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印刷2008/08/27 11:45

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ゲーマーのための読書案内 / 第59回:ペルセポリスI イランの少女マルジ

ゲーマーのための読書案内
イランルートで平凡な日常を輸入してみる 第59回:『ペルセポリス』→育成/日常生活モチーフ

 

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『ペルセポリスI イランの少女マルジ』
著者:マルジャン・サトラピ
訳者:園田恵子
版元:バジリコ
発行:2005年6月
価格:1470円(税込)
ISBN:978-4901784658

 

 岩明 均氏の作品に続いて,この連載二度目の漫画作品紹介が,イラン出身のマルジャン・サトラピによる『ペルセポリス』になるのも,どうなのかなあと思いつつ……。まあ,ひとくさり話すに足るだけの中身はあるので,気にせずいくことにしたい。
 本書はイスラム圏初の漫画なる触れ込みのもと,世界各国で翻訳されている。イラン出身の女流漫画家という,いかにもリベラル世界が好みそうな肩書きを持ったマルジャンの作品,いざフタを開けてみると,ちょっと意外な内容になっている。
 物語は半自叙伝のような構成で,幼いマルジがイラン・イラク戦争をくぐり抜け,ヨーロッパに留学し,結婚し……という,波乱万丈のような,そうでないような日々が綴られていく。

 言うまでもないことかもしれないが,この作品はイランの「ごくありふれた少女」の人生を描いたものではない。主人公マルジは国内の危機に際して親が海外に留学させてくれるくらい裕福な家庭で育っており,受けている教育の水準も高い。
 なので当然,彼女が接触している文化や社会にしても,決してイランの標準ではないと思われる。映画化された(日本では2007年12月22日公開)際のキャッチコピー,「ロックとユーモアとちょっぴりの反抗心を胸に」というフレーズに関し,彼女個人の信条としては疑う必要もないだろうが,あの時期のイラン全体に通じているとはいえないだろう。

 その一方で,この作品を読んで最初に思うのは、イランという「怖い」「よく分からない」と思われがちな国家においても,そこで生きている人々はごく普通に,根本的なレベルにおいて我々と似たような生活を送っているのだという,単純極まりない事実だ。
 もちろん戦時下のイランには,我々が享受しているような豊かさも自由もない。社会システムが大きく異なるし,人間の命は随分と軽い。ただ,そうであっても人間が生きていくという営為そのものに,そこまで大きな違いがあるわけはないと,あらためて教えてくれる。

 彼らは“悪の枢軸に与する理解不能なエイリアン”などではない。食べ,飲み,音楽を楽しみ,本を読み,今日と明日の心配をし,なんということもなく日々を過ごしていく,「普通」の人々なのである。
 「子供達にホメイニ師の写真を貼ったプラカードを掲げさせて,最前線を歩かせる」「歩兵のほとんどはタンクデサント(戦車の車体の上に乗って前線を移動する,無防備極まりない運用の歩兵)」といった地獄絵図は間違いなく実在したであろうが,それが日常のすべてを構築していたわけではない。
 そして,その「すべてではない」部分の現実が,日常の切れ目から垣間見えてくるときの底知れない恐怖と,その恐怖をどことなく他人事としてしか捉えられないことの恐ろしさを,本作はさらりと描ききる。
 あるいはこの「他人事感覚」が,現代における戦争の一つの真実なのかもしれない。

 まあ,そういったキワモノ寄りの論点はさておき,本作はまったく別の視点からも興味深い物語として読める。

 国内の専制化と戦況の悪化に伴い,マルジは両親の意向でヨーロッパに留学する。いってみれば超高級な疎開である。親は空港で卒倒するほど悲しみに暮れ,彼女の前途に不安を抱く。
 そしてあろうことか,その不安は見事に適中する! 祖国では「ロックが好き」な程度に社会に対する反抗心を発揮していた彼女は,単身その本場に立ち,さまざまなしがらみ(あるいはつながり)から切り離されていくなかで,酒やタバコ,そして麻薬をおぼえ,最終的には学内での麻薬の密売にまで手を染める。……消費者側から供給者側にレベルアップである。
 学部は強い問題意識を抱き,また彼女自身も身の危険を感じたようで,すぐに商売をたたんでしまうものの,これはさすがに「ロックが好き」レベルの話ではない。

 本作は半自叙伝なので,いわばまだ続いている物語なのだが,日本語版最新刊の2巻までを見る限り,主人公は親や祖母の望んだような人物に成長したとは言い難いと思う。なにしろ,あまりの素行不良がたたって,一度親が本国に呼び戻しているくらいだ。娘にとって,疎開元より疎開先のほうが危険とは,これいかに?

