業界動向
Access Accepted第603回:「Apex Legends」の成功は欧米ゲーム業界の流れを変えるか
「タイタンフォール」シリーズで知られるRespawn Entertainmentの新作「Apex Legends」がヒット中だが,最近の欧米ゲーム業界において,この作品はいろいろな意味で異例づくめだ。ゲーマーの多くが売り切りのゲームからFree-to-Playのソーシャル型ゲームにシフトする中,各ゲームメーカーは試行錯誤を続けつつ,新たな時代に向かっている。今週は,そんな欧米ゲーム業界のトレンドの移り変わりを振り返り,今後の流れを占ってみたい。
成功を収めつつある「Apex Legends」
Electronic Artsが北米時間の2019年2月4日に突然リリースしたFree-to-Playのバトルロイヤルゲーム「Apex Legends」(PC/PlayStation 4/Xbox One)が好調だ。発表直後の24時間で250万の登録アカウント数を記録し,3日後にはそれが1000万に達し,同時アクセス者数も100万人にのぼったと発表された。さらにリリース1週間後には2500万アカウントを獲得し,同時アクセス者数は200万人以上とアナウンスされている。
「Apex Legends」のスタートダッシュの成功は,欧米ゲーム業界の多くに関係者とって意外なものだったはずだ。
2月4日に掲載した本連載の第602回「規模縮小が予想される世界のゲーム市場」でも紹介したように,ゲームビジネスのアナリストは「ゲーム市場にFortnite疲れが見られる」として,「PLAYERUNKNOWN’S BATTLEGROUNDS」から「Fortnite」へ続くバトルロイヤルゲームの流行は,そろそろ終息に向かうと予想している。また,「Apex Legends」のリリース当初には,メディアやファンから「Fortniteとオーバーウォッチのいいトコどり」とか,「タイタンフォールの世界観なのに二足歩行ロボットに乗れない」など,間違ってはいないがネガティブにもとれる発言が聞こえてきた。投資家にとっても魅力的な作品とは映らなかったようで,Electronic Artsの株価はリリース後にも続落した。
そうした雰囲気の中でのヒットだったのだ。「Apex Legends」がニュースを賑わし始めるとElectronic Artsの株価は上がり始め,原稿執筆段階でもその傾向は変わっていない。
ご存じのように,Electronic Artsは,2017年にリリースした「STAR WARS バトルフロント II」の,いわゆる「ルートボックス問題」で,消費者だけでなくヨーロッパなどの政府機関からの批判や規制を受けている。また,第一次世界大戦を描いた前作の好評を受けて発売された「Battlefield V」は,発表されていたゲーム要素の多くが発売後にDLCという形式で実装されると分かったことで,評判を下げた。DLCはすべて無料で,ビジネスモデルとしては新たな試みなのだが,多くのゲーマーから受け入れられたとは言い難い結果だったわけだ。
BioWareの期待作「Anthem」が直近の発売を控えてはいるものの,長めのスパンで制作される「バトルフィールド」シリーズの新作は今年期待できず,EA SPORTSの定番タイトルも年末になるだけに,Electronic Artsの状況は厳しかった。それを「Apex Legends」が一気に救ったという印象だ。
この成功に一番驚いたのは,もしかするとElectronic Arts自身かもしれない。「コール オブ デューティ」を生み出した開発者達が立ち上げたRespawn Entertainmentの新作を,Free-to-Playタイトルとしてリリースするのは大きな賭けでもあっただろう。しかも,開発についてのアナウンスをまったく行わず,リリース日まで秘密を守り続けたというのは,Electronic Artsにとって過去に例のないやり方だった。
囲い込み戦略による,ゲームサービス長期化の流れ
欧米ゲーム産業のビジネスモデルは,急速に変化している。PCプラットフォームでは1990年代に一般化していたDLCというコンセプトがコンシューマ機にも波及したのは,インターネット接続が普通になったPlayStation 3やXbox 360が登場した2005年〜2006年頃だろう。
2006年にコンシューマ機版が発売された「The Elder Scroll IV: Oblivion」では,金色に輝く馬鎧が2.5ドル(250マイクロソフトポイント)で発売され,DLCに慣れないコンシューマ機のゲーマーからさまざまな批判を受けてしまった。しかしこの馬鎧は,2009年までにBethesda Softworksが発売したデジタルアイテム(拡張パックなどを含む)の中で最も売れたコンテンツになっている。
