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Access Accepted第773回:他界した声優のボイスをAIで復活させた「サイバーパンク2077」。進化を続ける生成系AIはゲーム業界にどのような変化をもたらすか
ハリウッドでは,AI利用への危機感を含めた待遇改善に向けたストライキが続いているが,その一方で生成系AIの進化を歓迎するドラマ制作者は少なくないようだ。また,ゲームビジネスにおいても,亡くなった声優の声を蘇らせたり,膨大な時間が掛かるアセットのHD化を行ったりと,ポジティブに活用されている。
遺族の了承のもと,復活を遂げたヴィクター・ヴェクター
身体の改造による能力拡張(オーグメンテーション)が日常になるという未来を描いた「サイバーパンク 2077」。ローンチ当初の問題を跳ねのけて徐々に評価を高め,現時点では各プラットフォーム総計で2500万本を売り上げ,9月末に配信された大型DLC「仮初めの自由」も初週で300万本のセールスを記録するなど,揺るぎない人気作へと成長している。
そんな「サイバーパンク 2077」を開発するCD Projekt REDは,「仮初めの自由」の開発にあたって声優の声を再現するために,AIテクノロジーを利用していることを発表した。
ゲーム中でヴィクター・ヴェクター役を務めた,ポーランドの著名な俳優であるミウォゴスト・レチェク(Miłogost Reczek)さんが,「仮初めの自由」の収録以前となる2021年に亡くなったため,AIアルゴリズムを活用して彼の声を持つヴィクターを再現したという。
もともとは別の声優を起用したり,オリジナル版で収録したものを使いまわしたりといった手法も検討したが,満足できる結果にはならなかったようだ。そこで,レチェク氏の遺族の同意のもと,生成系AIによる音声再生技術ソフト「Respeecher」を利用したという。この内容は,同社のローカライゼーション・ディレクターのミコライ・スウェド(Mikołaj Szwed)氏が,Bloomberg誌でのインタビューにて語っている。
その手法は,別の声優を使ってセリフを録音したものに,レチェクさんの声のサンプルを使って学習させたAIで調整するというもので,レチェクさんの遺族らは非常に肯定的に反応してくれていたという。
なお,「Respeecher」は,「スターウォーズ」シリーズでも活用されており,2016年に死去したキャリー・フィッシャーさんのレイア姫や,ドラマシリーズ「マンダロリアン」で若き日のマーク・ハミルさんが演じるルーク・スカイウォーカーの声を再現するためにも使われたことでも知られている。
前回の当連載「第772回:100周年を迎えたディズニーはゲームビジネスに本腰を入れるのか?」でも触れたように,現在ハリウッドでは全米映画俳優組合(SAG-AFTRA)によってストライキが行われており,彼らの配給会社に対する要求の中には,AIに関する権利保障や対策が含まれている。
この期間中は,トム・クルーズさんやアンジェリーナ・ジョリーさんら大スターたちがほぼ揃う組合員たちは映画やドラマの制作,撮影に参加しておらず,そのため現在はほとんどの新作がキャンセルされるか,撮影のスケジュールが遅延している。
しかし,ディズニーが運営するDisney+向けのドラマシリーズ「Prom Pact」では,高校バスケの試合シーンの背景にいる観客たちにAIが利用されていることが話題になっており,制作者側との溝は埋まっていないようだ。「本物の役者の代わりにアバターが使われる」というのはゲームでは一般的なことだが,SAG-AFTRAはビデオゲーム企業への交渉も含まれることを9月末に公表しており,この問題は決してゲーム業界と無関係の話ではない。
ただ,こうした動きは少なくともポーランドを拠点に,多くのヨーロッパ人俳優を起用するCD Projekt REDの「サイバーパンク 2077」には影響があるものではなく,レチェクさんの息子たちにとってはゲーム上に父親の声が復活することは,決してネガティブなことではなかったようだ。
ゲーム産業の不可能を可能にしつつある生成系AI
2023年3月に掲載した「第752回:急速に発展を遂げる生成系AIとゲーム業界」でも紹介したとおり,機械学習をとおして自らアセットを生み出せるようになった生成系AIは進化を続け,ゲーム業界で活用されることが増えている。
イギリスを拠点にするRevolution Softwareは,1990年代に冒険ゲームの「Broken Sword」シリーズで大ヒットを記録したメーカーだ。1989年に創業され,ゲーム業界では“老舗”と表現するべき歴史を歩んできたが,大型化することなく小規模な開発チームを維持し,「Broken Sword」の続編開発や異なるプラットフォームへの移植といった活動を地道に続けている。そんな彼らが,Gamescom 2023のXbox Showcaseで発表したのが,シリーズ第6弾となる「Broken Sword Parzival's Stone」だ。
Mac OS,DOS,Windows,そしてPlayStation向けに1996年にリリースされたシリーズ第1弾「Broken Sword: The Shadow of the Templars」は,手描きで作り込まれた3万点を超えるスプライト画像が美しいゲームだったが,HD環境が普通になっている現在のゲーム機では1つひとつのサイズが小さ過ぎるため,それを膨大な時間を使って新しく作り直す必要がある。
しかし,手作業ではあまりにも膨大な時間がかかってしまうため,自動HD化の方法を模索し,GAN(生成的対立ネットワーク)を研究する近くの大学機関にコンタクトを取ったという。加えて,NVIDIAのエンジニアからAI生成モデルを微調整していく協力を受けた結果,1点につき5分から10分程度での自動HD化が実現したそうだ。これにより,開発チームはキャラクターなど重要なアートワークの再生に時間を使えるようになり,「Broken Sword Parzival's Stone」が作られることになったのだという。
2021年にEpic Gamesがリリースしたキャラクター生成システム「MetaHuman」は,2023年6月に新機能セット「MetaHuman Animator」がリリースされたことでさらに進化を遂げ,iPhoneで撮影した人間のパフォーマンスを,そのままMetaHumanのキャラクターへと仕上げられるようになった。
2023年3月に開催された「State of Unreal」では,Ninja Theoryとの協力でリリースされた「Senua’s Saga: Hellblade II」のライブデモが行われ,開発者たちが集まるイベント会場の壇上で実際にiPhoneを使い,リアルタイムでセヌア役のメリナ・ユーゲンス(Melina Juergens)さんのパフォーマンスをキャプチャリングしてみせた。
MetaHuman Animatorのリアルタイム生成には,「DeepMotion」というAIモーションキャプチャ技術が利用されており,カメラに取り込まれる表情やボディの奥行きの深度データを取得し,そこに3Dポーズを加えるようなシステムになっている。つまり,これまでトップレベルのスタジオしか持てなかったモーションキャプチャ用のスタジオや高価な機材に投資することなく,中小の独立系デベロッパでもリアルなキャラクターやアニメーションを作り出せるようになったのだ。
さらに,5月にはNVIDIAが「NVIDIA ACE(Avatar Cloud Engine) for Games」をアナウンス。MetaHumanで生成されたキャラクターをAIエージェント化する技術であり,プレイヤーがゲーム内のキャラクターとインタラクティブに会話のやり取りが可能になる。
すでにSteamストアページで公開されているInworld AIの「InWorld Origins」のように,プレイヤーのトークに対して,ゲーム内のキャラクターがロボットのような抑揚のない声で受け答えしてくれる程度ではあるが,今後も加速度的に発展していくと予想される。ハリウッドが感じているようなネガティブさを含みつつも,ゲーム業界にはポジティブな進化をもたらしているAI技術だが,果たして今後,どのような影響を与えていくのだろうか。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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