芸能
大網亜矢乃の構成要素:第13回「夢つき兎」(後編)
前回,突然スタートした,まか不思議な物語「夢つき兎」も,今回掲載する後編で完結となります。前編の最後に突然登場した担任の先生は,後編にもちゃんと出てくるのでしょうか? そして物語はどんな結末を迎えるのでしょうか?
「クワガタだ!!」
弟の甲高い声が森に響く。弟の目は,これまで見たことがないほどに輝いていた。
少年は,「僕にもこういう時期があったっけ?」と思いながら,少しだけ弟のことが羨ましくなっていた。そして同時に,
「あのイラ木にもこういう時期があったのかな? いや,ないな。あいつには」
と考えていた。
じいちゃんが,
「よしっ!」
と気合いの入った声を出し,ポケットから何やら餌のようなものを取り出すと,それは鳴き声を発していた。
なんとなく聞き覚えのあるような鳴き声に,まさかと思いながら近づくと,その餌は自分が描いていたイラ木虫そのものだった。じいちゃんにつままれた虫は,小さな声で,だけど例の口調で「しょせん〜」と鳴いていた。
これは悪い夢か? あぁ気味が悪い。こんな夢,イラ木と一緒に焼却炉行きにしてくれ。少年は心の中でそう強く願い,イラ木虫に背を向けた。
一方,弟はイラ木虫を一瞥し,
「ヘンな虫〜」
と言っただけで,クワガタに夢中だ。
じいちゃんは,イラ木虫を木に置いて,クワガタをおびき寄せるつもりらしい。木に置かれたイラ木虫が,「しょせん〜」と蚊のように小さな声で鳴きながら,イヤそうな顔でクワガタを見ていると,クワガタもそんなイラ木に気付いたのか,徐々ににじり寄っていく。「今だ!」
というじいちゃんの声に合わせて,弟が小さな手で素早くクワガタをひょいっとつかんだ。その瞬間,イラ木の野郎の顔は木のように伸び,
「しょせん時間切れ〜」
と言いながら,少年と弟の正面に現れた。
あまりの出来事に二人は一瞬放心したが,やがて弟が,
「じいちゃ〜ん」
と泣きだすと,じいちゃんが一言,
「すまんな」
とだけ言って,森へと消えていった。
そしてイラ木がいた場所には,いつの間にか灰色の兎だけがちょこんと立っていた。
兎は灰色なのに青い顔をしながら,
「おい,こいつをどかしてくれ! このハサミがおっかねぇんだ」
と二人に助けを求める。ふと見ると,さっきのクワガタが兎の耳にとまっていた。
弟が泣きながらクワガタに手を伸ばすと,その手から逃れるべく,クワガタは大きな羽根を広げようとする。その拍子にボタンでできた兎の赤い目が,クワガタのハサミに引っかかり,ぶちっと取れた。どうやら縫いつけてあった糸が,最初から少しほつれていたらしい。クワガタはそのままハサミで赤いボタンを日の丸のように掲げながら,じいちゃんを追うように森へ消えていった。
呆れたようにつぶやく兎を,泣き疲れた様子の弟が心配そうにのぞき込み,
「痛くない?」
と聞くと,兎は耳を触りながら,
「あぁ,初めてじゃないから全然平気。しかし,惜しかったなぁ,クワガタ」
と,悔しそうに答えていた。
その様子を見ていた少年は,少しいらだちながら,
「なぁ,なんでイラ木が出てくんだよ?」
と尋ねると,兎は少しクールに,
「知らねぇよ。俺は夢のコントロールまでできないんだよ。夢は何かを知らせている場合もあるし,自分の願いが映像になったりすることもある。人間の脳みそのことはよく分からん。まあ,兎としては羨ましい限りだがな。だから贅沢言うな」
と言って,少しだけ笑顔を浮かべた。
「兄ちゃん,おじいちゃんが森になっちゃったね」
と,弟が再び顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしながら言った。弟の言葉の意味を,少年はうまく理解できないでいた。
弟はその状況に飽きてしまったのか,
「兄ちゃん,お腹空いた〜」
と言いながら,兎を抱き上げた。
「俺は食用じゃねぇからな!」
じたばたする兎を見ながら少年は,
「子供って,いっぱい泣くとお腹が空くんだな……」
