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剣と魔法の博物館 モンスター編 / 第111回:八咫烏
日本の伝承に「神武東征」(じんむとうせい)というものがある。これは,日向の国に住む神倭伊波礼毘古命(かむやまといわれびこ)が軍を興して東へと進み,大和を平定して初代天皇である神武天皇に即位したという逸話である。伝承によれば,神武東征は天照大神,高木大神,建御雷神といった神々の助力を得て成されたとされており,神々の命によって神倭伊波礼毘古命を熊野から大和まで導いたのが八咫烏(やたがらす)だったといわれている。「古事記」では高木大神,「日本書紀」では天照大神が遣わしたことになっており,「姓氏録」では賀茂建角身命(かもたけつのみのみこと)が変身した姿だとされている。
これは余談だが,神武東征には布都御魂剣(ふつのみたまのつるぎ)などの興味深いアイテムも登場するので,気になる人は「こちら」も参照してほしい。
八咫烏といえば,一般的には三本足の大きなカラスとして知られている。伝承でも道案内として登場しただけなので,ゲームなどで敵として遭遇する機会はあまりないが,登場した際には特殊な力を持つモンスターとして扱われるケースが多いようだ。
その最たる例が,カードゲームの遊戯王だろう。同作では八汰烏の名称で登場し,攻撃力は低いが攻撃が命中すると,次の相手のドローフェイズをスキップ(相手にカードを引かせない)できるというものだった。ちなみにあまりに強力すぎたために,現在では禁止カードとなっている。
八咫烏のネーミングについても触れてみたい。烏の部分は一目瞭然だが,八咫とはあまり聞き慣れない言葉である。実はこれは単位のこと。正しくは「あた」と発音し,江戸時代の尺貫法では親指と人差し指を広げた長さのこと。およそ15センチ程度といわれている。といっても八咫烏を指す場合の八咫は,数値表記というよりも単に「大きい」ということを示している表現であり,単に大きなカラスという意味でしかないのである。
ルーツについては,中国の伝承には太陽を象徴する金烏が登場し,これが元になっているのではとの説が有力だ。ほかにも,二は陰数のため,陽数である三を採用して三本足になったとか,それぞれの足が「天」「地」「人」や「仁」「智」「勇」を示しているなどの説がある。ただし,八咫烏は必ずしも三本足というわけではなく,中には二本足で表現される八咫烏もいる。
また前述したように,中国の伝承には太陽を象徴する三本足の烏が登場したり,ギリシャ神話のアポロンも三本足の烏を飼っているなど,これらには「太陽」「烏」「三本足」というキーワードが見事に一致する点も面白い。
日本サッカー協会や,同じくサッカーの日本代表のエンブレムには,八咫烏が採用されている。近年のサッカーブームで知ったという人も多いかもしれないが,実は1931年から正式採用となっている伝統あるエンブレムで,明治時代に現在のサッカーの基礎となったア式フットボールを提唱し,近代サッカーの父といわれる中村覚之助氏の故郷である和歌山県那智勝浦町にちなんでデザインされたとのこと。同地には,熊野本宮大社,熊野速玉大社と並んで熊野三山の一つと称される熊野那智大社があり,八咫烏はゴールに導く神の使いといった意味合いを持っているらしい。
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