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天下統一しないV / 第2回:真田,日本一(零細石高)ノ兵[後編]
石高わずか1万石という,第2シナリオで最貧の勢力から身を起こし,ようやく北条家を打倒するに到った真田家。元主家筋である武田とは盟友である以上,必然的に上杉が敵となる。上野(群馬県)をすっかり平らげたいま,三国峠の彼方こそが戦略目標である。
……と言いたいところだが,北条領を分割し終えた段階で,うっすら予感していた不安が現実になろうとしていた。対北条戦のパートナー,千葉家が新たな所領を求めて,真田家を次なるターゲットに定めたのである。ええと,下総の東側(千葉県)は空けておいたことですし,我が家とは友誼を保ったまま,素直に常陸(茨城県)方面へと北上していただくわけにはいきませんか,そうですか。
北条領を反対側からまくっていって,千葉家もそれなりに大きくなっていたが,さすがに上野/武蔵(埼玉県+東京都)/下野(栃木県)をほぼまるごとと,下総西部をいただいた真田ほどではない。北条討伐に用いた将兵をそのまま投じて,房総半島を駆け下るのみである。
部将の持ち城でなく,千葉家直轄領を優先して占領し,敵の財政難を狙う。たちまち下総/上総(千葉県中部)を席巻,千葉家を半島の先端,安房に追いつめて,従属に追いやる。そこに困難はなく,石高はやがて200万石を超えたのだが,どうやら続いて武田家も同じ状況になったらしく,あれよあれよという間に真田−武田間は「宿敵」関係に。
武田には東山道を西進して,美濃(岐阜県)経由で上洛を目指すという選択肢も残されていたはずだが,この頃美濃は三好家に固められていて,その三好家は700万石を超える日本最大勢力。150万石の武田がケンカを売る相手として700万石と200万石を比べれば,日頃のよしみを捨ててでも200万石を選ぶのが,確かに正解だと思う。
真田と上杉はすでに宿敵関係であって,武田と切れたところで,いまさら歩み寄れるわけでもない。かくして,関東に200万石を誇る真田家が,武田と上杉を同時に敵とする,豪華きわまりないが全然嬉しくない状況を迎えたのである。
どちらを先に叩いても,条件はほぼ同じと判断できるが,今回は上杉討伐を優先したい。仲違いから日が浅いため,武田とは何かのはずみで関係を修復できるかもしれないし,上野制圧の大きな妨げとなっているのは上杉である。そこで白井城,沼田城を順次お返しいただくのに続いて,越後(新潟県)の入り口たる坂戸城を攻略する。
このルートの欠点は,敵の本拠地である春日山城が遠いことなのだが,なにしろ武田の協力が得られない以上,ほかに選択肢はない。せいぜい武田が我が家に便乗して,北信濃(長野県)各地を荒らし回ってくれることに期待しよう。
そうこうしているうちに,ついに真田昌幸の登場である。能力値はというと,あれ? あまりぱっとしない……。そう,武将がぐんぐん成長するこのゲームでは,有名人とていきなりゲーム内でトップクラスの能力を持って現れるわけではない。若干20歳にして智略「13」は十分末頼もしいが,武勇は「8」。いまのところ,比較的優秀な部類の世継ぎというだけで,戦の場数で鍛え上げた当主の能力とは比べるべくもない。というか,幸綱父さん強すぎ。あと,矢沢の叔父さん。武勇「25」(最高値)って戦いすぎ。まあ,当主になるとき重要な政治の値が「7」であるから,兄二人の「4」「2」よりはかなり有望だ。
武田とは武蔵を舞台に小競り合いを続けつつも,越後遠征は順調に進捗する。三国峠は本当に難所で,上野の城から出発すると春日山まで到達できないため(逆にこれのおかげで,我が家は序盤で上杉に潰されなかったのだが)散財覚悟で将兵をいったん坂戸に駐留させ,そこから北上して栃尾城,西へ回り込んで与板城と地道に駒を進める。
