連載
「キネマ51」:第20回上映作品は「オンリー・ゴッド」
グラスホッパー・マニファクチュアの須田剛一氏が支配人を務める架空の映画館,「キネマ51」。この劇場では,新作映画を中心としたさまざまな映像作品が上映される。第20回の上映作品は,全編タイロケーションで独特の世界観を演出した戦慄の復讐劇「オンリー・ゴッド」。
「オンリー・ゴッド」公式サイト
須田:
いやぁ,今回は,今,僕が最も気になっている俳優が主演ということで。
関根:
あいさつもしないうちから話し始めるなんて,よっぽど気になっているんですね。
須田:
あ,失礼しました。こんにちは……で,ですね。
関根:
おざなりー。
須田:
ライアン・ゴズリングですよ。
関根:
今回の作品「オンリー・ゴッド」の主人公,ジュリアンを演じる俳優ですね。そんなにお気に入りなんですか?
須田:
はい,思わずWikipediaで調べちゃうぐらい注目しています。
関根:
うーん,説得力はないですけど,支配人の目が真剣なんで理解しました。
須田:
昨年紹介した「L.A.ギャングストーリー」にも,キーマンとして登場していましたよね。でも,ゴズリングといえば,やはり「ドライヴ」。いやぁ,すごい役者ですよ。
関根:
本作の監督,ニコラス・ウィンディング・レフンの代表作ですね。念のため確認しておきますけども,「ドライヴ」はご覧になっているんですよね?
須田:
もちろんですよ! さっきですけど……。
関根:
イヤな予感もしますが,話を進めていきましょうか。
“表現”について考える
須田:
僕はね,久々にとんでもない映画に出会ったなと。映画の形とは? 表現とは何だろうか? なんてことを思いながら観ました。
「ドライヴ」という素晴らしい映画,評価の高い映画を撮った監督だからこそ,映画というものを解体,破壊しにきていて,その一つの形が,このオンリー・ゴッドという映画だった気がするんです。
何だろうな……。端的に言って,新しいものを観させられた,というのが率直な感想です。部長はどうでした?
関根:
僕は,去年から度々話してきた,“必然性のあるスプラッター”についてずっと考えながら観ていました。なぜ残虐なシーンを入れなければいけないのか? と。支配人とは違う視点だと思いますが,“表現”ということについて考えさせられましたね。
暴力シーン,残虐シーンが良い悪いということではなく,表現方法の一つとして残虐なシーンを入れる理由を知りたいなぁと。
須田:
なるほど。この映画が最初から匂わせている,何かが破裂するような,暴発するような予兆。
関根:
確かに少しずつコップに水が注がれていくような雰囲気というか。
須田:
その溜まっていったエネルギーがあふれ出したときの残虐さ,むごさみたいなものが,あの暴力シーンなんじゃないでしょうか。
ドライヴだと,その描写をうまい具合に趣味良く魅せたんですよ。でもこっちでは,露骨かつ徹底的に観せてる。角度は違いますけど,描こうとしていることは近いのかなと。
関根:
直接表現しなければ描けなかったんだということは分かるんですけど,それが意図するものは何なんでしょうか。
須田:
僕はバランスを保つためだと思いましたね。
関根:
バランスですか?
須田:
趣味のいい映画と思われることを完全否定するために,今回のような表現が必要だったんじゃないでしょうか。
関根:
趣味の良いものを徹底的に排除するために?
