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ゲーマーのための読書案内 / 第47回:スカイ・クロラ
『スカイ・クロラ』
著者:森 博嗣
版元:中央公論新社
発行:2004年10月
価格:620円(税込)
ISBN:978-4122044289
森博嗣といえば,なんといっても「犀川&萌絵シリーズ」が有名だとは思うのだが,今回はよりゲームモチーフに近しい「スカイ・クロラ」シリーズを紹介しよう。
舞台は架空設定の地球。国家という概念は衰退し,巨大企業が世界を分割統治する未来である。この世界にはキルドレと呼ばれる永遠の少年少女達が存在し,その卓越した能力は,エンタテインメントと化した「戦争」における戦闘機乗りとして,遺憾なく発揮される。
とはいえ,本作にミリタリーアクションやミリタリーサスペンスを期待すると,だいぶ肩透かしを食らうことになる。本作では非常に緻密な空戦描写がなされ,ページ数のかなり多くを空戦そのものが占める。後述するようにそれは,夾雑物を徹底して排除した空戦であるから,むしろフライトアクションゲームの手際良いプレイを活字で再現したようなものと評せる。
それに加えて陰謀や謎解きといった要素も縦横に展開される。だが,そういったギミックを加味してなお,本作は作品としてはむしろ純文学に近いテーマを芯に据えているといえる。
本シリーズは,いわば引き算への飽くなき挑戦である。5冊で1シリーズを構成するわけだが,どれが一番最初の物語であるか厳密には決定されない。そうでありながら,全体から漠然とした時間の流れを感じさせる仕掛けは,ナラティブ(物語。より正確には“語られる”ものや形自体)から時系列を引き算する試みだ。
一応,2番めに発表された「ナ・バ・テア」が最初のエピソードで,そこから発表順に物語が進み,最後に「スカイ・クロラ」が来るということになるだろうが,必ずやこの順番でなくてはならないというほどの支配力はない。5冊のうち,どこからどのように読み始め,読み進めたとしても,総体としてのストーリーが大きく破綻することはない。
同様に,一応主人公は草薙水素(すいと)という名の天才女性パイロットといえるが,必ずしもそうであるとは断言できない。むしろシリーズ全体は,登場人物から固有性を剥奪する方向で構築されていく――登場人物の名前がほとんど書かれることなく進行していくギミックは,ミステリの叙述トリックでも多用されるが,個人的には登場人物から固有性を引き算する試みとしての要素が,強いように思われる。
これ以外の部分でも,「引き算」は本シリーズにおける重要なキーワードとなる。飛行機にとって――とくに本シリーズでは,ジェット技術が抑止され,空戦はレシプロ機で行われるため――重量は大敵の一つだ。邪魔なものを可能な限り取り去り,脱ぎ去っていった先に存在する美しい世界,それが本シリーズが描く空戦である。
だから,登場人物の設定である永遠の子供=キルドレにしても,永遠に不完全で未成熟な存在であるとは定義されない。むしろ,人が大人になることによって背負ってしまう無駄や余分から永遠に自由な,より純粋な存在として描かれる。
その引き算の末に行われるのが空戦だ。そもそも自力で飛行する能力を持たない人間が機械の力を借りて空を飛ぶことは,それだけでも一大事業だし,おそらくエネルギー効率的には飛ぶより飛ばないほうが良い。そうであるにもかかわらず,またそこまでして飛んだ先で行うのが,殺し合いという人間の最も原始的な衝動の発露である。エネルギー工学的にいって,これ以上の無駄は滅多にない。
しかも,この世界の戦争はただのエンタテインメントであり,制空権といった概念はほとんど意味を成さない。キルドレらが織り成す戦闘は,本当に,慣例的な経済効果以外の意義を持たないのだ。
究極の無駄。それが,本シリーズの描く引き算の末に残った解である。
だが,そうであるからこそ,問われねばならない。無駄とは何か――省みていえば,意味とは何か。
時系列も,人物の個有性も,行動の有意性もすべて剥ぎ取ってなお,本シリーズは物語として成立している。まるでMMO型のFPSで,あるいは多くのBBSで無数の「名無し」さん達が遭遇と交戦を繰り返す,そのこと自体がエンタテインメントとして成立するように。
意味を問い,意味に価値を付与するのは簡単であり,また,我々は自然とそれを欲する。しかし結局のところあらゆる人間はいつか死ぬのであって,それにもかかわらず生まれてくるという,究極の無駄を背負った存在としてある。だから我々は意味や価値といった「無駄でない証拠」を求め続ける。
だが意味や価値は重荷にすぎない。そしてそういった重荷を背負っていては到達できない世界=空を自由に舞うものにとって,すべてを引き算したあとに残るのは死だけだ――この透き通った美しさを求める哲学は,森作品全般に通じる魅力といえるだろう。
映画や小説に付随する「○○の謎」本や,ヒットしたゲームの「2」に追加されるさまざまなギミックのように,エンタテインメントは得てして(半ば強迫神経症にも似た)足し算に偏りがちだが,引き算もまたスリリングなエンタテインメントを提供できるのである。
なお本作は押井 守監督によりアニメ映画化され,2008年8月2日に公開される。異能(異脳?)の二人によるコラボレーションが何を生み出すのか,期待したいところだ。
戦闘機は,天賦の才が求められる兵科ですな。
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- ライター:徳岡正肇
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