企画記事
「サウンドノベル 街 -machi-」とはいかなる作品だったのか。20周年を迎えた今,その魅力を語りたい
発表当時の盛り上がりは凄まじく,セガサターン専門誌では数ページにわたり特集が組まれたほどである。また,発売後のユーザーからの評価も極めて高く,発売後数か月にわたりファンメイドのイラストが雑誌に掲載され続け,高い熱量を維持していた。
そして,発売から20年が経過した2018年においても,未だに多くのファンを持ち,さまざまなゲームクリエイターにも影響を与えたとされる屈指の名作として語り継がれている。
こちらの記事で紹介しているように,9月6日に「428 〜封鎖された渋谷で〜」が10周年のスペシャルプライスを引っさげ,PS4とSteamでリリースされた。ご存じの方もいると思うが,この「428」は「街」の影響を色濃く受けた作品であり,共通する部分も少なくない。
というわけで今回は,「428」のご先祖様的存在であり,今年で発売20周年を迎えた「街」を振り返る記事をお届けする。果たして,「街」とはいかなるゲームだったのか。なぜ長きにわたって人々から愛され続けるのか。2018年の今だからこそ見えてくる「街」の魅力をここに語りたい。
メインシナリオは全部で8つ
まずは,「街」をプレイしたことがない人のために,基本的な部分をおさらいする。
「街」は前述の通り,チュンソフトのサウンドノベルシリーズ第3弾として登場した。そのため,ゲームプレイの基本は,画面に表示される文章を読み進めながらストーリーを進めていくオーソドックスなものだ。途中で現れる選択肢によって,その後の展開,ひいてはほかの主人公に影響を与えるのだ。
メインシナリオは以下の8つ(カッコ内は,そのシナリオの主人公)。
- 「オタク刑事走る!」(雨宮桂馬)
- 「The wrong man 牛」(牛尾政美)
- 「The wrong man 馬」(馬部甚太郎)
- 「七曜会」(篠田正志)
- 「シュレディンガーの手」(市川文靖)
- 「で・き・ちゃっ・た」(飛沢陽平)
- 「迷える外人部隊」(高峰隆士)
- 「やせるおもい」(細井美子)
シナリオ名だけでも,それぞれ異なるテイストの物語であることが推測できるだろう。
「オタク刑事走る!」はコミカルさと良質ミステリーをうまく融合させた刑事ドラマだし,「で・き・ちゃっ・た」は,男女の複雑すぎる泥沼の恋愛関係をシュールかつ,時にほっこりとした演出で描いた快作。「シュレディンガーの手」と「迷える外人部隊」は,笑いなしのシリアスな人間ドラマであり,「街」のシナリオの中でも,大人向けの部類に属する。
「街」が発売されたとき,筆者は17歳だったが,当時は「シュレディンガーの手」の素晴らしさを見抜くことができなかった。大人になってから再度プレイして,その良さを実感できた次第である。
「で・き・ちゃっ・た」の飛沢陽平 |
「オタク刑事走る!」の雨宮桂馬 |
「迷える外人部隊」の高峰隆士 |
「シュレディンガーの手」の市川文靖 |
面白いのは,これら8つのシナリオが複雑に絡み合うということだ。ある主人公が取った何気ない行動が別の主人公に影響を及ぼし,時にはバッドエンドになってしまうことがあるため,ザッピングを繰り返し,道筋を修正しながら物語を進めていく。プレイヤーが神になったように,彼らの人生をコントロールする感覚とでも言えばいいのだろうか。
ちなみに,「428」はそれぞれの主人公が最終的に1つの大きな事件に収束することが特徴だが,「街」はそれぞれが独立したラストを迎える。もちろん,キャラクター同士のシナリオ上での絡みは存在し,それが面白いところであることは「428」と変わらない。
ただ,「428」が海外ドラマのようなスピード感やシリアスさを特徴とするのに対し,「街」はシリアスなシナリオもあれば,ホームドラマのようなゆるいシナリオがあるのも特徴だ。
