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ゲーマーのための読書案内 / 第55回:イラク建国 「不可能な国家」の原点
この本を読んだのは,もう何年前になるだろうか。上梓が2004年で,当時新刊だった気がするので4年前というのが冷静な答えだが,その間イラク情勢は一向に改善していないように見える。現に7月28日にも大規模な自爆テロがあったばかりだ。そして,そのまさに改善しない理由を早々に指摘してくれていたのが,阿部重夫氏の『イラク建国 「不可能な国家」の原点』である。
この本はかなりの程度,20世紀初頭におけるイギリスの中東問題専門家であるガートルード・ベルの伝記と見なしてよいわけだが,彼女が手がけた大仕事の一つが,そもそもイラクという国を立ち上げることだった。映画「アラビアのロレンス」でもつぶさに描かれるとおり,第一次世界大戦に中東植民地を巻き込んだイギリスは,戦後の独立をエサに各有力部族をいいように使嗾した。例えば「サイクス・ピコ協定」という言葉を調べてみれば,そのいいかげんさの一端が分かる。
そして,友邦フランスの利害をも考慮し,部族や宗教ごとの勢力バランスを計りながら,中東諸国の国境線が決められたのである。それは決して,現地の事情に即しているとは限らなかった。
その最たる例がイラクだといってもよい。聖廟都市ナジャフを介してイランとつながるこの地域は,もともとイスラム教シーア派住民が多数を占めていたし,現在もそうだ。ご存じのようにサダム・フセイン率いるバース党はスンニ派色が強かったわけだが,何を隠そうイラクのシーア派住民を統治するには,スンニ派政権を立てたほうが内紛の危険がなくなって安定するという答えを,現地に深く通じた部族長クラスの意見を容れて最初に出したのはイギリスであり,ガートルード・ベルその人だったのだ。
以来これは,イラク情勢を見るときの基本の基本になっていたわけで,その図式を崩してイラクにシーア派政権を立てようというアメリカの方針は,突飛というか破天荒というか,侵攻に踏み切った当初から首を傾げる人の多かった論点なのである。いわんやそれにイギリスが協力するにおいては,地球規模のブラックジョークに見えた。
フセイン政権の功罪はさておくとして,イラクからスンニ派政権を取り除く以上,かなりの妙手が打たれるほかないと世界中が思っていた。その内実がどうだったのかは冒頭で述べたとおりだ。この,あまりにも見えていたオチに対して,アメリカ国内の有力シンクタンクやアラビスト達がどう関わったのか(あるいは関わっていないのか),たいへん気になるところである。
さて本書では,第一次世界大戦を挟んだ大きな変動期に,中東の有力者と,イギリスの中東専門家達がどう動いたかが順を追って解説されている。そして,その中にはイラク問題の発端ともいうべき,イラクとクウェートの分離も含まれる。
なぜイラクとクウェートが別の国になったかといえば,イギリスがイラクの将来を委ねるべく探し出した有力者が二系統いて,結果としてそれぞれに分け与えざるを得なくなったのだという,身もフタもない経緯が真相だったりする。サダム・フセインによる軍事侵攻の可否とは別に考えたとき,少なくとも彼の主張も一片の真実を含んでいたことだけは,認めざるを得ないのである。
そんな中東情勢に,例えば我が国の自衛隊はコミットしていて,それを題材にしたPCゲーム(のシナリオ)もあるくらいなのだが,結局日本にとってのイラク情勢とは,対米関係に終始しがちである。アメリカのブッシュ政権,イギリスのブレア政権と異なり,奇妙なことに大量破壊兵器がなかろうが,アルカイダとの関連が立証できなかろうが政治責任は生じなかった。
それが日本外交の基調であるといえなくもないが,我々はもう少し中東自身に目を向け,いろいろなことを知っておいても悪くないと思う。シオニズムをめぐる問題(PLOはパンナム機を狙ってハイジャックする集団だったことを思い出してほしい)といい,「イスラム教原理主義」なる単語の意味内容といい,アメリカバイアスが無難とは限らない。
実際,ホメイニのイランこそがアメリカの脅威だったとき,アメリカはフセイン政権に軍用機すら供与していたし,フセイン政権打倒を目指してクルド人が蜂起したとき,父親のほうのブッシュはこれを見殺しにしている。クルド問題はクルド問題で,おいそれと肩入れできない話であり,中東,とくにイラク周辺にはそうした火種が,多数重畳しているのである。
また,仮に結果としてアメリカバイアスが無難だとしても,誰にとっての無難なのかくらい,知っておいて悪くはあるまい。そうした意味で本書は,中東情勢の基層を学ぶに当たって,たいへん実践的かつ興味深い入門書たり得ていると思う。
いろいろな独立がありますからねえ。
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