企画記事
ゲーム業界伝説の名士録 / 第3回:ケン・レヴァイン
「Thief: The Dark Project」「System Shock 2」「Freedom Force」,そして「SWAT 4」などに携わってきたケン・レヴァイン氏。どれも評価は高かったものの,セールスは奮わなかった。だが,バイオショックは売り上げも評価もよく,その実力を誰もが認めることになったのだ。ライター出身のデザイナーだけあって,現在でもアメリカのゲーム雑誌に定期的に寄稿している
多くのゲームにとって,「ストーリー」は重要な構成要素の一つだろう。システムやバランスなどとは異なり,ダイレクトにゲームの面白さにはつながらないが間接的にゆっくりと,プレイヤーの心に浸透していく。もちろん,ストーリーがないゲームもあるが,夢中になって遊んだゲームには,質の高い物語が用意されていたことが多いのではないだろうか。
そんな,ゲームにおける物語の面白さを追求し,自らをストーリーテラー(語り部)と捉えるゲームデザイナーがいるのをご存じだろうか。それは,2K Boston(旧Irrational Games)の,Ken Levine(ケン・レヴァイン)氏である。
レヴァイン氏の代表作といえば「バイオショック」だ。バイオショックはご存じのとおり,欧米で600万本の売り上げを記録した大ヒット作で,6月27日にPCの日本語版が発売された。欧米では数々のゲーム賞を受賞し,続編の開発に映画化,さらには続々編の開発話が出てくるほど話題になっている作品だ。そんなバイオショックを作り上げたレヴァイン氏の過去を,あらためて振り返ってみたい。
レヴァイン氏は,1966年にアメリカのニューヨークで生まれた。早い段階からハリウッドで活躍する脚本家になりたいと考えていたらしく,ボストンの大学では映画科に所属。卒業後に長編コメディ映画の脚本を執筆する機会に恵まれたものの,仕事をくれた相手が雲隠れしてしまい,レヴァイン氏の脚本家デビューもふいになってしまったという。
その後1995年に,生活費を稼ぐ目的で「脚本書きを手伝う人募集」と新聞に載っていた広告に応募。ゲームデザイナーという,彼自身は聞いたことがなかった職種で,Looking Glass Technologies(のちにLooking Glass Studiosに改名)に入社したのだ。
Looking Glass Technologiesは,1990年に創立されたゲーム会社で,グラフィックスや物理プログラミングに関する技術力の高さに定評があり,1992年にOrigin Systemsがプロデュースした「Ultima Underworld」の実質的な開発部隊だった。当時の在籍メンバーには,会社の設立者でもあるNed Lerner(ネッド・ラーナー)氏やPaul Neurath(ポール・ニューラス)氏など,現在でもゲーム業界の第一線で活躍している人達が多く,技術屋集団的な会社だったのである。
レヴァイン氏が入社したときは,Microsoft Flight Simulatorシリーズと互角以上ともいわれた「Flight Unlimited!」や,アクションゲームにスクワッドコンバットの要素を取り入れた「Terra Nova」といったプロジェクトが進行していた。レヴァイン氏は,デザインチームの一員として「Thief: The Dark Project」の脚本を担当するなど,ビッグプロジェクトにも関わることになったのだ。ゲーム業界のイロハも知らないまま入社したので,当時はかなり苦労したのではないだろうか。
Looking Glass Technologiesのゲームは,クオリティの高さが評価されていたが,セールス面では苦戦が続いており,Thiefを発売した1998年頃から,資金繰りが急速に悪化。この頃に,レヴァイン氏はほかの開発メンバー数名と同社を辞め,Irrational Gamesを結成したのだ。もっとも,これは古巣に反旗を翻したわけではなく,Looking Glass Technologiesの資金難に端を発した,苦肉の策だったようである。事実,Irrational Gamesが創設されるとすぐに,Looking Glass Technologiesは自社のゲームエンジン利用権をIrrational Gamesに与え,企画中だったプロジェクトの開発を委託したのだ。ちなみに,このプロジェクトというのが,のちに名作といわれる「System Shock 2」だったのである。
System Shock 2は,Electronic Artsから発売されたFPSだ。1994年にリリースされたSystem Shockの続編であり,その版権を所有していたElectronic Artsから開発を請け負ったのである。
ゲームデザインチームを率いることになったレヴァイン氏は,Ultima Underworld的なロールプレイング性を前作から引き継ぐことを決定。また,広大な宇宙空間で孤立したという設定にし,主人公が孤独で微力な存在だということを際立たせ,人工知能が一人歩きするといったストーリーを肉付けしていった。
レヴァイン氏を含め,Irrational Gamesはゲーム制作経験が浅い開発者ばかりだったが,System Shock 2を1年半,しかも170万ドル(約1億8000万円)という,当時としてもそれほど高くない費用で完成させたのだ。結果としてSystem Shock 2は,欧米でメディアやコアなゲーマーから大絶賛され,ポストDOOM世代のFPSとして輝きを放った。
このあとも,レヴァイン氏らIrrational Gamesは,さまざまなパブリッシャと提携して精力的にゲームを開発。Looking Glass Technologiesが2000年に看板を下ろすと,“その企業文化を最も受け継ぐ会社”といわれ,新作を出すたびにゲーマーやメディアの評価が上がっていったのだ。
そして2006年1月,Irrational GamesはTake-Two Interactiveに買収されて2K Bostonへと社名を変更。2007年5月に「バイオショック」の開発を発表した。
バイオショックは,発表当初から「System Shock 2の後継的作品」といわれており,現代風にアレンジが加えられてはいるが,基本部分は受け継がれていた。単調になり気味なアクションや,敵のバラエティが少ないといった批判はあるが,それらが気にならないほど,レヴァイン氏が作りあげたストーリーや世界観は魅力に溢れ,見どころの多いゲームだ。
バイオショックで,レヴァイン氏が注力したこと一つが,“mise-en-scene”だといわれる。mise-en-sceneとは,フランス語が語源の映画用語で,直訳すると「シーンのすべて」だ。もう少し説明すると,「見えるものすべてに,意味を持たせる」ことである。
レヴァイン氏は,見た目の美しさにこだわっただけでなく,無造作に残された手紙などから,物語をじっくりと味わえるようにバイオショックを仕上げた。2度3度と遊ぶうちに,より深くストーリーにはまっていける作りになっており,メインストーリーを補うようなエピソードが何層にも形成されていて,プレイヤーが望めばそれらをも楽しめるのだ。映画でいえば「ファイトクラブ」や「メメント」のような,繰り返し観るほど内容を深く理解できるタイプの作品に似ているのではないだろうか。
バイオショックでは,プレイヤーの視界に入るものすべてが意味を持ち,能動的に体験できるよう作られている。決して新しい試みというわけではないが,2次元世界ではなく,インタラクティブな3D世界でmise-en-sceneを追及したのだろう。
その意味で,よりストーリーを深く理解できる日本語版が発売された意味は大きい。レヴァイン氏が作り上げたストーリーや世界観をじっくりと堪能し,その妙技を味わってほしい。
1997年 Front Page Sports: Baseball Pro '98
1998年 Thief: The Dark Project
1999年 Wall Street Tycoon
1999年 Dark Vengeance
1999年 System Shock 2
2002年 Freedom Force
2003年 Master of Orion III
2004年 Tribes: Vengeance
2005年 Freedom Force vs. The Third Reich
2005年 SWAT 4
2005年 Freedom Force vs. The Third Reich
2006年 SWAT 4: The Stetchkov Syndicate
2007年 Bioshock
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バイオショック 日本語版
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