インタビュー
稲船敬二氏は,何を思い,何を考え,何を目指してカプコンを辞めていくのか。渦中の氏に直撃インタビュー
読者のみなさんは,カプコンの稲船敬二氏を知っているだろうか。「ロックマン」や「鬼武者」などで有名なのは言うまでもないが,日本のゲーム黎明期から業界で活躍する相当に古いゲームクリエイターで,かつそういう人には極めて珍しく現実主義的な発言も多く,割ととらえどころのない人物である。
活躍中には,派手に表に出ることがあまりなかった氏だが,2年前のダレット創立あたりから表舞台に姿を見せることも増え(4Gamerで最初に登場したのもそのときだ),ここ最近はとくに,ブログや海外メディアなどでの,一見すると過激に見える発言でさまざな物議を醸している。
カプコンという大きな会社で,それ相応の立場にいる人間が表に向けて書く文章にしては,あまりに直接的で,表裏もなく,実直すぎで,そして過激すぎる。そこまでのことをするにはきっと深い理由があり,何かが裏で動いているのだろう,と思いインタビューのオファーを投げたのが9月の末。意外にもすんなりと受けてもらえ,日取りも10月半ばに決まり,指定された場所へ向かったのだが,そこで開口一番に聞かされたのは「カプコン辞めるんです」という衝撃の情報だった。
聞こうと思っていたすべての内容が狂い,慌ただしく頭の中で整理しながらのインタビューだったので,ややこなれていない部分も残っていて申し訳ないが,以下が,そのときのインタビューの全文である。むろん内容的に,特定の第三者が絡んだ話など「表に出すべきではないと思われる情報」などは筆者の独断で削除してあるが,あとは何一つ隠さぬ,ナマのやりとりである。
上場会社たるカプコンの,やんごとなき立場の人の人事に関わる重要な情報であるので,稲船氏の辞任自体の情報が公になるタイミングまで掲載できず,ここまで寝かせることになってしまった。そのあまりにも真正直な内容的にも,そして分量的にも,表に出すべきか否かを躊躇したのだが,ゲームが好きな人が,ゲームに携わる人が,何かを考えるきっかけになればと思い,ここに掲載する。氏の辞任が明らかになった今なお――むしろ今こそ――読み応えは失われていないと思うので,氏の思いの丈を,ぜひ読み取ってみてほしい。
通例なら,この手のインタビューの末尾にはなにがしかのコメントを書き記すのだが,今回はあえてそれを省いて掲載する。読者のみなさんが読んで何を考えるのかは分からないが,ゲームの面白さのことや,ゲーム業界の行く末などを考えるときの一助になれば,非常に幸いだ。
今日はお時間をいただきありがとうございます。昨今の稲船さんは,ちょっと過激にも見える発言やブログエントリが増え,そしてまたどうもその内容の一部が一人歩きしてる感もあり,整理のために,発言の真意と昨今の状況をお聞きしたいと思って,インタビューをオファーさせていただいた次第です。
稲船氏:
ありがとうございます。でももう僕はカプコン辞めるんですよ。
4Gamer:
……え?
稲船氏:
辞めるんです。正式な発表なり通達は追って出ると思いますけど,いまはそこまでしか言えません。
※2010年10月29日に,自身のブログで発表した。10月29日のカプコンの決算発表会で触れたとの情報もあるが,筆者は未確認
4Gamer:
ええと……いきなりインタビューの趣旨が一転した感があるんですけど,しかしなんでまた辞めることになったんでしょうか。発言こそ過激で目立ってましたが,首尾一貫してカプコンの人間としてしゃべり,カプコンを変えたい,と思っていたように見えたのですが。
稲船氏:
ええ,僕はカプコンで仕事したいですよ。でも,なんていうか……事実上仕事が出来ない状況になってしまったんです。
4Gamer:
何か問題が起こっていたんだろうというのは,各種の発言やブログエントリからも容易に想像はできていましたが,一体何がそんなに問題になったんでしょうか。
稲船氏:
なんて言えばいいですかね……カプコンという会社と,進んでいく道が変わってしまったというか。でもそれは結果だけの話ですね。話すと長いんですけど,いいですか?
