インタビュー
「日本のオンラインゲーム市場は失敗した」――ソウル中央大学ウィ教授が語る,オンラインゲームの危機
2008年現在,当初期待されていた市場規模には遠く及ばず,新規参入した企業,タイトルの多くは,鳴かず飛ばずの状況だ。PCオンラインゲームに限らず,コンソール機も含めて,オンラインゲーム界隈の停滞感は,すでに目に見える事象として表れている。
そんな業界の将来を占ううえで,ぜひとも話を聞いてみたい人物が,OGC 2008に合わせて来日した。韓国のソウル中央大学の教授 魏 晶玄(ウィ・ジョンヒン)氏である。ウィ氏といえば,言わずとしれたオンラインゲーム産業研究の第一人者。アジア,日本,北米などをまたに掛け,市場の動向,ユーザーの趣向など,さまざまな角度から調査/分析を行っている人物だ。
4Gamerでは,そんなウィ氏にインタビューを実施。日本,そして世界のオンラインゲーム業界についてや,ネットサービス全般についてなどなど,いろいろな質問をぶつけてみた。「日本のオンラインゲーム産業は失敗した」と語るウィ氏。今後,日本のオンラインゲーム業界が盛り返すうえで,何が重要になるのだろうか? オンラインゲームのみならず,教育,法律,ビジネス全般にまで話が及んだ,ウィ氏との会話をお届けしよう。
韓国におけるSecond Lifeの評価と,オンラインゲーム産業の動向
本日は宜しくお願いします。まずOGC 2008の講演では,「Second Life」をテーマにした内容でしたが,韓国におけるSecond Lifeの評価ってどうなんですか?
ウィ・ジョンヒン氏(以下,ウィ氏):
「まぁまぁ」ですかね。累計アカウントでいうと,10万人くらいではないでしょうか。
4Gamer:
なるほど。それは流行っているとは言い難いですね。先生は以前,アジア(中国,韓国),日本,欧米のプレイヤーの比較の中で,
欧米 =過程重視
アジア=目的,結果重視
日本 =北米とアジアの中間
という分析をされていましたよね。また「Second Lifeはアジアでは難しい」という趣旨の発言もしていたと記憶していますが,Second Lifeの現状(アジアでの失敗)は予想通りというところですか?
ウィ氏:
そうですね。Second Lifeの流行具合を比較すると,以前挙げた各地域の趣向の差とほぼ比例するのではないか,と考えています。やっぱりアジアのプレイヤーには,はっきりとした目的がないゲームは合わないのではないでしょうか。
4Gamer:
韓国企業の反応はいかがですか? 日本だと,プレイヤーよりも企業サイドの反応が顕著だったわけですけど。
ウィ氏:
そこは日本とは大きく違っていて,Second Lifeに支社を建てる,みたいなアクションはあまりありません。まぁプレイヤーが10万人程度しかないので,いわゆる広告効果などがまったく見込めないから,という理由が大きいのですが。韓国企業の関心はそういうところにはなくて,Second Lifeのビジネスモデルやシステムを,取り入れるべきかどうか,取り入れるとしたらどの部分か? などという,研究的な部分が強い雰囲気ですね。
4Gamer:
なるほど。ちょっとオンラインゲーム産業の話になるのですが,最近,韓国では何か大きなトレンドってあるのでしょうか? これまでの韓国市場でいうと,MMORPG,カジュアルゲームという二つの大きなトレンドがあったわけですけど,最近はあまり目立った話を聞かなくなったように思います。
ウィ氏:
現在の韓国のオンラインゲーム市場を一言で表すならば,「模索中」だと思います。急激な成長が終わって産業として成熟してきた結果,大きなイノベーションが生まれない,生まれても目立たなくなってきている。
4Gamer:
要するに,やはり何もヒット作が生まれていない,ということなのでしょうか。
ウィ氏:
んー……,例えばの話ですけど,自動車やテレビで昨年大ヒットしたものって何か思い当たりますか? ないでしょう? 大型テレビだとか電気自動車だとか,大きなトレンドはあるかもしれないですけど,ある製品が爆発的にヒットするということはない。韓国のオンラインゲーム市場は,そういう状況に近いのではないかと思います。市場としては既に飽和していて,昔のリネージュのような“伝説”は,生まれにくい環境になっている。
4Gamer:
最近の韓国のゲーム会社を見ていると,完全にオンラインゲームが輸出産業化しつつありますよね。国内でのサービスは尽く失敗していて,じゃあどうするかというと,国外からのイニシャルライセンス料で開発費を賄うという。これについてはどう見ますか?
