連載
徳岡正肇のこれをやるしかない! / 第10回:ウィザードリィで,ゲームで「やられること」について考える
なんと5か月ぶりのご無沙汰,「徳岡正肇の これをやるしかない」だが,世の中はまさにウィザードリィブーム。アクワイアが2009年末,PlayStation 3版「Wizardry 囚われし魂の迷宮」をリリースし,ソネットエンタテインメントがモバイル向けの「Wizardry Online Mobile」を発表。そういえば,ゲームポットが発表した「Wizardry Online」はどうなったんだろうなあ,などと思いつつ,再びウィザードリィが注目される今日この頃なのである。強引ですか?
というわけで,今回はそんなウィザードリィを取り上げてみよう。ライターの徳岡氏がかつて挑戦した,ウィザードリィのエクストリームプレイを通して,かつての厳しいゲームの存在意義みたいなものを考察するのだ。
すっかりマイルドになってしまった最近のゲームでは,なかなか「ここで死ぬか普通?」という状況には遭遇しづらいが,PCゲーム黎明期の欧米産ゲームには,制作者になんか辛いことでもあったのかと思えるほどバタバタとキャラクターが死んじゃったりしたのである。
だが,それをさらに一歩推し進めたところに別の面白さが潜んでいるのかもしれないというのが今回のテーマだ。嬉しいか嬉しくないかはさておき,徳岡氏の青春時代の一コマが垣間見られたりもするエピソード満載の記事をぜひどうぞ。
世の中には,「死んで覚えるゲーム」と分類されるジャンルがある。物騒なジャンル名だが,これらに括られるタイトルはたいていの場合,難しすぎるかチュートリアルが不親切か,そうでなければゲーム要素が膨大すぎて,とりあえず数回プレイして全貌をつかむまで,いったいどのギミックがゲームの中心部分に来ているのか見当がつかず,ゲームの中で生き延びるにあたって何が最も大事なのか理解できないといった特徴を持つ。
現状において,最も「死んで覚える」傾向が強いのはFPSであろう。これはルールやギミックこそ簡単だが,生き残るためのマナーを覚えるまでに時間がかかるタイプに属する。また,Paradox Interactiveの歴史ストラテジーのほとんども「死んで覚える」系だが,これは逆にゲーム要素が多すぎるというタイプだ。
その一方で,上記の分類ではうまく分けられない例も存在する。それは,唐突かつ無慈悲な死に出会った瞬間,ときには笑いながら「これだ!」とばかりに膝を打つタイプの――あえていえば「やられることがエンタテイメントの一部になる」作品群である。
などと書くと,何を馬鹿なことをと思われるかもしれない。ゲームにおいてプレイヤーの代理を務める存在が死んでしまうのは,ゲームが用意するペナルティであり,それが楽しいというのは何かが根本的に違うのではないか,特殊な遊び方ではないのか,と。
――しかしながら,これが意外とそうでもなかったりする。
RPGにおいて,「ウィザードリィ」は一つの輝ける金字塔だ。いまだにウィザードリィのクローンはあちこちで作られ続けており,日本でもPCだけでなく,据え置き型のコンシューマ機から携帯ゲームまで,さまざまなプラットフォームにおいて展開され続けている。
万が一(かなり,「万が一」と言えなくなってきている気もするが)ご存じない方のために簡単に説明すると,「ウィザードリィ」は冒険者6人でパーティを編成し,3Dのマップで描かれた地下10階のダンジョンを攻略していくというRPGだ。
序盤におけるゲームバランスの異様な辛さもさることながら,ショートカットできる7階や8階といったフロアにこそ歴戦の冒険者をして恐怖せしめるギミックがてんこもりになっていたり,「もはや散歩コース」であるはずの9階や10階で思いがけない突然死をしたりと,とにかくあらゆる状況において死の影が脳裏のどこかに揺らぐことを強いられ続ける作品である。
それでいて,強力なアイテムを見つけたときやレベルアップしたときの嬉しさは,まさにコンピューターRPGの原点がここにあるといっていい。
ウィザードリィ II(PC版)は,そんなウィザードリィをさんざん楽しんだプレイヤーに向かって作られた続編である(ちなみに,コンシューマー版では「II」がPC版「III」相当で,「III」がPC版「II」相当であることに注意)。
残念ながら,ウィザードリィ IIは,あまりよい評価を得られなかった作品だ。データを移行するとレベルは保持されるものの,アイテムがすべて没収されてしまうこともマイナス材料だったが,ダンジョンが全6フロアしかなかったり,ゲームバランスがどうにも甘めだったことなど,全体的に死の影が感じられなかったのだ。
ゲームバランスに関する問題点は,Wikipediaでも指摘されている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%82%B6%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%AA%E3%82%A3%E3%81%AE%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%BA%E4%B8%80%E8%A6%A7#WIZ_KOD
シナリオ#1をクリアしたユーザーが、そこで育てたキャラクターを転送してプレイすることを前提としているため、続編というより追加シナリオである。従って、敵となる魔物のレベルは#1の終盤級から始まり、謎や迷宮の難度も高めで、新たに作成したキャラクターのみのパーティでは事実上プレイできない。
