業界動向
Access Accepted第796回:キャンセルされてしまった期待のゲームプロジェクトたち
ライフシム「Life by You」がキャンセルされたというのは残念なニュースだったが,ここのところゲーム会社のリストラは,日常茶飯事といえるほどの頻度で話題になっている。解雇された開発者がいるということは,彼らが参加していた“未発表タイトル”の開発は中止となってしまうわけだ。今回は,そうしたプロジェクトを記憶しておくためにもまとめておきたい。
大型プロジェクトがキャンセルになる根本的原因
日本時間の6月18日,Paradox Interactiveが年内のアーリーアクセス版リリースを予定していたライフシム「Life by You」の開発中止がアナウンスされた(関連記事)。Paradox Interactiveは,「Cities: Skylines」をヒットさせたことで,Electronic Artsの「シムシティ」から街作りシムの代名詞的な立場を奪ったように,「Life by You」も「ザ・シムズ」の対抗馬とするべく開発をサポートしてきただけに,Paradox Interactiveの幹部が「苦渋の決断だ」と述べた理由も分かる。
「Life by You」は,カリフォルニア海岸部を思わせる,山と海に挟まれた広大な地域にある街を開発し,その中で暮らすキャラクターたちに介在することでストーリーを紡いでいく。家屋やインテリアだけでなく,キャラクターやイベント,さらには会話やクエスト,そしてゲームプレイまでもカスタマイズできる数々のツールセットを用意するという野心的なプロジェクトだ。会話も「ザ・シムズ」のようなプリセットではなく,ムードや相手との相性によって多彩に変動していくシステムが用意されるなど,現代的なフィーチャーもあった。
発表当初,「Life by You」は2021年のリリース予定だったらしい。新型コロナウイルスの感染防止として普及したリモートワーク化の影響もあったはずだが,まさか3年も遅れるというのは予期できなかっただろう。
何度かの延期発表後に設定された2024年3月のアーリーアクセス版リリースが間に合わなかったことにより,Paradox Interactive社内でプロジェクトの見直しが行われ,再延期ではなく開発そのものを中止するという決断に至ったわけだ。
ここ最近は,欧米のゲーム業界に解雇の波が押し寄せているというのは,当連載の「第786回:ゲーム業界の就職氷河期に光を照らす灯火たち」などでも述べているとおりだ。さまざまな開発ツールやミドルウェアの登場によってゲーム開発の技術的なハードルは下がり続けているが,開発費そのものは高騰し,それがパブリッシャを追い込むことになっている。
その大きな理由が,アメリカにおける人件費の急激なインフレだ。現在の同国における基本給の平均は11万6189ドル(約1836万円)で,2000年の4万800ドルからほぼ3倍にも上昇している。AAA級のゲームであれば,1000人から2000人という開発者が関わり,その予算は“1ビリオン”(10億ドル)にも達するほどに膨張しているという。
もちろん,それだけの予算と人員をかけてもヒット作を生み出せる保証はない。今後は「Life by You」のキャンセルなど可愛いく見えるほど,大型プロジェクトの中止もパブリッシャのリスクヘッジとして行われるのではないだろうか。そんな厳しい状況下のなか,正式発表される前にキャンセルされたプロジェクトをいくつか振り返ってみたい。携わった開発者達にとっては無念極まりないはずなので,せめて我々の記憶には残しておきたいと思う。
Odyssey (Blizzard Entertainment)
MicrosoftがActivision Blizzardの買収を完了して間もない2024年1月25日,Blizzard Entertainmentの5代目社長としてジョハンナ・フェイリース(Johanna Faries)氏が就任する直前に,Activision Blizzard,ZeniMax Media,そしてXbox部門の2万2000人のうち,8%にあたる1900人あまりの人員削減が行われた。「Hi-Fi Rush」で評価を受けていたTango Gameworksも閉鎖されることは多くのゲーマーにショックを与えたが,このリストラの際にキャンセルされたのが,コードネーム「Odyssey」として知られたMMOプロジェクトだった。
「Odyssey」は正式には発表されないままだったので詳しいゲーム内容ははっきりしないが,実世界とファンタジーワールドを自由に往来できるような,複合型のゲーム世界をフィーチャーしていたと思われる。Bloombergに掲載された情報によると,6年も開発が行われていたが,ゲームエンジンの開発が難航していることにより,これ以上の開発継続を断念したという。
Halo Battle Royale (Microsoft Game Studios)