ウィ氏:
韓国のオンラインゲーム会社が海外市場に打って出る,グローバル展開していくというのは,私自身はとても良いことだと思っていますし,より推し進めるべきだとも考えています。というのも,先ほどもお話したように,韓国のオンラインゲーム市場はすでに飽和状態なんですよね。それでいて,韓国のプレイヤーというのは非常に“厳しい”目でオンラインゲームを評価する。これはコアプレイヤーの割合が多いからなのですけど,彼らの意見ばかり聞いていくと,ライトなプレイヤーには楽しめない内容になっていってしまい,縮小再生産の方向にも向かいかねない。
4Gamer:
なんだかコンソールゲーム機市場でも聞いたことがあるような……
ウィ氏:
ですから,新たな市場を求めて海外に目を向ける,という方向性自体は間違っていないと思います。ただ問題は,その海外市場すら飽和しつつある,ということなのですけどね(苦笑)。
4Gamer:
と言いますと?
ウィ氏:
これは韓国企業のせいといえばそうなるのですが,韓国産のオンラインゲーム(MMORPG)が大量に輸出された結果,新たなタイトルが入る隙間が無くなってしまった……という話です。中国を筆頭に,ベトナム,タイ,フィリピン,シンガポールなどは特に顕著ですよ。
4Gamer:
なるほど。中国市場といえば,以前は韓国産のタイトルがかなりのシェアを占めていましたけど,現状,それは見る影もなくなってしまいましたよね。海外市場を!という話であれば,これはなかなかに厳しい状況なのではないかと思うのですが,この点についてはどう分析されていますか?
ウィ氏:
仰る通り,中国市場における韓国企業のシェアは下がってしまいました。これは,中国国産のタイトルが増えてきた,クオリティが上がってきたという背景ももちろんあるとは思うのですが,私としては,何よりも韓国産のタイトルの多様性が乏しいのがもっとも大きな敗因だと考えています。
と言うのも,私が注目したいのは,大局的に見れば(韓国企業が)劣勢に立たされている中国市場ですが,「Audition」や「FREESTYLE」,「KartRider」などといったタイトルは成功しているという点なんですよ。これらは,それまでのゲーム……要するに主にMMORPGですけど,既存のタイトルとは違う路線の作品ですよね。だからこそ,他のタイトルと競合することなく,新たなニーズ(市場)を掴むことができたのではないかと。
4Gamer:
それは日本でも同じことが言えますよね。「ラグナロクオンライン」や「ファイナルファンタジーXI」といったMMORPGを皮切りに,本格的にオンラインゲーム市場が立ち上がって,その次に来たトレンドが「スカっとゴルフ パンヤ」や「ハンゲーム」だったという。
ウィ氏:
そうですね。産業が発展していくにあたって,多様性というのは重要なキーだと思います。
4Gamer:
そういう話ですと,韓国のオンラインゲーム産業というのは,一時期は「大作志向」が顕著でしたよね。リネージュやラグナロクオンラインの成功をベースにした,「より凄い」MMORPGが多く作られた。けれど,それらのプロジェクトはほとんどが失敗してしまいました。結果として,今は割と小粒なタイトルばかりが作られる傾向にあるわけですけど,これは良い流れなのでしょうか? それとも悪い流れなのでしょうか?
ウィ氏:
それは,良い点と悪い点の両方があると思います。良い点で言えば,「考え無しに大金を使う」ことが無くなったことでしょう(笑)。しっかりと計画ないし企画を立てて開発を行うようになったのは,非常に良いことだと思います。
以前までは,韓国のゲーム開発者達には,やっぱり過去の成功体験が強すぎたのだろうと思うんですよね。オンラインゲームの開発に対する自信が「ありすぎた」といいますか。市場のニーズは刻々と変化しているのに,前とまったく同じロジックでゲーム開発を行ってしまった。これは失敗だったと言わざるを得ない。
4Gamer:
そうかもしれません。
ウィ氏:
その失敗を教訓として,慎重に事業を進めるようになったのは,韓国企業にとって良い傾向です。
4Gamer:
それでは,悪い点とはなんでしょうか?
ウィ氏:
逆説的ではあるのですが,小さいタイトルが主流になったことで,新たに「適当に作る」傾向が生まれつつあることでしょうか(笑)。
4Gamer:
……なるほど。
ウィ氏:
要するに,小さいタイトルは開発費が少なく,リスクが少ないですよね。だから,「失敗してもいいや」と考えなしに開発するところが少なくないのです。あと,産業全体としてみると,やっぱりある程度は「大作」も必要なんですよ。ライトなゲームとコアな大作ゲーム,どっちも必要で,要はバランスが大事なのです。そういう意味では,大作が出てこない状況というのも問題だと思います。
4Gamer:
まぁ,なかなか難しいところですね……。
ウィ氏:
いずれにせよ,やはり「模索中」という言葉が当てはまると思います。産業としては,多様性を維持しながら,イノベーションが生まれるのを待つという感じでしょう。
4Gamer:
そういえば,例のRMTに関する法案,議論のその後の経過はどうなったのですか? RMT市場の動向が韓国のオンラインゲーム産業に与える影響は少なくないと思いますが。
ウィ氏:
議論されていて,そろそろ結論が出ようかというところですね。私としては,RMT市場はゲーム会社が取り込むべきだと考えていますし,またそのような意見書も出していますが。
4Gamer:
韓国政府は,RMTに対してはどういう態度なのでしょうか。
ウィ氏:
産業的な面と社会的な面,両方を見ながら検討中というところでしょうか。
4Gamer:
それは,RMTが合法化される可能性もある,という意味ですか?