この作品は、強力なパーティーを転送してプレイすると簡単に終わってしまうという事もあり、ゲームバランスはあまりよい物ではなかった。
以上の記述には,一つだけ気になるところがある。それは,
「新たに作成したキャラクターのみのパーティでは事実上プレイできない」
の部分だ。
「I」から転送するだけでなく,ウィザードリィ IIで新たにキャラクターを作ることができる。といっても,作られたキャラクターはレベル1になるため,最低でもレベル13が必要とされる「II」の基準からいえば,まるでお話にならない弱さなのである。
そのことに,ウィザードリィマニアの暇人達が目をつけた。具体的には,学生時代の筆者およびその友人達だ。
「全員レベル1で始めたパーティで,IIをクリアすることはできないのだろうか?」
当時はWikipediaで調べることはできなかったので,愚か者達は「可能なはずだ」という仮定をもとに,検証を始めた。
まず,当然の前提とされたのは「メイジ以外に人権はない」であった。
メイジは,レベル1の段階で攻撃魔法を使える(このときプレイしていたのはPlayStation版であった。PCの日本語ローカライズバージョンでは,最初の魔法が範囲睡眠である「KATINO」に固定されているため,若干の労力と工夫が必要になる)。先手さえ取れば,魔法は絶対に命中し,一定のダメージを与える。戦士では,命中判定を行ってこれに成功しなければダメージが出ないうえ,剣や鎧といった装備まで必要になる。明らかに,裸で攻撃魔法を撃てるメイジのほうが,あらゆる点でパフォーマンスに優れる。
次に,「ホビット以外に人権はない」という仮定がなされた。
ウィザードリィ IIには人間,エルフ,ドワーフ,ノーム,ホビットという5種族が存在するが,この中でもっとも先手をとりやすい能力値を備えているのがホビットである。最終的には成長してすべての能力値が上限値である18になるのだが,おそらくその大半が成長の「せ」すらしないであろうと予測される以上,「作ったその日から素早い」ことには重要な価値がある。
かくして,「あ」とか「1」とかいう名前のホビット,メイジ6人組によるパーティが結成された。いうまでもなく,全員裸である。
ダンジョンに入った一行は,入り口の階段付近でランダム・エンカウントを待つ。しばらく前後移動を繰り返すと,敵が現れた!
裸のホビット,メイジ達は一斉に初歩的な攻撃魔法「HALITO」を放つ。3発が同じ敵に集中し,敵は倒れた!
「おおおおおおおおお!」
「すごい,これいける,いけるよ!」
どよめく愚か者達。その直後。
範囲魔法はレベル1のホビット全員を感電死させ,画面には六つの墓が並んだ――だがこの大いなる悲劇に接した画面のこちら側の人々は,希望に胸を膨らませていた。
「……いけるな。いける。いけそうだ」
「なんだか俺,すごくワクワクしてきた」
「これこそが俺達の欲していたウィザードリィだ!」
「よし,次,いくぞ」
愚か者達は六つの墓をそのまま放置し(「ウィザードリィ」では全滅したパーティを「回収」して「蘇生」させるという手段がある。当然だが,回収なんてするはずがない), 「すごいなあ,パーティを全滅させたまま放置だなんて初めてだよ」とかなんとか言い合いながら次の6人を作ることにした。
しかし次のパーティは,別の問題に遭遇した。作成されたキャラクターのうち1名が,攻撃魔法であるHALITOを覚えておらず,敵を眠らせる補助魔法,KATINOしか持っていなかったのだ。先制してKATINOで眠らせるという一種のCC(Crowd Control)はウィザードリィの基本だが,敵とのレベル差が大きすぎるのか,それとも敵のレベルが高すぎるのか,まるで眠りゃしないのである。
だがウィザードリィマニア達は一瞬の躊躇もなく,商店で「HALITOが使用できる,使い捨ての巻物」を購入した(PC版では大量のキャラクターを作り,その所持金をまとめて,HALITOの巻物を購入するという手続きが必要になる)。
食う飯と撃つ弾がなくては,兵隊は戦えないのである。とはいえ後にも先にも,こんな買い物は初めてであった。というか,こんなゴミそのもののアイテムが運用される場面があり得るのだということに驚く。ウィザードリィって奥が深いなあ。
次に,敵と戦う場所の見直しが始まった。ランダムエンカウントの場合,逃走すると戦闘はそれで終わってしまう(ウィザードリィの逃走成功率は比較的良好だ)。だが,扉を開けた先に潜んでいる固定エンカウントであれば,逃走しても逃走先で次の遭遇戦が発生する。
普通に考えればこれはマイナスだが,愚か者達はここに活路を見出した。
「固定エンカウントで何度も遭遇を繰り返し,敵が1体しか出てこなくなるまで粘ろう」
かくして何度も何度も逃走が繰り返され,ときには逃走に失敗して全滅したりしながら,なんとか比較的弱い敵が1体しか出てこないという状況に到達した。喜び勇んでHALITOを6本を集中させ,喜びの初勝利。レベル1のパーティが強敵を討伐したということで,経験値がざっくざっくと入る。
さっそく宿屋に戻ってみると,バリバリとレベルアップ(ウィザードリィのレベルアップは宿屋での宿泊時のみ)。全員の顔にも強い自信が伺える。中には「こりゃあもうクリアも同然じゃないですかね」とさえ言う者も。
だが,愚か者達が求めていたウィザードリィは,そんな甘い予測を許さなかった。
その後も,1対6だの2対6だのを繰り返し,毒を受けて即死したり,麻痺したレベル1メイジのデータをそっと削除したり(麻痺の回復には費用が必要なので),やっぱり全滅してみたりしながら,それでもついに「MAHALITO」(序盤における切り札的な範囲魔法)が使えるメイジが誕生したのだ!
