業界動向
Access Accepted第801回:老舗ゲーム雑誌「Game Informer」の突然の廃刊に想う
かつて商業誌で実質的に発行部数1位である800万部の出版部数を誇っていたアメリカのGame Informerが突然のように廃刊になり,公式サイトも閉鎖されて,長年にもわたって積み上げられてきた記事の数々にアクセスできなくなった。これまで33年という歴史とゲームの記憶が失われてしまったが,そんな喪失感のなかでGame Informerと親会社の辿ってきた軌跡を振り返っておこう。
発行部数800万部の老舗ゲーム雑誌「Game Informer」
2024年8月2日,過去33年にわたって販売されていたゲーム専門誌「Game Informer」が,公式Xにて突然のように廃刊をアナウンスした。通常,ゲーム関連に限らず雑誌が休刊する際には,編集者や記者の思いが詰まったようなフェアウェルメッセージ(お別れの言葉)が表紙やページ内に書き込まれていてもおかしくはないが,「Dragon Age: The Veilguard」が特集された第367号(2024年6月号)が最後となってしまった。
ゲーム情報ブログのGame8によると,廃刊のアナウンスと同日にGame Informerの主要スタッフが会議室に呼び出され,会社の即時閉鎖と退職金付きの全員解雇を告げられたという。
アナウンスと共になぜか長年の記事が詰まった公式サイトだけでなく,廃刊のアナウンスをしたXなどのSNSも一斉にシャットダウンされたのは驚きの一言で,多くのゲーマーやゲーム企業が認知する情報誌だったわりには,版元からのリスペクトが感じられない残念なエンディングとなってしまった。
Game Informerは,小売りチェーンだったFuncoLandによって,店内で配布される販促用の6ページのニュースレターとして1991年8月に創刊されたのが始まりだ。1996年8月にはIGNなど古参のオンライン媒体に先駆けてGame Informer Onlineが立ち上がり,日刊ベースで最新情報が掲載され始め,1999年からはフルタイムのWeb専用編集者が雇用されるなどしている。
さらに2000年になってFuncoLandがGameStopにより企業買収されたことで,ミネソタ州に拠点を移し,その後20年にわたってCEOのキャシー・プレストン(Cathy Preston)氏と名物編集長のアンディ・マクナマラ(Andy McNamara)氏のもと,Game InformerはGameStopチェーンでのゲーム販売向けメンバーシップ「Power Up Rewards」の年間特典として,雑誌が月刊で出版されていた。
Game Informerの破竹の勢いは,当連載「第301回: 巨大ゲームメディアに躍進したGame Informer誌」で詳しく紹介したことがあるが,2011年にはタイムズ,スポーツ・イラストレイテッド,プレイボーイなど誰でも知る各分野の人気雑誌を抑え,月刊で800万部と,アメリカ第3位の発行部数を誇る雑誌へと成長していく。1位と2位は,アメリカの退職者組合が無料発行して会員に配る雑誌だったので,商業誌としては実質的に天下を取っていたようなものだった。
ゲームパブリッシャにとって,Game Informerで独占記事を掲載することの宣伝効果や栄誉は絶対的なものであり,年間10枠の1つを目指してさまざまなメーカーによる独占情報が公開された。GameStopも,最盛期にはヨーロッパからアジアまで全世界に広がり6690店舗を持つに至るなど,ゲーム流通とGame Informerという双璧のビジネスで,ゲーム業界と消費者をつなぐ絶大な力を誇示していたのだ。
突然の廃刊とゲームの記憶の消失
しかし2010年代に入ると,Eコマースの進展により,ゲームソフトのオンライン販売やオンライン配信が盛んになり,GameStopの業績は急激に悪化してしまう。2016年のクリスマスシーズンには16%の収益減になったことは「第604回:北米ゲーム市場に見るオールドビジネスの終焉」でも紹介している。
その後は店舗数を3分の1ほど削減させて,今では4100店舗ほどに落ち着いているものの,コロナ期間中で業績が好転するはずもなく,2023年時点でもグループの収益はひどく落ち込んでいる。投資家の「ショートスクイーズ」により,GameStopの株価が最大で1500%急上昇するという事件に巻き込まれることもあったが,最近ではアイルランド市場からも撤退するなどリストラが継続されている。
かつての勢いを失ったGame Informerだが,2020年にCEOのプレストン氏が引退,29年も関わった編集長マクナマラ氏が退職,さらに主力メンバーだったベン・ハンソン(Ben Hanson)氏は独立してポッドキャストに主戦場を移し,2022年にはクリエイティブディレクターのジェフ・アカ―ビック(Jeff Akervik)氏や新編集長として2年ほどコロナ禍の難しい時期に奮闘したアンドリュー・レイナ―(Andrew Reiner)氏もゲーム開発者へ転身してしまい,絶頂期を支えたオリジナルメンバーたちはすべていなくなってしまった。
筆者もかなり初期からの読者の一人ではあったが,オンライン版のサブスクリプションサービスが提供されるようになってからは,ページ数も徐々に減っていったように感じている。今年に入ってからはPower Up Rewardsプログラムから独立させるなどしていたが,それが改革ではなく廃刊の前兆だったことは,多くの読者が想像していなかったことだろう。
Game Informerのスタッフにとっても,突然の廃刊は寝耳に水だったようで,多くの従業員たちは自分のソーシャルメディアを使って,自分たちの積み上げてきた仕事が一瞬にして形跡を失くしてしまったことに失望と悲しみを表明している。筆者も同じゲームジャーナリストとして,何十年も積み上げてきた“伝統としての仕事の軌跡”が,不意にまったくアクセスできなくなり,世の中から忘れされてしまうことが,どれだけの悲劇的なことなのかを察するに余りある。
GameStop側のリーダーシップがそうした創作物の重要性に無関心なのか,サーバーのレンタル更新の期限だったのか,なんらかの理由があるとは思うが,リローンチ後の2003年から積み立てられてきた公式サイトの記事はすべてアクセスできず,ただ一枚の血の通わない無記名メッセージが掲載されているだけだ。雑誌オンライン版やYouTubeの動画シリーズはまだ閲覧可能とは言え,どこか我々な大切な文化を保存していた図書館が一瞬として灰と化してしまったような気分にもなる。
ゲームソフトも昨今では多くの人に文化的価値が認識され,古いゲームの保存活動なども行われるようになっているが,その時代を生きた人たちがゲームについて何を考えたか,その批評や論点,ニュースなども,古いほどアクセスするのは難しくなる。紙媒体がなくなっていくのはテクノロジーやメディアの進化を考えれば仕方がないし,Game Informerは図書館に残されているかも知れないが,多くのジャーナリストたちが積み上げてきたオンライン版の創作物が,感傷に浸る間もなく瞬間的になくなってしまったことに,筆者は怒りと悲しみを感じざるを得ない。
※来週(8月26日)は筆者取材のため,休載となります。次回の掲載は9月2日を予定しています。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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