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剣と魔法の博物館 モンスター編 / 第105回:バロン(Barong)
世界各国の神話/民間伝承を調べていると,さまざまな聖獣/神獣の名が登場するが,今回はその中から,インドネシアの伝承に登場するバロン(Barong)について紹介してみよう。
バロンは,インドネシアのバリ島を中心に伝わる聖獣/神獣の一種だ。一般的に頭部は赤い獅子で,上顎には巨大な二本の牙があり,身体は金色に輝いている。しかし,舞踏などで使われるバロンの仮面を見ると,頭部は必ずしも獅子である必要性はないようで,虎や象のような頭を持ったバロンも存在している。なおバロンは,バナスパティ・ラージャ(Banaspati Raja)と呼ばれることもあり,これは「森の王」という意味である。
聖獣/神獣という呼ばれ方からもわかるように,バロンは人間を襲うことは滅多になく,基本的には悪と果敢に戦う存在とされている。獣というと肉弾戦を得意とするイメージが強いかもしれないが,バロンは魔法も得意としており,伝承によれば人々を癒す呪術を使うこともあるようだ。
剣と魔法の世界では,アジアンテイストが中世ヨーロッパ風の世界観とマッチしないためか,バロンが登場することはあまりない。また登場しても,実際のイメージが忠実に再現されることは稀である。ちなみに,真・女神転生シリーズに登場するバロンは,大胆なアレンジが加えられながらも,本来のイメージもうまく表現されている。同作のトレーディングカードゲームにも登場しているので,興味のある人はチェックしてみるといいだろう。
バリ島の伝承では,病疫を振りまく闇の化身,ランダ(Rangda)という魔女が登場し,部下のレヤック(Leyak)を率いて子供を喰らうという。そして,ランダに対抗できるのがバロンだと言われている。しかし伝承では,両者の戦いは決着がつかないことになっている。善の代表であるバロンと,悪の代表であるランダの戦いには終わりがなく,その戦いは毎回引き分けで終わるのだ。例えどちらかが倒されたとしても,倒されたほうは転生し,再び両者は戦うことになるのである。
ちなみに,ランダのルーツは未亡人だといわれている。古来バリ島では,未亡人は忌むべき存在として認識されていたことがあり,これが元になってランダというモンスターが生まれたという説があるのだ。
またランダは,バロンと対になって世界の善悪を体現することから,畏敬の念を持って祀られることもある。単純に善悪だけの話で完結しないところには,バリ島の信仰の面白さを感じさせられる。
バロンに関しては,バリ島に伝わるバロンダンスという舞踏を忘れてはならないだろう。これはバリ島の伝統的な舞踊であり,バロンとランダの戦いを描いたものだ。地域などによって演出に微妙な差があるものの,その結末は善と悪との戦いは決着がつかない……というバリ島の神話伝承を表現したものになっている。バロンに加勢する人間たちがランダの魔力によって自刃しそうになったり,その魔力から人間を守るためにバロンが魔力で対抗したりなど,ストーリー展開にも工夫があり,なかなかに興味深い内容となっている。
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