業界動向
Access Accepted第638回:新型コロナウイルスが与えるゲームイベントへの影響
2020年3月16日に開幕予定だった世界最大のゲーム開発者会議Game Developers Conference 2020が延期になるなど,パンデミック(世界的流行)の様相を見せる新型コロナウイルスの影響が欧米ゲーム業界にも広がっている。GDCへの参加を計画していた独立系デベロッパに対する救済措置も発表されてはいるが,感染の拡大によっては今後行われるイベントの開催も危ぶまれる。
長い歴史を持つゲームイベントが延期される非常事態
WHO(世界保健機関)によれば,新型コロナウイルスはすでに約80か国に広がっているという。そのうえでWHOは,初期の感染が確認された中国ではなく,韓国,イラン,イタリア,そして日本を「感染拡大の最大懸念」のある4か国だと指摘しており,これを受け,日本人の渡航を制限する動きも広がっている。新型コロナウイルスの国境を越えた感染拡大は,経済や文化活動にかなり悪い影響を与え始めているようだ。
ゲーム業界では,世界最大にして最も歴史あるゲーム開発者会議として知られるGame Developers Conferenceを運営するInforma Tech(旧UBM Game Network)が,2020年3月16日〜20日開催予定だったGDC 2020を,少なくとも今年の夏以降に延期すると2月28日に発表した。それ以前から,中国からの渡航者の参加を制限するなどといった措置が発表されていたが,Sony Interactive EntertainmentやMicrosoftなど,多くのスポンサー企業が参加を見合わせる中,苦渋の選択であったという。
GDCには毎年,3万人近いゲーム開発者や研究者,さらに業界に就職を希望する学生達が集まり,ゲームデザインやプログラム技術,オーディオ,ビジュアルアート,人工知能,マーケティング,教育,キャリアアップなど,実にさまざまなテーマを扱った多数の講演が行われるほか,開発中の新作の発表や開発ツールの展示,そしてゲーム開発者の投票で選ばれる「Game Developers Choice Awards」のセレモニーが実施される。拡大し続けるゲーム業界を反映するように規模を広げており,また業界関係者にとっては,多くの開発者達と出会い,新たな人脈を得るといったネットワーク作りも重要な要素になるイベントなのだ。
PlayStation 5やXbox Series Xが登場する2020年は,ゲーム開発の技術や手法が大きく変わる契機の年になり得る。さらに,クラウドゲームや5Gなどのインフラ整備や,それらの分野での雇用拡大なども期待でき,そうした動きの最前線をレポートできないのは,長年GDCに参加してきた筆者としても非常に残念なことだ。
そんな筆者以上にGDCの延期によって大きな打撃を受けているのが,実はインディーズゲームの開発者達だろう。毎年2月にボストンで開催されるファンイベント,PAX Eastで新作のプレイアブルデモを公開し,3月のGDCで西海岸での本格的なお披露目を行い,参加者だけでなくパブリッシャやメディアにアピールするというのが,ここ数年は北米のインディーズ開発者にとって定石の流れになっていた。その流れが閉ざされただけでなく,乏しい予算をやりくりしてイベントフロアのスペースを確保したり,安くはない参加チケットや渡航費,宿泊費などがけし飛んで,経済的にも少なくない損害を被ることになるからだ。
そのうちのいくらかは返金されるはずだが,この状況を受け,小規模なプロジェクトへの投資を専門に行うWINGS Interactiveが,GDC延期で被害を受けたを支援する寄金「GDC Relief Fund」を設立し,パブリッシャやゲーム関連企業がそれに賛同している。3月初めの段階ですでに800万円ほどの資金を調達しており,現在は援助を希望する個人開発者やインディーズデベロッパからの受付を始めているという。
感染の拡大によっては,夏のイベントにも影響
カリフォルニアではすでに,感染源の特定ができない新型コロナウイルスの市中感染が報告されており,3月4日にはカリフォルニアで初の死者も出た。亡くなった人は,2月にサンフランシスコからメキシコ経由でハワイに向かうクルーズ船に搭乗しており,その途中で感染したと考えられている。中国系の市民が40%を超え,中国との行き来も多いサンフランシスコでは,2月26日に市長が非常事態を宣言する以前から感染が広まっていたと見る専門家も少なくない。
アメリカで感染者が急増している現状を考えれば,イベントの中止や延期は仕方のないことだ。ゲームイベントでは,コントローラやマウスを複数の人々が使用するのが普通だし,VR対応HUDのように皮膚に密着するデバイスもある。カンファレンスルームのドアノブに触れたり,近い距離で人と話したり握手をするといったことも頻繁に起きるので,防疫はほかのイベント以上に難しいだろう。
CDC(アメリカ疾病予防管理センター)公式サイト
Coronavirus Disease 2019 (COVID-19) in the U.S.
WHO(世界保健機関)公式サイト
Coronavirus disease (COVID-2019) situation reports
さて,初の死者を出したカリフォルニアが3月4日に非常事態を宣言したことで,先行きが不透明になったのが,6月にロサンゼルスで開催される予定のゲームイベントE3 2020だ。いくつかの有力パブリッシャが参加を見合わせるなど,イベントそのものの注目度の低下を懸念したE3は一般客の受け入れを進めているが,今回はその措置が仇になる可能性も高い。
今のところ,E3を主催する業界団体のESA(Electronic Software Association)からはとくに発表はないものの,開催するにしても,ある程度の路線変更は仕方のないところだ。
GDC 2020以外では,2月6日から9日まで台湾で開催される予定だったTaipei Game Showが6月に延期されたほか,5月5日〜6日が予定されていたFacebookのイベント「F8 Facebook Developer Conference」が中止となり,発表はストリーミング配信で行われるという。
そこから少し先の話になるが,夏にずれ込むイベントの影響で,8月のgamescomや9月の東京ゲームショウなども例年とは異なる状況になるはずだ。中小さまざまなゲームイベントにも影響が及びそうで,年末のショッピングシーズンにターゲットを絞って販売計画を練っているパブリッシャも今後の対応に苦慮することになる。
GDCで講演を予定していた参加者の中には,用意したマテリアルを配信するという人もおり,新型コロナウイルスの感染拡大という未曾有の事態は,結果としてゲームイベントのデジタル化を加速することになるかもしれない。いずれにしろ,一刻も早い事態の収束を願うばかりだ。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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