猛将謙信の配下といえども,倍近い数の鉄砲が筒先を揃えて火を噴けば,潰走せざるを得ないのがこのゲーム。越後遠征はしばしば大雪に阻まれつつも,春日山城を落として終結した。
と言うと,先ほど来画面を御覧いただいている方は不思議に思うかもしれない。越後国内は豪族の持ち城が多いから押さえやすいとしても,見る限り上杉家には越中(富山県)や能登(石川県)といった領国もあって,そこには直轄領が広がっている。「宿敵」が停戦を求めてくることはないし,越後で終わりには見えない。
実を言うと,このタイミングではちょっとした椿事が生じている。大名家の本城が陥落した場合,通常は隣接する直轄城に本城が移るのだが,春日山城の代わりは越中の松倉城となった。越後にもはや直轄領は残されていないので,越中方面への強制撤退は理に適った処理だ。だが不幸なことに上杉家は,越後に接する城を持っていなかったのである。謙信が越後を取り返すには,間に挟まる三好家の魚津城と,お家再興イベントを通じて復活した椎名家の宮崎城を踏み越えて行かねばならない。このとき三好家はさらに大きくなって800万石以上,その北陸道における最前線は加賀(石川県南部)にまで達し,越中にも点々と三好方の豪族がいる。
つまり上杉が越後奪回/越中制圧を目指して三好と事を構えるのは,とりもなおさず加賀/能登を危機に陥れることであって,謙信強しといえども,さすがに容易な事態ではない。案の定このあと上杉は,三好に戦をふっかけては和睦を繰り返すという膠着状態に陥った。それを見越しての遠征終結宣言だったのである。
返す刀で真田家は,武蔵/上野での散発的な動乱に乗じて武田が手にした城を回収していく。AIもプレイヤーも国単位での所領経営を考えるこのゲームでは,余計な飛び地を残しておくと,あとでろくなことにならない。まずはそれを摘ませていただこう。
関東近県在住でドライブが趣味の人ならピンと来ると思うが,高井戸から中央自動車道を甲府に向けて進んだ先には「談合坂」(だんごうざか)という名のサービスエリアが存在する。この地名については,北条氏康と武田信玄が行った和平会談の舞台にちなむという話がある。ちなみに戦国時代,「談合」の語に否定的なニュアンスはない。というか,みんな普通に「座」とかで“談合”してた時代だし。
で,何が言いたいかというと武蔵の西端から甲府までは,街道の結節点=城で数えて三つである。ここまでの戦で,各地に配置してしまった城主軍団の到達範囲に合わせ,武田領を端から削るのと並行して,主力はのちの甲州街道を驀進,瞬く間に甲府を陥れる。
武田家の細かな抵抗や,目論見どおりにいかなかった部分もあって,武田領のほとんどは実力で切り取るハメになった。ともあれ武田晴信は戦の手傷が元で亡くなったと思しく,信廉率いる武田はついに降伏,我が家の従属大名となった。
そうそう,他大名家を力で従属させたいときに,気をつけるべきポイントにも触れておこう。部将の居城は年に1回しか再配置できないので,大きな敵に対する攻め口は分散しがちなのがこのゲームだ。しかし,どの順番で攻め懸かるかが,意外に重要なのである。
というのも,府中近辺の城を落としたところで,武田家はいったん降伏したのだが,これを受け入れても武田家のほかの城に対する攻撃プロットはキャンセルされなかったのだ。結果として我が家は武田を再び敵に回したばかりでなく,素直に従属した大名から力で領地を奪う悪人どもとなってしまい,威信値まで落とすハメになった。降伏の条件となる敵の本城攻撃は,最後のプロットに設定するのがお勧めだ。
また,力で降伏させた武田家の「怨」パラメータはそのまま維持され,そのせいか毎ターン互いに有能な使者を送り合っても,外交感情は「絶交」からぴくりとも動かなかった。情勢が不安定化するや,ただちに敵に回るだろうというあたり,確かにリアルかもしれない。