須田:
そうですね。そして,人間なのに神のような存在を登場させるじゃないですか。
関根:
圧倒的というか,絶対的な存在ですよね,主人公の前に立ちふさがるタイの元警官,チャン。
須田:
彼の登場によって,世界,ストーリーがいびつになる。暴力と,このいびつな世界。これがこの映画の本質なのかなと。僕がこの映画から感じた“表現”の,一つの形でしたね。
関根:
確かに支配人がそこに共感されたのは分かる気がします。
須田:
付け加えるならば,監督はきっと,自分のキャリアにあえて傷跡を残したくなったんじゃないかと思うんです。自分の“型”を壊そうとしている。どんなタイプの作品もうまく撮れる監督だからこそ,そういう自分の“型”を否定したんじゃないかなと。
観ている人間のイメージと違う領域を提示して,壁を超えていくという作業だったような気がしますね。ものづくりをしていると,よく考えるところではありますよ。
関根:
支配人にもある思いなんですね。
映画の中だけなら良いけれど
このジュリアンという主人公,ほとんどしゃべらないじゃないですか。表情,ムードだけで,観ている人間の感情をコントロールできるというのが,俳優ゴズリングの魅力だと思うんです。
そしてこの主人公は,極悪なギャングの女ボスだった母親と,極悪な兄貴の下で育ち,ある事情でタイに兄弟で移住してるんですよね。そして,彼らのような極悪人を淡々と処罰していくチャンがジュリアンの前に現れる。
関根:
極悪の母親と兄貴という存在は,絆でつながっているからこそ彼にとって畏怖なるもの。そして,チャンは彼にとって復讐の対象。言ってしまえば誰を信じれば良いのか,あるいは誰も信じられないのか,ジュリアンが誰に対してどんな感情を持って接しているのか,観ている間にどんどん複雑になっていって混乱してしまいました。
須田:
僕は自分で解釈した人間関係で楽しみました。そこはたぶん自由だと思うんですよね。観る側によって自由に形を変えることが出来るパズルのような撮り方を最初からしていたんじゃないかと。
観やすい映画ではないけれど,映画本来の姿であるような気がしました。
関根:
最初のホテルのシーンからですかね。ちょっとD・リンチ映画を観ているような錯覚がありました。
須田:
確かにリンチっぽかったですね。赤い部屋とか,突然チャンが飲み屋のステージで歌い始めるところなんか。
ところどころの撮り方に,ホドロフスキーの影響も見え隠れしていたような。撮影前に会ったらしいですよ,ホドロフスキーに。彼のパッションに触れてしまったんでしょうね。
関根:
なるほど……。
ちなみにこの映画,デンマークとフランスの合作なんですけど,舞台はずっとタイなんですよね。
須田:
タイ・オンリーですからね。ヨーロッパ映画で全編タイが舞台って面白いですよね。
関根:
タイの地にお母さんが降り立ったときから,もう悪い空気が一気に流れ始めますね。
須田:
いやあ強烈でしたね。ワルいっすねぇ。とんでもねぇ母親ですよ。でも格好良かった。
関根:
強烈なワルと,すべてを見透かしているというか,究極のワル発見レーダーを持っているような正義の警察官の闘い。この二人の隙の無さは凄すぎましたね。躊躇がないというか。
人を殺さなければいけなかった理由とか,復讐される理由なんかの説明がほとんどない。長回しのセリフがあったりすれば,その間に登場人物に対する同情や憎しみが観客に芽生えるものですけど,そういうものも一切ない。
須田:
そうなんですよ。感情を動かす余裕さえ与えてくれない。あれ? この人どんな人なの? と思っていたら殺されて。あ,死んだ,みたいな。まさに,神と神の闘いですよね。存在対存在の闘い。
関根:
確かに考えさせてくれないんですよね。その圧倒的な感じが怖い。
須田:
我々のコミュニケーションの中で起こりうる配慮も無いじゃないですか。でも,その怖さって実は現実世界にもありうると思うんですよ。自分の中にはちゃんとした理由があっての行動なのに,それがいっさい通じないような。
自分よりも圧倒的な力を持っている人と対峙した場合,人間として否定されるような体験になりかねない。
関根:
恐ろしいですよね。もう祈るしかない。
須田:
心の骨をパキッて折られたような絶望感。それが伝わってくる映画なんですよ。この映画,痛いなぁ。痛いところ突いてるなぁって。とにかく痛いんです。
関根:
痛いの三段活用ですね。何だか切実な空気が伝わってきて,うまく突っ込めません。チャンの判断は,常に正しいわけじゃないですか。ただ,正論って言われるとムカッてくるんですよね。とくに男子は,女子に正しいこと言われるとイヤじゃないですか。
須田:
分かる,「男子,何でこんなことするんですか?」みたいなね。
映画の正しい姿
先程,支配人は映画本来の姿とおっしゃってましたけど,僕はこの作品って映画のセオリーを全部抜いたのかなって感じも受けました。
須田:
でも,セオリーって,目的があって作られたものじゃないですか。だから自由に観られるという意味では,同じような考え方じゃないんですか。
関根:
