企画記事
「儲けちゃ駄目」は道徳じゃなくて科学の話。論理的に駄目なんです――川上量生氏との特別対談企画「ゲーマーはもっと経営者を目指すべき!」第2回
川上流「サービスの捉え方」
川上氏:
あ,そうだ。今日は,さっきのビジネスのプロセスを考えるのが大切だよねって話から繋げて,僕が良く使っている「エネルギー遷移図」の話でもしましょうか。結構便利なんですよ,これが。
4Gamer:
「エネルギー遷移図」ってどういう意味ですか?
川上氏:
いや,言葉通りの意味ですよ。僕は,大学が工学部だったこともあって,何かを考える時に,化学式や何かしらの科学反応に置き換えて考えることが多いんです。えーっと,少し待ってくださいね……(ホワイトボードにグラフを書き出す)
4Gamer:
これは……,どういう意味ですか?
川上氏:
んーと,これは化学反応を表すグラフが元ネタなんですけど,僕は,このグラフにビジネス/サービスの状態を当てはめて考えることが多いんですよ。縦軸がサービスの維持,あるいはブレイクさせるために必要なエネルギー量を表していて,横軸が時間経過を表しています。
4Gamer:
ふむふむ。
川上氏:
たいていのサービスやビジネスはそうだと思うんですけど,一部の人間だけが使っている「Aという状態」から,沢山の人が利用している「Bという状態」に持って行くためには,相当なエネルギー(コスト/リソース)として「Cという状態」が必要になるわけですよね。
4Gamer:
では,その「Cの部分」というのが,いわゆる課題を乗り越えるために必要なエネルギー量の多さということですか?
川上氏:
そうです。「めちゃくちゃお金がかかる」であったり,「何かキラーコンテンツが必要になる」であったり,とにかく,Bという状態への化学変化を起させるために必要な何か,というイメージですね。
4Gamer:
なるほど。なんとなく「キャズム理論」を連想しましたが,それに近いイメージなんでしょうか。普及率16%の壁(溝),みたいな。
川上氏:
ああ,そんな感じです。僕は,新しいサービスを考える時に,このグラフに当てはめて考えることが多いんですけど,みんなね,このCの部分が低いと「お,俺にも出来そう」って安心しちゃうんだよね。
4Gamer:
ああ……。低コストで参入! みたいな話はたいていそうですよね。
川上氏:
うん。でもそれっておかしな話で,簡単に越えられる山だったら,他の誰だって越えてるんですよ。だから,一見越えられそうだけど手つかずのものがあったら,それはもしかしたら,自分の知らない問題があるのかもしれないし,そもそも山の高さを誤って見積もっているのかもしれない。
4Gamer:
仮に本当に新しい分野で,自分が先んじて乗り出せるとしても,追随する競合他社を警戒しなければならない,と。
川上氏:
そうそう。そういう分野は,得てして数年で凄まじいレッドオーシャンになりますから。そこで勝ち残るのは大変です。僕はそういう市場で勝負したくない(笑)。だから僕は,まずこのCの部分が高い案件(ニーズ/サービス)を探すんです。そして理想でいえば,自分達だけがその高い山を越えられるってものがいいわけですよね。
4Gamer:
理屈で言ったらそうですけど……。
川上氏:
で,そこで重要なのが「触媒」って考え方です。
4Gamer:
触媒?
川上氏:
化学変化を起こすために必要なエネルギー値を下げるもの……つまり,Cの部分の山を下げる効果をもたらすものってことですね。
4Gamer:
ああ。
川上氏:
できるだけ自分達だけが持っている触媒……,技術であったり,人脈であったり。そういうものを考えながら,このグラフに当てはめていくと,考えがとても整理しやすい。
4Gamer:
確かに。これは分かりやすいモデルですね。しかし,触媒,ですか。なるほど……。
川上氏:
自分達が持っている触媒はなんなのか。あるいは,触媒になり得るものをどう培っていくのか。新しいサービスを作って,なおかつそこで主導権を失わずにいられるかどうかは,そこにかかってくるんですよ。
4Gamer:
実は僕がキャズム理論で気に食わなかったのが,この触媒に当たる視点が欠けていたところなんですよ。溝があるのは分かったけれど,じゃあどうするんだよ,みたいな(苦笑)。
川上氏:
頑張って飛び越えろ! みたいね(笑)。
4Gamer:
ええ。飛び越せるんだったら,誰も苦労しない(笑)。
外からエネルギーが得られるサービスを探せ
川上氏:
あと重要なのが,このΔE(デルタイー)の部分が,ゼロかマイナスかというところです。
4Gamer:
ん,ゼロかマイナスというのは?
