イベント
ゲームの開発手法は他分野にも生かせる。日本科学未来館のアトラクション「アナグラのうた」の開発にみるゲーミフィケーションとは
「アナグラのうた」とは,空間情報科学を扱ったアトラクション型の展示で,日本科学未来館で常設展示されている(2011年8月21日より展示開始)。詳しいことは「こちら」の記事を参照してほしい。
「第3の道」とは何か
飯田氏 |
そのうえで,かつては家庭用ゲーム機だけだった状況から,現在ではモバイル環境で遊ぶという状況が生まれている,と指摘。そしてゲームには「コンソールでもソーシャルでもない,第3の道がある。それがゲーミフィケーションかもしれない」と語った。この講演は,いわばその「第3の道」を明らかにしていくというものだ。
シチュエーションからアトラクションへ
島田氏 |
さて,日本科学未来館は,未来という文字が示すように,古い技術の展示は行われていない。日本科学未来館が展示するのは現在進行中の研究であり,今と未来の生活につながる「可能性」である。
そんな施設において,2008年,新たに空間情報科学の展示が行われることになった。
空間情報科学とは,「実空間世界のデジタルコピーを作成し,それを利用して実世界に起こるさまざまな問題の解決を支援するための技術」である。これだと少し分かりにくいが,ICタグを利用した物流であるとか,Googleが発表した「Project Glass」はこの分野に入ると考えてよいだろう。アニメ「電脳コイル」の「電脳メガネ」的な技術というと,一部の人には分かりやすいかもしれない。
空間情報科学の展示にあたっては,
(1)こういった情報を共有することによるメリットとリスクを理解する
(2)リスクとメリットを理解した上で,自分の判断で選択する
この「可能性の展示であると同時に,リテラシーの必要性を示す展示でもある」必要があると島田氏は考えたという。
だが,この企画は氏の上司によって却下されてしまう。「来館者はこの展示に対し何に動機づけられ,何が得られるのか分からない」「魅力が足りない」,さらには「何ができるのか分からない」と,実に手厳しい評価であったという。
かくして氏はゲーム業界(具体的には飯田氏)にコンタクトを取る。
ここで「動機づけをするためにはどうしたらいいのか」という質問を飯田氏に投げかけた結果,飯田氏は「体験と内容を一致させなくてはいけない」(何かを学ぼうと思い未来館やってきて,展示にアクセスするという「体験」と,企画コンテンツは一致していなくてはならない)と語ったという。
飯田氏は「これはゲームとしては当然のこと」であるとする。例えば「ドラゴンクエスト」であれば「プレイヤーは勇者になったつもりで,勇者としてふるまっていくのが,根本的な考え方」というわけだ。
もう一つ,島田氏が重視したのは,飯田氏の「展示が生きていて,喜怒哀楽を持っているのはどうか」というアイデアである。当初このアイデアを聞いた時,島田氏は「これはダメだ,これだからゲームの人は」と思ったというが,時間が経つにつれ「これはいける」と確信したという。
この2つの提案にもとづき,島田氏は展示企画をアトラクションへと切り替えた。この展示(というかアトラクション)において,来館者は情報空間世界が具現化された空間に入り,そこに置かれた5つの精霊(=空間情報科学において重要となる5つの論点の象徴)と接触,来館者はそこから空間情報科学がもたらす未来を体験し学んでいく,というのがその概要である。
この企画案は,先に提出した島田氏の企画案を却下した上司に好評を得て,企画にGOが出る。
日本科学未来館という学術的な展示を行う場で,アトラクションの企画が通ってしまうことに島田氏は驚きを禁じ得なかったようだが,一方で納得できる部分もあったという。飯田氏の語る「未来を体験することで,ワクワクしたい。新しい技術によってどんな楽しいことがあるのかを体験し,展示を見た人が『明日が楽しみだな』と思いながら日常生活に戻り,その一人ひとりの明日が未来になっていく」という視点は,科学未来館の目指すものと一致していたということではないだろうか。
とはいえ,この段階ではまだこの企画は「ただのハコ」に近い。ここに世界観やストーリー,インタラクションを作り込んでいかねばならないが,「これには(自分たちとは)別のノウハウが必要だ」と島田氏は感じたという。
なぜなら世界観や物語を構築するだけでなく,それらがデジタル技術によってインタラクティブに動かなくてはならない。これが可能な業界をあたっていった結果,必要となる要件を全部備えているのはゲーム業界ではないかと考えた氏は,この企画に対し,飯田氏に演出家として参画してもらうことを決めた。
飯田氏はこの企画を見て,良くなったと思う半面,違和感も感じたという。まず「情報の森」という表現では,「情報が森になってしまうんだ」という誤解を与えかねない。加えるに「精霊」という要素も,来館者が持つ「精霊」に対するこだわりが邪魔をするのではないか,と判断。安易なファンタジーを持ち込むことの危険性を指摘した。
これによって企画はもう一度転換,現在の展示へとつながっていく。
講演ではここで,現在の展示を紹介する動画が流されたが,来館者である子供が音楽にあわせて踊っているシーンなどは「やらせではなく,本当に自分から踊り出した」とのこと。制作側も驚く反響となった。
ゲーム開発は「効率的」
さて,では「アナグラのうた」は,どのように作られていったのだろうか。「空間情報科学」の名前が示す通り,「アナグラのうた」は「空間」を前提としており,通常のコントローラやディスプレイ,あるいは筺体などに比べ,スケールが大きめだ。一方,その着手から完成までは6か月と,かなり短い。
そもそも,「アナグラのうた」の実装部分の中心を担ったエウレカコンピューターは,どのようにしてその仕事を得たのだろうか?