4Gamer:
ぜひ。
日本のゲーム業界をダメにしているのは,サラリーマン化した開発者達――むろん僕を含めて
稲船氏:
辞めるという話はそもそも,ゲーム業界自体――といいますかゲームの制作という行為そのもの――を変えなくてはいけない,と思ったからです。ある種偽善的に聞こえてしまうかもしれませんけど,日本のゲーム業界がいまぶつかっている非常に大きな壁というのは,クリエイターのサラリーマン化なんです。
4Gamer:
言わんとしていることは理解できる気はしますが,細かく教えてください。
稲船氏:
家庭用ゲーム業界というものは,まぁ大体マリオからスタートみたいな感じですよね。なので,だいたい25年前から始まった,と。そこから順調に発展し続けて,いまちょうど息継ぎの状態だと思うんです。
4Gamer:
なるほど。
稲船氏:
で,当時……そうですね,大体20歳くらいで,熱い志を持ってゲーム業界に入った人たちが,いま45歳前後です。要するに僕の歳ですね。その世代が,よくも悪くも業界の足を引っ張ってると思うんです。
当然,がんばってる人たちだって大勢います。でもそうじゃなくて,単に長くいるからと地位だけどんどん上がって,その地位の中で,高い給料と聞こえの良い役職が保証されてぬくぬくと生活して,アグレッシブさを失っている人たちも少なからぬ数いるわけです。
4Gamer:
雇用システムが生み出す会社側のコミットに甘えている人たち,ということですね。
稲船氏:
そうです。そのコミットに甘えて,自分達が現場におりて作業をしない人達というのが大勢います。これは業界全体に言える話であり,もちろんカプコンだって例外ではありません。
4Gamer:
しかし言うならば,稲船さんもそのシステムに組み込まれていたわけですよね。
おっしゃるとおりです。だからこそ,何かを変えていくというアクションがすごくしんどかったんです。なにせ,否定する立場の中には自分自身がいて,来月の給料は保証されてるわけですから。今月どんだけ遅刻しようが,どんだけサボろうが,極論どんだけつまんないゲームを作ろうが,来月の給料は保証されてるんです。
つまり,同じ立場でどんなに偉そうなこといったって,「何言ってんの稲船。オマエこそ何やってんねん」って言われるだけなんです。
4Gamer:
日本の旧来からの雇用システムを,悪意を持って逆手にとれば,がんばるだけ損になりがちという状況が生まれがちではありますね。
稲船氏:
要するに,ある意味社会主義国家みたいなものなんです。一生懸命働くだけ損なんです。働かない方が得なんです。でもそれって,クリエイターとして失格じゃないですか。とにかく無難にやっとこう,でいいものを作れる時代じゃないんです。
4Gamer:
しかしいろいろな問題があったとはいえ,それでも業界はつい先頃までは回っていましたよね。なぜここへきて急に状況の変化が出ているとお考えですか。
稲船氏:
今までは競争がなかったからです。そうですねえ……例えば20年前のゲーム業界は,極論どんなゲーム作ったって20万本や30万本売れました。ちょっといいゲーム作れば50万本100万本です。でも,もうそういう時代は終わったんです。
4Gamer:
終わった理由は?
稲船氏:
競争が激しくなってきたことが一つ,そしてもう一つは,ユーザーさんがゲームに「慣れて」きたことでしょうか。下世話な例えで申し訳ないんですが,中学生はどんなエロ本見たって興奮するわけでしょう?(笑) あぁでも最近はそうでもないのかな……。
4Gamer:
まぁ理解はできます(笑)。
稲船氏:
もっともっと。もっと面白いものを,もっとキレイなものを,と人間の欲望は上がっていきますよね。これは当然のことだし,別に悪いことではありません。
でもそこに問題が発生しました。ユーザーさんの「もっと」と,クリエイターの「もっと」が,大きくズレてきてしまったんです。
4Gamer:
あー……なんていうか,損益分岐点のグラフみたいな感じですか?