ウィ氏:
その可能性もあると見ています。
4Gamer:
もし合法化されれば,韓国のオンラインゲーム産業にとっては衝撃になりそうですよね。
ウィ氏:
それこそ天地をひっくり返したような騒ぎになるでしょうね(笑)。
「日本のオンラインゲーム産業は失敗した」 今後は業界をあげてのマクロ的な戦略を
4Gamer:
オンラインゲーム産業繋がりで聞いてしまいますが,現在の北米および日本のオンラインゲーム市場をどう分析されますか?
ウィ氏:
まず北米市場ですが,こちらも市場としてはちょっと厳しい状況ですね。MMORPGは,「World of Warcraft」(以下,WoW)の独占市場になってしまっていて,しばらくの間は,新たなタイトルが成功する可能性は極めて低いでしょう。
4Gamer:
北米市場というと,Nexonの「メイプルストーリー」が好調だと聞きますが。
ウィ氏:
MMORPG以外のジャンルであれば,成功の可能性はあります。これは,先ほどお話しした中国市場などと同じ傾向ですね。MMORPGは飽和(=WoWの寡占)してしまっているので,新たなニーズを探り当てないと成功しないという。
4Gamer:
要するに,新規タイトルで成功するためには,「既存のオンラインゲーマー」を相手にしていては駄目,という意味でしょうか?
ウィ氏:
そうですね。以前,私は北米のオンラインゲーマーの動向を調査したことがあるのですが,そこで分かったのは,北米のゲーマーは想像以上に保守的だ,ということです。
調査をする前,私はコンシューマ機のプレイヤーやPCゲームのプレイヤーが「どれだけオンラインゲームに移動したのだろうか?」と考えていました。あれだけの人気を誇るWoWが,各市場に与えた影響はどれほどのものだろうか? 大きな影響を与えていたのではないか?と考えたのですね。
けれど,蓋を開けてみれば,WoWは既存のMMO市場を食いつぶしていただけで,コンシューマ市場からプレイヤーが流れているだとか,そういう傾向はあまり大きくなかった 。同じPCプラットフォームという意味で,比較的親和性の高いと思われたFPSプレイヤーでさえ,WoWへ移動した形跡は見られない。
4Gamer:
確かに日本でも,いろいろなジャンルを遊ぶプレイヤーは少数だと感じます。MMORPGも遊んで,FPSも遊んで,RTSを遊ぶ……みたいな人はほとんど見ない。みんな,MMOならMMO,FPSならFPSばかりをメインに遊んでいる印象があります。
ウィ氏:
これは一種の経路依存だと思うのですが,人間,自分の慣れたものをやめて新しいものを選ぶ,ということはなかなかしないものなんですね。それがどんなに良いものであっても,新しいものには,チャレンジすらしない人がほとんどなのです。
4Gamer:
ゲームに限らず,それは真理かもしれませんね。
そういう意味ですと,日本市場はどうでしょうか? 正直なところ,いまいち伸び悩んでいるという印象が強いと思いますが。
ウィ氏:
そうですね。実は最近,ちょうど日本のオンラインゲーム市場に関するレポートを書いたところなのですが,そこでの私の結論は,「日本のオンラインゲーム市場は厳しくなっている」というものでした。
4Gamer:
具体的にはどのように厳しいのでしょうか。あるいは何が原因なのでしょうか。
ウィ氏:
端的に言えば,市場の拡大が見込めない,ということでしょうか。新規プレイヤーの流入が目に見えて減っている,というのが所感です。
4Gamer:
それはどう分析しますか?
