連載
剣と魔法の博物館 モンスター編 / 第92回:メフィストフェレス(Mephistopheles)
魂などを代償に,人々の欲望をかなえる存在が悪魔である。彼らは堕天使などと呼ばれることも多く,これはキリスト教の伝承が大きく影響している。
キリスト教における悪魔達はもともと神に仕える天使であった。ところが,己を過信してしまったことからルシファーを筆頭に神に反旗をひるがえし,結果として地獄へと堕とされてしまったのである。そして悪魔達は地獄で暮らしながら,すべての罪が許される審判の日を待ちわびているのだ。
さてここでは,多くの文学者/芸術家に愛された(?),メフィストフェレス(Mephistopheles)について紹介してみよう。
メフィストフェレスのイメージは,漆黒の身体,額には2本の角があり,足がロバであったり,背中にはコウモリの羽があったりと,人間の形をしながらもどこか動物的な要素が見られる容姿をしており,しばしば2頭のドラゴンに引かせた馬車で出かけるという。予知能力や気象を操る力を持ち,雄弁で知識も豊富,たまに天界へ忍び込んでは神々の取り決めなどを盗み見てくるという。
多くの文学作品に登場することから知名度が高く,ゲームでは「Diablo II」や真・女神転生シリーズあたりに登場しているのが有名だろう。また漫画「ゲゲゲの鬼太郎」にも,シルクハットに黒いスーツのメフィストというキャラクターが登場している。どの作品でも,かなりの実力者として描かれているのが特徴だ。
メフィストフェレスの名前を一躍有名にしたのは,ドイツの文豪ゲーテが,60年の歳月をかけて執筆した「ファウスト」だろう。この物語は16世紀のドイツに実在したといわれる,人文学者ファウストの伝説をモチーフにしており,序章はファウストを正しく導こうとする神と,それを邪魔しようとするメフィストフェレスの賭けによって幕を開ける。
年老いた学者であるファウストは,自分の過去を振り返って,これまでに多くの時間を費やしてさまざまな研究を行なってきたが,それでも自分は真理に到達できないことを悔やんでいた。そんなときメフィストフェレスが現れ,おまえを若返らせて世界のあらゆることを見せてやろう。ただし「時よとどまれ,おまえは実に美しい!」といったとき,その魂は俺のものとなると提案する。ファウストはこれを承諾してさまざまな欲求をかなえてゆくが,愛する女性であるグレートヒェンが狂気によってを我が子を殺し,獄中死するなどの不幸に見舞われ,悲嘆にくれるれることになる。
ファウストは神聖ローマ帝国の官僚となっていた。ここでもメフィストフェレスを使って自分の探求心や知識欲などを満たすが,それは己の欲求を満たすだけではなく国家のためとなっていく。数々の功績によってファウストは土地を手に入れ,安泰な生活を送るが,あるとき,幸福を感じたファウストは「時よとどまれ,おまえは実に美しい!」といってしまう。その結果,魂はメフィストフェレスのものとなってしまうはずだった。
しかし,死後のファウストはかつて愛したグレートヒェンの魂によって導かれ,メフィストフェレスはファウストの魂を手に入れられず悔しがるのである。ちなみにゲーテが参考にしたファウストの伝説では,ファウストの魂はメフィストフェレスのものとなり,地獄に堕ちてしまうという悲劇となっている。
ゲーテの「ファウスト」は,1万2000行にも及ぶ作品なので,ここではかいつまんでの紹介になってしまったが,興味のある人はぜひとも一読してもらいたい。なおゲーテはその生涯をかけて「メフィスト」を書き上げ,亡くなる際に「光を,もっと光を……」とつぶやいたという。
メフィストフェレスという名前には「光を嫌う者」という意味があるらしいため,ゲーテの最期のセリフが意味深に聞こえてしまうのは筆者だけであろうか。
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