連載
剣と魔法の博物館 モンスター編 / 第93回:ギガース(Gigas)
北欧神話では,ユミルという名の巨人の死体から世界が創造され,以後,神々と巨人族の争いを描いた,さまざまなエピソードが展開される。そのことから,巨人といえば北欧神話を連想する人も多いだろう。
しかし巨人の多彩さという面では,ギリシャ神話も負けてはいない。一つ目の巨人サイクロプス,百の腕を持つヘカトンケイル,オリンポスの神々の祖ともいえるティタン神族,百の目を持つアルゴスなどなど,ギリシャ神話には多種多様な巨人族が登場しており,なかなかに興味深い。今回はそんな中から,一般的に巨人を示す「ジャイアント」の語源になったと言われる,ギガース(Gigas,複数形はGigantes)を紹介してみよう。
ギリシャ神話には,ティタン神族のクロノスが,横暴な統治者だった天空神ウラノスの性器を切り取って追放するというエピソードがあり,そのときに流れ出た血液からギガースが生まれたとされる。
ギガースは怪力を誇る巨人で,両足に鱗が生えていたとも,爬虫類の足を備えていたとも言われている。武器の扱いに長けていたようで,古い絵画では槍や棍棒を使う姿が確認できる。また,ギガースを語る上ではずせないのが,「神々では決して倒せない」という特殊能力だろう。どうしてそうした能力を持っているのかは不明だが,とにかく神々にとっては,非常に厄介な相手だったと思われる。
ちなみにドラゴンクエストシリーズには,ギガンテスという名の一つ目の巨人が登場するが,ギガンテスはギガースの複数形である。
ウラノスを追放して覇権を握ったクロノスだが,のちにゼウスが台頭し,クロノスもまたその立場を追われることになった。ゼウスはティタン神族に勝利すると,彼らを冥界であるタルタロスに幽閉しようと考えた。しかし,これを女神ガイアは面白く思わなかった。ガイアはギガースらに命じて反乱を起こさせ,ギガントマキア(Gigantomakhia)という争いが勃発したのである。
ゼウスは,神々ではギガースが倒せないことを知っていたので,ならば人間の勇者をぶつけようと考えた。そこで,神として生まれるはずだったヘラクレスを人間として誕生させ,ギガースの不死性を完璧にする薬草をガイアが育成していることを察知し,ヘラクレスにいち早く摘み取らせたのである。
その後,神々とギガースはプレグライ(Phlegra,燃える野原)という場所で対峙した。ヘラクレスは神々の援護を得てギガースと戦い,ウリュトス(Eurytos),ポルピュリオン(Porphyrion),ヒッポリュトス(Hippolytus),エピアルテス(Ephialtes)らを弓で射殺したが,生まれ故郷であるパレネの地では完全に不死になるアルキュオネウス(Alcyoneus)というギガースには苦戦を強いられた。ならばとヘラクレスは,アルキュオネウスをパレネの外まで引きずっていき,強引に倒したのである。
ほかには,翼を持つギガースであるパラス(Pallas)と,戦女神アテナの戦いも興味深い。神ではギガースが倒せないので,人間の援護があったものと思われるが,アテナはパラスを倒すと,その皮を剥いで自分の防具にしたばかりか,以後パラス・アテナと名乗ったという。アテナとパラスの戦いには,なにか大きな意味があったのかもしれない。なお,ギガントマキアにはポセイドン,ヘルメス,ヘパイストス,アルテミスといった神々も参戦しており,最終的には神々の圧勝に終わっている。
最後に余談だが,実のところウラノスを裏切ったクロノスも,クロノスを幽閉しようとしたゼウスも,ガイアの言葉によって動かされていた。ギガントマキアに関しても,ギガースを使ってゼウス体制を崩壊させようというガイアの企みである。ギガースが倒れたあとも,ガイアはあきらめてはおらず,のちにテュポーンを生んでゼウス達を苦しめた。そう考えると,ギリシャ神話とは体制派とガイアの闘争の物語だと言えるかもしれない。
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