「Odyssey」と時を同じくして開発中止の憂き目にあったのが,コードネーム「Tatanka」もしくは「Halo Battle Royale」として知られていた,その名称どおり「Halo」シリーズの世界観の中で楽しむバトルロイヤルゲームだ。「Halo Infinite」がリリースされた2021年12月ごろからウワサは出ており,Eurogamerでは2年にわたって開発が行われてきたことが2022年9月に報道されていた。
「Halo Infinite」が鳴かず飛ばずの結果になったことで,開発元の343 Industriesは大幅に規模が縮小され,「Halo Battle Royale」はCertain Affinityによって開発が進められていたが,結局は中止に追い込まれた。その影響は大きかったようで,Certain Affinityは2024年3月に全体の約10%となる25人の従業員を解雇したという。
Disco Elysium新作 (ZA/UM)
イギリス及びエストニアを拠点にするZA/UMの「Disco Elysium」(2019年)といえば,独特のアートスタイルと,ストーリーテリングを重視した独創的なRPGとして高い評価を得た作品だが,その続編として開発されていたのが,コードネーム「X7」というプロジェクトだ。
しかし,ZA/UMは2024年2月に,リードライターだったアルゴ・トゥーリック(Argo Tuulik)氏を含む全メンバーの約25%となる24人の解雇と,「X7」のキャンセルをアナウンスした。2022年10月にはリードデザイナーのロバート・クルウィッツ(Robert Kurvitz)氏や元プリンシパルライターのアレクサンデル・ロストフ(Aleksander Rostov)氏らも退社しており,コアメンバーの多くが去ってしまっている状況だ。
「X7」の制作発表も行われていない段階だったが,ZA/UM内部は以前からギスギスした状態にあり,2024年2月より数か月前にはメンバーの多くが過重労働を強いられるような事態になっていたとされる。同作のキャンセルは,成功したインディースタジオでもリストラの危機からは逃れられないことを物語っているのではないだろうか。
Deus Ex新作 (Eidos Montreal)
急激な拡大が裏目に出て資金難に陥っているパブリッシャのEmbracer Groupについては,「第762回:強気の買収攻勢をかけていたEmbracer Groupが大規模なリストラプログラムを発表」でも紹介したトピックだ。1月29日には,Eidos Montralの全従業員の20%ほどとなる97人が解雇され,「Deus Ex」シリーズ新作の開発がキャンセルになったとことが明らかにされた(関連記事)。
「Deus Ex」と言えば,ディストピア化した近未来世界で,プレイヤーが考えたさまざまなやり方でミッションをこなしていくという1人称視点型のアクションRPGで,2000年の1作目から2016年の「Deus Ex: Mankind Divided」に至るまで,多くのファンから高い評価を得てきたシリーズだ。
Embracer Groupは業界に先駆けて週4日制を導入したことでも知られるが,2022年5月にスクウェア・エニックス・ホールディングスからEidos Montrealを買い取る形でDeus ExのIPを獲得したのち,続編をアナウンスすることもなく開発を中止してしまった。現在,Eidos Montrealは,Xbox Game Studios傘下のPlayground Gamesが開発中の「Fable」の開発補助をしているとされる。
Twisted Metal新作 (Sony Interactive Entertainment)
Bloombergによると,2024年2月にSony Interactive Entertainmentが行った900人規模のリストラの中で,多くの犠牲を出したのがイギリスのリバプールを拠点にするFirespriteだ。
PSVR 2向けの「Horizon Call of the Mountain」でも知られるFirespriteだが,このリストラと共にキャンセルされた未発表作品が,10数年ぶりのリバイバルとなる「Twisted Metal」の新作だった。
いわゆるデストラクション・ダービーを核としたカーアクションがメインの「Twisted Metal」は,アメリカにおける初代PlayStationのローンチタイトルとして1995年11月にリリースされて以降,PlayStation 3までシリーズ作が投入されてきた歴史がある。シリーズに登場する,燃え盛る頭のピエロのアートを覚えている人も多いだろう。
新作は,2023年夏に公開されたドラマシリーズが一定の評価を得たことで始動していたと思われていたが開発は中止となってしまった。“スライ・クーパー”や“ジャックxデクスター”同様,初期PlayStationを飾ったキャラクターたちは,日の目を見る機会にあまり恵まれないようだ。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
※次回の更新は2024年7月8日の予定です
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