連載
ゲーム翻訳最前線:第7回は,いはらりえさんと「The Forgotten City」。“ゲームの力を信じて体験を翻訳する”プロフェッショナルの仕事とは?
本連載「ゲーム翻訳最前線」は,海外ゲームの日本語化を担うさまざまなゲーム翻訳者の皆さんにご登場いただき,ローカライズに頭を悩ませたフレーズについて,訳決定までの思考回路を解説してもらう企画だ。プレイヤーの皆さんも翻訳者になったつもりで,「このシーンはどう日本語にするのがいいだろう?」と考えてみてほしい。最後には記事中に登場した重要単語をまとめるコーナーもあるので,ついでに英語学習もしてみよう。
第7回は,英日翻訳者のいはらりえさんが,「忘れられた都市 - The Forgotten City」を紹介する。古代ローマの都市を舞台にしたこのゲームにおいて,「体験を翻訳する」とはどういうことなのだろうか?
今回は「忘れられた都市 - The Forgotten City」(PC / PS5 / Xbox Series X|S / Nintendo Switch / PS4 / Xbox One)というゲームを取り上げて,“ゲーム体験を訳す”ということについて考えてみたいと思います。
私はゲーム以外にも,マーケティング資料,インタビュー,ホームページ,システムUIなどさまざまなテキストを翻訳していますが,ゲーム翻訳がほかの翻訳と違うのは,やはり“体験を訳さなければならない”という点です。言葉以外の映像や,操作性,UI,ゲーム業界のトレンド,それらすべてを総合的に判断し,訳語を決めていきます。
医療の世界ではよく,“サイエンス”と“アート”という相反するアプローチの両方が必要と言われますが,それは翻訳の世界でも同じだと思います。辞書を引き,語源を調べ,原語と訳語の理論的解釈を近づけていく作業を翻訳のサイエンスとするならば,コンテキストから体験へと昇華される訳語を探り当てる作業は,翻訳のアートと言えるでしょう。
なお,この記事の執筆には,オーイズミ・アミュージオおよびKINSHAのご協力をいただいています。
Right and Wrong
「忘れられた都市 - The Forgotten City」は,二千年前の古代ローマ帝国の古代地下都市が舞台です。23人の住民と会話を進めながら,プレイヤーだけが持つタイムループの力を使い,誰か一人でも罪を犯せば,全員が破滅してしまうというこの街の呪いを解いていきます。
私は,ほかの方が訳したテキストをすべて通しで校閲するという形で関わり,このゲームの翻訳対象テキストにはすべて目を通しました。そこで驚いたのが,無駄なテキストがまったくなかったことです。
数万ワード単位のプロジェクトであればたいてい,どこかに誤字や脱字があったり,「ちょっとこの部分は筆のノリが悪いな,これを書いていた日は何か調子が悪かったのかな?」と感じたりする箇所があります。ですが,この作品のテキストに関してはそれが一切なかった。緻密に練り,推敲を重ねられたことがよくわかります。
そのような完璧といって差し支えないダイアログの中で,非常に重要なフレーズが「Right and Wrong」です。
誰か一人でも罪を犯せば呪いが発動してしまう世界で,この街を支配する謎の存在が何を「Right」と考え,何を「Wrong」と考えているのかを,住民との会話で探っていく必要があります。舞台は古代ローマなので,奴隷が合法であったりと,私たちの常識は通じません。
この表現はさまざまなシチュエーションで,たびたび登場します。候補としては「善と悪」「正義と不義」「真と偽」などがあり,訳には悩みました。「Sin」や「Moral」などのフレーズも登場するため,それらとのバランスも考えなければなりません。
私の選択としては,法廷バトルアドベンチャーを遊んでいるような気持ちよさやロマンにどっぷり浸りながら,プレイヤー自身の頭で自由に感じ考えてもらいたいと思ったので,普段の会話でよく使われそうな語彙,知人に問いかける際に使われそうな語彙として,「善と悪」にしました。
ダジャレや技名の翻訳のように,ひねりがある訳ではありません。ですがこういった普通によく使われるフレーズの訳語を,プレイヤーのゲーム体験を実際に想像しながら選定することも,よいゲーム翻訳には欠かせません。
