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韓国のゲーム開発者会議で語られた「ASURA’S WRATH」における「Unreal Engine 3」導入事例
NDCは基本的に,韓国のゲーム産業をテーマにしたカンファレンスなのだが,一部例外的に日本から開発者を招いての講演も行われている。本稿では,「ASURA’S WRATH」(PS3 / Xbox 360)の開発を担当したサイバーコネクトツーの下田星児氏による講演を紹介しよう。
あらためて紹介しておくと,Unreal Engine 3(UE3)は,Epic Gamesがリリースしているゲームエンジンである。Epic Gamesの自社開発による「Unreal Tournament 3」や「Gears of War」シリーズをはじめ,これまで数多くのタイトルでの導入実績がある。
1998年に公開された初代Unreal Engineの頃は,FPS向けに特化されていたのだが,バージョンアップを重ねていくことで,今ではTPSやアクション,そしてMMORPGなど幅広いゲームジャンルで用いられるようになっており,韓国でも,「TERA The Exiled Realm of Arborea」や「Alliance of Valiant Arms」などでの導入実績がある。
下田氏によると日本国内で開発されるタイトルでは,UE3の導入はまだまだ珍しいとのこと。「ASURA’S WRATH」の開発にUE3を採用した際,サイバーコネクトツーが社内でどういった体制を敷き,そしてどのように活用していったのかを発表したいという思いが,今回NDC 2012で講演するきっかけになったそうだ。
下田氏による講演は,以下の五つのテーマに沿って行われた。
【1】なぜUE3を選んだのか?
【2】UE3でどのようにゲームを作成したのか
【3】スケールアニメーションの処理で工夫した部分
【4】演出の実例の紹介
【5】まとめ
それぞれについて順を追って紹介してみよう。
【1】サイバーコネクトツーは,なぜUE3を選んだのか?
まず,そもそも短期間でマルチプラットフォーム用のゲームを作る必要があり,自前のゲームエンジンをゼロから作っていくのは,納期などの面で難しかったこと。
次に,サイバーコネクトツーはDCCツール(Digital Content Creation:コンテンツ作成用ソフト)に“3ds Max”を用いており,これはUE3との相性が良いこと。
そして最後に,UE3では各種演出の作成部が視覚化されており,レベルデザイナーやアーティストが直感的に作業できることを下田氏は挙げた。演出やドラマ進行を重視した「ASURA’S WRATH」では,これがUE3を採用する際の最大の決め手となったそうだ。
【2】UE3でどのようにゲームを作成したのか
続いて下田氏は,UE3をどのように使っていったのかを紹介した。
画面に映し出されたのは,UE3のスクリプトエディタ“Kismet”(キスメット)だ。例えば,ゲームプレイ中に条件を満たすとQTE(即座に選択を求められるイベント)が発生し,その成否でどのように処理が分けられるのか,などといった流れを視覚化できるのが,このKismetの大きな特徴である。プログラマでなくても作業が行いやすいというところがポイントだ。
今回のプロジェクトではプログラマの人数が限られていたが,作業そのものの量は非常に多かった。そういった状況下でもKismetのおかげで,ゲームデザイナーやアーティストによってスクリプトが組めたのである。演出を重視した本作では,このメリットは非常に大きかったそうだ。
【3】どうやってスケールアニメーションを実現したのか
DCCツールの3ds MaxからUE3へアニメーションデータをインポートする際,Epic Gamesが提供するプラグインの“Actor X”を利用できるが,これはスケールアニメーション(オブジェクトが大きくなるような動き)に対応していない。Actor Xでは移動と回転の情報しかインポートできないのである。
解決策として,UE3を改造してスケールアニメーションを直接インポートできるようにするか,あるいはスケールアニメーションのみを別途出力するプラグインを開発するかの選択に迫られたが,下田氏は後者を選んだという。
なぜかというと,仮にサイバーコネクトツーがUE3に対して独自の改造を行うと,その後でEpic Gamesのバージョンアップにより上書きされる可能性があったからである。そこでエンジン部分には手を入れずに,入出力の環境整備をする方法で対応していったのだ。内部からは少々回りくどいのではという声もあったが,結果的にはゲームエンジンに手を入れないため,リスク回避に繋がったのだそうだ。
【4】スケールアニメーションの実例
最初はDCCツールの3ds Maxから普通にインポートした,手の“移動と回転”だけの動きである。これも悪くはないが,ある意味過剰なまでの演出や表現を心がける本作において,これではまだまだ弱いとアーティストは判断。そこで,スケールアニメーションによって手が“膨張”する処理を加えた。結果は一目瞭然,アスラの凄みが格段に増したというわけである。
【5】UE3導入のまとめ
今回UE3を導入したことで,アーティスト,ゲームデザイナー,そしてプログラマのそれぞれの役割分担が大きく変わったとのことである。
詳しくはスライドを見てもらいたいのだが,UE3の導入後はアーティストの作業範囲が大きく広がり,本来はプログラマが担当していた,プログラムのスクリプト部分にも踏み込むようになった。サイバーコネクトツーにはアーティストが多く所属していることも,良い方向に動いたようだ。
ちなみにゲームデザイナーやプログラマの仕事がなくなったわけではない。ゲームデザイナーはゲーム進行の根幹に関わる部分に,そしてプログラマは高難度の処理のプログラムにそれぞれ専念できるようになったとしている。結果として,柔軟かつ高度なゲーム開発ができるようになったと下田氏は満足げに語っていた。
ゲームエンジン導入で重要なのは,エンジンのコンセプトを理解すること
とくに大手のゲーム開発会社は,なまじ技術力があるばかりに,ゼロからゲームエンジンを作るようなことを当たり前のようにやってしまう。上のスケールアニメーションの部分でも触れたが,仮に自分たちがやりたいことができないときも,ついついエンジンそのものを改良してしまいがちだ。しかし,そうやって独自の改良を加えていった末に,UEのシステムアップデートに対応しきれなくなり,プロジェクトそのものが崩壊という例も数多くあったのだという。
他社製のゲームエンジンを採用する際に大切なのは,自分たちのスタンスを貫くのではなく,その設計思想をきちんと理解することだと下田氏は語る。ツールの使い方を覚えるときも,なぜこのツールはこういった動作を行っているのか,その本質まで辿りついたうえで理解することが大切なのだ。
UE3は強力なゲームエンジンだが,痒いところに手が届かない場合もある。だが,ゲームの開発は納期やコストなど,さまざまな制約があるのが当たり前であり,自分達の方法を貫くことが最良とは限らない。UE3の導入事例では,自分たちのゲーム開発のあり方を見つめ直すと共に,新しい取り組みができたのではないかと下田氏は講演を締め括った。
「ASURA'S WRATH」公式サイト
- 関連タイトル:
Unreal Engine
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ASURA'S WRATH
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