DLCはやがて1つのキャンペーンを収めるほどに大型化していくが,こうしたDLCを発売前からすべて予約購入してもらい,継続したビジネスモデルを確立しようという目的で,「シーズンパス」というコンセプトが生まれる。このトレンドについては,7年前の2012年11月19日に掲載した本連載の第365回「『シーズンパス』戦略の光と影」で紹介しているので,合わせて参照してほしい。
しかし,当時から懸念されていたことではあるが,継続的なDLCの提供やシーズンパスによるプレイヤーの囲い込みは結果としてゲームの大型化を促進し,多数の開発者と大規模な予算を投入したタイトルであることが開発の前提になっていく。Electronic Artsのような大手パブリッシャでさえ特定のタイトルに開発リソースを集中せざるを得ず,かつては年間で20〜30本の新作は当たり前だったものが,最近はその数をどんどん減らしている。
余談だが,こうした大手パブリッシャの枠組みから外れた中小のデベロッパが,自力でゲームをリリースするインディーズゲームを発展させてきた側面もあるのだから,業界の流れというのは興味深い。
ともあれ,大手や中堅パブリッシャにとって失敗の許されない,「ヒット間違いなし」のシリーズ作品にリソースをつぎ込む動きは,ゲームのマンネリ化を生み出すことにつながる。人気シリーズでは,時代設定を変えたり,マルチプレイモードを追加したり,過去の人気マップを復活させたりといったことを行ってきたが,あまり変えすぎてもファンから批判されるし,といって同じことをしてれば飽きられる。ヒットを予想してシーズンパスを用意したものの思ったような人気が出ず,それでもDLCを作り続ければならないために,資金繰りを悪化させたという悪夢を経験したパブリッシャは少なくない。
試行錯誤を続ける欧米パブリッシャ
今のところ数字に明確に示されているわけではないが,消費者の新作ゲームに対する「飽き」のようなものは現れつつあるのかもしれない。シリーズ最新作といっても,どうせ同じようなものだろうと他人のプレイ動画を見るだけで満足したり,最新作は買わずに昔の作品をずっとプレイし続けたりするプレイヤーは少なくないという。
こうした雰囲気の中で,Free-to-Playのゲームがヒットを飛ばしているわけだ。
Free-to-Playであっても,「Fortnite」は1年で24億ドル(約2610億円)という,驚くほど大きな収益を挙げており,お気に入りのゲームなら,コスチュームなどの勝敗に関係のない要素にもプレイヤーは資金を投入するということを改めて実証してみせた。
過去にPay-to-Winやルートボックスで批判を受けたElectronic Artsだけに,「Apex Legends」では「Fortnite」で成功したビジネスモデルを踏襲するはずだが,もちろん,次の「Fortnite」の座を獲得できるかどうかは彼らの運営手腕に委ねられている。
一方で,ソーシャル要素の強いタイトルをFree-to-Playとしてリリースすることには危険もある。スタートダッシュで一定のお金を落としてくれるアクティブユーザーが集まらなければ,開発費の回収もできないし,バトルロイヤルのようなゲームシステムなら,多数のプレイヤーがいなければマッチの成立さえ難しくなる。そして,ゲームのトレンドが変化すれば,あっという間にプレイヤーはいなくなるのだ。こうした例は過去,何度も実際に起きている。
ところで「Apex Legends」の場合,Respawn Entertainmentが「タイタンフォール」の続編を開発中で,2019年内にそれを発表するという噂にも留意すべきなのかもしれない。それが事実なら,「Apex Legends」はその「前座的な役割」を担ってリリースされた可能性もあり,そうであればプロモーションとしては狙いどおり,いや,想像を超えた大成功を収めたことになる。
もしElectronic Artsがほかのタイトル同様,「Apex Legends」の制作発表を行い,体験版の配信やメディアへの情報公開などを行っていたら,上記のようなネガティブな意見も目立っただろうし,ここまでのヒットは望めなかったかもしれない。極限までスリムダウンしたローンチが,さまざまな面で功を奏したようだ。
以上のような経過を経て,現在の欧米ゲーム業界では「フルプライスのAAAタイトル」と「AAAレベルの無料ゲーム」の内容的な差がほとんどなくなりつつある。今後は,そのうえで,どのような付加価値を与えて消費者に訴求していくべきか,欧米のパブリッシャは新たな試行錯誤の段階へ入っているようだ。新しいハードウェアの登場も噂される中,欧米ゲーム業界は,これまでもそうだったように,異なる形へ急激に変化していくのだろう。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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(C)2019 Electronic Arts Inc.
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