もちろんそうなんです。例えば「24」というドラマがあって,あれがほんとに24時間しか撮っていなかったらドラマにならないわけですよ。何十時間もかけて撮って,それを24時間に編集することによってさまざまなドラマを作り上げていく。
でも,このオンリー・ゴッドは90分の映画ですけど,90分しかカメラを回していないんじゃないかと錯覚してしまうような時間の流れを感じるんですよ。それが映画のセオリーを抜いたと感じた理由です。淡々と悪人を処罰していくチャン。地道な捜査や事情聴取もしなければ,謎解きも一切ない。
須田:
そうですね。そこに行き着くまでの過程みたいなもの,ないですね。確かにそういった意味では,物語としての配慮はないですよね。
関根:
神の審判を,ただ僕らはスクリーンの前で見ているだけ。不思議な目線と時間の流れの映画でした。
須田:
まったく。
4Gamer:
要は,「必殺仕事人」のクライマックスだけみたいな感じなんですかね。
須田:
そうそう,そんな感じで。もっとえげつないですけど。
僕の心情的にもいいタイミングというか,“ものづくり”とは何かというところを,あらためて考えさせられましたね。……セオリーだけで,ものを作って良いのか? ということですよ。
4Gamer:
先程のお話じゃないですけど,“型”ができてしまうと,その繰り返しになってしまうというか。
須田:
僕自身,型はずっと壊そうと思っているんですよ。でも,壊し方を間違っちゃいけないなとも,この映画を観ながら思いましたね。もうちょっと趣味良く壊そうと思って。
関根:
レフン監督とは,逆の方向ですね(笑)。
須田:
でもこの監督の気概というか監督魂みたいなもの,これは素晴らしいと思いましたし,そこを大事にするという意味では,同じ方向を向いていると感じました。
関根:
まぁ,しつこいようですけど……あとはね,残虐シーンが苦手な人向けのバージョンを作ってほしいですね。
須田:
この映画では,ほぼ不可能でしょうね(笑)。
ゲームも残虐なやつですかねぇ……
須田:
もうこれね,紹介するゲームは決まっているんです。
関根:
ということは,きっと残虐なんでしょうねぇ……。
須田:
ズバリ,「Hotline Miami」(関連記事)です。
関根:
マイアミかぁ……。「CSI」シリーズで知ってますけど,残虐そうなイメージが。
須田:
何でもこのゲーム,レイブン監督のドライブの影響を受けて作られたゲームなんですって。
関根:
ほー,そうなんですか。じゃあ,やっぱり残虐だ……。
須田:
PC版をSteamで購入できますので,ぜひ。
海外だとPlayStation Storeでも配信されているんですけど,日本では……ね。
関根:
僕の嘆きは完全無視されているようなので,勇気をもってお聞きしますけど,どういうゲームなんですか?
須田:
皆殺しにするゲームです。
関根:
聞くまでもなかった。
須田:
トップビューで2Dなんですよ,ドットで。
関根:
なるほど,リアルな描写じゃないんですね。
4Gamer:
ちょっと昔のゲームっぽい見た目で。
須田:
80's感がありますよね。
関根:
面白そうな気がしてきました。
須田:
部屋に入って戦闘が始まって……。敵がけっこう強いんですよ。もう,ガンガン殺されます。だからこっちもガンガン殺さなきゃいけないんですよ。バンバン殺して,隠れてとか。またゆっくり行って……バーンって,で,すぐ逃げて,ドア閉めて……で,出てきたところをバコーンって。血がビシャーって。
関根:
支配人,ちょっと落ち着いて!
須田:
はっ,失敬失敬。ムードもちょっとレフン監督の映画みたいな感じで。途中で倒錯的になっていくというか。いかがわしい雰囲気の世界に一瞬入ったり。
4Gamer:
大手メーカーの有名クリエイターはまず作らないタイプのゲームですよね。
須田:
そうですね。どっちかというと僕が作りそうなゲームです。って,よく言われました(笑)。
4Gamer:
ああ,分かります。
人を殺すときにプレイヤーが一切ためらわなくなるような,乾いた感じというか。
関根:
あー,動機が感じられないような。
須田:
そう。ただ,殺すことだけが重要であるという。こっちが死なないためにね。とにかく容赦なく殺されるんですよ。だったら,殺してやろうじゃないかと。だんだんそういう気持ちが芽生えてくる。そこの面白さ。怖いですよ。
関根:
支配人,ハウス!
須田:
ハァ,ハァ,ハァ。
4Gamer:
大手メーカーがこういうゲームを作ろうとすると,主人公が「なぜ殺さなければいけないのか……」みたいに悩んだり,背景が語られたりするものですが,そういうことも一切なく。
関根:
なるほどなるほど,よく分かりました。
須田:
これ,オススメ!
関根:
わ,分かりました。
須田:
表現はえげつない!
関根:
はいはい
須田:
最高ー! グハッ……ウ,ウゥ。
関根:
し,支配人!
4Gamer:
これで静かになりましたね( ̄ー ̄)
関根:
そ,そうですね。じ,次回もお楽しみに……。
須田:
お,お楽し……み……に。
「オンリー・ゴッド」公式サイト
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