川上氏:
その状態を維持するのに無駄に多大なリソース/コストが必要サービスってあるじゃないですか。そういうものは,状態を維持するだけで大変だし,伸ばしていくのも大変なんです。
そうじゃなくて,Cを越えてBの状態にさえ持っていってしまえば,後は勝手に大きくなっていく性質のものってありますよね。コミュニティサービスであったり,UGC(ユーザージェネレイテッドコンテンツ)であったり。
4Gamer:
そうですね。
川上氏:
このΔEというのは,“サービスの成長を維持するため”に必要なエネルギー量を表しているんですけれど,ここのエネルギー値がゼロかマイナスになるサービスというのは,要するに,Bに移行してしまえば,成長のためのエネルギーが“外部から得られるサービス”ってことなんですよ。
4Gamer:
んんん……,もうちょっと詳しくお願いします。
川上氏:
例えば,ちょっと違う事例で言うと,ニコニコ動画では,政治家が生放送で答弁をするというコンテンツがあるじゃないですか。あれっていうのは,最初に小沢一郎さんがやったことによって,結果として「ちゃんと政治家の活動の場として意味があるね」って話になって,他の政治家の方々が続くようになったんですけど,あれを小沢一郎さんじゃなくて,もっと無名の方が一番最初にやっていたら,やっぱり全然違う結果になったと思うんです。
4Gamer:
ああ,最初に箔を付けるというか,ケチを付けさせない,みたいな話ですね。
川上氏:
海のものとも山のものとも分からない中で,小沢一郎さんに一番最初にやってもらうことには,確かに高い壁が存在していたわけですけれど,そこを乗り越えてBという状態に持っていけたので,今度は政治家の方から「やってみたい」というオファーを頂けるようになったわけです。
4Gamer:
その状態を指して「外部からエネルギーが得られる」というわけですか。
川上氏:
はい。これは局所的な事例の話ですけど,サービス全体,ビジネス全体だとか,いろいろなところに応用できる考え方で。
4Gamer:
でも,逆にここで「外部からエネルギーが得られる」状態にならないと,常に営業周りをして案件を取り付けないといけない,みたいなコストが発生するし,そういう無理をしなきゃいけない事業っていうのは,そもそも伸びしろがないってことですよね。
川上氏:
そう! それにこの「外部からエネルギーが得られる」ものっていうのは,言い方を変えると,正当な歴史の進化の産物であり,時代性を伴っているってことなんですよ。
4Gamer:
な,なるほど……。
川上氏:
逆に,サービスが完成/成熟しているのに,ほっとくと冷めていっちゃうものっていうのは,歴史を逆行している企画/時代遅れの企画ってことなんですよ。
4Gamer:
大分,理解できました。
川上氏:
あと,このサービスの成長性という部分について言っておきたいのが,サービスにおいて“お金を取る”というのがどういうことかという点です。
4Gamer:
それはどういう意味ですか?
川上氏:
要するにこのグラフで言うと,サービスの成長に必要なエネルギー量を増やしちゃうってことなんです。つまり,Bの状態のエネルギー準位が高くなるということです。多くの場合は「B > A」……要するにΔEがプラスになります。
4Gamer:
「サービスの成長に必要なエネルギー量を増やしちゃう」というのは,お金を取っている状態で放っておくと,人が離れていくという意味ですか?