ウィ氏:
まずオンラインゲーム産業自体の内部的な要因で言えば,日本のオンラインゲーム産業がマクロ的な戦略に失敗した,というのが挙げられるかと思います。と言うのも,日本でオンラインゲームというと,RMTだとか詐欺だとか引きこもりだとか,いわゆるネガティブなイメージとセットで語られるものになっていますよね。メディアで取り上げられるときは,ほぼ間違いなく「事件」ないし「問題」がある場合だけですし。
4Gamer:
確かにメディアで取り上げられるのは,事件ばかりかもしれませんね。
要するに,オンラインゲームが健全である,悪いものではない,というイメージを作り出すことに,日本のオンラインゲーム産業は失敗してしまったと思うのです。そんな程度のことで!と思うかもしれません。けれど,こういう産業のイメージというのは,実はかなり重要なことなんですよ。甘く見てはいけないのです。
なぜなら,オンラインゲームが悪いものだ,というイメージが定着してしまうと,新規のプレイヤー,あるいはライトのプレイヤーというのが,入りづらい市場になってしまいます。親も子供に遊ばせようとしなくなりますし,結果として,市場の新陳代謝が衰えてしまう。
4Gamer:
4Gamerでもアンケート調査を行っているのですが,全体的には高齢化の傾向が顕著ですよ。
ウィ氏:
日本のオンラインゲーム会社のリーダー達に話を聞いてみると,ARPU(=客単価)が上がったという話をよく聞きます。とくに,アイテム課金制のタイトルを抱えているメーカーの多くは,ARPUが上がっている雰囲気です。客単価……企業の収益が上がることは悪いことではありません。しかし,この現象は注意深く見なければいけない。
4Gamer:
そうですね。
ウィ氏:
ARPUが上がったということはどういうことか? それは,コアプレイヤーの割合が増えている,ということに他なりません。コアプレイヤーだけの玩具になりつつある,と言い換えてもいいでしょう。そうなるとどうなるか? 新規プレイヤーが入りづらくなってしまうんですよ。
4Gamer:
まったくその通りですね。
ウィ氏:
これは日本語ではなんと表現すればいいんでしょうかね。プレイヤーからお金を「取り出す」……いや,「奪い取る」?
4Gamer:
あー,「搾り取る」とかですか(苦笑)
ウィ氏:
そう,それ! 搾り取る!(笑)
新規のプレイヤーを獲得するという方向に比べて,既存のプレイヤーから「搾り取る」というのは,実はそんなに難しいことではないんですよ。例えば……,そうですね,うんと刺激的なアイテムを出せば良いんです。
4Gamer:
例えば,ギャンブル性が高い物とかですか?
ウィ氏:
そうです。例えば,ガチャガチャだとかは典型でしょうか。極端な例ですけど,10万円(の価値)が当たるガチャガチャを売り出せば,一個1000円とかでもみんな買うんです。それこそ大騒ぎして買う。けど,長い目で見たらこのやり方は良くないですよ。一時的には高い収益を見込めますが,時期を過ぎれば,潮が引いたように一気に寂れていってしまう。
4Gamer:
そういう危険性は否定できないですね。
ウィ氏:
WiiやニンテンドーDSなどが凄いところは,新規プレイヤーを上手に取り込んだところですよね。子供だけじゃなく,大人や老人といった層をターゲットとし,成功した。しかし,この方向性というのは,非常に難しい。一筋縄ではいきません。
4Gamer:
「脳を鍛える大人のDSトレーニング」にしても,当の任天堂がここまでのヒットを予想していたかと言えば,そんなこともないでしょうしね。もちろん,ある程度の見込みはあったのだと思いますが。
ウィ氏:
Wiiが発売される前に,日経ビジネスか何かで任天堂の岩田社長のインタビューが掲載されていたのですが,その記事では,「Wiiは売れるのか?」という質問に対して,いまいち歯切れの悪い受け答えをしていた記憶がありますから,流石に「成功の確信があった」というわけでもなかったのではと思います。
4Gamer:
まぁ内的な要因が「イメージ改善の失敗」だとして,外的な要因はなんでしょうか?
ウィ氏:
私は,任天堂の「攻撃」が影響していると考えています。
4Gamer:
攻撃というと?
ウィ氏:
あくまで「オンライン」というファクターの話になりますが,オンラインについての任天堂の戦略とはなんでしょうか? それは,「簡単,安心,安全」を謳っていることです。
4Gamer:
Wi-Fiコネクションなどはまさにそういう戦略ですね。
ウィ氏:
任天堂の戦略が素晴らしい点は,自分からは「オンラインゲーム」という言葉は使わずに,あるいは使わないことで,既存のPCオンラインゲーム産業との差別化を図っているところです。言い方を悪くすれば,PCオンラインゲームを「危険,不安」なものとして悪者扱いしながら,自分たちのオンラインゲームは「それとは違うよ」「安全だよ」と位置づけている。
4Gamer:
任天堂が意図しているかどうかはともかく,結果としてはそういう格好になってるかもしれません。
ウィ氏:
オンラインゲーム産業をマクロ的な視点で見た場合,「簡単,安心,安全」な任天堂のゲーム機には新規プレイヤーは流れるけど,「危険,不安,難しい」PCオンラインゲームには流れない,そういう傾向があるのではないかと感じているんですよね。
4Gamer:
簡単,というフレーズでいえば,今は携帯電話の「モバゲータウン」などもありますしね。考えてみれば,PCオンラインゲームに新規プレイヤーが流れるための謳い文句,標榜って何かあるだろうか……。
ウィ氏:
日本のPCオンラインゲーム産業が,新規プレイヤーにとって魅力的かどうか? ここは見つめ直す必要があると思いますよ。
4Gamer:
そういえば,先ほど韓国のオンラインゲーム市場が飽和しているという話がありましたけど,韓国でも新規プレイヤーの流入は減少傾向なのでしょうか?