例えば,「やせるおもい」などは,彼氏に「5日で17キロやせなければ別れる」と宣告された美子(主人公)がダイエットに必死に取り組む様子をコミカルに描いたもの。美子の彼氏に対する健気さに思わずホロリとしてしまう場面もあるストーリーとなっている。特に女性は共感点もあるのではないだろうか。
前述した「で・き・ちゃっ・た」も,コメディ色の強いシナリオで,主人公の飛沢陽平が突然呼び出された女の子に,「私,できちゃいました」と告げられることから始まるドタバタ劇を描いている。トラブルが次から次へと襲ってくるのだが,そのどれもがクスリと笑ってしまうようなシュールなもので,抜群のギャグセンスに頬が緩みっぱなし。
女の子にモテモテでリア充全開の陽平に羨ましさを感じてしまう反面,こんな状況には絶対なりたくないと,同情を禁じ得ない部分も。モテすぎるのも考えものだし,いい加減な気持ちで女の子と接してたら怖いことになる……と学べるシナリオだ。
時代を感じさせる描写に思わずほっこり
「街」と「428」の共通している部分として,どちらも「渋谷」の街を舞台にしている点が挙げられる。「428」でも10年前,「街」はさらに昔の,20年前の渋谷を描いているので,当然,街の様子が現在と大きく異なっている。
「街」にはゲームセンターや雑貨屋,花屋,デパートなどさまざまなお店が登場するが,今や街の風景はガラリと変わっている。「昔はこんなお店や建物があったんだ」「今とは全然違うな」と,当時の渋谷を知る人も知らない人も,感慨深い気持ちにさせてくれる。
またデバイスに関しても,ミニパソやブラウン管モニターなど,時代を感じさせる部分が多い。桂馬がISDN回線の電話ボックスに入り,ミニパソでパソコン通信を利用するシーンなどは,10〜20代前半の若いプレイヤーには異様な光景に映るかもしれない。
「街」の魅力は,シナリオのバラエティさにあると筆者は思う。個性のまったく異なる主人公とシナリオを,1つの作品内で堪能できること。その1つ1つのシナリオが抜群に面白いうえ,ザッピングや選択肢など,ゲームでしか表現できない手法を用いて,「街」という唯一無二の作品にまとめ上げられているのだ。今プレイしたらさすがに古臭さもあるが,それすらも味になってしまう。そりゃ,名作としていつまでも愛されるよなあ。
ちなみに,筆者が一番好きなシナリオは「七曜会」だ。平凡な大学生である篠田正志が,七曜会という謎の組織に入り,さまざまな人間を脅迫していくという内容だ。アダルトとシュール,背徳感,人間の闇の部分など,あらゆる要素が複雑に入り乱れた内容が秀逸。ラストの意外な展開にも驚かされた。
また個人的に,“日曜日”と名乗る女性の妖しい魅力が,当時のウブな少年たちには強い刺激として心に刻まれているのでは,と思っている。少なくとも筆者はそうだった。日曜日派か水曜日派か,みたいなトークで盛り上がった男子諸君も少なくない……気がする。たぶん。もちろん筆者は日曜日派だ。
あの有名人も? 「街」に登場していたあの人この人
キャラクターに実写を使用している点も大きなトピックと言える。90年代は実写ゲームが最も多かった時代だが,そのどれもがポピュラーになったとは言えず,どちらかというとネガティブなイメージすらあった。そんな中,「街」は実写ゲームのイメージを大きく変えることに貢献したと思っている。
「街」は,役者たちの表情豊かな演技と,先が気になる質の高いシナリオが絶妙なバランスで噛み合うことによって生まれた作品で,実写だからこそ,実際の役者が出演しているからこそ,ここまで多くの人に支持されていると感じるのだ。
ちなみに,「街」の出演者に注目すると,ダンカンさん(市川文靖),北陽の伊藤さおりさん(細井美子),窪塚洋介さん(サギ山 勇),谷山紀章さん(ジェロニモ),ゆきのさつきさん(麻生しおり),団 時朗さん(デューク浜地)などなど,豪華な顔ぶれであることに気づく。
当時はまだブレイクしていなかった窪塚洋介さんや谷山紀章さんだが,今や押しも押されぬ人気を誇っていることを考えると,「街」って凄い人たちが出演していたんだな,となんだか不思議な気持ちになる。出演者はまだまだ数多くいるので,意外な人物が出演していることに驚いてしまうかもしれない。