 とはいえ,一方でそれはそんなものだろう,とも思う。若くて好奇心に溢れ,漠然とした夢と希望,そしてちょっとした絶望がないまぜになった人物が,田舎から大都会に独りで出てくれば,そこで起こることはおおむねこんなものだ。さすがに麻薬はどうかと思うが,麻薬の日本における社会イメージとヨーロッパにおける社会イメージが,大きく異なっていることについては,オランダの例を出すまでもあるまい。
 消費できる自由を得た子供は,親がいかなる使命や訓戒を与えたところで,まずはその自由を満喫する。それが普通の反応である。「プリンセスメーカー」シリーズのように,武者修行に出された娘が一心不乱に修行を貫徹して帰ってくるというのは,さすがにゲームならではの光景だろう。
 あるいはプレイステーション2のRPG「ファイナルファンタジーX-2」について,いろいろな議論が可能だとは思うものの「そもそも年頃の女の子が,いなくなった男を3年も待っているものだろうか?」という疑問提起には,いろいろな人がいろいろな立場で慄然とすると思う。

 『ペルセポリス』もまた,再構成された物語であることを承知のうえで述べると,現実というものは得てして「普通」で,それほどコントラストに富んでいるわけではない。多くのゲームが描くような波乱万丈の物語に,割と近いシチュエーションがあったとしても,その多くはもっとうすらぼんやりしていて,多義的/多面的である。
 だがそうであるからこそ,ゲームの中でそういった「普通」を実現するのは,英雄的偉業を成し遂げるよりもはるかに難しい。実際のプレイ体験に沿って言えば「プリンセスメーカー2」で娘を女王にして,自分がその婿に入るという,とりあえず想定できる限り最高のエンディングも,ある程度プレイ経験を積んでしまえばさほど難しくはない。
 逆に,プレイ経験を積めば積むほど,平凡でありふれた結末にたどり着くのは難しくなる。中途半端に成長したところで止まったパラメータ,消化されずに終わったフラグといったものの集合体として成立する「普通」は,なかなかに再現困難な偶然の先にしか,存在しなかったりもする。ついでに言えば個人的に「プリンセスメーカー」シリーズは,この段階こそが面白かったりもする。

 そして,適度にトリミングされた「普通」は,これはこれできちんとエンタテインメントを構成し得る。『ペルセポリス』という漫画は,波乱万丈と平凡の中間あたりをまったりと逍遙し続けるマルジの人生という形で,そのことを教えてくれるのだ。
 いや実際,どんなパラメータに仕上げたら,ゲームの中の我が娘がマルジのようになるのか? それを目指したい人が果たして多いかどうかはともかく,目指して到達できるものではない気がするし,それがこの作品の面白さだとも思う。

 この平凡な迷走を基調に,スラップスティックな演出を加えた作品として「ザ・シムズ」シリーズを捉えることも可能なわけで,そう思ったとき我々の日常というのは,存外多くの可能性が眠っている,有望な鉱脈であるともいえそうである。
 とりあえず「ザ・シムズ2」でマルジでも作ってみますかね。いや「プリンセスメーカー5」では,国籍を越えられなそうだし。

 

ある年代の人にはきっと懐かしい漫画ちびまるじゃん

いや,静岡にテヘランははないから!

 

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■■徳岡正肇(アトリエサード)■■
当サイトでは連載「ハーツ オブ アイアンII 世界ふしぎ大戦!」をはじめとして,Paradox Interactive作品を扱った一連の記事でお馴染みのライター。版元/編集プロダクションの一員として,本を書く側でもあるわけだが,この人の読書傾向も一筋縄ではいかない広がりを持つ。最近読んだ本の話題が,最近プレイしたゲームの話題に劣らず危険な匂いを漂わせているといった感じで,例によってそれを「どこまで出すか」が課題だったりする。
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