ところでこのプロジェクト,ゲーム内の話者情報がまったくないところから作業が始まったのですが,途中からUnreal Engineの全ダイアログパスを確認できるデータが届き,ダイアログのIDを一つひとつ確認しながら,前後の分岐を見て修正するという作業を行いました。手間がかかり非常に大変でしたが,この工程によって,掛け合いの面白さを翻訳でも再現できたと思っています。
突然のラテン語
英語版でプレイしていると,英語で会話していた住民が突然「Caput merda!」「Introite ipsum cum mentula」のように,ラテン語を話し出すところがあります。この箇所の翻訳にも悩みました。
調べれば日本語でどういう意味なのかはわかるのですが,どうも下品な意味だったので,開発者の意図を確認することに。「似た意味の日本語に訳すか」「音をそのままカタカナ表記にするか」「ラテン語で何か言っているという風にするか」という選択肢を提示したところ,「いわゆる英語のNGワードを,何を言っているのかわからないようにラテン語で表記しているので,ここは単純に訳さず,ラテン語で何か言っているという風に訳してほしい」とリクエストされ,「(ラテン語で文句を言っている)」という風に訳しました。
意味がわからない外国語はすべて日本語にしないといけないと考えがちですが,こういったセンシティブな表現についてはレーティングにも影響しますし,やはり普通と違う演出がなされている箇所は,開発の意図を確認することが重要です。
ゲームの力を信じる
「Cistern」をどう訳すのかも,非常に悩みました。古代ローマは水道技術が発達しており,その中で貯水の役割を果たす区画が「Cistern」と呼ばれています。ゲームでは,「Upper Cistern」と呼ばれる箇所にたどり着くことが攻略の鍵となっていたので,きちんと訳語を考えたいと思っていました。
翻訳案として「地下水道」や「補給水施設」が挙がっていて,確かにそれらの訳語だと分かりやすくはあるのですが,その場合,プレイヤーはどうしても現代の「地下水道」や「補給水施設」をイメージしてしまうようになります。
ですが実際にゲームの中で住民が「Cistern」について語る箇所を読み,「Cistern」に入っていくプレイを重ねるほど,これは“古代ローマのCistern”であって,「地下水道」や「補給水施設」とするのは違うのではないかという気がしてきました。プロジェクトマネージャーにも相談して,最終的には,そのままの「シスターン」でいかせてほしいという話をしました。
「Cistern」の訳語について,プロジェクトマネージャーに相談した時のメモ抜粋 |
こういった訳語の選定に正解はありません。翻訳のアートの力を磨くにはどうすればよいか?
私は,アンテナを広く張ることと,素直でいることだと思っています。アンテナを広く張るというのは,日常会話やSNSなど,生で使われている言葉に敏感になるということです。そして,素直でいるというのは,“こうあるべき”とか“うまく翻訳してやろう”とか,バイアスに影響しやすい気持ちをできるだけ排除し,ゲームの力を信じて,プレイヤーとして感じる素直な感覚を翻訳作業に乗せていくということです。
「シスターン」に関しては,聞き慣れない言葉なので理解してもらえるか不安に思う気持ちもありましたが,クエストトラッキング機能やUIなどを総合的に踏まえて,プレイを進めるうちに自然と理解してもらえるはずだと判断しました。
「忘れられた都市 - The Forgotten City」はとても面白いゲームですので,プレイしていない方は,ぜひこの機会に遊んでいただけるとうれしいです。最後にゲーム内に出てきた,〈ゲーム頻出度やや高〉の英単語をご紹介して,終わりたいと思います。
plaque (本ゲームでは)銘板
scroll 巻物
urine 尿
「The Forgotten City」公式サイト
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The Forgotten City (C)2021 Plug In Digital. Trademarks belong to their respective owners. All rights reserved. Licensed to and published in Japan by Oizumi Amuzio Inc.
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