業界動向
Access Accepted第714回:ゲーム市場で存在感をなくしつつある「Google Stadia」の現在
2019年11月に鳴り物入りでサービスを開始したGoogleのクラウドゲームサービス「Stadia」に黄信号が灯っている。アメリカのビジネス系メディアによると,Googleはすでに投資対象としてのStadiaの優先順位を下げており,今後は名称変更も考慮に入れ,サードパーティにテクノロジーを提供する方向を模索しているという。うねりを挙げて変化を続けるゲーム業界だが,Googleのクラウドゲームビジネスへの参入失敗ともいえる最近の動きについてまとめておこう。
GoogleのクラウドゲームはB2B型に方向転換との報道
アメリカのビジネス専門誌「Business Insider」オンライン版(外部リンク)が報じるところによると,Googleは自社のクラウドゲームサービス「Google Stadia」(以下,Stadia)部門のビジネス開発や投資への優先順位を下げさせており,いずれは「Google Stream」というB2B向けサービスとして,クラウドサーバーやテクノロジーをゲームパブリッシャ向けに提供するような方向へ舵を取り始めたようだ。
すでにサービス提携元の具体的な名も挙げられており,自宅にいながらフィットネスジムで講習を受けているかのようなオンラインサービスをフィーチャーしたスクリーン付きエアロバイクで知られるPeloton,ゲーム企業でもカプコンやBungieにホワイトレーベルとしてテクノロジーが提供されるという。ホワイトレーベルとは,Googleのブランド名を使う必要がなく,各社独自の名称を使用できる提携だ。
上記の記事によると,すでにそうした予兆は昨年末から見られており,アメリカのテレコム企業AT&Tが同社のワイヤレスサービスの利用者向けに提供している「バットマン: アーカム・ナイト」のストリーミングサービス(外部リンク)は,Googleのクラウドゲームサーバーが利用されていることが明らかになっている。また,カプコンも自社作品のデモをダウンロードすることなく公式サイトから直接プレイできるようなサービスを模索しているとのことだ。
クラウドゲームの利点は,プレイヤーがレイトレーシングやHDRなどの最先端グラフィックスを利用したゲームを,高価なハードウェアを必要とせずに楽しめるところにある。ハードウェアもソフトウェアも常にアップデートされた状態で提供されるため,スペック不足に悩まされることもない。ゲームプログラムがユーザー側のデバイスに存在しないため,オンラインゲームで多くのゲーマーを悩ますチート行為もほぼ不可能になるということは,サービスが始まる前からGoogle側の謳い文句の1つだった。
Stadiaはプレイヤー数の獲得・維持に失敗
Googleは,Business Insider誌の取材にも応えており,AT&Tなどへのクラウドゲームサービスのバックボーン提供については「去年から行っている,パートナー向けの新しいビジネス」とする一方で,それとは別に「Stadia」に対しても2022年内に100作以上の新作の投入を予定しているとしており,Stadiaをすぐさまサービス停止するということではないようだ。
実際,今年に入ってからもベースの月額9.99ドルのメンバーシップでゲームを楽しめるサブスクリプション「Stadia Pro」に,「Life is Strange: Remastered」や「Saints Row IV: Re-Elected」,「Bloodstained: Ritual of the Night」などの作品を加え,50作のライブラリに到達したことがアナウンスされている。
もっとも,Stadiaは2019年末のローンチ当初こそ大きな話題になったものの,それほど多くのユーザー層を獲得できていたわけではない。話題にならなかったのは,エクスクルーシブタイトルを擁した魅力的なライブラリ作りを怠っていたからだろうし,サービスは14か国で提供されているが,クラウドサーバーから距離的にほど近い都市部地域の居住者に限定されるなど,テクノロジー面でのハードルもまだまだ高かった。
2020年初頭からの新型コロナウイルス感染症の巣ごもり需要で飛躍するため,アカウント獲得直後の無料メンバーシップ期間を1か月から2か月に延ばしたり,モバイルデバイスやYouTube Premiumユーザーへのプロモーションを行うなど盛んにマーケティングも行われていた。
しかし,2020年末にソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)が「PlayStation 5」を,Microsoftが「Xbox Series X|S」をローンチしたころには「Stadia」は話題性のない単なるサービスの一つに落ちぶれた感がある。
Business Insider誌は,Stadiaが1年目にして予定どおりのユーザー数を獲得するどころか,プレイヤーが離れていかないよう維持することさえ難しい状態になっていたと指摘している。
抜け殻となりつつあるStadiaの現状と今後
さらに,2021年2月になると,2019年3月の設立当時,Stadia Games & Entertainment部門に副社長として参加していたゲーム業界のベテラン,ジェイド・レイモンド(Jade Raymond)氏が退社。彼女は「アサシンクリード」や「ウォッチドッグス」などUbisoft時代に,数百人規模のチームを統率していたプロデューサーだけに,AAA級のエクスクルーシブタイトルが期待されていたものの,結局2年ほどの間にどんな作品が予定されているのか発表されることもなく,150人ほどのメンバーが雇用されていたStadia Games & Entertainmentは崩壊状態となった。なお,当初の予定では,5年のうちに2000人態勢で複数のファーストパーティタイトルを手掛けることになっていたという。
もう一人のキーパーソンと言えるのがフィル・ハリソン(Phil Harrison)氏。ソニー・コンピュータエンタテインメント・ヨーロッパ(SCEE/現SIEE)の責任者としてPlayStationの立ち上げに貢献した主要メンバーとして知られる人物だ。2018年1月にゼネラルマネージャーとしてGoogle入りし,レイモンド氏を引き入れるなどStadiaの将来の青写真を描いたのもハリソン氏だと思われるが,かれこれ1年以上も彼自身が前面に出て,コミュニティを盛り上げるようなことをしていない。
GoogleのStadia部門縮小が,クラウドゲームの未来を閉ざすことになるわけではない。SIEやMicrosoft,さらにAmazonなどはクラウドゲームのサービスやオンライン型サービスを拡充させているし,NVIDIAもクラウドサーバーをRTX3080で強化することをアナウンスするなど,各社ともに本気モードだ。
昨年末あたりから“メタバース”がゲーム業界の大きなキーワードとして取り沙汰されていることは当連載で何度も紹介しているとおりだが,メタバースの性質上,クラウドゲームとの親和性は非常に高いと思われる。また,高性能ハードウェアの価格高騰や,“クラウド技術”と“サブスクリプション制”によるNetflixの成功なども,今後のゲーム市場のクラウド化を後押ししていく大きな要因となるだろう。「Google Stream」なるB2Bサービスも,ゲーム業界とクラウドゲームの発展にポジティブに作用しそうだ。
Googleは,これまでソーシャルネットワークサービスの「Google+」や,都市無料ワイヤレス化事業の「San Francisco Municipal Wireless」,ウェブベースのバーチャルワールド「Lively」など,収益性の見込めないプロジェクトは早々に切り上げてきたことが多く,その決断の早さが巨大企業へと発展した理由の1つでもあろう。
しかし,Stadiaは3年というサービスの中で,大きな改善も見られず,話題性も失ってしまった。Stadiaの失敗は,SIEやMicrosoftが成し遂げてきたように,地に足の着いた長期的な改善の努力をしなければ,ゲームビジネスでの成功が中々難しいものであることを改めて印象付ける出来事だ。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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