ウィ氏:
いえ,韓国のオンラインゲーム市場は日本のそれとはちょっと違うかなと思います。ちょっと待って下さい。えー……と(自分の鞄をガサゴソと物色しながら),あ,あった。ここに面白い資料があります。
4Gamer:
資料?
ウィ氏:
この(韓国の)情報通信省の資料によれば,韓国の3〜5歳のインターネット利用率は,51.6%。6歳以上になると,75.5%という統計データが出ていますね。
4Gamer:
え,51.6%? 3〜5歳が,ですか? それはいわゆる「PCを使ってのインターネット利用」という意味なのでしょうか。
ウィ氏:
そうです。そしてその3〜5歳のインターネット利用のほとんどがゲームなんですね。Flashゲームです。韓国の子供達は,ゲームを通じてPCやインターネットを学んでいくんです。韓国の大手ポータルサイトには,こういった子供向けのFlashゲームが数多く用意されているんですね。
4Gamer:
それは,親のPCを使って遊ぶということなのでしょうか? 親が子供に遊ばせるんですか?
ウィ氏:
基本的には,親の見よう見まねで「勝手に」遊ぶという感じですね。PCやインターネットというのは物凄く難しいものではあるのですが,人間不思議なもので,おもちゃが与えられないと「何かしらあるもので」遊ぼうとするんですよね。日本だと,そのモチベーションがコンソール機や携帯ゲーム機に向かうのでしょうが,ご存じの通り,韓国ではあまり普及していませんから。
4Gamer:
なるほど。そういう話ですと,日本のPCオンラインゲーム市場とは根本的に状況が異なりますね。日本だと,子供のインターネットリテラシー(PCでの)がそれほど高くはありませんし,いわゆるWeb空間上には,小学生以下の子供が楽しめるようなコンテンツって,ほとんどないと言っていい。
ウィ氏:
ええ,日本と韓国では全然違いますね。それも含めて,日本のPCオンラインゲーム業界は,新規プレイヤーの獲得が「大変難しい」状況だと分析しています。
4Gamer:
日本でPCオンラインゲームっていうと,やっぱり「オンラインゲーム然」としたリッチな,言ってしまえば「重い」コンテンツが主流ですからね。例えば,MMORPGでいくら初心者キャンペーンをやったところで,「ライト」さに限界があるのは確かです。
ウィ氏:
日本のオンラインゲーム産業は,立ち上がりから数年が経ち,放っておいても勝手に市場が拡大していく……という時期は終わったと思います。この先,さらに市場を拡大しようと思うなら,業界としての取り組み,産業としての戦略が必要になってくる。
4Gamer:
ただコンソールゲーム市場も,数年前は危機が叫ばれていましたよね。しかし,業界としての取り組みが云々というよりは,任天堂が単独でなんとかしてしまった,という経緯があります。これはについてはどうお考えですか?
ウィ氏:
任天堂は,業界のリーダーシップを執れるだけのポジションと力を持った企業ですから,それも可能でした。けれど,日本のPCオンラインゲーム業界には,明確にリーダーシップを執れる企業というのが存在しません。任天堂が「巨人」だとすれば,PCオンラインゲーム業界は「小人」の集まりだと言えるでしょう。巨人に対抗しようと思うならば,小人は団結せざるを得ない。
そもそも,その任天堂でさえ,10年という長い準備期間(プレイステーションに負けてから)が必要だったわけで,イノベーションを起こすというのは,そう容易なことではないのです。
4Gamer:
まぁ,何かしら「青田刈り」をするような施策が必要なのは確かかもしれませんね。
ウィ氏:
任天堂には,10年間を耐えれるだけの力と意志がありました。けど,日本のオンラインゲーム会社はどうでしょうか? やっぱり厳しいと思うんですよね。私は研究者ですから,このまま何もせずに,10年後のイノベーションを待ってもよいんですけど(苦笑)。ビジネスをされている方々は,そういうわけにもいかないでしょう。
日本のゲーム産業の明日はどっち? アジア式ビジネスモデルとアメリカ式ビジネスモデル
また少しSecond Lifeについてお聞きしたいのですが,これまでのサービスの経緯を見たうえで,Second Lifeという作品を改めてどう評価しますか?