川上氏:
そうです。サービスの成長性って視点で考えると,常にエネルギーを投下しなきゃいけない……つまり,とても“不安定な状態”になりやすいんですよ。
4Gamer:
人を繋ぎ止めるための新サービスの開発だったり,あるいは広告宣伝費が必要になる,みたいなイメージですよね。
川上氏:
要するに“無理をしなきゃいけなくなる”んですよね。そもそも,サービスを盛り上げるのが目的なら,お金なんて取らない方がいいわけじゃないですか。ニコニコ動画は,ドワンゴという会社の規模だったり資金の問題だとか,いろいろな理由からお金を取らないといけないって状況になりましたが,それで失ったものがたくさんあると思うんですよ。実際,プレミアム会員制度で,ニコニコ動画の会員数って一時期かなり凹みましたし。
4Gamer:
ああ。それは確かに僕も思うんですよ。例えば,YouTubeみたいに基本無料のスタンスを貫けていれば,まったく違った戦略が取れたわけじゃないですか。海外展開にしても,少なくともまったく違うロードマップがひけたはずで。
川上氏:
うん。お金を取ることで,ニコニコ動画の可能性の一つが無くなってしまったという側面って少なからずあるんです。だから,お金って単純に儲かれば良いって問題じゃない。お金を儲けるタイミング,あるいはそのやり方っていうのは,よくよく考えなきゃいけない。お金が儲からなくてもいいって戦略が取れるのは,Googleくらい資本力がある会社がバックに付かないと難しいんですね。
4Gamer:
よくネット上とかでサービスの課金モデルの議論なんかがあると,それがすぐに道徳的な話というのかな,なんか精神論みたいな話になりがちじゃないですか。
川上氏:
あれも違うんですよね。「儲けてばっかりじゃ駄目」っていうのは,別に道徳の話ではなくて,あくまで科学の話なんです。儲けるというのは,論理的に見て駄目(サービスが不安定になる)なんですよ。
4Gamer:
そのへんは難しい話ですよね。相当広く視野を持たないと,なかなか持ち得ない感覚ですし。
川上氏:
でも,本当の意味でサービスを考えるなら必要なことじゃないですか。必要なはずなんだけど,あまりこういったことを言う人がいなくて。みんな,単純に「儲けられるなら儲けたらいい」くらいに思ってる気がする。
だから僕は,お客さんの不満とか,忠誠度とか,そういう部分に対するメリットデメリットに対して,いったいどれだけの人(サービス提供者)が“具体的なイメージ”を持って行動しているんだろうってよく思うんです。
4Gamer:
その点については僕も耳が痛いですね……。
人間が理解できるギリギリのところにヒットは生まれる
4Gamer:
最近,いろんな方と話をしていて思うんですけれど,やっぱり物事を「自分なりの視点で捉える」って,とても大事だなって感じるんですよ。
川上氏:
人間って結局,自分の知っているもの(範疇)でしか考えられないですからね。
4Gamer:
でも,それが本当に大事だなって最近痛感するんです。他人の言葉だったり本だったりじゃなくて,あくまで自分の感性や視点で,どう捉えるか。それが出来る人が,何かを成し得る人なんだと。
川上氏:
うーん(苦笑)。
4Gamer:
自分自身の身から出たものではないと,上辺だけをなぞったやり方になってしまいがちになるというんでしょうか。
川上氏:
それはそうだろうね。
4Gamer:
話は少し変わるかもしれないんですけど,ゲーム業界でも,「世界と戦っていくためにはどうすれば」といった話がよくあるんです。だけど,例えばミドルウェアとかヒューマンマネジメントとか,開発の効率化みたいな部分で「海外のやり方にもっと学ばないと」といった話を聞く一方で,「それをやったら日本は勝てるのか?」とも思うんです。
川上氏:
どういう意味ですか?
