業界動向
Access Accepted第692回:Netflixのゲーム市場参戦で,クラウドゲームサービスは加速するのか
映画やドラマのストリーミングで日本でも高い知名度を誇るNetflixが,いよいよ本格的にゲーム市場にも参入してくることになるようだ。Netflixのゲームサービスはゲーム市場の未来にどのような意味を持っているのだろうか? ゲームマーケットの現状を振り返りつつ,考えていく。
ゲームコンテンツに目を向け始めた映像ストリーミングの雄
ヴァードゥ氏は,2019年5月にFacebookのAR/VRコンテンツを担当するバイスプレジデントに就任していたが,さらに遡ればKabamやZyngaにも在籍していたことがある。2000年代にはElectronic Arts Los Angelesにて,プロデューサーとして「SimCity BuildIt」などのモバイルゲームを開発し,さらに遡ると「コマンド & コンカー」のような作品にも関わるなどゲーム業界の経験値の高そうな人物だ。
映画やドラマコンテンツのストリーミングにおいては絶大なプレゼンスを示すNetflixが,ゲーム業界に目を向けたのは2019年のことで,自社のオリジナルドラマなどを原作としたゲーム化するとして,ゲーム業界への参入を,E3 2019会場のパネルディスカッションで表明している(関連記事)。
今年のE3 2021においても,「Netflix Geek Week」(関連記事)と題したデジタルイベントを開催し,「バイオハザード: インフィニット ダークネス」や「Cuphead Show」などゲームをアニメ化した新作を一気に紹介したり,CD Projekt REDと共催した「WitcherCon」(関連記事)ではドラマ版「The Witcher Season 2」の詳細を公開するなど,Netflixの視聴者層と親和性の高いゲーム関連コンテンツの拡充には力を入れている。
そんなNetflixにヴァードゥ氏が加わったことについて,Bloomberg誌は,同社関係者への取材として「来年(2022年)までには,映像ストリーミングプラットフォームをゲームにも活用していく」と報じた。少なくともサービス開始当初は,動画配信とサービスを分けず,例えばドキュメンタリーやコメディのような,Netflixが提供するジャンルの1つとしてオンデマンド形式のストリーミングでゲームが遊べるようになるという。要するにクラウドゲームサービスを提供するというわけだ。
ちなみにNetflixが,現在のような定額型ストリーミングサービスを開始したのは2010年のことで,日本では2015年からサービスを展開している。2016年2月には,Amazonが提供するAmazon Web Services(AWS)に完全移行してクラウド化しており,高画質なゲームをストリーミングする環境はすでに整っているようだ。
ジャンルとしてはまだ「ゲーム」が置かれていない現状でも,たとえば「ブラック・ミラー:バンダースナッチ」などは,視聴者がストーリーの流れをコントロールできるインタラクティブ映像であり,選択によっては“ゲーム”オーバーになってしまう(途中で物語が終わってしまう)こともあるという。このような,ある意味ゲーム的なコンテンツはNetflixにも存在するし,こういった手法の作品はSteamでもリリースされている。Netflixの参入により,本格的にコンテンツが拡充していく可能性も大きいだろう。
クラウドゲームの未来はどうなる
当連載の読者であれば,今さら“クラウドゲーム”について説明する必要はないだろうが,簡単に言えばテレビなどの映像出力装置と,コントローラといった入力装置,そして高速インターネット回線があれば,ゲームが遊べるというシステムだ。ゲームの処理は高性能なクラウドサーバで行われるため,ゲーム機や高性能なPCがなくとも,ハイエンドなゲームを楽しめる。
クライアント側でデータを保有しないということは,チートやハッキングもほぼ不可能になるので,オンラインで遊ぶタイトルには魅力的な環境だろう。
技術的な課題もまだ多いが,「“クラウドゲーム”はブロードバンド化やクラウドサーバの拡充とともに主流となり,PlayStation 5及びXbox Series Xの世代を最後に,コンシューマ機は役目を終える」という意見もあり,今後が楽しみな分野である。
クラウドゲームに対してプラットフォームホルダーは敏感で,Nintendo Switchでは「アサシンクリード オデッセイ」や「ファンタシースターオンライン2 ニュージェネシス」などのクラウドバージョンがリリースされている。また,ソニー・インタラクティブエンタテインメントは「PlayStation Now」,Microsoftは「Xbox Cloud Gaming」といったクラウドゲームサービスを提供している。
クラウドゲームについては,Azureのデータセンターを世界各地に保有するMicrosoftが有利だが,この点ではMicrosoftとソニーがパートナーシップを締結(関連記事)しており,共同開発を検討すると発表している。
クラウドゲームの推進役と目されていたのが,Googleが2019年11月から欧米を中心にサービスを運営している「Google Stadia」だ。しかし,今年2月にはStadia専用のタイトルを開発していたはずの自社スタジオStadia Games & Entertainmentが閉鎖されるなど,その未来に暗雲が立ち込めている。魅力的な独占タイトルの有無がプラットフォームの成功に大きく関わるのは,この業界では常識と言っても過言ではないため,少々求心力に欠ける状態だ。
さらに,Google Stadiaはビジネスモデルも不可解で,Stadia向けに専用の月額サブスクリプションを払うのに加えて,それぞれのゲームも別途購入しなければならない。そんな状況で独占タイトルに期待できないのであれば,同じ月額制ながらゲームを遊び放題の「Xbox Game Pass」のようなサービスに消費者が流れるのも無理はない。
Microsoftのフィル・スペンサー氏(Phil Spencer)は,今年6月の「Xbox & Bethesda Games Showcase」を前に,一部のメディアに対してクローズドな形で行ったデジタルイベント「What’s Next for Gaming」(関連記事)において,「プラットフォームのパラダイムシフトは,今後10年で完全に達成すると予想されている」と発言。すでに,世界中に広がったコンシューマ機市場の上限が見え始めていることを受けて,クラウドゲームとサブスクリプションサービスを併用していくことで,ゲーム端末を必要とせずに市場拡大を狙う戦略を,改めて明確にした。
スペンサー氏の言う,いかにしてユーザー層を広げ,引き留めていくかというコンセプトは,Netflixが描く方向性と同一のものである。
とはいえ,クラウドゲームはまだまだ主流と言えない状況だ。そんな中でNetflixがどのようなゲームサービスを展開していくのか,非常に気になるところである。アメリカのiOS系のジャーナリストであるスティーブ・モーザー氏(Steve Moser)は,「Netflixは,NGamesという動画ストリーミングサービスとは異なるものを立ち上げ,SIEとの提携もあるようだ」と,自身のTwitterアカウント(外部リンク)で伝えている。Bloombergの報じた内容とは少し違う展開だが,これが実現すればクラウドゲームとサブスクリプション,そして魅力的なタイトルという3本柱を用意でき,ゲーム産業を大きく変えていく可能性もありそうだ。いずれにしても今後の動向に注目しておく必要があるだろう。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
来週,2021年7月26日の「奥谷海人のAccess Accepted」は,筆者取材のため休載します。次回の掲載は,8月2日を予定しております。
- この記事のURL: