[AOGC2007#07]アジアで成功するオンラインゲームを考える。ソウル中央大学教授ウィ・ジョヒン氏インタビュー
オンラインゲームについてのさまざまな問題/課題が議論される「Asia Online Game Conference」(AOGC)。オンラインゲームの識者達が講演を行うこのイベントだが,その中の一人に,アジアのオンラインゲーム市場を研究対象としている学者,魏 晶玄(ウィ・ジョヒン)氏がいる。 ウィ氏は,日本,中国,韓国といったアジア,そして北米など,世界各国を飛び回っている経済学者。各国のゲーム会社に足を運び,経営者や開発者から直に情報を入手。その見識を広めている人物である。 AOGC 2007でも登壇が予定されているウィ氏だが,4Gamerでは,そんな同氏にインタビューを実施。アジア市場,そしてオンラインゲームについて,いろいろな話を伺ってきた。
■アジアで成功するオンラインゲームを考える
4Gamer: お久しぶりです。 本日はよろしくお願いします。
ウィ・ジョヒン氏(以下,ウィ氏): よろしくお願いします。
4Gamer: ではまず,今回AOGCで講演される予定のテーマについて,少し話を聞かせてください。 「北米のオンラインゲーム(の多く)がなぜアジアで失敗してしまったか」についての分析を披露されると伺っておりますが。
ウィ氏: そうですね。まず実際の結果としては,「World of Warcraft」という例外を除いては,北米産のオンラインゲームのほとんどが,アジア各国ではなかなか受け入れられてないという現実がありますよね。
4Gamer: ええ,日韓における「EverQuest」や「Dark Age of Camelot」の不振や,韓国における「Counter-Strike」の失敗などが代表例でしょうか。まぁ,「Warcraft III」やCounter-Strikeといった対戦型のゲームは,アジアでも人気が高い傾向はありますが,MMORPGなどのジャンルは苦しんでいるタイトルが多い印象ですね。
ウィ氏: そうなんです。ただそのあたりの議論って,まだしっかりとしたものはされてなくて,「絵柄が」とか「世界観が」といった話で終始してしまっていることも多いわけです。
4Gamer: でもWorld of Warcraftを見ると,絵柄や世界観が理由……という仮説は成り立たなそうですよね。先生が考える「成功と失敗を分ける要素」とは一体なんなのでしょうか。
ウィ氏: まず一つの大きな要素は,やはり「コミュニティ性」という部分だと思います。例えば,同じFPSタイトルでも,Counter-Strikeは韓国で失敗して「Special Force」は大成功を収めましたよね。私は,これはSpecial ForceがただのFPSではなくて,MMO的な要素をうまく取り入れているという点が,非常に重要なポイントだと考えています。
4Gamer: MMO的な要素?
ウィ氏: そうです。Special Forceは,ただのFPSではありません。人と人との関係性……つまりコミュニティを盛り上げるための要素が数多く盛り込まれています。その点,Counter-Strikeは,そういった要素がほとんどゲームシステム内に見られません。
4Gamer: 具体的に言うとどういった部分でしょうか。
ウィ氏: 代表的な部分でいうと,まずはレベル(階級)などになるでしょう。例えばMMORPGでは,レベルや役割というモノがあることによって,上下関係や仲間意識といった人間関係が生まれていきます。欧米の(対戦ゲーム)の多くは,戦績……何回勝って何回負けたとかはしっかりと記録されますけれど,それ以上のことをしようとするものはほとんどなく,コミュニティが育ちにくい設計になっていると言わざるを得ません。
4Gamer: 確かに対戦ゲームでも階級やレベルみたいなものがあるとモチベーションは変わりますし,それが一種のステータスになったりしますよね。
ウィ氏: Counter-Strikeは確かに素晴らしいゲームだと思いますが,そういったオンラインゲームとして必要な要素……要するにコミュニティをサポート/育成していく要素が欠けている点が,非常に残念な部分だと思います。
4Gamer: 確かにCounter-StrikeとSpecial-Forceの例は,そういった部分が原因なのかもしれませんね。 ただ……例えば,EverQuestとWorld of Warcraftはどうでしょうか。前者は失敗し,後者は大成功(それも圧倒的な)を収めました。その差はどこから来ていると思われますか? どちらもMMORPGですし,コミュニティシステムという部分は,両タイトルとも十分に重視されているように見えますが。
ウィ氏: んー,今ここで全部しゃべってしまうと,講演のネタがなくなってしまう(笑)。 今回のAOGCの講演でどこまでお話しできるか分かりませんが,そのへんは,後日のお楽しみということにして頂ければと思います。
4Gamer: 分かりました。興味がある部分だったので残念ですが(笑)。
■優れたオンラインゲームとはいったい何なのか。北米のゲーム開発者に疑問を投げかけるウィ氏
4Gamer: 最近は,北米のゲーム会社にもヒアリングを重ねていらっしゃるとお聞きしますが,アジアと北米の違いみたいな部分は何か感じられますか?
ウィ氏: そうですね。率直な意見を述べますと,北米のゲーム開発者の多くは,まだまだオンラインゲームの本質的な部分を理解していないのではないか,という印象があります。
4Gamer: 例えばどういったところでしょうか?
ウィ氏: これは,なかなか言葉にするのが難しい部分だと思うんですけれど,一言で言うなら,北米のゲーム開発者は「ゲーム性」というものに頼りすぎているのではないかと感じるのです。
4Gamer: ゲーム性に頼りすぎる?
ウィ氏: ええ。つまり,シングルゲームとしての面白さ/完成度の高さ,それはルールの面白さであったり,モーションやグラフィックの質,操作性の良さなどそういった部分にのみ目が言ってしまっていて,オンラインゲームならではの,あるいはオンラインゲーム特有の要素を軽視しているといいますか。そういう印象を受けてしまうのです。
4Gamer: ふむふむ。
ウィ氏: 例えばですけれど,「FreeStyle」をはじめとした韓国産のオンラインゲームは,正直先ほどで述べたよう部分の完成度は,決して高いとは言えないと思います。北米産のバスケットボールなどと比べると,「ゲーム部分」のクオリティは圧倒的に低いと言わざるを得ない。だけどアジア各国では,そんなFreeStyleでもかなりの人気を博しました。ゲーム性は低いはずなのに,です。Special-Forceにも同じことが言えるでしょう。これはなぜでしょうか。
4Gamer: そこがコミュニティ要素だと?
ウィ氏: ええ,そもそもオンラインゲームというものが何なのかを考えたとき,コミュニティ要素こそがその本質だと私は考えています。先の例に話を戻すと,FreeStyleは「ゲーム」として見ると,確かに北米産のタイトルと比べてクオリティは低いと言えるでしょう。でも,「オンラインゲーム」として見ると,その評価は逆転するわけです。
4Gamer: Xbox 360のゲームなどでは,オンライン対戦が標準実装されることが多いですが,確かに「ただ対戦できるだけ」というレベルで終始してしまってる感は否めませんね。
ウィ氏: ゲームとオンラインゲームは,一見同じもののように見えますが,その本質……面白さの核の部分とでも言うべき部分は,かなり異なると思うのです。もちろん,オンラインゲームにも「ゲーム性」は必要だし,インタフェースやグラフィックスの質の高さは求められます。そして韓国産のゲームの多くが,そういった部分がまだまだ弱いというのも間違いない部分でしょう。 ただオンラインゲームとは,そのゲーム性に加えて,コミュニティという要素がうまくブレンドされていなければ,まったく成り立ちません。どんなにゲーム性が優れていても,コミュニティ部分のシステムが洗練されていなければ,それは優れたオンラインゲームにはなり得ないのです。
4Gamer: 確かに。
ウィ氏: それなのに,北米のゲーム開発者は,ゲーム性さえ素晴らしければそれをただオンラインにするだけで良い……というか。そういう捉え方をされている方が多いように思えます。もちろん,勉強されていてしっかりと理解している方も多くいると思いますが,「ゲーム性に頼りすぎる」思想は根強いのではないかなと。
4Gamer: 面白い意見ですね。
ウィ氏: 北米のゲーム市場はとても巨大で,北米はゲームに関する歴史も長い。だから,旧来のゲームデザインに関わる部分に関して,北米のゲーム開発者達には,強烈な自負心と自信があるのだと思います。
4Gamer: そうかもしれません。
■新たな潮流はあるか? ウィ氏に聞くオンラインゲーム市場の最新動向
4Gamer: 話は飛びますが,最近のオンラインゲーム市場についてはどう思われますか?
ウィ氏: うーん,一言で言うなら「閉塞感」でしょうか。 とくに韓国の市場に関していえば,大きな成功を収める例がほとんど現れていません。
4Gamer: その原因はなんだと思われますか?
ウィ氏: やはりユーザーが飽きてしまっているというのが大きいでしょう。似たようなゲームが続いてしまっていますし,ユーザーからすると,新しいゲームを始める理由はありません。 またゲームメーカー側が,リスクを取らなくなった……つまり,まったく新しい視点でのチャレンジャブルなタイトルの開発を行わなくなっているというのも大きいと思います。
4Gamer: NCsoftの騒動(開発責任者がリストラ)も大きな話題になりましたが。
ウィ氏: そうですね。NCSoftもそうですが,韓国企業の多くに,やや焦りが見られるのも事実だと思います。とくに昨今は,中国の市場/企業の成長が目覚ましいので,モタモタしていられないという意識は強いのではないでしょうか。
4Gamer: 最近,韓国企業のコンシューマ業界参入の話が増えてきていますが,それについてはどうでしょうか?
ウィ氏: 日本や欧州では,コンシューマ市場が巨大なマーケットを形成していますし,ゲーム会社として,そういった市場に挑戦していくのは当然の選択だと思います。 オンラインゲームというジャンルに絞って考えてみても,据え置きゲーム機はもちろんですが,とくに携帯ゲーム機への取り組みというのは,欠かせない分野の一つになるのではないでしょうか。
4Gamer: それはつまり,今後,携帯ゲーム機がオンラインゲームの主戦場になる可能性が高いと?