ウィ氏:
ビジネス的な正否はこの際おくとして,やっぱり「北米ならではの」コンテンツだと感じています。「アジアでは生まれにくい類」のコンテンツというか。その辺りの思想の違いには,ややコンプレックスを抱いてしまいますね。
4Gamer:
それは以前お聞きした,「Second Lifeは自由主義的な思想をベースした作品だ」云々というお話ですか。
ウィ氏:
ええ。Second Lifeは,アジア的な思想とアメリカ的な思想の違いをまざまざと感じさせてくれる,典型的なコンテンツだと思います。
4Gamer:
具体的に言うと,どの辺りが典型なのでしょうか。
ウィ氏:
そうですね。端的に言うと,「コア部分」だけを掌握してほかを他者に任せるビジネスモデル,ということになるでしょうか。IBM社におけるPC戦略だとかもそうなのですが,アメリカの企業の特徴は,コア部分をしっかりと押さえたうえで,ほかの細かいサービスを他者の自由にさせてしまう,というところです。これは,他の部分がどうでもいい,という意味ではないんですね。むしろ,画一的な規格の製品では満足しない文化,精神が根強いためにこういうことが起こる。
4Gamer:
なるほど。
ウィ氏:
NAVER(韓国の検索大手)とGoogleの違いを見ても,この辺りの思想の違いは顕著なんですよ。Googleの検索結果を見てどう思います? 私は不便だと思うんですよね。だから実際,個人的にもGoogleはほとんど使わない。Googleは,システム(基幹部分)だけのサービスですから,細かい表示や並び方などの質はあまり高くないんです。
一方,NAVERのサービスは非常に洗練されているんですよね。検索結果にしても,丁寧にカテゴライズされていて,物凄く見やすい。韓国のユーザーが使いやすいように,分かりやすいように配慮されている。
4Gamer:
韓国のNAVERといえば,韓国国内では検索市場の70%近いシェアを押さえ,他を寄せ付けない勢いですよね。
ウィ氏:
そうです。しかし,そんなNAVERが北米市場ないしグローバル市場で成功するか? というと,これは無理なんですよ。
4Gamer:
それはなぜですか? ローカルのニーズにフィーチャーしているからですか?
ウィ氏:
一言で言うと,システム(ビジネス的な)の違いですね。韓国……,いや日本もそうなのですが,アジア企業の特徴というのは,「オールインワン」のパッケージモデルが主流なんですよね。例えば,検索に重要な要素として,A,B,C,D,Eの5つがあったとして,NAVERでは,このすべてを綺麗にまとめて製品としている形です。一方Googleというのは,5つのうち絶対に欠かせないAだけを作り込んで製品としている。この違いなのです。
4Gamer:
でもユーザーからすれば,全部まとまっていた方が手っ取り早くて便利,ということはないですか?
ウィ氏:
すべての要素を「ユーザーが欲していれば」それもいいでしょう。けれど,グローバル展開するということは,趣向が違ういろいろな地域でサービスをしていくということですよね。つまり「BとCは必要だけれど,DとEは要らないよ」だとか,そういうお客さんを相手にしていかなければならない。
4Gamer:
ああ,なるほど。
ウィ氏:
要らないだけならまだしも,「なくして欲しい」場合はもっと深刻です。ワンパッケージのサービスなので,取り外すことも容易ではありませんからね。これは,日本の「定食」を例にすると分かりやすいかもしれません(笑)。
4Gamer:
定食ですか。
ウィ氏:
ええ。個人的には,定食というのは「非常に日本的」(アジア的)な文化だと思うんですよね。あれって言うのは,いろいろな食べ物がワンセットになっていて,嫌いなものだけ取り替えたりということができないじゃないですか。さっきの例でいうと,嫌いなDとEも「食べないと」いけないものですよね。
4Gamer:
そうですね。
ウィ氏:
以前,私が東京大学の客員教授として日本に来ていた時に,学校の学食をよく利用させて貰っていたのですが,A定食,B定食,C定食と,パッケージされたメニューしかないわけですよ。
それがアメリカだと,いわゆるバイキング形式が多いんですよね。自分用に細かくカスタマイズするという志向が強いといいますか。レストランとかでもそうですが,いちいち細かく聞いてくるじゃないですか。肉の焼き加減は? 前菜は? 飲み物は?とか,ほんと,うるさいくらいに聞いて来る(笑)。
4Gamer:
要するに,国内では受け入れられている要素が,海外では「要らない要素」となるかもしれない。そしてその場合,パッケージサービスとしての価値,魅力が低減してしまうという,構造上,あるいは戦略上の問題点がNAVERにはある,ということですか。
