログの取得が可能なワットチェッカー「Watts up? PRO」を用意し,PCの起動後30分放置した時点を「アイドル時」,ベンチマークを実行したとき最も高い消費電力値が記録された時点をアプリケーションごとの実行時としてまとめることにした。
その結果がグラフ5である。各電圧を引き上げているため,アイドル時の消費電力が上がっているのと,アプリケーション実行時の消費電力でA8-3870K(3.0GHz+900MHz)がA8-3870K(3.0GHz)+HD 6570とほぼ互角に収まったこと,そしてCPUコアの消費電力が極端に上がってしまうことが見て取れる。
フレームレート計測の段で示したように,CPUコアのオーバークロックによる効果は,3Dゲームにおいてはごくわずか。にもかかわらず消費電力は激増してしまうことを考えると,CPUコアのオーバークロックはやらないほうがいいように思われる。よほどCPU性能が必要にならない限り,ゲーマーは基本,GPUコアのみのオーバークロックに留めておいたほうがよさそうだ。
3Dオンラインゲーム用として
非常に面白いA8-3870K
以上,A8-3870Kでは,GPUコアのオーバークロックにかなりの意味があることを確認できた。GPUコアのみのオーバークロックなら,単体カードを差すのと同じくらいの消費電力で,HD 6570か,それにやや及ばない程度の3D性能を手に入れられるのだから,大多数の3Dオンラインゲーム用としては,A8-3870KのGPUコアオーバークロックで十分,ということになりそうである。
実勢価格は1万2500〜1万4000円程度(※2012年1月23日現在)。Socket FM1マザーボードも多くは4桁円台で購入できるため,ゲーム用PCのコストを重視する人に広く勧められそうだ。
AMD公式Webサイト
- 関連タイトル:
AMD A-Series(Llano)
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