エウレカコンピューターの犬飼博士氏は,「アナグラのうた」という企画に出会ったのは飯田氏と友人であったということもあるが,参入の手順としては「入札」であったと語る。犬飼氏も入札を通じての企画参加は初めてだったそうだが,「Webでよく案件が出ているので,仕事がほしい方は見ていると良いと思います」と述べた(ちなみにこれがこの講演で一番言いたかったことだそうだ)。
入札時には,プレゼンテーションの書類を作らねばならない(今回の場合,ソフト以外の造作があるので,その部分は他社に協力を仰いだとのこと)。このプレゼンテーションの準備において,犬飼氏は,「ゲーム業界でやっているそのままの手法」を取ったという。
よってプレゼンテーションではゲームエンジンの利用による工期短縮であるとか,ゲーム業界における仕事の進め方であるとかいった部分を説明。めでたく受注に至る。
「アナグラのうた」では,床壁には24台のプロジェクタから映像が投影され,5台の「残された装置」では空間情報科学について学んだり情報を入力したりできる。
「残された装置」以外にも8台の端末があり,これら以外にも「アナログの本」や壁面の誘導サインといった制作物がある。加えて,サウンドシステムとしてはVocaloidを用いた音楽(と歌)の自動生成に,その再生環境も設置される。
このうち,例えば「残された装置」であれば,装置の中身となるアプリケーションを作るのと同時に,装置の造作そのものも作らねばならない――それも,6か月で。なかなかの難題といえるだろう。
これに対して犬飼氏が立てたスケジュールは,「造作とソフトウェアを同時に作る」というものであった(この進行管理は,「コンシューマでいうならローンチタイトルの制作に似ている」という)。
造作の製作において工事を2期に分割,床壁とプロジェクタを先に設置してしまい,実機を未来館の現場に置かせてもらうようにしたという。他の場所で作って持ち込みであるとか,デスクトップ上でバーチャルに制作では,どうしても最終的なズレが出てしまう。これを防ぐため,現場で作っていく方式にしたのだ。試作・テスト・修正を何度も繰り返せる環境を確保したのである。
「アナグラのうた」特有のステップとしては,内部に設置する機械との等倍の模型をダンボールで制作して設置,プロジェクタとの関係をチェックできるようにしている。またグラフィックは壁面に投影した状態でフォトショップを用いて描画,事実上「フォトショップで直接壁に絵を描く」という工程が採用されている(これは会場でも実演された)。
こういった制作方式は,ゲーム業界にとっては当たり前のことかもしれないが,未来館の人は「こういう方法で展示を作ったことがない」と言われたらしい。ゲーム業界の開発方式は,そうでない業界から見て,十分に「効率が良い」のである。
これは筆者の個人的な経験だが,Unityの大前氏が日本の某省庁の勉強会ででUnityをプレゼンテーションしたときも,居並ぶ職員から「魔法のようだ」という感嘆の声が上がっていた。「ゲーム以外の分野でも,自信を持ってゲームの開発手法を応用していってほしい」という犬飼氏の言葉には,重要な示唆が含まれているように思う。
自動生成される音楽と歌
「アナグラのうた」では,来館者は最後に自分がこの展示で得られた体験を「うた」にしてプレゼントされる。これがいわば,来館者というプレイヤーが得られる報酬である。
ゲームエンジンは一般的に2chまでしかコントロールできないので,MAX/MSPというプログラミング言語を使用,11.1chのスピーカーをバラバラに,リアルタイムにコントロールしている。
さて,問題となるのは歌詞と歌の自動生成である。要望として「体験者の情報をリアルタイムで歌にしてほしい」というものがあるため,歌詞を自動生成する必要がある(反映すべき「体験」としては,来館者の「名前」「体験した装置」「録音した音声」といったものが挙げられる)。
中村隆之氏 |
このため,来館者の名前は入力情報のなかから2文字を抜き出して歌詞に織り込んでいる(文字数が変化すると対応が難しい)。またすべての曲のメロディの音符の数を同じにすることで,どの曲に対してでも,自動生成された歌詞がフィットするようになっている。
時間の関係で実演などはできなかったが,一つ前の犬飼氏の発表も含めて,さらに詳細な発表はCEDEC内で行われているインタラクティブセッション(それぞれのポスター展示の前に立って展示者が行うセッション)で補強されるという形式になっていた。技術や状況が高度化・複雑化するなか,講演で話しきれない内容は年々増えていると思われるが,それにどう対応するかという観点から,面白い手法であると言えるだろう。
予定調和を越えて
「アナグラのうた」では制作者が想像しなかった「遊ばれ方」をしているという。例えばサッカーのフォーメーションをチェックするとか,ジャンプをすると位置情報取得の追尾システムの仕様上すこし変わった挙動が発生したりするのを発見して楽しんだり――そこには「日常の中に生まれていく,予定調和的でない喜び」という,遊びの持つ本来の意味に近いものがあると飯田氏は考える。
そういったものを作れたことで,氏は「今までの匙加減では言い表わせないような『何か』が儲かった感覚がある」とした。そして,「いろいろな第3の道があると思うが,ゲームの可能性をもっと広げ,ゲームをやらない人と一緒に遊んでいく,そういう場を一緒に作って行きましょう」と語り,1時間にわたる講演を終えた。
- この記事のURL:
キーワード