「これこそもう,クリアフラグでしょう」
「そうだなあ。これはさすがにクリアフラグだろう」
にこやかに語りつつ,戦死したレベル1メイジを埋葬し,次の戦闘に備える。
ちなみに戦死するかどうかは,ほぼ純粋に運だ。なんの運かといえば,やや安全な後列に入れるか,まず間違いなく肉の盾となって死ぬ前列に入るか,その運である(一回の戦闘でだいたい2〜3人が死ぬので,この頃にはいろんな感覚が麻痺してきている)。
HALITOの巻物も購入。資金にも少し余裕ができたので,2本とか買ってみたりもする。準備は万端だ。
「しかしこれ,何とはいわないけれど,何かを思い出すね」
「豆鉄砲みたいな歩兵銃を持って,塹壕に設置された重機関銃巣に突っ込むみたいだな」
「そんな嫌な感じに具体的なことをいわなくても」
「抜刀突撃でないだけマシじゃない?」
「でも夜間ってわけでもなさそうですがね」
そうこうするうち,固定エンカウントで4匹のモンスターに奇襲される。一瞬,動揺が走ったが,範囲魔法があるので,1匹でも4匹でも基本的に問題はない。むしろカモだ。カモのはずだ。
「怪物達 の奇襲を受けた!」
「怪物 は ああああ を 攻撃し 4点の ダメージ!」
よし,HPは8だから,生きてる。
「ああああ は 2レベル下がった! ああああ は 消滅した!」
しばらく呆然とするアタックチーム。ええと,これはいったい……?
「そ,そうか,エナジードレイン(レベルを下げる攻撃)を食らって,レベルが0以下になると,ロストするんだ……。初めて見たよこんなの」
エナジードレイン攻撃は猛威をふるい,討伐に成功したころには,せっかくMAHALITOが使えるようになったメイジ一名のレベルが二つ下がっていた。
その後もさまざまな七転八倒が続いたが,なんとかMAHALITOを使えるメイジ二人が揃った。これで後衛の火力ベースは完成である。
こうなると,次に必要なのはプリーストだ。なぜならば,
- 主砲が敵の攻撃1発で即死しないことが多くなってきたので,回復魔法に意味が生まれた(それ以前は,HPは「0以下」か「それ以外」かの2段階評価)
- プリーストはBADIOSという初歩的な攻撃魔法を使える
かくしてプリースト4人が量産される。いうまでもないが,RPGにおいて回復係がパーティの6割超というのは,あり得ないバランスである。とくにウィザードリィにおいては,回復係は一人いればいい。3人は,まあ「自然淘汰されるだろう」という考え方だ。
「自然淘汰ってあんた。むしろ淘汰されないと困るんだけどさ」
「いやいや,二人以上使い物になるのができちゃったら,ビショップに転職させて,鑑定係にすればいい。鑑定に失敗して呪われたら,新しいビショップが必要になるから,一応4人全員にちゃんと未来はあるよ。生き残ればね」
と,なにやら不穏当な会話をかわしつつ,戦場にはMAHALITOとBADIOS,ところによりスクロールから打たれたHALITOが飛び交う。
プリースト達はバタバタと倒れ,ザクザク埋葬されたが,そのうち一人が成長し,重要なレベルアップのときを迎えた。このレベルアップで,毒を消す補助魔法か,宝箱の罠の種類を感知できる魔法を覚えるのだ。
ウィザードリィの毒はキャラクターが死ぬか毒を消すまで効果が持続する陰湿なものなので,ここで毒消しの魔法を覚えないと非常に辛い。
だが……,レベルアップの結果,彼は「宝箱の罠の種類がわかる魔法」を覚えた。それはないだろ!