それにしても。事実上越中に流されたも同然の上杉は,なかなか粘り強く生存を模索している。出羽(山形県+秋田県)や陸奥(福島県〜青森県)に点在していた城持ち部将と配下の豪族をうまく動員して,自身は越中に逼塞したまま,日本北部をほとんど配下に収めつつあるのが,素直にすごい。
武田を降して当面の安全を確保した我が家は,軍団を二手に分けて片方を越後から北上させ,陸奥/出羽の上杉領を接収する。……なんというか,心情的には上杉の努力を買いたいのだが,和平手段がない以上,倒すか降すかするまで戦争は終わらない。哀しい成り行きである。
そして500万石の年貢高に裏打ちされた我が主力は,800万石を超える三好家との対決に向けて,東山道を着々と西上しつつあった。陣頭に立つのは当主真田幸綱。……そろそろ60歳の声も聞こえてくる頃だが,能力パラメータを見る限り,ますます元気でなによりなことである。
真田と武田,主従がくつわを並べて東山道/東海道を攻め上るさまは,史実に照らしていろいろ間違っている気もするが,とりあえずは壮麗な光景だろう。だが,美濃の入り口となる苗木城をめぐって,武田との間にまたも偶発的な衝突が起きてしまう。
仕方がないので武田の南信濃領をさらに削り,すっかり駿河に定着した武田本城を再び攻める。武田は元通り屈して,美濃攻めは我が家の専管事項になった。
三好の攻勢はそんな武田家にも容赦なく降りかかっていたのだが,ここまで来たら意地でも武田家を滅ぼさせないと心に決める。……だんだん何をやっているのか分からなくなってきたものの,とにかく三好を打倒するのが一も二もなく重要であって,武田を援護するのもそのためだ。いや,貴重な味方なんですよ。たとえ面従腹背であっても。
互いにゲームシステム上(兵農分離ルール上?)の上限兵力18万人に達していた三好と真田の戦いは一進一退となったものの,同規模ならAIより人間のほうが強い。大兵力を計画的に作り出し,鉄砲を主軸に編成した軍団が,正面から攻めて負けることはない。ただし,「雨が降ったらお休みで」(遅滞戦術か,撤退)が,我がカメハメハ家の家訓であることは,くれぐれも申し添えておきたい。
一つ,また一つと美濃の城は我が方の手に落ち,ついでに隣国尾張(愛知県)北部の城も落として進路の安全を策す。そうこうするうちに真田の石高はいつの間にか800万石を超え,日本の頂点に立っていた。
武田にこだわった理由でもあるのだが,三好とぶつかる頃の真田は,成り上がる過程で敵に回した大名家との縁を通じ,自領以外ほとんど敵という,たいへん寂しい状態に陥っていた。ゲーム的エンディングを見るには,はるか九州まで遠征の必要がありそうだ。
三好家を打倒できる見通しはついたし,それ以外の勢力が便乗攻勢に出ても,真田以上に伸びる可能性はない。強いていえば「本能寺」イベントという波乱の種はまだ残っているものの,今回はここで投了としたい。真田家は石高でも無事に「日本一ノ兵」となったのである。
いやタイトルがこうだからといって,別に意図的に天下統一しないつもりではない。だがこのシリーズのプレイヤーには,残りが作業だけになったと見るや,投了する人が多いのではないかと思うが,どうだろうか? 少なくとも私は第一作からそうだった。
正直に言うともう一つ心残りがあって,それは功利的に考えたとき,真田昌幸が当主に立つ余地がまだ生じていないことだ。「家督譲渡」コマンドを使えば,いつでも当主にできたのだが,そうすると毎ターンのコマンドポイント(CP)が減るので,プレイに徹した態度とはいえまい。
そんなわけで,真田家プレイでいわゆる「真田親子」に出番がない,実際,信幸(信之)も幸村(信繁)も登場していないということをもって,避け得なかったオチとしつつ,この原稿を終わりたい。
次回はあらためて第1シナリオの,長宗我部家に挑戦する。
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