その通りです。Googleは,絶対に必要なAのみを徹底的に作り込んでいて,そこでは追随を許さないわけですが,NAVERは,ABCDE全部を合わせたパッケージとしての完成度に価値があるわけです。Googleのモデルは,どんな国で展開してもサービスの価値が下がりにくい仕組みなのですが,NAVERのそれは,他国で展開するとサービスの価値が下がりやすいモデルなのです。
4Gamer:
では日本や韓国で,GoogleやSecond Lifeのようなサービスが生まれにくいのはなぜなのでしょうか。
ウィ氏:
発想という意味では,自ら考えに「制限を設けてしまっている」のではないでしょうか。あれはきっと駄目だろうだとか,国内のユーザーの声に耳を傾けすぎていて,発想それ自体が萎縮してしまっているように思えます。決して,技術力がないからできない,とかそういうことではない。
4Gamer:
ちょっとゲームからは離れるのですが,日本の「ニコニコ動画」やモバゲータウンなどはどう見ていますか? 近年,日本で話題になったネットサービスというと,この二つが挙げられると思うのですが。
ウィ氏:
ニコニコ動画は,私も注意深く観察していますし,ニコニコ動画がいろいろと議論を呼んでいるのも知っています。
4Gamer:
まぁニコニコ動画は,著作権絡みの議論が多いわけですけど。
ウィ氏:
韓国だと,「PANDORA.TV」において同様の議論が起こっていますね。
4Gamer:
なるほど。
ウィ氏:
ただ,この辺りの問題は非常に難しいんですよね。確かに現行法と照らし合わせれば,PANDORA.TVやニコニコ動画は間違いなく「違法」ということになってしまうんですけれど,ビジネスというのは,往々にして法よりも先行して展開されるものなのです。当たり前ですが,新しいビジネスよりも先に法律が整備されている,ということはあり得ない。
4Gamer:
それはそうですね。
ウィ氏:
ニコニコ動画は,企業のモラルという面から見れば,これは決して誉められたものではないでしょう。しかし,ビジネスという面から見れば,その限りではない。インターネットの発達によって,コンテンツの編集,改変,流通が非常に容易になりました。この状況の中で,何をどこまですれば違法なのかが,曖昧になってきています。
まぁ,テレビ番組をそのまま流してしまうのは当然違法でしょうけれど,例えば,数十秒程度の切り抜きも本当に駄目なのか。引用という扱いにはできないか?などなど, 旧来の考え方(法律)が追いついていないのは確かなのです。
4Gamer:
ビジネスを切り開くという観点からすれば,ある程度の逸脱もやむ得ない,と。
ウィ氏:
まぁとはいっても,日本や韓国には,そういう活動が「社会的に許されない」ムードがあるのも事実だと思いますから,なかなか難しいところですね。少しでも問題があるサービスが出てくると,「おまえの社会的責任はどうするんだ!」とか言われて,叩きつぶされてしまう(笑)。
これはこれで正しいことなのですが,新しいサービス,世界に通用するサービスを作っていくにあたっては,こういう風土が逆に足かせになってしまう場合もあると思います。ただモラルの批判ばかりしていてもナンセンスだと思いますね。
4Gamer:
そういえば,モバゲータウンなどに関して言えば,昨年,携帯サイトの「コンテンツフィルタリングの原則化」が話題になりました。こういう規制についてはどう思われますか?
ウィ氏:
個人的な見解を言わせて貰えば,基本的には,無闇な規制などはするべきではないと思います。携帯サイト上でいろいろな問題が起こっているのは確かなのでしょうが,一定数以上の人間が使うインフラである以上,それはやむを得ない部分もありますし。あまり過敏に反応するというのもどうなのかと。
4Gamer:
先生は昔から,全般的に「規制はすべきでない」という論調ですよね。
ウィ氏:
これは教育の現場でもそうなのですが,何か子供に良くないことがあると,すぐに国や社会のせいにしたがるんですよね。これは,日本や韓国の社会の悪い癖だと思いますね。そもそも子供というのは,基本的に親を見て育つものです。一番身近にいる人間が親なのですから,これは当たり前。教育というのは,まず親があって,その次に学校や社会というものがあるわけです。
ですから,まずは「危険な場所にはいって行けない」だとか「知らない人に付いていってはいけない」だとか,親が基本的な教育をしっかりと行うべきなのではないでしょうか。これはネットに限らず,現実社会でも同じことが言えますよね。
4Gamer:
臭い物には蓋を,というだけでは難しいですしね。
ウィ氏:
それに,これからの人材,さらにいえば国際社会で通用する人材を育てていくという観点からすれば,あまりに過保護な教育もどうなのかな,と思うんですよね。なんでもかんでも規制して,「悪いことを知らない」「悪い人間を知らない」というのは,果たして良いことなのだろうか,と。まぁ日本だったら,一生国内にいればそれで良いかもしれません。日本は安全で良い国ですから(笑)。でも,すべての国が「安全で安心」というわけではない。