4Gamer:
もちろん,必要か不要かでいったら,効率的なやり方は大切だと思うんですが,そこを突き詰めても「横に並ぶ」だけであって,追い抜けはしないんだよなと。
川上氏:
ああ,なるほど。そういう意味でいうと,ニコニコ動画って,本当にネットの業界の流れとかセオリーとか,そういうものには背を向けてやってるサービスなんですけど,それはある程度は意図的にやっていることなんです。SEO(検索エンジン最適化)とかもあんまりやらないし,ソーシャル化なんていうのもにあまり関心が無いしね。
なぜかというと,僕は「みんながやっていること」をやっていくと,結局は独自性がどんどん失われていって,競争力がむしろ減っていくんじゃないかと思っているから。
4Gamer:
例えばですけれど,仮に「ニコニコ動画が世界で大成功する」という道筋だったり,そのパターンを考えてみると,やっぱり僕も“独自性”が最大のキーポイントになるとは思うんです。もっと具体的にいったら,「お金で解決できない要素」という意味での独自性なんですけど。
川上氏:
ああ。
4Gamer:
以前の動画サイト間の競争でもそうだったと思うんですけど,理解しやすい,あるいはお金で解決可能な差別化要因って,長期的に見ると,大手以外では大した強みにならないことの方が多いじゃないですか。
川上氏:
そうなんだよね。
4Gamer:
サービスが出始めの頃は,一瞬だけその独自性を発揮できるけど,後から大手に「お,それいいな」と真似された瞬間に終わってしまう。お金で解決されてしまう。
川上氏:
それが強者のセオリーですから。
4Gamer:
例えば,動画サイトの黎明期には,YouTubeよりも高画質な動画に対応していた「Stage6(※)」とかが一時期かなりの人気を誇ったわけですけど,結局は,後でYouTubeがHD対応をしたら,「ああ,こっちでいいや」とみんな思ったわけで。
でも,仮にGoogleがニコニコ動画を「いいな!」と思って,それに対抗できるサービスを作ろうって思ったとしても,それって結構難しいと思うんですよ。できないとは言わないけれど,きっととても難しい。
※DivX Inc.社が運営していた無料の動画共有サービス。資金的な問題で2008年に閉鎖された。
川上氏:
なんというかね。僕は,理解できないものであり続けるのってとても大事だなっていつも思うんですよ。
4Gamer:
ええ。
そして,そのためにはね。自分自身が理解しちゃダメなんですよ(笑)。だって自分で分からないものは他人が分かりようがないでしょ。
4Gamer:
ええええ(笑)。
川上氏:
めちゃくちゃなのが良いってことでは決してないんだけどね。でも,「理論」と「感性」の違いというか,「理論」と「感性」の関係ってどういうものが良いのだろうかというのは,昔からの僕の中のテーマでもあって。
4Gamer:
何か答は見つかったんですか?
川上氏:
僕が得た結論っていうのはね。「説明ができる」ということは,すなわち「競争が起こる/激しくなる」ってことなんですよ。
4Gamer:
ああ。なんだか,それは凄くよく分かります……。
川上氏:
それに,人間ってとても飽きっぽいじゃないですか。そして,その飽きっぽいユーザーに新しいパターンを提供するってことが「コンテンツの使命」だと考えると,その新しいパターンって奴は「説明できないもの」の方がいいんです。
4Gamer:
消費されない,ということですか?
川上氏:
はい。でも,説明できないけど素晴らしいものを作るのって,とんでもなく難しい――それは天才にしかできない――ことだから,大抵の人は「説明できるけど,難しいもの」をどんどん作っていくんです。だけど,説明できてしまう以上,結局はユーザーにパターンを見透かされてしまうわけですよ。
4Gamer:
それに説明できる凄さとか方法論って,やっぱり陳腐化するのが速いんですよね……。
川上氏:
そうそう。
4Gamer:
で,その「説明できるもの」の中だけで差別化を図ろうとすると,結局は物量とか制作費みたいな方向での戦いしかなくなってしまうと言いますか。
川上氏:
でも,それをやっていると,そのカテゴリ全体が陳腐化するんだよね。さっきのパターン云々の話に戻すとさ。たぶん,人間が理解できるかできないかギリギリのところで,かつ微妙に説明がつかないところにこそ,ヒット作品って生まれると思うんですよ。
4Gamer:
時代を先取りしすぎても駄目,みたいな?
川上氏:
そうです。簡単に理解できるものになっちゃうと,ライバルが多くなりすぎちゃうし,先に行き過ぎちゃうと,今度は理解できる人がいない。
4Gamer:
その境界線に立てるか立てないかは,才能もありますけど,偶然や運が必要になりそうですよね。
川上氏:
でも,偶然や運も含めて「才能」と呼ばないといけないんだと思いますよ。才能ってかなり運で左右される部分もあるし。まぁただ,感性+運で,そういう境界点に立つって方法論もあると思いますが,一方で,逆説的だけど,完全に理詰めでそこに行き着くっていうアプローチもあると,僕は思っているんですけどね。
(つづく)
川上量生(かわかみのぶお):
ドワンゴ代表取締役会長。1968年,愛媛県生まれ。京都大学工学部卒業後,ソフトウエア専門の商社勤務を経て,1997年に株式会社ドワンゴを設立。携帯電話向けサービス「いろメロミックス」などをヒットさせ,同社を東証一部上場企業へと成長させた。近年では,ニコニコ動画を成功に導くなど,独特の考え方をする実業家として知られる。2011年1月に突如としてスタジオジブリに入社し,プロデューサー見習いとして,鈴木敏夫氏に師事している。
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