「いや待て! これは喜ぶべき事態だ!」
「何をいいますか,この人は」
「我々はこれからシーフを量産しよう。どうせ一人はシーフが必要なんだ。なあに,巻物を読むぶんにはシーフだろうがプリーストだろうが一緒だ」
かくしてシーフの量産が始まった。今度こそ,二名の死亡を前提とした量産である。どう考えたって,彼らに未来はない。普通に無駄になるんだもの。
最も非人道的な大量生産は,さらに非人道的なアクションを生む。
「よし,敵を倒した――宝箱だ」
「プリースト曰く,クロスボウの矢が飛んでくるらしいな」
「シーフに開けさせよう」
「罠解除じゃなくて?」
「開けさせよう」
「解除……」
「開けろ,開けるんだ! それがおまえの任務だ! 矢は一人にしか命中しない!」
宝箱を安全(?)に開けられるようになったことで,パーティの資金繰りは一気に改善した。ときどき忘れそうになるが,ここは超ハイレベルダンジョンなので,レベル1のキャラクター達にとってみれば,文字どおり宝の山のような装備が出る。
資金繰りの劇的な改善により,シーフ以外の死体が即埋葬されることはなくなった。蘇生費用が捻出できるようになったのだ。
これによって,ついに「ファイター」が雇用された。潤沢な資産をもとに,彼らには優秀な装備が買い与えられ(HALITOの巻物以外を買ったのはこれが初めて),不幸にして戦死したときには即座に蘇生させられた。
冒険は,ついに軌道に乗ったのである。
その後,ホビットが多すぎることによりパーティ全体のHPが低く,敵の範囲魔法やブレスで即死しやすいという問題こそ起こったものの,パーティはあっさりと「II」をクリアした。軌道にのってしまえばそんなものだ。パーティの後ろ4人と前2人の間にたゆたう断絶感は想像するだに恐ろしいものがあるが,それを含めて,ウィザードリィの最もおいしい部分を堪能した経験であった。
初代ウィザードリィが1981年に登場して以来,四半世紀以上が過ぎた現在,このようなゲーム体験ができる作品は意外に少なくなっている。最初にも書いたように「ウィザードリィの流れを汲む」,あるいはウィザードリィの名前をストレートに冠した作品は現在も発売され続けているが,ゲーム性は昔に比べてかなりマイルドになっているようだ。
まあ,上記のようなエクストリームプレイは実のところ,「死んで覚える」というより,やられることを利用して難関を突破するという戦略だろう。そういう方向性のタイトルとしては,「レミングス」や「ピクミン」といった作品が挙げられるだろう。
さて,ここで視点をRPGからやや広げ「いかなる犠牲を払っても,得るべき成果を得る」ことを明確に打ち出しているジャンルについて考えると,やはりストラテジー系列になるだろう。「この部隊の諸君は,私の勝利のための礎となっていただく」という感じ。
ハーツ オブ アイアンシリーズの面白さは,歴史改変という部分や,複雑なパズルを組み上げていく楽しさもあるが,それと同じくらい「失われていく兵士達を,一定のリアリティをもって想像できる」ところにあるのではないだろうか。
前述したレミングスやピクミン,あるいはRTSにおいて無数に生産されていく死を想像することは難しい。一方,上記の攻略において倒れていった無数の「魔法使い『あああ』」や「盗賊『123』」は,その最期を――あるいはその生き様を――それなりに想像できる。
同じことは,シベリアの奥地で消耗戦を繰り広げるユニットや,補給の切れた南海の孤島でひっそりと消滅するユニット,あるいは猛烈な戦略爆撃を受けているプロヴィンスについてもいえることだ。
本物の死は無慈悲でアトランダムである。我々はそれがどこか遠いもののように感じるが,それはたまたま現代の日本に生まれたという偶然に頼っているだけだ。
あえて残酷な現実と向かい合い,それを愚直に描くことも,一つのエンターテイメントになり得るだろう。上記したハーツ オブ アイアンシリーズなど,Paradox Interactiveのストラテジーをほかの作品とは異なったものにしているのも,その認識なのではないだろうか。パラドゲーの面白さは「ままならなさだ」と何度も述べてきたが,人間にとって最もままならないのは「死」かもしれない――そして,同じ論法はRPGにも適用可能だろう。
RPGは,物語を楽しむゲームであるとされて久しい。けれど人間の物語とは,生と死の狭間で発生する葛藤のことだ。そこにちゃんとした最期が用意されていれば,物語は自然に発生する。そのことを,コンピューターRPGの始祖は教えてくれているように思う。
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