稲船氏:
そう。最初のうちはね,いいんですよ。ユーザーさんの「もっと」と,クリエイターの「もっと」は,クリエイターのほうが上を走っていて,お互いが同じ傾斜角度で上がるグラフになってました。
でも,それがあるときを境に,ユーザーさんの「もっと」が上回ってしまったんです。ユーザーさんの「もっと」が,以前とは比較にならない速度で上がったせいなのか,クリエイター側がサボって傾斜がゆるやかになってしまったせいなのか,そこまでは僕には分かりません。でも抜かれてしまってもう追いつけないところまで行きつつあるのは事実だと思います。
4Gamer:
では,昨今メガヒットを記録するような作品は,数少ない「上回っている」作品だということですか。
稲船氏:
そうです。まぁでも日本でいうなら,ドラゴンクエストやファイナルファンタジー,モンスターハンターくらいじゃないですか? あとポケットモンスターとか。ごく限られた作品だけです。それ以外の作品に関しては,達してないから売れないんです。
4Gamer:
なるほど,ここでさっきの話に戻るわけですね。
稲船氏:
売れないと来月の給料がもらえない,というシステムじゃないんですよね。売れなくたって来月の給料が確保されます。そのシステムのなかで働いて慣れてしまっているので,それに対して,もっともっといいゲーム作らなきゃ,という意識が弱くなっちゃったんです。「だってちゃんと言われたことはやってるもん」みたいな。
4Gamer:
耳が痛い人も多そうです……。
とくに,例えば日本で50万本売れて満足するっていうのは,数字見てるの? と言いたくなります。確かに50万本はすごいけど,じゃあそれで20億円の利益を生んだとして,開発費いくらかけて,プロモーションにいくらかけて,本社経費いくらで営業経費いくらで……ということを考えていくと,20億じゃ済まないんですよね。
4Gamer:
確かに,PS3の大作クラスともなれば,20億,30億の開発費は当たり前ですしね。しかしプロデューサーであれば,さすがにそれくらいの数字はみているのでは? そこで何をするかは人それぞれだとは思いますが。
稲船氏:
いや,本当に見てるなら,もっと世界に向かうはずですよ絶対。例えばPS3なんかだと,50万本,60万本で大ヒットですよ今。その本数で,高騰を続ける開発費がまかなえるはずないんです。
4Gamer:
いえ,さすがに意識はしてるのでは? と思うのです。甘いですか?
稲船氏:
甘いです。
4Gamer:
うーん……最近各社の決算報告を見ててしげしげ思うんですけど,カプコンほどの会社であっても年間の当期純利益が80億ほどですよね(編注:平成21年3月期)。キャッシュフローはちょっとここではさておくとして,80億の利益の会社が,20億30億の案件を複数走らせるということ自体にもう無理がきてると思うんです。
稲船氏:
そうですね。おっしゃる意味はよく分かります。
4Gamer:
つまりそもそも,次世代機が台頭してグラフィックスのクオリティが格段に上がり,それに伴ってコストも格段に上がった時点で,既存の手法のビジネスが崩壊して,一社が多くの作品を丸々抱えて,開発からパブリッシュまでやるということが,多くの場合で不可能になりつつあるということは,もう明白だと思うんです。
DSも3DSになった時点で開発費は上がってしまいますし,いままでのように気軽に――いやもちろん気軽にゲームを作る人なんていませんが――参入することができなくなってきますよね。そういう状況の中で,そんなのんびりしたことが許されるものなんでしょうか。
稲船氏:
だからこそ危機なんです。
ともあれそういう状況下で,雇い主たるパブリッシャに甘えてる人達というのは多いんです。もちろんみなさんがよくご存じのように,独立してちゃんとしたデベロッパとして頑張ってる人達もいますが,それとて,パブリッシャが有利な日本のゲーム業界の中では,どんなにデベロッパに実力があっても,それを発揮できてない人ばかりなんです。
4Gamer:
パブリッシャが有利,というのはどういう部分を指してますか。
稲船氏:
これを言うとパブリッシャの人に嫌われるかもしれませんけど,パブッリシャ自体が,デベロッパに対して「下請け根性」を強要するんです。この金額でこの期間で絶対に納めなさいとか,クオリティはさておくとして,これくらいの売上本数を目指しなさい,とか,そういうことを強いるわけです。
むろん,なんでもかんでも好きなものを作らせろというつもりは毛頭ありませんが,ブランド力のあるクリエイターや実力のあるクリエイターの多くも,結局のところはそういう部分に屈してしまっているというのは否定できません。
4Gamer:
海外なんかではそのへんがもうちょっとうまく回ってる気がしますね。
稲船氏:
そうですね。パブリッシャが「飼っている」デベロッパもむろんありますけど,海外は独立系が多いんですよね。独立系は,ヒット作を作って,自分達が大きくなって,会社を売却したりIPOしたり,そういうことで一気に莫大なお金が入ってくる,アメリカンドリームみたいなものがあるわけじゃないですか。
4Gamer:
対する日本は?
稲船氏:
成功すれば吸い取られ,失敗すればオマエのせい。これじゃあどうにもなりません。クリエイターを大事にしようとか,クリエイターを育てようとか,ゲーム産業自体がそういうレベルに全然達していないんですね。カプコンだって同じ状況です。
そしてこれは,とてもまずい状況だと思うんです。早く変化を及ぼすべき問題なんです。
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