連載
医師/錬金術師のパラケルススは著書「妖精の書」の中で,万物は地水火風の四つの元素によって構成されている,との概念を記している。そして,それらの元素を象徴化したものが,地の精ノーム,水の精ウンディーネ,炎の精サラマンダー,風の精シルフだ。これらは今日のファンタジーでは定番の存在となっているので,ご存じだという人も多いことだろう。
これらは全身が燃えていたり,地下に生息していたりと,各属性を象徴するような特徴を持っているほか,独特の容姿や性格付けなどもされており,単なる元素としてではなく,キャラクターとしても興味深いものとなっている。ここではその中から,ウンディーネに着目してみたい。
一般的なウンディーネのイメージは,美しい女性の姿をした水の精霊というものだろう(アメーバのような不定形の水の塊としている場合もあるが,こちらはウォーターエレメンタルと呼ぶほうがしっくりくるだろう)。
ウンディーネは水辺などに生息しており,性格は温厚。人間に対して,積極的に敵対行動をとることはない。もし何らかの事情によって戦闘になった場合は,水に由来する魔法を繰り出してくるため,彼女たちのテリトリーである水辺で戦うことだけは避けたいところだ。水中に引きずり込まれるようなことになれば,動きは封じられ,状況によってはいとも簡単に溺死させられてしまう。
テーブルトークRPGでは,ウンディーネは物語を彩る存在として活躍させやすい。後述するタブーなどを上手に使えば,シナリオの深みが増すことは間違いないだろう。
ちなみにウンディーネというネーミングについては,ラテン語で波を意味するundaから来ているともいわれている。また水の精霊を題材にした戯曲などでは,オンディーヌ(Ondine)という言葉が見られるが,こちらはフランス語読みである。
ウンディーネは魂がない存在だが,人間と恋/結婚をすることで魂が宿るという。しかし,生半可な気持ちでは,その恋は成就しないだろう。
ウンディーネと人間の恋を描いた伝承の多くは,悲恋に終わっている。実はウンディーネとの恋愛には制約があり,「水辺で罵らないこと」「浮気をしないこと」の二つを守る必要がある。前者を破った場合,彼女は水の世界に帰ってしまうし,後者を破った場合,ウンディーネは夫を殺さなければならないのだ。そして多くの物語が,そのタブーを犯してしまった結果,悲しい結末を迎えるのである。
こうした悲恋を描いた物語では,ドイツのロマン主義作家フリードリヒ・ド・ラ・モット・フーケの「ウンディーネ」(邦題:水妖記)が有名だ。同作では騎士であるフルトブラントが森で迷ってしまい,とある民家にたどり着く。そこには年老いた夫婦と金髪で美しいウンディーネという娘が住んでいて,フルトブラントは一目惚れ。司祭の祝福を受けて結婚することになるのだ。
彼女は自分が水の精霊であることを明かすと,決して水辺で罵らず,貞節を守ってほしいとフルトブラントに告げた。フルトブラントはこれを約束したが,時とともにその心は,領主の娘ベルタルダへと傾き,やがてウンディーネにつらくあたるようになってしまった。結果として,水辺で罵られたウンディーネは水の世界へと帰ることになり,さらにフルトブラントとベルタルダが結婚してしまったために,ウンディーネはフルトブラントを殺すことになってしまうのである。
ある夜,フルトブラントが眠っていると夢にウンディーネが現れ,城にある泉のふたを取ってはいけない。ふたを取れば水の精霊が危害を加えるだろうし,掟に従ってあなたを殺さなければならないと伝えた。しかし,そんなことを知らない妻ベルタルダは,泉のふたを外してしまう。そこから現れたウンディーネはフルトブラントを抱きしめると接吻をし,「あの人を涙で殺しました」と告げると,姿を消してしまった。こうしてフルトブラントは亡くなったのだが,その墓標の周りには泉が湧いた。人々は,フルトブラントの死後も,ウンディーネが彼を抱いているのだろうと話したという。
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- 著者:村山誠一郎
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