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剣と魔法の博物館 モンスター編 / 第88回:カクス(Cacus)
ファンタジーテーマのRPGにとって「巨人」はお馴染みのモンスターといえるが,一口に巨人といっても,実にさまざまな種類が存在する。一般的に敵として登場するものは粗暴で愚かな印象があり,オーガやトロルなどがその代表格といえるだろう。
しかしその一方で,北欧神話の霜の巨人や炎の巨人,ギリシャ神話のティタン,アルゴス,ギガス,ヘカトンケイルといった巨人達は,名工であったり,強力な攻撃手段を持っていたりと,単なる怪力自慢ではないことで知られている。ちなみに巨人とは,文字通り大きな人という意味だが,中には多数の目を持っていたり,腕の数が2本以上あったりなど,少々奇異な姿をしたものもいる。
さて,ここではそうした巨人の中から,三つの頭を備えているカクス(Cacus)を紹介しよう。
カクスはギリシャ神話に登場する巨人である。三つの頭を持ち,その口からは炎の息を吐き出すとされている。ちなみに父親は鍛冶の神ヘパイストスで,母親はメドゥーサと言われている。メドゥーサの原点が古代ギリシャの女神であることを考えると,実に由緒正しい血統なのだが,カクスは神というよりもモンスターで,夜になると住処である洞窟から出て,人や家畜をさらい,食らったという。
ギリシャ・ローマ神話関係の文献をあたってみても,カクスの登場する場面はあまりないが,目立ったエピソードとしては,英雄ヘラクレスの12の難行が挙げられる。
これは,女神ヘラの魔法によって狂ったヘラクレスが,我が子を殺してしまったことに端を発する逸話。この罪を許してもらうために,ヘラクレスはアポロンの神殿で,ミュケナイ王エウリュステウスが出す10の難行を攻略せよ,との神託を受け,それを実践することになる。何度かの失敗を含めて,最終的には12の難行に挑戦したことから,ヘラクレスの12の難行と呼ばれるようになった。
その一つに「ゲリュオンの牛」という試練がある。これは巨人ゲリュオンに守られた赤毛の牛たちを捕獲してくるという内容だ。牛はオケアノスのエリュティア島に生息しており,ゲリュオンのほかに,漆黒の双頭犬オルトロスなどが牛を守護していたが,ヘラクレスによって倒されてしまう。
ヘラクレスは牛の群れを連れて帰路に就き,ティベリス川付近で野営したが,ふと見ると牛の数が減っていた。不審に思ったヘラクレスが近くを探索すると,丘の上に洞窟があり,固く閉ざされた岩戸の奥から牛の鳴き声が聞こえた。そこでヘラクレスは渾身の力で岩戸を開けようとしたが,びくともしない。ヘラクレスは岩戸を破壊すると,中から三頭の巨人であるカクスが現れる。カクスはヘラクレスに向かって炎を吐いたが,ヘラクレスはその攻撃に耐え,近接戦闘に持ち込むとカクスを締め上げ,見事倒した。
こうしてカクスを退治したヘラクレスは,カクスの被害に困っていた近隣のパランティウムの人々から感謝され,パランティウム王,エウアンドロスはヘラクレスの功績を讃えて祭壇を設置したという。
日本では,カクスの名はあまり知られていないが,欧州の古い絵画には,ヘラクレスとカクスの戦いを描いたものがけっこうあり,有名なところではヘンドリック・ホルツィウスやハンス・ゼーバルト・ベーハムの作品のほか,バッチョ・バンディネッリの彫刻などがある。
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