と妙に感心すると同時に,なぜだか少しホッとしている自分に気付いていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
その日の夜,少年と弟は母に連れられて銀座まで出かけ,夕飯を済ませた。弟はかなりお腹が空いていたようで,銀座に向かう車の中で,得意の空気食いをしていた。
弟は食事中,さっきまでの出来事を母に話したくてウズウズしていた様子だったが,「兎」「蛙」「じいちゃん」は,すべて母の顔色を変えるキーワードであるため,喉まで出かかった言葉を,オムライスで逆流させていたようだ。
帰りの車内,弟は満足したのか兎の人形を抱きしめながら眠り,少年は眩しい夜の街を窓から見ながら,一日のことを振り返っていた。
そのとき運転していた母が,独り言のように言った。
「さっき学校から電話があってね,坂木先生,亡くなられたんだって。息子さんから暴力受けていたらしいの。奥さんを早くに亡くしてから,息子さんと二人暮らしで,たいへんだっていうのは噂で聞いていたけど。まさか自殺なんて……」
少年の耳には,さっき聞いた兎の言葉が甦っていたが,弟が抱く兎は人形のままだった。
家に着くとさっきの話題を打ち消すかのように,母が少し明るい声で,少年に聞いた。
「そういえば誕生日プレゼント何が欲しい?」
「妹」
その答えを聞いた母は,
「そう」
とだけ言い,それから黙ってしまった。
母に意地悪をしてしまったことを少し反省しながら,弟をおぶって部屋に入った少年が電気をつけようとした瞬間,ガサガサと何かが動く音が聞こえてきた。耳をすますとその音は,机のほうから聞こえていた。
少年は弟をベッドに寝かし,忍び足で机に近づくと,また何かがガサッと音を立てて動く。ゴキブリだろうか……? ゴキブリが下に逃げたら母が近所迷惑なほどの悲鳴を上げるのが目に見えているから,ここで始末しないと。そう思って机の下に潜り込んだところ,今度は頭上からガサッと音がした。
少年が机の上に目をやると,カラのはずの虫かごに,1匹のクワガタ狭そうに入っていた。
その夜,少年は興奮したままベッドに潜り込み,月を眺めながらいつの間にか眠っていた。夢を見ることもなく,深く深く眠りの中に潜っていた。
翌朝,「兄ちゃん!!!!」と寝癖で頭が爆発した弟が,少年の部屋に目覚まし時計のように駆け込み,ベッドに飛び乗った。
弟の手にはあの兎の人形があり,そのボタンでできた片目が,ピシピシと少年の頬をたたくと,そのひんやりした感触が,再び少年を眠りへといざなう。やがて弟は,母のいるリビングへと走っていった。
それから少しの時間が経ち,少年がのろのろと起きあがって窓に目をやると,片目の兎がコテンと横たわっていた。少年はなんとなく,兎を窓の外の景色を見やすいように座らせた。
昨日,偉そうな口調で喋っていた兎がどことなく寂しげな様子なのを見て,少年は「今夜も満月だといいな」と,兎越しに空を見上げた。
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東から吹く風を目の中に閉じ込めて耳をすます。
夏の終わりを告げる秋の声。
秋の訪れとともに,13歳になる日がやってくる。
クワガタやカブトムシですら苦手なほどに虫嫌いだけど,子供のころは素手で虫をつかむのも平気だったな……なんて遠い目をしてしまいがちな大人の人は,きっと少なくないはず。それこそ,虫を餌にして獲物を捕まえた経験のある人だっているでしょう。オンライン3D釣りゲーム「釣りパラダイス!」では,なんと餌堀り場でミミズやカワムシやアカムシを捕まえて,そいつを餌に魚釣りを楽しむことが可能。「釣りには興味あるけど,練り餌以外には触りたくないなー」なんて人も,ゲームなら安心(?)です。余談ですが,Googleで「釣りパラダイス」と検索すると,千葉県山武市の管理釣り場が最上位に表示されます。
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