例えば,Second Lifeを遊んでいれば,他人に騙されることもあるかもしれません。けれど,私はそれは「経験」じゃないか,とも思うんですよね。「ああ,世の中ってこんなもんだ」と学ぶことができる。「次は気をつけよう」と考えることができる。そりゃ,出会い系サイトなどを使った援助交際とかにまでいくと駄目ですけれど。ある程度なら,放任すべきなのではないか,と。
4Gamer:
まぁ援助交際という話でいえば,ネットが無い時代は,それこそ公衆電話を使った伝言ダイヤルなどが使われていたわけですからね。じゃあ,青少年の電話利用を規制すべきだったのかというと,それも難しかったわけで。結局,手段/インフラを規制するよりも,まず「そういうことをしちゃいけない」と教育するしかない,ということなんですかね。
ウィ氏:
そう思います。
4Gamer:
もっとお話を聞きたいところですが,時間も時間なので……。最後に,日本のオンラインゲーム業界(主にPC)について一言お願いできますか。
先ほども述べましたが,日本のPCオンラインゲーム産業は,各社が個々に手を広げていって,結果的に市場が拡大していくという,「初期の成長段階」は終了したと思います。これまでは,拡大していく市場(シェア)をオンラインゲーム各社が奪い合うというのが,日本の市場のあり方でしたが,これからは,コンソール市場,モバイル市場,Webサービス市場という,異業種との競争に主軸が移っていくことでしょう。
そうした状況の中では,とにかく「オンラインゲームの信頼性」を取り戻すこと。安心,安全に遊べるサービスであることを認知させること,これがもっとも重要なことだと思います。新規プレイヤーを獲得するためにも,業界が一つになって「産業レベルの戦略」を実施していかなければならない段階になっている。
4Gamer:
日本のオンラインゲーム業界も,一枚岩というわけではありませんよ。
ウィ氏:
私も日本のオンラインゲーム会社の経営者の方に会うたびに,「やるべきだ」とお話させて頂くのですが,いろいろな問題やらしがらみやらがあって,なかなか難しいようですね(苦笑)。とはいえ,やらなければ厳しい状況が待っているのも事実です。
私も東京大学の馬場章教授などと一緒に,オンラインゲームの悪いイメージを払拭させるべく活動させて頂いていますけれど,こういった活動は,経営者の方々になかなか興味を持って頂けないのも確かですね。
4Gamer:
すぐにビジネスに直結するというわけではないですからね。
ウィ氏:
ただ,マクロ的な視点でいえば,大切なことなんですよ。悪いイメージがあるままだと,親がゲームをさせまいとするだとか,マイナス方向の圧力が発生してきますから。新規プレイヤーの獲得という視点で見ても,それは厳しい。
4Gamer:
確かに。
ウィ氏:
いずれにせよ,今後は業界が一致団結して動いていかなければ,任天堂やモバゲータウン,あるいはニコニコ動画など,周辺の「巨人達」に踏みつぶされてしまう可能性が高いでしょう。5年後,10年後に日本のオンラインゲーム業界がどうなっているのか? 私はとても心配です。
4Gamer:
うーん,10年後はどうなっているでしょうねぇ……
ウィ氏:
ああ,そうだ!
10年後にもまたどこかで話し合いましょうよ。昔にこんな事言ってたよね,とか言いながら(笑)。オンラインゲームに限らず,ゲーム業界自体も様変わりしているとは思いますけど。
4Gamer:
そうですね。機会があれば是非お願いします(笑)。本日はありがとうございました。
さて,長々としたインタビュー記事となってしまったが,いかがだっただろうか。韓国のオンラインゲーム市場の動向をはじめとして,同じ停滞が叫ばれてるとはいえ,日本と韓国のオンラインゲーム市場ではまったく様子が異なること,ウィ氏の見る日本市場の現状報告など,いろいろな視点での話題を拾えたのではないかと思う。
ウィ氏が指摘するように,日本のオンラインゲーム業界が,今一つの節目を迎えているのは確かだ。MMORPG全盛の時代を終え,カジュアルゲーム隆盛というトレンドを経て,日本のオンラインゲームは,進むべき道を模索している。一世を風靡した(?)アイテム課金モデルにも影が見え始める中,次なるトレンドはなんなのか。
些末な問題も多々あるとはいえ,根本的な課題でいえば,「新規プレイヤー」を獲得していくためにどうすべきか,間口を塞ぐ「負のイメージ」をどう払拭していくべきか,ウィ氏の主張は,その一点に集約されているといってよい。そしてその視点に立ったとき,オンラインゲーム業界の競合相手が,モバイルやWebサービスなど「ほかの市場」であるという指摘も,また確かである。
今後は,産業レベルの戦略が必要だというウィ氏。しかし,日本のオンラインゲーム業界(業界団体)にそれができるのだろうか。筆者としては,氏の「悪い予想」が当たらないことを祈るばかりだ。
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