さまざまなプラットフォームでリリースされた「街」
「街」は1998年にセガサターン(SS)で登場し,その後,1999年には「街 〜運命の交差点〜」としてPlayStation(PS)に移植。さらに2006年には,PSP版「街 〜運命の交差点〜 特別篇」も登場している。
ここでは,PS版とPSP版の特徴に触れたい。まずPS版の特徴としては,SS版にはなかった難度変更が追加されたことが大きい。難度は,EASY/NORMAL/HARDから選べるのだが,HARDはバッドエンドの数が多く,バッドエンド時に現れるヒントの内容も違う。対するEASYは,バッドエンドが少なくストーリーを進めやすい。
ちなみにSS版はPS版のHARDに相当する難度のため,なかなか歯ごたえのある内容になっている。開始数分でバッドエンドになってしまったときは,さすがに驚きを隠せなかった。白状すると,当時の筆者はSS版をクリアできず,その後に発売されたPS版をEASYモードでプレイして初クリアした。
キャラクター選択画面も異なるPS版「街」 |
難度選択も実装された |
またPS版では,各主人公の現在位置と時間が「移動マップ」として可視化されており,「分岐」や「ZAP」の箇所がアイコンで表示され,分かりやすくなっている。移動マップの実装によって,ストーリーを大幅に進めやすくなったのは,PS版の大きな利点だ。
そのほか,登場人物を実写からシルエットに変更できる「シルエットモード」の搭載や,UIの変更,一部テキストや表現の変更など,細かな点が異なる。
PSP版は,PS版をベースにしつつ,秘蔵シナリオとして「サギ山篇」と「パトリック・ダンディ篇」が実装。本編に登場するサギ山は主に脚本家志望の助監督なのだが,厳しい現場に耐えかねて1日で仕事を辞めたがっている青年。とはいえ根は真面目で,どこか憎めない愛嬌も相まって,プレイヤーの人気も高い。PSP版では,晴れて主人公として追加シナリオで活躍することになったわけだ。
パトリック・ダンディは,名前のみならず風貌も怪しい正体不明の米軍大佐。本編でもあまり語られることがなかった彼の真相が追加シナリオでどのように明かされるのか,ぜひその目で確かめてほしい。
PSP版最大の利点は,「街」をどこでもプレイできるということだと思う。言うまでもないが,これは据え置き機にはない大きなメリットだ。PSP版を購入した際,筆者は渋谷のカフェで延々と「街」をプレイしていた。今となっては良い思い出である。
今だからこそ見えてくる「街」の魅力
長々と「街」を語ってきたが,いかがだっただろうか。発売20周年を迎える本作だが,改めて振り返ってみると,その濃さゆえ,記事を前後編に分けても良かったかもしれないと思うほどだ。
「街」はサウンドノベルシリーズの第3弾という形を取りながらも,「弟切草」「かまいたちの夜」とは大きく異なるスタイルを採用している。「実写」というキーワードにしてもそうだし,ザッピングで主人公を切り替えながらストーリーを進めていくというシステムも素晴らしい。バッドエンドを回避できたときは,思わずガッツポーズを取ったほどだった。
そもそもバッドエンドにもさまざまな種類のものがあるため,すべての結末が見たくなってしまう。こんな風に思えた作品自体が,筆者にとっては初めてだった。
「街」は時間の経過によって色褪せるタイプのゲームではない。むしろ,時が経つにつれポテンシャルの凄さを実感してしまう。
現在はPlayStation Storeにて,PSP版である「街 〜運命の交差点〜 特別篇」が配信されている。PS Vitaでも遊べるので,20周年というアニバーサリーを機会にぜひプレイして,20年前の渋谷にタイムスリップしてほしい。
「街 〜運命の交差点〜 特別篇」PS Storeページ
- 関連タイトル:
SEGA THE BEST 街 〜運命の交差点〜 特別篇
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