ウィ氏: すぐにどうということはないと思いますが,将来的には,その可能性は大きいと思います。とくにボイスチャットやメッセンジャー的な機能などなど,コミュニティツールとしての要素がゲーム機自体に付加されていけば,オンラインゲームで培われたノウハウは,(企業の)最も重要な武器と位置づけられるのではないかと。
4Gamer: そういえば,最近,北米で「Second Life」などが騒がれていますよね。あのような作品については,どう思われますでしょうか。
ウィ氏: Second Lifeは,私も非常に注目しています。率直に言って,Second Lifeは,アジアからはなかなか生まれにくいタイトルだと感じました。ゲーム性などとはまったく違う視点からのアプローチであるという意味で,非常にユニークな試みだと思います。 ただ技術うんぬんというよりは,哲学的な部分……,つまりアメリカに流れているハッカー文化の伝統の流れなのかなと感じています。Linuxとかオープンソースとか。知的財産を共有して,社会に貢献していこうという思想が根底にあって,Second Lifeという作品が生まれてきたんだと思います。
4Gamer: Second Lifeは,アジアでは受け入れられるのでしょうか?
ウィ氏: そうですね。先進的な一定数のユーザーは参加すると思いますが,爆発的に普及する……ということはないのではないかと考えてまいす。というのも,アジア(韓国,中国など)のユーザーは,どちらかというと「目的」という要素を重視します。それはレベルを上げるだとか,レアアイテムを手に入れるとか,あるいはどこどこのギルドを倒すだとか,そういう部分です。だから,ああいう何をしていいか分からないような作品は,なかなか受け入れられないのではないかと。 北米のユーザーは,結果よりも過程を重視する/過程を楽しむという傾向が強いので,Second Lifeのような作品が受け入れられる余地があるのだと思います。日本のユーザーも北米のそれに近い属性だと思いますが,日本についてはちょっと分かりません。
4Gamer: なるほど。 そろそろ時間も押してきたので,最後に。 閉塞感という言葉を使われましたが,そういった状況を打破するために必要なことはなんなのでしょうか。
ウィ氏: なかなか難しい質問ですね。 ただ私が一つ言いたいのは,アジアのオンラインゲーム企業は,やはりアジアならではの方向性というものを模索すべきだということです。というのも,World of Warcraftの大成功は,同時にアジアのオンラインゲーム開発者に大きな課題を投げかけました。「これを超えるオンラインゲームとは一体なんだろうか?」という課題です。 しかしここで,ただWorld of Warcraftの真似をするような方向へは向かないでほしい。例えば日本は,アニメや漫画といったコンテンツでも世界のトップを走る国ですけれど,「犬夜叉」などといった作品は,日本の文化を存分に取り入れたうえで,万国に通じるエンターテインメント性を実現していますよね。 オンラインゲームでも,アジアならでは,アジアだからこそというオンラインゲームの形を考えていかないといけないと思います。 製造業などでは西洋を中心に発展してきた歴史がありますが,オンラインゲーム産業は,アジアが最先端を走っている産業だと思います。World of Warcraftが素晴らしいゲームだと認めたうえで,さらにその先を目指すことこそが,大事な部分なのではないでしょうか。
4Gamer: 本日はありがとうございました。
オンラインゲーム産業の識者として,精力的な活動を行っているウィ氏だが,今回のインタビューでとくに印象的だったのは,ゲーム性とコミュニティ性にまつわる開発者の意識うんぬんというくだりだろう。 ウィ氏は,北米(そして日本も)のゲーム開発者は,その高いゲーム開発能力がゆえに,オンラインゲームへの対応が遅れがちになっているのではないか? と言う。そしてこれは,典型的な「イノベーションのジレンマ」なのではないか,と。オンラインゲームの要素として,コミュニティ部分の設計が非常に重要なのは間違いのない事実。そしてそれは,一朝一夕で高いレベルへ行き着けるほど簡単なものではない。 つまり,ウィ氏が伝えんとするところは,日本,そして北米のゲーム開発者達が長年積み上げた「ノウハウ」と同じように,韓国でも,オンラインゲーム(とコミュニティ)に関するノウハウが積み上げられていること。そしてそう遠くない将来,オンラインゲームがゲーム産業の主流となって,「ゲームの要素としての比重」がゲーム性よりもコミュニティ性へとシフトしていったとき,そこで逆転現象が起こりえるのではないか……? ということだったように思える。 これまでのゲームの進化軸として挙げられる,グラフィックス(スーパーファミコン,Playstation)やインタフェース(Wii,ニンテンドーDS)などといった要素に加え,そこにコミュニティという要素がどう割り込んでいくのか。産業の未来を占う研究テーマとして,これほど面白いテーマもないかもしれない。(Text by TAITAI,Photo By Kiki)
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